同居生活が始まった。しかし、二人の間に会話はほとんど無い。レフィーヤが2人分の料理を作って帰りを待っていても、彼は酒場で静かに荒れている。それをレフィーヤが溜息をつきながら介抱し、家へと連れ帰るのが日常になっていた。
しかし、朝は共に(無理矢理)食べさせ、昼は(強引に)持たせているので、彼の顔色は日に日に良くなっていった。なんだかんだ出されたものは食べるので、私もそれなりにやる気は出る。未だに色良い感想は貰えたことがないのは残念だが。
そんなことが日常になり、1週間が経ったある日のこと。私は突然、便箋で至急ファミリアへ帰還するよう呼び出された。
「ベル、ちょっとファミリアから呼び出されたので行ってきますね」
返事は無い。酒瓶片手に机に突っ伏している。レフィーヤは「はぁ……」といつも通りのため息をついて、書き置きを残し、家を出て第2の実家とも言えるロキファミリアへと足を運んだ。
※※※
「リ、リヴェリア様。今なんて……?」
「クエストで2日ほど時間を貰いたいんだ」
「いやいやいや!あれをほっとくことなんて出来ませんよ!私がいないと直ぐにダメ人間なんです!最近やっと血色が良くなってきたんですから!!!!」
「クエストに出られるのが今居ないんだ。このクエストをしないとファミリアの沽券にも関わってしまう。無理を言っているのは分かっている。だが、この通りだ!」
「あ、頭を上げてください!分かりました、やりますから!」
リヴェリアはふふっと真面目な顔を崩す。レフィーヤはその笑顔の意味が分からず、首を傾げる。
「なに、お前はベル・クラネルを愛しているのだなと思ってな」
「なっ……!!??」
「なに、今までなら私の言ったことに少しでも口答えなどしなかっただろう?昔ならアイズと少しでも離れる事を嫌がったお前が、それすら厭わなくなった、なんてなと思っただけだ」
レフィーヤは何も言わずに下を見る。耳まで真紅に染め、言葉が出てこない様子。所謂、図星と言うやつだ。
「ほら、早く行ってこい。早めに終わらせたらその分早く会えるぞ」
「そうですね……」
とぼとぼと扉へ向かう。途中、頭やら足やらをごちんとよろけぶつけていた様子は、皆のママであるリヴェリアにとっては胃が痛む種であったが。
「ダメ男に絆されるとは、よく言ったものなのだな」
謎の虚しさをリヴェリアは感じつつ、額を抑えてソファへと腰をかける。
外を眺めると、薄気味悪くどんよりとした曇り空が広がっていた。
喜ばしいことなのに、頭がどうにかなりそうだった。
※※※
「あなたって……こんな人でしたっけ」
目の前に広がる惨状に愕然とする。脱ぎ散らかされた衣服。それらは全てところどころほつれていたり、破けていたりする。整理整頓の言葉を辞書で探して欲しいほど、部屋はゴミで溢れている。部屋の壁や床をポンっと叩けば、塵や埃が舞って咳き込んでしまった。
料理を保管するための箱にはぎっしり詰められた氷と酒瓶が数本のみ。あとは干し肉がいくつかに、申し訳程度の野菜。英雄譚に囲まれた彼の部屋などは見る影も無くなっていた。
そして極めつけは、全身垢だらけの白兎。髪の毛は脂ぎっていてかつてのもふもふは見る影も無い。酒臭く微妙に紅潮している頬、あいも変わらない濁った瞳に、目元に深く濃いクマが不気味さにアクセントを加えている。
「うっさいですね。僕の家なんだから何しようが僕の勝手じゃないですか」
「私が2日空けただけでこんなになるなんて思ってもなかったです……」
それまでは私が料理をしたり掃除をしたりして、彼の荒みきった生活をそれなりにしていたのだが。これは酷い。私が少し家を空けただけで絶望的な堕落の渦に堕ちてしまっている。
「決めました」
「え、なんですか」
「この1ヶ月で私は!荒みきったあなたを何とかしてみせます!」
「いや、そのつもりで来たんでしょ?でも、僕はこの家に帰っては来ないようにしますから」
「なっ!?」
「あなたの負担も増えますし」
「〜〜〜!!!!??」
熱が急激に昇ってくる。私は彼を突き飛ばして壁に押し付け、顔と顔を思いっきり近づけて瞳をじっと見つめる。いや、睨みつける。
「な、なな、何するんですか」
「絶対、絶対、ぜーったい!あなたを戻してみせます!あなたを振り向かせてみせますから!」
2人の瞳が一つの線で貫かれる。そのまま数十秒、無言でじっと見つめ合う。
沈黙を破ったのは、頬を少し赤らめた白兎の方だった。
「あの、離れて下さい」
「あなたが『はい』と言えば離れます」
「そうじゃなくて…………胸、当たってます」
ハッとして、レフィーヤは改めて自分の体勢を見る。ここ3年間でティオネ以上に膨らんだメロンのような、いや、それ以上に大きな双丘は目の前の彼に押し付けられて潰れてしまっているようになっている。
「っ〜〜〜!!!!???」
レフィーヤは思わず彼から離れてしまう。弾力に富んだそれが、離れた際に激しく揺れる。胸元を慌てて隠すように手を胸元でクロスし、キッとベルを睨む。
しかし、レフィーヤは今までのレフィーヤとは違った。彼が何かを言おうとする前に再び、今度は壁に押し付けるようにでは無く、しっかりと背中に白く細い腕を回してギュッと抱き締めた。
「ちょっ!?」
「あなたが『はい』と、一言いえば済みます!とっとと言ってくださいこの変態兎!」
「やめろよっ!どうしてそんなに構うんだよ!!!??」
ベルはレフィーヤの包容を無理矢理引き剥がそうとする。しかし、レベルが2つ離れていようと諸々の事情でベルの力は弱まっているのでなかなか抜け出せない。
「そんなの……」
「あなたが寂しそうにしてるからじゃないですか………」
寂しそう?誰が?まさか、僕が?
そんなはずが無い。そんなはずが、絶対、無い。あるはず無い。この3年間一人で生きてきた。誰にも自分からは手を差し伸べず、振り向きもしなかった。勝手に絡んできても突き放した。それが皆のためだと思って自分を殺してきたんだ。
僕の思考回路が狂っていく。かけ違えたボタンのように、噛み合わなくなった歯車のようにズレていくのを感じる。
もう何も分からない。何もかも。殺してきたなら、たまには、流れに身を任せても良いのかもしれない……
「ベル?どうしたんですか?」
固まりつつあった気持ちは蝋燭の灯火のように、あっさりとゆらり、揺れ吹かれた。
丸い大きな瞳。山吹色のキメ細やかな美しい髪。化粧をしなくても映える整った顔立ち。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる身体。そして何より、自分のやりたい事かなぐり捨ててこんな僕を大切にしてくれる優しさ。
僕はまた、同じ過ちを繰り返したくない。
「……ごめん。やっぱり、僕のせいで君を傷つけたくない」
これでいい。僕は自分を殺す。殺して、殺して、その先に何があるのかは分からないけど。少なくとも僕のそばにいるよりは良いはずだ。だって、僕は英雄と程遠い、災いを呼ぶ白兎なのだから……
俯き、顔を再び上げると、目の前では水晶のような瞳から一雫の涙が頬を伝っていた。こんな時、僕は何をすればいいか全く分からない。脳内では慌てふためきながらも、実際の身体は固まって彼女から溢れ出る涙 想いの欠片をただ見つめるのみ。
僕はまた間違ったのか?過去の過ちに囚われ、抜け出せずに、新しい罪を犯してしまったのでは無いか……?
「……つきました」
「へっ?」
彼女が不意に口を開く。
「傷つきました。責任取ってください」
「えっと、その」
「うるさいですうるさいです聞きたくありません。あなたは『はい』って言ってればいいんです私は傷つきました。責任取って大人しく頷いてください」
抑揚無くマシンガンの如く畳み掛けてくる。なんだこれ、ファミリア揃っての特技なのか?
しかし、そんな風に言ってきていても彼女の瞳には涙が溜まっている。背中に回されている腕の力はいつの間にか緩んでいて、彼女は顔をこちらへ向けず僕の胸で俯いている。
もう、何も分からなかった。皆のために関わらなかったのに、関わらなかったら傷つくと言う。じゃあどうすればいいんだよ。僕は無為に過ごした3年間で何も、何も分からなかった。
全部、全部お前たちのためなのに。僕が居ない方がいいことはわかっているはずなのに。あぁ、だめだ。逆上してはいけない。そうと分かっていても、体は無意識に怒りと混乱により突拍子も無い行動に出てしまう。
「キャッ!!」
足をかけ、力の緩んだ腕をすり抜けて肩を押し、ソファに押し倒して彼女に跨る。いつの間にか息は荒くなり、押し倒した腕は微かに震えている。
怖いはずだ。いきなり
それでも彼女はこちらを真っ直ぐ見てくる。歯を食いしばり、こちらを見据えている。強い彼女の瞳の奥には、どうしようもなく弱っちい僕の姿が、情けない男の姿があった。
僕は力が抜け、彼女に覆い被さるようにして倒れてゆく。そんな僕を、彼女は顔色ひとつ変えずに受け止めてくれる。
「なんだよそれ……」
あまりの自分の脆さと弱さに愕然とする。情けないにも程があるだろうと。自分が益々嫌いになっていく。もういい。流されてしまおう。これ以上自分を殺し続けると、自分が自分で、ベル・クラネルではなくなってしまう。
僕の決心を揺らがせた以上、彼女にもその代償は負ってもらう。勝手に僕の空の神輿に乗りかかって来たんだ。それも覚悟の上だろう。
理性が、プツリと切れた瞬間だった。
僕は虚ろな瞳で目の前の妖精をじっと見つめる。彼女はゴクリと喉を鳴らした。そのまま静かに僕は顔を彼女へ近づけてゆく。少しずつ、徐々に、ゆっくりと。いつの間にか閉じられている彼女の瞳に、いや、その美しさに吸い込まれていった。
瞬間、我に返ったレフィーヤが肩を押して僕のことを押し退ける。しかし、唇を拭うことはせずに、唇に手を当てて顔を赤らめるだけ。
だが、もう今までのレフィーヤとは違う。勝ち誇ったしたり顔でベルの顔をニヤリ、と見つめる。
「もう離しませんよ?エルフの乙女にここまでしたんですから………責任取ってもらいます」
彼女は【今までのベル・クラネル】に話しかける。
しかし、そこに居たのは何もかもがどうでも良くなった、自分を殺すことをやめた本能剥き出しの白兎。
「責任は取ります。ですから……」
「えっ。ちょ、ちょっと…」
最後までと、ツンと尖った彼女の耳元で囁き再び唇を重ねた。今度は触れるだけではなかった。
その日、2人は初めて体を重ね合わせた。欲望のままに、何度も何度も………
翌日の朝。窓から差し込む朝日は、久しぶりに眩しくて美しかった。
To be continued
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