僕を見ないで
いつからだろう、視界に入る君を無意識に追い続け始めたのは。
どこでだろう、君の高く澄んだ、どこか幼さを含む声を求めるようになったのは。
何故だろう、君の泣き顔が頭から離れないのは。
ーーどうしてだろう。君の笑顔に、僕の胸はいつも締め付けられるーー
※※※
「凄いじゃないかベルくん!もうレベル7だぜ!」
「………」
「ね、ねえベルくん。また、ホームに戻ってはくれないのかい……?」
「……僕がいると、皆に迷惑がかかります」
「そんなことない!むしろ逆だ「ならっ!なんで、僕がここを離れてから皆を巻き込んだ騒動が無くなったんですか?僕がいなくなったからじゃないんですか!?」
「そんなこと………ないよ」
「その気休め、聞き飽きました。僕はファミリアの皆に、特に僕を暗闇のどん底から拾ってくれた神様に迷惑をかけたくない。それだけです」
そう言って何度やったか分からないようなやり取りを終え、僕はホームに対して踵を返す。
僕をさらうかのように、風が強くまとわりついてきた。
※※※
僕は最近、レベルが7に上がった。
フレイヤ・ファミリアのオラリオ中を巻き込んだ全面戦争を終えて呪縛から解き放たれた後も、余波から来る多くの抗争に巻き込まれた。巷では僕がいるところに事件は起きるという噂から、
その中で、大切な人たちとの別れも多く経験した。それが原因だろう。言い様のない心の疲労が蓄積していき、じわじわと僕の心は荒んでしまった。ファミリアのホームでも心は休まることなく、次第に口すら効かなくなった。
この世で最も気まずい関係にあるのは、親しかった者たちとのすれ違いだ。そうなるともちろん逃げ場所を求め始める。酒場に路地裏に、遊郭に。
最終的に僕は、僕自身の始まりの地であるダンジョンに行き着いた。そこからは一心不乱に下層、果ては単身深層に潜って死に場所を求めるかのように殺戮を繰り返した。
人との交流はほぼ無くなり、たまに飲みに誘ってくれるヴェルフ以外の人とは最近目も合わせることがない。
………いや、もう1人いた。荒みきった僕に構ってくる人が。突き放しても、無視をしても、どんなに冷たい態度をとっても暖かく、包み込んでくれる存在が。
噂をすれば今日もまた、僕の行きつけの酒場に怒鳴り込んできた。
「ベル・クラネル!今日もここにいたんですね!」
「なんですかヒック。ほっといてくらさいよ」
「ああ、もうこんなに空けてる…」
その通り。僕は真昼間にも関わらず、既に酒のボトルを3本は空けていた。
「全く、世話焼かせないでください!」
「世話焼かないでくらさいよぉ」
「あーもうっ!そんなこと言ってないで!って、まだ自分のせいだってホームに帰ってないんですか?」
「だって、僕のせいじゃないですか。僕が居なければ平和なんです。現に僕が単独で動いてきた3年間、特に事件も起きなかった」
そうだ。皆を危険に晒すのは常に僕が発端だ。ならば大切にしたい人達を守るためには、自分がそこから消えればいい。そうやってもう数年経っているから、レフィーヤさんの言葉は何を今更。と言ったところだ。
「どちらかというと、あなたの変貌ぶり、成長の速さが大事件なんですけどね。さあ、今日はあなたを呼びに来たんです。は・や・く、行きますよっ!」
※※※
ダンジョン帰りの疲れも取れぬまま、酔いの回った状態でロキファミリア本拠地、黄昏の館に足を運んでいた。
「……大きいなあ」
黄昏の館は華美すぎない建築様式を取っている。汚れ一つなく、今は無き血に塗れた物騒なフレイヤファミリアの本拠地とは対称的、典型的な陰と陽の拠点と言える。
「ベル・クラネル。レフィーヤ、こちらっす」
少し離れたところから高めの声が聞こえてくる。声の主はラウル・ノールド。フレイヤファミリアとの抗争で、多くの人がレベルを上げた。彼もその1人であり、現在のレベルは5。次期団長と言われてたりとこのオラリオ内でも指折りの実力者なのだが、如何せん自信がなさすぎて過小評価を受けている。ってか、人伝で聞いた話ではあるが、どんな武器も使いこなすのって化け物に片足突っ込んでる気がするのだが……
僕はラウルさんに連れられて執務室らしき場所へと案内される。レフィーヤさんはここまでのようだ。それでも、執務室の前で待っているらしい。
簡素で大きな扉を開けると、フィンさんとリヴェリアさん、ガレスさんが机を囲むようにそこにいた。
入るだけで背筋が伸びるような緊張感。レベルは同じはずなのだが、経験が断崖の底と上ほどある。相手の存在感に押し潰され、手足は電流が流れた時のように震えている。
数秒の沈黙の後、フィンさんがようやく口を開いた。
「久しぶりだね。ベル・クラネル」
穏やかな口調とは相反して、透明な縄で拘束してくるような冷たい視線。不気味な笑顔に、この部屋一帯が凍りつく。
「話したいことは山ほどあるんだけどね。時間が惜しいから早速、本題に入ろうか」
彼は1度親指を一瞥し、僕の瞳を射抜くように目線を向けながら話し始めた。
「君がオラリオに来てから、君を中心とした喧騒が全く絶えないね。おっと、勘違いはしないで欲しい。確かに今回の抗争に巻き込まれてうちも何人か失ってしまった。しかし、君を責めるつもりは毛頭ない」
嘘だろう。大切な仲間が死んだんだ。その原因である僕が憎いはず。しかし立場上上手くは言えないだけだ。
「でも、やはり君にはもう少し落ち着いて貰いたいという考えもあるんだよ。そこで君に提案があるのさ」
「ですが、僕が単独行動を取るようになってから、オラリオは特に何かが起きるわけでもなく平和そのものです。なのに何故」
「その辺はおいおい話すよ。で、提案なんだが……」
と、リヴェリアさんに一瞥する。リヴェリアさんがうながし、入ってきたのはレフィーヤさん。
「え、えと。なんでしょう?」
レフィーヤさんも、特に心当たりが無い様子だ。事前の相談も特に無い。フィンさんらしからぬ行動に僕はますます首を捻る。
そして、次の言葉で僕は天地がひっくり返るような衝撃を受けた。
「レフィーヤ、ベル・クラネル。君たちにはこれから1ヶ月、共同生活をしてもらう」
「ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!????????????」
「って、レフィーヤさんも知らなかったんですが!?」
「当たり前ですよっ!団長、どういうことですか!!」
ものすごい剣幕でフィンさんに詰め寄るレフィーヤさん。でも、それを見越してたようにフィンさんは苦笑いをしながら話を続ける。
「落ち着いてくれ。命令ではないから強要はしないよ。でも、レフィーヤは何となく分かるだろう?既に行動にも移しているようだしね」
レフィーヤさんの顔がぼふんっ、と真っ赤になる。未だになんのことやら分からないし、何よりまた……
大切な人に迷惑がかかるかもしれない。それだけは嫌だ。
僕は断ろうと口を開いた。が、喉元まで出ていた言葉はついに口から出てくることは無かった。
「わかりました。やります」
口を開けたまま、僕は目を丸くしてレフィーヤさんの方を見る。何か言葉を紡ごうと頭をフル回転させるも、レフィーヤさんの有無を言わせない眼光に思考は停止する。
「ベル・クラネル。君はどうだい?」
フィンさんに促されるも、僕は今の感情を上手く言葉にできない。どうしてだろう、誰かと生活を共にするのはもうごめんだと思っていたのに。断る言葉は喉につっかえてしまっていて取ることは出来やしない。
「無言は肯定と受け取りますよ」
ツン、とした感じで言われる。何か言葉にしなくては。どうにかして……
やっとのことで僕の口から出た言葉。馬鹿みたいではあるが、その言葉に自分でも唖然とした。
「嬉しいです」
To be continued