分かったことがあります。何を隠そう、同居しているベル・クラネルのことです。あの夜のことで心を開いたのだろうって?確かに開いてくれました。こんな私を壊れた心でも受け入れてくれました。私も嬉しかった。今も嬉しいです。最高です。でも……
「おはよう、レフィ」
「お、おはよう。ベル」
「レフィは今日なにか予定はある?」
「特にないですよ」
「そっか、良かった」
え?これのどこが困るのかって?確かに会話には困るところはありません。
これがずーっと、私を抱きしめながら話していることに目を瞑れば、ですが……
そう。ベルはさらにダメ男になってしまいました。もう兎というより、まとわりついてくるスライムのよう。基本私から離れません。
同棲2週間目。こんな稀有なことはまず無いと思うので、私たちの日常をここに書き記しておきます。
※※※
朝。気持ちの良い日差しが窓から差し込み瞼を揺さぶる。私は眠気に抗い、腕を天へと突き出しつつ上半身を柔らかな布から弾むように起こす。
隣のベッドの住民はまだまだ眠り姫のようだ。私は起こさないように注意しつつ身体に纏う毛布を退かして台所へ。
「今日の朝は何にしましょうか」
とか言ってみるが、ある程度何をするかは決まっている。私は台所の脇にある箱の中で保存しているじゃがいもをいくつか手に取る。それを潰して干し肉を入れ、少し焼き目を付けたあとに溶いてある卵で優しく包み込む。最後にケチャップをかけてパセリを添えれば、ポテトオムレツの完成だ。これを2つ作り、ブロッコリーを添えれば完璧!
しかし彼は起きてこない。こんなにも良い香りなのに。彼の鼻孔は潰れているのだろうか。私は寝室へと向かって彼を起こしにかかるが、大抵ここで一悶着が有る。
「ベル。起きてください」
「むにゃ、あと……5分」
「朝ごはん冷めちゃいます。早くしてください」
「むぅ〜。あと、えと、10分」
「増えてるじゃないですか!いいから早く起きて!」
そう言って布団をはね上げ、腕を掴んで引っ張りだそうとする。……が、
「キャッ!!」
突然掴んでいたはずが逆に掴まれてそのまま布団へ引きずり込まれる。その後は私を抱き枕に二度寝を開始するのだ。もちろん、レベル差の暴力で私は抗えずに再び起きるまではこのまま。ホカホカのオムレツは大抵冷めきってしまったころにようやく私たちの胃袋に収まる。これで午前が終わる。
※※※
そして午後。ここから停滞していた午前とは違って怒涛の展開を見せる。まずは起きたベルにこれでもかと愛でられて朝食……いえ、昼食を食べて彼はダンジョンへ行きます。私はと言うと、ここ最近はダンジョンへ行くことも少なくなりました。主婦業に専念しているというのもひとつですが、それ以外にも理由はありまして……
その為に、今私は再度オラリオへ来ています。持っているカゴの中には昨日作っておいたアップルパイ。今回はかなり上手く焼けて上機嫌です!
「お、君はロキのとこのエルフ君じゃないか!」
うっ……目的地まではここの通りを通らなきゃ行けないのですが、この神がいるんですよね。現在進行形で事が事なので、あまり関わり合いたくなくて……
ってか、あの神何連勤してるんですか。このところずっと見てますよ。本当に大丈夫なんでしょうか?
「こんにちは、神ヘスティア。今日もじゃがまるくん2つ、小豆クリーム味ください」
私は罪悪感から、いつもじゃがまるくんを買ってしまう。おかげで少しお腹に肉がついてきてしまってます………
「ところでエルフくん。君からベル君の匂いがするのは気のせいかな……?」
「しっ、失礼しまーす!!!!」
「あぁっ!?こら待てエルフくーーん!!!!」
いつもこんな感じで逃げていますが、そのうち捕まりそうで怖いです。
走ってるうちに、いつの間にか目的地へと到着してました。最近こんなのばかりで心臓にも体にも悪い気がします。
「ごめんなさいアキさん!遅くなっちゃっいました」
「全然、まだ集合時間前だよ〜」
そう、ロキファミリアの先輩ことアキさんとのお茶会だ。何故、アキさんなのか?それは彼女の身体を見れば一目瞭然。
「前よりもだいぶお腹が大きくなりましたね」
「そうなのよ。だいぶ動きも活発になってきてさ」
お腹を優しくさするアキさん。その顔は女としての幸せと母親としての慈愛に満ちている。
彼女は結婚してめでたく妊娠、一時的にファミリアとは行動を別にしているのです。相手は言うまでもないだろうが、一応言っておくとロキファミリア次期団長、ラウルさん。ラウルさんがレベル5に上がった時にフィンさんが公言し、オラリオ自体は多少の混乱に包まれましたが。ロキファミリアの面々は「まあ、そうだろうな」って感じでした。多分最も驚いてたのはラウルさんだったでしょうね。彼の周囲も大きく揺れてました。
そんな時に、いつも通りに支えてくれたのがアキさんでした。ラウルさんなりにケジメをつけたかったのでしょう、騒動が一段落した後に即告白、入籍しました。その後にまた一波乱起きたのはお察しの通りですが……
「そしたらベルがですね」
「そんなの良くあることよ。ラウルったら……」
このように下らないお話を何時間もしています。
そしたら大抵、いつの間にか光は夕闇と溶け合って茜色に染まって一日の終わりの鐘が鳴り響いてきます。この辺りで私はアキさんの家を後に。
「ただいま〜」
「!!レフィ、おかえりっ!」
今日はいました。帰ったらベルが居ない時と居る時が有るのですが、今日は早く帰ってきていたみたいです。
私は玄関で熱い熱いキスをした後に、余韻に浸る間も無く突然ふわり、浮遊感に襲われます。毎度の如くお姫様抱っこをされてリビングのソファへ連れて行かれているという訳です。
最近は全く酒場へも行かなくなり、大人しく帰ってきてくれます。荒れに荒れた肌ツヤも良くなり、大きく窪んだ穴のようなクマも消えました。フケだらけの髪の毛も、垢だらけの身体も綺麗なものになってます。
でも……
「ねえベル。私以外にも「それは出来ない」
未だに私以外の人には辛く当たっているようです。頑なに心を開かないベルの気持ちが……正直なところ、何も分からないんです。なにより、拒絶する時の歪ませた顔。目線を下げ、歯を噛み締め、かつての壊れかけた酒狂いの人形に逆戻りしてしまいます。でも、でも、それなのに彼は……
私を抱きしめながら言うんです。何度も、聞き分けの悪い子供を諭すように。噛み締めながら丁寧に言うんです。
ベルは大好きです。この上なく愛しています。だからこそわかるんです。無理をしているんだと、本当は共にいたいのだと。何よりも大切な家族。それが故に別れなければならない。
なら、そうであれば、私が受け止めてあげるしかないじゃないですか。受け止めてあげなきゃ、またベルの器は割れてしまう。
でも、このままでは良くないと分かっている。悔しいんだ。結局、何も事態を好転させることは出来なかったから。
彼の傍に居てあげたい。何時までも居てあげたい。でも
※※※
夕陽は闇に飲まれ、港は闇に包まれる
2人は闇にさらわれて、今日も夜枷を共にする
絡み合う指、交わる身体
互いの想い交わる中で、夜明けを起きて2人で待つ
離れたくないと抱きしめて
離したくないと抱きしめて
泡沫の想い、ぶつけ合い、喘ぐ2人の冒険者
繋ぐひとつの形を求め、激しく激しくどこまでも
夜はまだまだ序章に過ぎぬ………
「おかえり、レフィーヤ。1ヶ月お疲れだったね」
「………」
「突然で申し訳ないが、1週間後には遠征だ。アキがいない今、君には出てもらわなければいけない。しっかりと用意して来るように。分かったね?」
「はい、了解しました」