山吹色の白兎   作:あルプ

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わたし、アルフィ 後編

【黄昏の館】

 

世界の誰もが知る都市最大派閥の(ホーム)。圧倒的な存在感を誇る豪奢な本拠地は、数多くの団員を抱えるがゆえ。主神のレリーフをあしらった門をくぐって中に入る。目の前に先ず現れるのは、綺麗に舗装された道と整えられた木や花を周囲に取り巻く高名な建築家が長年の歳月をかけて形にしたと言われる重厚なバロック様式の建築物。団員達は基本そこに住み、寝食を共にする。居住スペースを抜けた先には時計塔が中心に鎮座しており、それを中心に放射状に伸びる大理石の石畳。石畳が繋がる時計台の真下にはドーム状になっている決闘場なるものが有り、昼夜問わずして剣戟の音が鳴り止むことは無い。その間には日陰の下で談笑できるように金木犀の木と木製のベンチが。また、その先には軽く訓練が行えるように芝生が生えているスペースが点在している。

都市の一角に居を構える母親の実家(ロキファミリア)は、メレンの街中の慎ましやかな一軒家に住むアルフィにとってあまりにも大きすぎる存在である。

 

「アルフィ?固まってないで入ってきて」

 

あまりの大きさに威圧されたのか、母親がその名を呼ぶまで立ち尽くしていた。

 

「うん」

「どうしたの?元気ないけど」

「だって……こんなに大きなお家初めてだもん」

「確かにアルフィを連れてきたのは初めてよね」

「アルフィ、もしかして少し怖い?」

 

父親の問いかけに小さく頷く。見たことない物にいつもワクワクしているアルフィであるが、規模の壮大さに萎縮してしまっているようだ。

 

「おいで、アルフィ」

「うん…」

 

大人しく父親に抱っこされるアルフィ。いつもは無邪気ながら他の子より大人っぽいと評判の彼女だが、根はまだまだ子供だ。

 

「お、来たね」

「3人ともロキファミリアにようこそ!」

「久しぶりじゃなあ!良い宴になるぞ!!!」

「アルゴノゥト君も来たんだ!なんか男らしくなったね〜」

「この子がアルフィ?可愛いわね〜」

「お前たち、いきなりそんなにもみくちゃされたら怯えてしまうだろう」

「でもでも、めっちゃ可愛ええやん?!ママも来てみい!」

 

生誕祭の会場である広場に1歩踏み入った瞬間、多くの人々が集まってきた。どれもこれもアルフィにとって珍しい人達ばかり。金髪の小人に異様な筋肉を持つ大男、母親より長い耳を持つエルフにやたら薄い、というか肌を露出した衣服を身につけている人など、パッと見渡しただけでもアルフィの常識を軽々飛び越えてきた。まるでおとぎ話の世界に放り込まれた感覚だった。

アルフィにとって不思議な事は、両親共々多くの異種族とまるで家族のように接している事だった。

そんな時、私もよく知る人がいくつも積まれた木箱を持ってやって来た。私は群がる人から逃れるようにしてその人の元へ走ってゆく。

 

「皆さん、旧交を暖めるのもいいんすけどちゃんと準備してくださいよ〜」

「あ、ラウルさん!」

「お、こんにちはアルフィちゃん。来てくれてよかったっすよ。今日は沢山楽しんでね」

「うん!あれ、アキさんは?」

「アキは向こうにいるっすよ。今は忙しいから後で会ってきたらいいっす」

「ありがとうラウルさん!」

「いいっすよ!アキのとこに息子もいますからねー!」

「えっあっ」

 

ラウルさんはそう言い残して他のとこに行ってしまった。アルフィは顔から火が吹きそうなくらい熱くなっている。恥ずかしくて助けを求めようと親の方を向いたが、2人ともまだまだ多くの人と談笑している。

今は構ってくれる状況じゃないなと考えて、フラフラと自由に散策すると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「アルフィか。一人でなにをしている?」

 

身体がビクッと跳ねた。振り向くと、翡翠の髪に同色の瞳。透き通るような美しい肌を深緑の衣で包んでいる。何より、母より長い特徴的な耳が何者かを暗示させる人物。

 

「リ、リべリアしゃまっ!?」

 

思いっきり噛んでしまった。顔から羞恥が溢れ出るよう顔が真っ赤に染まってゆく。

リヴェリアは幼い子供にも敬意を払われることに険しい顔になるが、アルフィが露骨に怯えたため慌てて笑顔を取り繕う。

 

「リヴェリアで良い。どうした?レフィーヤ達は構ってくれないのか」

「ううん、パパもママもお友達とお話してるから、一人で冒険するんだ」

「そうか。ならばその冒険に私も付き合わせてくれないか?」

「え、あっちのお仕事はいいの?」

「何時も詰め詰めで働いているからな。今日くらいはサボらせてもらうことにする。さあ、アルフィ隊長。どこへ行く?」

 

明らかに目上の者、アルフィ目線だと大人に隊長と呼ばれたことにアルフィはこの上なく嬉しくなる。他の大人、特に母でもありエルフでもあるレフィーヤが見たら卒倒案件だがアルフィには関係ない。

 

「出発しんこー!目的地はこの大きな建物!」

 

意気揚々と前を行くアルフィに手を握られたリヴェリアの笑顔は、成長を楽しむ祖母の美しさに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「図書館……?」

 

アルフィが初めに入った扉の先は、これでもかと言わんばかりの蔵書で埋め尽くされていた。赤、黄、緑。数多の色とりどりの背表紙が立ち並んでいる。

数多にある蔵書の内容とは、

古今東西の怪物や特徴的な亜人(デミ・ヒューマン)を記した図鑑

宝石や希少なモンスターの部位が装飾されている装飾本

挿絵が中心となった児童向けの本

ここオラリオの歴史を記したもの

迷宮区、所謂ダンジョンの各階の構造や出現する何某が事細かに書かれた冒険者入門書

そして、幾重の世代に紡がれ表紙も中の紙も色褪せた英雄譚

 

父親と教育ママのレフィーヤの影響もあって本が大好きなアルフィは、口をほの字に開き爛々と瞳を輝かせていた。

 

「ここは大図書館。ギルドのものと比べても遜色ない程の蔵書量だろう。なにか読んでくか?」

 

思ってもみなかった申し出にアルフィのテンションは最高潮。勢いよく返事をして駆け出そうとして首根っこを捕まえられる。

 

「図書館では、静かに、走らない」

「ご、ごめんなさい……」

「分かればいい。好きな本を選んでおいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「これにする!」

 

アルフィが指さしたのは英雄譚の中でも一際年季がある赤黒い一冊。貧弱で滑稽な道化師がのらりくらりと敵を躱しながら、なんやかんやで世界を救う物語。

 

「アルゴノゥトか。待っていろ、今取ってやるから」

 

リヴェリアが手を伸ばして本棚から取り、アルフィに手渡す。

 

「読んで!」

「私でいいのか?」

「リヴェリア……さん?じゃないとヤダ」

 

リヴェリアは直感した。この娘は大人たらしだということを。

 

「しょうがないな。ほら、こっちにおいで」

「うんっ!ありがとう!!!」

「これはオラリオができる、いや、神が天から大地へ降り立つよりも前のお話……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「……こうして皆に英雄として讃えられました。おしまい」

 

本をパタンと閉じる。横を見れば、アルフィは可愛らしい笑顔で余韻を噛み締めていた。

 

「良かったか?」

「うんっ!最高だった!」

「それは良かった」

「いつも笑っていたいなって思えたな。なんでこんなに楽しいお話、パパやママは教えてくれなかったんだろう?」

 

アルフィの素朴な疑問は、リヴェリアの言葉を詰まらせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

【英雄】

 

 

 

 

 

 

 

 

これはオラリオにおいて、特に冒険者達において特別な意味を持つ言葉。

この娘の父は英雄に憧れ、目指し、努力した末に、堕ちた。英雄への道がどれほど茨に囲まれ、無数の落とし穴が有るのかは子供に到底理解出来ない。だから、大切な一人娘にあえて読み聞かせることをしなかったのだろう。数多にある英雄の物語を。

 

やってしまった。考えがそこまで回らなかった。

 

「リヴェリアさんどうしたの?」

「…ん、いや、なんでもない」

 

子供は感情の機微に敏感だと改めて感じる。と同時に、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に苛まれてしまう。

 

「アルフィ」

「なあに?」

「アルフィに英雄はいるか?」

「えー?ん〜、まだ、いない……かな」

「そうか。ならば、アルフィはアルフィだけの英雄を見つけるためにこれから頑張らないとな」

「私だけの……うんっ!見つけるよ、私だけの英雄!」

「それは良かった。ちなみに、お前の父と母はもう英雄を見つけているんだ」

「えっそうなの!?だれだれ?」

「それを知ることが出来たら、また1つ大人の階段を上れるな」

「え〜!?教えてよもうっ!」

「自分で探すことに意味があるんだ。方法は色々だがな」

 

そうした流れで図書館を後にする。アルフィも本を置いててくてく着いてきた。この失態は胸に秘めておこう。そう決めて、再び差し伸べられた、無垢で柔らかい孫の手を取る。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「ここがお母さんの住んでいた部屋だ」

「ここは闘技場。まあ、もっぱら昼寝にしか使われてないがな」

「ここは私の部屋だ。ちょっと待ってろ。この前送られてきた菓子をやるから」

「ここは………まあ、その、あれだ。地下室だ。決して懺悔とかをする場ではない」

 

至れり尽くせりにロキファミリアを案内してもらい、アルフィの気分は最高潮だった。どこを見ても、何に触れても新しい体験。リヴェリアの手を握り、途中からリヴェリアからもらった目新しい菓子を手にして気になるところに歩いて回った。

 

そして、気づいたらもう日が傾きかけてきている。一日のほとんどを館見学に費やしてしまいなんだかなーと思いながら館から出ると、

 

「あっ、ママだ!」

 

ベンチで4人。母と金髪金瞳の人、褐色の肌に黒色の髪と瞳を持つ2人が楽しく談笑している。

 

「ママー!!!」

 

タタタタタッと駆けていってぎゅっと抱きつく。やっぱりママの香りが1番安心する。ふわっとした、優しい香り。

 

「どうしたのアルフィ?リヴェリア様に色んなとこ連れてってもらってたんでしょ?リヴェリア様、ありがとうございます」

「礼には及ばんよ。私も楽しかった」

「アルフィ、ありがとうは?」

「リヴェリアさん、ありがとう!大好きっ!」

「また遊ぼうな」

 

よしよしと頭を撫でられてご満悦のアルフィを見て、レフィーヤもなんだか嬉しくなる。

 

「………ほんと、お母さんが板に付いてきたわよね」

「私たちにもお母さんいたらこんな感じだったのかな〜」

「……いいな」

 

他の3人もそれぞれの反応。レフィーヤはそれを聞いて小っ恥ずかしくなり顔を赤らめるも、それすら可愛いと言われて小さくなってしまう。

 

「ママ、パパは?」

「パパはラウルさんと一緒にいるわよ」

「行ってきていい?」

「いいけど、走ると危ないから走らないように気おつけてね」

「うん!」

「レフィーヤ、私、アルフィちゃんと少しお話したい……な」

 

アイズが意外にもアルフィとのお話を所望されたことに面食らう。だが、断わる理由も無いので首肯と手を振ることで意志を示す。

 

「ありがと、レフィーヤ。アルフィ、、ちゃん。行こっか」

「う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

アルフィは緊張している。なんせ隣にいるのは、家があるメレンにまで名を轟かせる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインその人なのだから。それに、アルフィの親2人はアイズを慕い、憧れ、父に至っては恋をしていた人だ。幼い頃から耳にタコができるほど散々どれだけ魅力的かを聞かされてきた。故にアルフィも自然と憧れを持つ。そんな人が自分の手を握って歩いているのだからもう堪らない。喜びを通り越してアルフィの世界の全ては固まってしまっていた。

 

「アルフィ、ちゃん」

「ひゃっ!ひゃいいっ!!!」

 

声が裏返り素っ頓狂な声が出てしまう。顔に熱が昇ってきて、顔から湯気が出てきそう。

 

「大丈夫……?」

「だ、だだだ大丈夫です!」

「楽にして、いいからね。私、ずっとアルフィちゃんとお話したかったんだ」

 

まさか、まさか。相手も自分と同じことを思っていたなんて。アルフィはそれだけで舞い上がりそうになる。

 

「わたしも!アイズさんとお話したかったんです!」

「ん……おそろい、だね」

 

もう泣きそうだ。この辺りの感情の豊かさは母親譲り。

 

「アルフィちゃん。お父さんと、お母さんのこと、聞かせて?」

「うんっ!パパとママはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

アルフィとアイズが仲良く話しているところをたまたま見たベルの口は少しだけ、角度が上向く。

 

「嬉しそうだね。何か良いことでもあったのかな?」

「あ、フィンさん……今日はお疲れ様です」

 

今日のフィンは非常にラフな格好だ。七分袖の半袖に黒の導線に繋がれた白銀の真珠があしらわれているネックレス。ダボッとした印象を受ける上とは反対に、下は黒のスキニーを履いてピチッと決めている。

 

「なんか、その……格好良いですね」

「そうかい?それは良かった。流石の僕も歳をとると流行りというものが分からなくてね。以前リリルカ君に見繕って貰っていたんだ」

「リリに……ですか?」

 

ベルは驚いた。かなりの騒動の末フィンを振ったのだから、今更その気にという話が出てくるのは謎でしかない。

 

「ああ、君が考えるようなことは無いよ。たまたま服屋で会っただけだから。何を着ようか迷っていたら色々教えて貰ってね」

「ああ、なるほど」

 

リリルカの揺れ、変化する乙女心などいざ知らず二人の会話は続いている。ベルの居ない数年の間、埋まらない心の穴を埋めるために何を考え、結果何が起こっていたのかなどベルは知る由もない。物語はベル達以外でも巡っているのだ。

 

「…で、あそこにいるのはアイズとアルフィちゃんか。仲良さげで微笑ましいね」

「はい。見てて癒されますよね」

 

アイズの膝に乗ってアルフィが楽しそうに話すのをアイズはニコニコしながら聞いている。

 

「あの空間だけ切り取れる技術は無いですかね」

「そんなものがあれば僕が欲しいくらいだよ」

「あそこにレフィがいれば完璧なのになあ」

「君の嫁煩悩子煩悩は噂通り……というか、相変わらずだね」

「はい。相変わらずです」

「認めちゃうんだ」

 

ほのぼのと、時は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

そろそろ祭りも本格化してきた。花火が上がり、各地からやってきた様々な出店が立ち並ぶ。極東の甘味からオラリオ伝統の料理、テルスキュラ、ギリシアに伝わる伝説の酒まで、古今東西あらゆる食べ物がここに集まっている夢のような場だ。アルフィは大好きな父と母と合流し、その屋台の一つ一つに目を輝かせている。

 

「パパ、あれ食べたい!」

「良いぞ!好きな物どんどん食べろよ!」

「パパ、アルフィを甘やかしすぎないで!アルフィも、あんまり甘いものばっかり食べてると太っちゃうんだから」

「太るのはやだ……」

「でしょ?気おつけて」

「はあい……」

 

ロキファミリアだけの、一夜限りのお祭り騒ぎ。無礼講に各団員も踊り喋りどんちゃん騒ぎ。端の方で決闘している輩もいたり、カードゲームに興じる者、チンチロで賭け事をする者、それを注意する者もいないので、もうなんでもありである。

 

最高潮に盛り上がって来た時。今まで多くのアトラクションやミニゲームで遊んでいたアルフィがうつらうつらしてきた。ベルとレフィーヤはそれを見て、フィンとリヴェリア、ガレス達幹部の集まる所へ向かう。

 

「あの、私たちそろそろ帰りますね。アルフィも眠たそうですし」

「まだ早くないか?」

「いえ、これ以上お邪魔する訳にも」

「部屋を貸すことも出来るんだぞ?」

「えと……もう宿を取ってありまして」

「やめんかリヴェリア。レフィーヤも旦那側のファミリアの関係もあるじゃろうて」

「そうだよ。おばあちゃんのお節介もその辺で」

 

少し落ち込んだようにスっと引き下がるリヴェリア。見たことの無い悲しげな顔にレフィーヤとベルは罪悪感で胸が張り裂けそうになる。

 

「【元】ですけどね。すいませんリヴェリアさん。また連れてきます。今度こそ泊まりで」

「そうか。楽しみにしている」

「はい。必ず、近いうちに」

 

他2人とも一言言葉を交わし、見送る3人に背を向けて一家はヘスティア・ファミリアへ向かう。

 

「行ってしまったな」

「リヴェリア、孫煩悩も程々にしなきゃダメだよ」

「そうじゃそうじゃ。あまりにいきすぎると同居なんて言い出すお前がおるかもしれん」

「確かに……な。あの子のためなら今すぐ隠居してしまいたいくらいの気持ちだ。副団長としての自覚を持たなければいけないな」

「良い心がけだと思うよ」

「それはそれとして」

「「え」」

 

こちらへ振り向く顔はまるで鬼神の形相。しかし口角は不気味なほど上がっており、言うなればそれは殺人鬼が殺し周り快楽を貪り愉悦に浸るような、そんな顔。鋭く光る瞳はかつてないほどの眼圧が宿り、2人はここがダンジョンであるかの錯覚をしてしまう。気づけば2人は普段武器を取る構えをしてしまっていた。

違うのは、そこに武器はないこと。2人の手は虚しく空を切る。そして、言いようのない悪寒と背筋を這う冷たい汗が彼らを襲った。

しかし、後退は許されない。いや、後退出来ないのだ。

 

「えと……」

「リヴェリア……さん?」

「2人ともどうした。私はこんなにも笑顔だと言うのに?」

「い、いやあ」

「そ、そのお」

 

曖昧な返事。それが彼女の短い導線に向けての火花となった。

 

 

「誰が婆さんだァ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜の祭り。最後を飾ったのは2発の赤黒い花火であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

陽も完全に落ち、魔石灯が新月の生み出す闇を照らし始めた。大通りは昼とは別の様相で賑わうが、アルフィはそんなこと関係なくすやすやとベルの背中で眠っている。

 

「よっぽど楽しかったんだね。疲れて途中でこんなにぐっすり眠るのって初めてじゃない?」

 

レフィーヤの言葉にベルも頷く。アルフィは寝付きの悪い子であり、レフィとベルが傍に居て尚且つ30分は眠れずにモゾモゾと布団の中を這い回る。ベルが漁で1日2日いない時などは2時間以上眠ることが出来ないのもザラであるのに、今日は気づけばウトウトしてすぐ眠ってしまった。

 

「ところでアナタ。これちゃんと道合ってるの?」

 

気づけば一通りのない一本道。その先に進めば右手には嫌に艶かしい光が輝いていて、左手には薄気味悪いくらい対照的にひっはり静まり返っている。

ベルは慌てて回れ右をして走り去ろうとする。いるはずの無い旅と放蕩の神を見た気がして。

 

「待ちなさい?」

 

肩をガシッと掴まれ万事休す。

 

「アナタが何年か前に入り浸っていた事は……聞いたことある。で・も・ね?アルフィを連れてその蛮行は無いんじゃない?」

 

そう。ベルはやさぐれていた頃に入り浸っていた酒場や歓楽街がある場所へ向けていたのだ。

 

「あ、えと、その……アルフィが寝てるから、な?」

「はあ……分かりましたよ。()()、ね?」

「ハイ。アトデデスネ」

 

今夜は長いことが確定したベルであった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

紆余曲折あり、ヘスティアファミリアのホームに辿り着いた3人。ガチャガチャと呼び鈴を鳴らすとヘスティア様がいの一番に駆けつけてきた。

 

「やあ3人ともよく来てくれたね!ささっ、中へ入りなよ!みんな待ってるぜ!」

 

あまりの勢いに2人して顔を見合わせてしまう。ただ、そこまで首を長くして待っていてくれたことにただただ感謝しかない。

 

「おっ、やっと来たな!」

「ベル様!待ってましたよ!」

「かなり長いことお越しいただいてませんでしたから、寂しかったです」

 

館へ入るとヴェルフ、リリ、春姫と出迎えてくれる。問答無用で暖かい場所。ここが実家なんだなあと感慨深くなる。

ヘスティアファミリアの現状は、名工と名高いヴェルフの稼ぎとリリルカの卓越した金策により運営している状態だ。他には異端の者達とのパイプを利用したドロップ品による稼ぎもあり、そこそこ裕福な部類のファミリアではある。

一行は中に入ると、アルフィをベッドに寝かせて少し談笑。思い出話に花を咲かせた後、今夜はもう遅いからとレフィと共にベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

いつもとは違う角度からの日差しに身体が敏感に反応して、アルフィは早々に起床した。自分のもので散らばっていない小綺麗で簡素な小部屋。両脇には大好きな父と母。2人揃って私を抱きしめているため、幼く、同年代と比較しても小柄で華奢なアルフィは身動きが取れない。抜け出すために少しモゾモゾする。しかし、変化は起きない。むしろパパからの締め付けが強くなったような気がする。

しかし、二度寝は出来ない。二度寝をするとママに怒られるのだ。それはもうすごい剣幕で。これは時間を守ることを徹底した教育方針のレフィーヤの賜物であるが、今この場に限ってはアルフィの自由をこれでもかと妨害していた。

 

「う〜」

 

もう1回モゾモゾ。すると今度はママが覆いかぶさってくる。ママはパパより危険!身長差でちょうど柔らかくて、でも重たい胸が私の口や鼻を塞ぐから………早く抜け出さないと息が出来なくなる!

 

「む、むう…!」

「ぷはあっ!!!」

 

何とか二人の間を抜け出す。しかし、何もやることがない。とりあえずフラフラと新しい場所を歩いてみることにした。

 

 

 

 

 

※※※

 

「つまんない……」

 

特に見るべきところが無く不貞腐れるアルフィ。それもそうだ。ここでの1番の見どころである風呂はまだ稼働していないし、ヴェルフの作業場は外にあるので探索の範囲外。後は特に何も無い、至って清潔なただの館。

 

「おや?そこにいるのは誰だい?」

 

足を踏み入れた先の広間から声がする。少し近づいてみると、淡い暖色の光に照らされた誰かがいた。

アルフィよりも少し高い程度の背丈。クリっとした大きい瞳をこちらに向けている。どうなっているのか、夜闇ならば分からなくなるだろう紛れる黒い髪の2つ結び部分がぴょこぴょこと動く。少し目線を下に向ければ、ビリビリになって衣服と言っていいのか分からない白の布切れを纏う。そこに肩から下がる謎の青い紐がその背と柔和な童顔に合わぬ豊満な胸を際立たせている。

そして、極めつけはそのオーラ。見た目に反して全てを包み込む包容力を持つ、まさに家のような……それでいて、ぽかぽかと気持ちが暖かくなる暖炉のような。そんな感じをアルフィは感じ取った。

 

「だ…だれ?」

 

しかし、どれだけ優しい雰囲気をしていても怖いものは怖い。今は夜明けが始まったばかりで、陽の光は少しだけしか届いていない。そんな微妙な塩梅の光に照らされた目の前の相手は、アルフィの深紅の瞳に一層不気味に映った。

 

「そんなに怯えなくていいよ。ボクは君の家族だから」

「家族……?私の家族はパパとママと私の3人だけ。あなたのことは知らない」

 

いつになく毅然な態度を取るアルフィ。寝ぼけ眼はすっかり冴えていた。

 

「おや?ベルくんのやつ、ボクのことなーんにも教えてないみたいだな。まあ……過去のことは話したくないか」

 

少し沈んだ顔をして、アルフィはさらに怪訝な表情になる。

 

「ああいや、独り言さ。ボクはベルくん……パパの前の主神だよ。怪しい者じゃないから安心して」

「……そう」

「素っ気ないなあ。初対面が苦手なのはどちらに似たのかな」

 

そう言うと、手招きをしてくる。アルフィは警戒しながらそろり、そろりと近づき、ちょこんと神の隣に座った。そこにふかふかの毛布がかけられる。

 

「ありがとう……ござ、います」

「いいさ。気にしないでおくれ」

「うん」

 

場が静まる。目の前には大きめの暖炉。バチバチと火花が舞い上がり炎が木々を燃やしている。ゴトリ、燃え尽きた木が1つ崩れると、神は新たな薪を適当にひとつ放り込む。アルフィにとっては知らぬ者と暖炉の前で2人きり。気まずさも有頂天に達した頃にふと、神の側が口を開いた。

 

「君から見た父親はどんな人なのかな?聞かせておくれよ」

「え……と、凄く、優しいです」

「うんうん」

「いつもお仕事頑張ってくれて、おやすみの時はたくさん遊んでくれる」

「いいお父さんだね」

「うん!それに、パパはすっごく強いの。お仕事見たけど、家より大きな怪物を簡単に倒してた!」

「おお!オラリオじゃなくても活躍しているんだね!」

「してるよ!でも、ママには弱いんだ。パパはいつもママに従ってる」

「そうなのかい?てっきり俺様って感じだと思ってたけど」

「おれさまが分かんないけど……たぶん違う、気がする」

「へー、そうなんだね。パパの昔の話、聞いてみたいかい?」

「いいの?ママに怒られちゃうかも」

「ん〜、なら、ほんの少しにしておこうか」

「少しなら、いい、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

朝日が完全に昇りきった時、レフィーヤの意識は夢の彼方から戻ってきた。しかし、もう少しと愛娘を抱き寄せようと手を伸ばす。

 

「あれ?」

 

その手は空を切り、娘の柔肌とは似ても似つかないゴツゴツした腕に触れる。

 

「ん〜」

 

その腕の主はレフィーヤの腕が触れるやいなや、愛でるように身体ごと引き寄せ抱きしめてきた。

レフィーヤは無理やり引き剥がし、体を揺らす。

 

「アナタ起きて!アルフィが居ないのよ!!」

 

すると、瞼すら持ち上げられないような腑抜けた表情はどこへやら。瞬く間に覚醒してベッドを出る。

 

「アルフィ!?」

「いつもはなかなか起きてこないのにどこに行ったんだろう……」

「多分この館の中にはいるだろうけど……探そう。変なとこに行っていないか不安だし」

「そうね。なにせここは元々アポロンファミリアの拠点だから知らない空間とかあるかもしれない」

「とりあえず居間に行ってみようか」

「ええ」

 

2人して走って居間へ行くと、ヘスティアに膝枕されたアルフィがすやすやと眠っていた。

 

「2人ともおはよう。そんなに息切らして、何かあったのかい?」

 

ヘスティアの問いかけに苦笑いで顔を見合わせる2人。

 

「いや、良いんです。にしても、アルフィはかなり警戒心高いのにそこまで懐くなんて、流石神様ですね」

「だろう?なんなら、こんなボクを君のパートナーにしてもいいんだぜ?」

 

様子が、周囲の雰囲気が急変する。

 

「ははっ。何言ってるんですか。キツイ冗談を」

 

ベルの瞳は非常に冷ややかなもので、元とは言え主神であった神を侮蔑する、殺気の宿る冷酷無比なものであった。しかし殺気の先にある当の本人はその事に気づいていない。レフィーヤはその雰囲気を敏感に感じとり、ベルの気をそらそうと話しかける。

 

「ベル、アルフィも無事だったんだし、ヘスティア様に任せて朝ごはん作りましょ?たまには2人で作るのも良いと思うの」

「確かに。神様、適当に材料使っちゃいますね」

「良いとも。どんどん使っておくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

あとからリリ、春姫、ヴェルフの順に起きてきた。いずれも客人であるはずの2人が用意した朝ごはんから漂う香りに釣られて。

 

「おはよう。美味そうだな」

「おはようございます。うわあ、朝から凄く豪華ですね……!」

「はわわわわ、お客様にお料理をさせてしまいましたあ……」

「良いんだよ。僕たちが好きで作ったんだし」

「ベルは私にちょっかいかけてただけでしょ」

「アルフィ!ママが虐めるよお」

「パパがわるい」

「そんなこと言わないでよアルフィ〜」

「賑やかだねえ!ヘスティアファミリアはこうでなくっちゃ!」

「ヘスティア様はもう少し自覚を持って働いてください。ベル様という収入源が消えて、貴方がこさえた借金でヘスティアファミリアの家計は未だ火の車なんですからね」

「ベルくんっ!助けておくれ!」

「ヘスティアナイフは冒険者を辞める時に返したじゃないですか。それ売れば稼げるでしょ?【災禍の兎(カタストロフ・ラビ)】の使用していた、神の作りし業物!5億ヴァリス!ってな感じで」

「そんなことできるもんかっ!」

「ヘスティア様って昔の男を忘れられないタイプですよね」

「ヴェルフくんっ!?」

「渡しませんからね。いくらヘスティア様と言えど」

「レフィーヤくんっ!?わ、分かってるよ?家庭の神様であろうボクが家庭を崩壊させるようなことしたら本末転倒も良いとこじゃないか!」

「「「「どうだか」」」」

「みんな酷いよ!ボクの信頼はそんなに低いのかい?」

「信頼はすごくしてるし、頼れるんですよ?でも、ベル様が絡むと信用も何も無いというか」

「サポーター君はお黙り!」

「なっ、なにを〜!!?そんなこと言うならファミリアにお金を入れませんよ!!」

「あ、それは困るよ!ごめんよサポーター君!」

 

愉快な笑い声が耳に届いて、その輪に入りたくて、心地よい温もりから這いずり出るように無理やり自分の体をうねらせる。

 

「アルフィ、起きたの?」

 

いつも一番に気づいてくれるのは母親であるレフィーヤ。「ん……」と言葉にもなっていない返事をして、目ヤニの着いた目をゴシゴシと擦る。それを咎められ、母と共に顔を洗いに行く。

すっかり冴えた目で見たのは、今朝家族じゃないと否定した事が恥ずかしく思えるくらい、血の繋がりでは表せない家族の形がそこにあった。

 

「ママ」

「なーに?」

「家族ってなんだろう?」

「家族、ね。難しいことを言うわね……」

「私達って、3人家族だよね?」

「そうね。世界に沢山いる人の中で、たった3人の家族。少し経てば4人になるけどね」

 

アルフィの求めていた答えは返ってこない。だが、それに続くようにレフィーヤは言葉を紡ぐ。

 

「でも、家族は一つだけじゃない。アルフィにとっては一つだけかもしれないけど、大人になるにつれ増えていく。パパとママはそれが迷宮都市(オラリオ)であり、家族(ファミリア)だった」

 

家族(ファミリア)

 

アルフィにとっても当たり前に知っているし、日常生活でも聞く言葉。しかし、それはファミリアであって家族という認識は無かった。

そして、母の言葉で思考のモヤはすっきりと消えた。昨日抱いた疑問も、もちろん、今朝の神様の言葉の真意も。

 

「ママ」

「ん?」

「家族って、【幸せ】だね」

「ふふ、確かにそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはメレン。世界中から荒くれ者、夢を追う者、捨てられた者、力を求める者………あらゆる想いを持った者達が一同に介するオラリオからほど近い、世界最大規模の海港都市。豊富な海産物、陽気な漁師たちに活気のある商店街。

そんな賑やかな街の中に建つ一軒の家。二階建てで、特別なことは何もない簡素でよくある作りの家。

しかし、その家こそ、彼女にとって、彼にとって紛れも無く最も大切な場所。

そして今日、その2人にとっての宝物が、当たり前だったその家が特別な場所だと気づいた。

だからこそ、帰ってきた時にその家にかける言葉は1つだろう。

鍵が差し込まれ、ゆっくりと扉が開く。

小さな足で家に1歩。大きな声で。

 

 

 

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すみません、大変遅くなりました。これにて本当に完結です。ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
ここでこの物語を考えた背景を一つ。私は今大学生で、一人暮らしを春から始めました。中々慣れない新しい生活。そのうち友達も増え、恋人こそ居ないものの充実した生活を送っています。
そして私の中で大きく変わったこと。それはふとした時に【家族】や「実家」のことを考えるようになったことです。
離れて初めて気づく大切なもの。当たり前が1番大切だって、その事に19年間生きてきてようやく気づいたんです。
そして私の大好きなコンテンツであるダンまちというプラットフォームを借りて、このような物語を執筆させていただきました。
この物語を通して、家族のことを今一度振り返って頂けたら幸いです。
それでは、また別のお話で
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