バーヴァン・シー、お前が笑ってくれるなら   作:月崎海舟

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月下の舞踏会

「今日から召使いとして雇う事になった。色々と教えてやってくれ」

 

 俺に言うだけ言うと、猫顔の主人は自分の部屋へと戻っていってしまった。

 

 改めて紹介された召使いを見ると、汚らしい緑色のドレスを着た少女だった。

 身長は俺より少し低いくらいか。赤い花の様な色の髪なのだろうが、汚れてしまい燻っている。おまけにどぶ臭いと来た。

 顔を見ると血色も悪い。人であるならば、体調不良を疑う事だろう。

 俺が見る限り、穴やヒビだらけで今にも壊れてしまいそうだ。

 

「あー……お嬢さん。お名前は?」

「……バーヴァン・シーです。よろしくお願いします」

 

 そう言うと、少女は礼儀正しく頭を下げる。

 

 バーヴァン・シー。

 本で読んだことがある。確か、西洋の吸血鬼。つまるところ鬼の一種だ。

 いや、俺の知ってる鬼と、目の前のそれが別物だということは分かっている。

 この妖精國では、下級妖精とやらに分類される代物のはずだ。

 

 ……まったく、我が領主の珍しい物好きにも困ったものだ。

 俺の様な変わり者を拾うだけに飽き足らず、こんな汚らしい妖精を招き入れるとは。

 どうやら、俺という人間に満足できない程、娯楽に飢えているらしい。

 

「あなたのお名前は?」

「ああ、俺か? 俺は茨木だ。よろしく頼むよ」

「……ぃ? ええと……」

 

 ああ、発音がどうにも聞き取れなかったらしい。

 俺もこっちに来た時は苦労したし、領主様も言い慣れるまで苦労した。

 

「呼びにくいなら先輩でいい」

 

 そのまま俺の名前を呼ぶ練習をさせると、今にも舌を噛んでしまいそうで聞いていられない。

 

「よろしくお願いします。先輩さま」

 

 ……どうやら下級妖精の例にもれず、頭がスカスカのようだ。

 先輩に「さま」はいらんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、肝心のバーヴァン・シーの給仕スキルはと言うと、中々に腕のいいモノだった。

 物覚えはいまいち信用ならないが、作業する姿を見れば大分手慣れている。

 

 何でも妖精は、繁殖行為はせず湧いて出てくるそうだ。

 ただ、死んだ妖精を再利用する為か、上級妖精といった力あるモノは、先代の記憶を受け継いだりすることがあるらしい。

 下級妖精は基本的にそんな事はないらしいが、昔取った杵柄とでも言うべきか、身体に給仕作業がしみ込んでいるのかもしれない。

 

「先輩さまは、どうしてグレイマルキン様のもとで働いているんですか?」

 

 ある日、俺と荷物を運びながら、バーヴァン・シーがそんな問いかけを投げかけてきた。

 

「あー……」

 

 本当のことを言うべきか否か、頭を掻いて悩んでしまう。

 

 普通は話すべきではないと思うし、こんなことを言うやつは頭がおかしいと思われるかもしれない。

 本当であれば、俺はこんな所ではなく、もっと別の施設にでも閉じ込められてしまってもおかしくはない人間だ。解体実験でもされるかもしれない。

 

 こんなところにいられるのは、領主様が珍しいものが好きで、俺の目を大層気に入り拾ってくださったからだ。

 たまにモース退治に駆り出されるだけで、それ以外の面で言えば、この妖精國においてここまで恵まれた人間もいないだろう。

 

 ゆえに、ここは黙っておくのが得策だ。

 ここは本当のことを言う必要もないだろう。

 

 そう思い、バーヴァン・シーの目を見た。

 灰色の瞳が、今か今かと待ち望んでいる。

 どれだけ体が汚れていても、その瞳は宝石のように綺麗で――――

 

「異世界から来たんだ。俺」

 

 つい、本当のことを言ってしまった。

 

 こんな目で俺を見る少女に、嘘をつきたくなかった。

 嘘をついたら最後、俺の魂が汚れてしまうような気がしたのだ。

 

 そんな予感を差し引いても、この少女は俺との秘密を守ってくれるだろうという信頼があった。

 妖精とはいえ、鬼にそんな感情を抱くとは、こんなことになるまで思いもしなかったんだが……不思議なもんだ。

 

 

「異世界?」

 

 可愛らしく首を傾げるバーヴァン・シー。

 

「そう。妖精がいなくて、人だけの世界だ。悪い事をするお化けを退治するのが俺の仕事だった」

「おばけ?」

「あー……妖精亡主みたいなもんさ」

 

 実際には全然別物だろうが、嫌われない為にそう誤魔化した。妖精のような人外を狩るのが仕事だなんて、絶対に嫌われるに決まっている。

 ……いや、なんで誤魔化した俺? 妖精にどうこう思われようが、別にどうだっていいだろうに。

 だいたい、こんな荒唐無稽な話を信じるやつなんて、いるわけが――――

 

「先輩さまのいた世界って、どんな所なの?」

 

 ――――その灰色の瞳を輝かせて、問いかける少女の姿があった。

 

 ……ああ、まったく。性質の悪い女に捕まった。

 苦手なんだよ。こういう女。

 

 

 それからというものの、バーヴァン・シーは暇さえあれば俺の世界の話を聞いて来た。

 食べ物の話、家の話、武器の話……俺が話せることなんて雀の涙ほどしかない。

 

「今日はどんなお話を聞かせてくれるんですか?」

 

 そんな話でも、少女は華のような笑顔で訪ねてくる。

 そんなもんだから、俺も必死こいて脳味噌を掻きまわし、話せるネタを探すのだ。

 

 中でもバーヴァン・シーが興味を持ったのが、靴の話題。

 他の町に行く馬車の中で、想像以上に食いついてきたのだ。

 

「綺麗なドレスにも憧れるけれど、足を着飾るだなんて考えたことも無かった。いつか私も、おしゃれな靴を履いて、綺麗なドレスで着飾って、舞踏会に行ってみたいの」

 

 そんな夢を語る少女。

 だが、自分達はあくまで召使い。そんなチャンスは程遠い。

 手に届くはずもない星を掴みたい。そんな戯言に等しい。

 

「……いつか、そんな日が来ると良いな」

 

 でも、俺の口から出たこの言葉は嘘じゃない。

 本当にそんな日が来れば、彼女はきっと、大輪の花にも負けぬ笑顔を咲かせることだろう。

 なぜだか俺は、それが無性に見てみたかった。

 

「ええ、そうね」

 

 来るかもわからない「いつか」の話で、少女は楽しそうに微笑んだ。

 変に期待を持たせてしまったかもしれない。

 そんな力、俺にはないというのに。

 

「その時は、私と一緒に踊ってくれますか?」

 

 予想外の言葉に、俺は思わず面を食らってしまう。

 

「……西洋の踊りに関心はないぞ、俺」

「私が教えてあげるわ」

「踊れるのかよ」

「……私が、踊れるようになったら」

 

 しょぼくれるバーヴァン・シー。

 ああ、いや違う。俺はそんな顔が見たかったんじゃないんだ。

 そういう顔をするんじゃない。何とかしたくなるだろ。

 

「わかった。わかったよ。その時が来たら、俺が一緒に踊ってやるさ。お前が飽きるまで、一緒に踊ってやる」

「やった。ありがとうございます先輩さま。きっと、きっとよ」

 

 ……こんなもしもの話で、どうしてそんな楽しそうにできるんだか。

 

 馬車の外を見れば、もうすぐ日が暮れるといったところ。

 黒と赤の光が混じり、妖精國の草木は優しく照らされる。

 どことなく、祭りの後の静けさを思い出す。

 

 一日が終わるのは寂しいけれど、また明日も頑張ろう。

 そんな気持ちで胸がいっぱいになれるような、そんな光景。

 例え今にも崩れ落ちそうでも、そう思えたことは俺の財産だと言える。

 

「バーヴァン・シー。窓の外を見てみろよ」

 

 そんな時間を彼女と共有したかったのか、お前の國も捨てたもんじゃないぞと言いたかったのか、正直自分でもわからない。

 

「……ええ、綺麗ね」

 

 そういう彼女の顔は、どこか寂しそうで。

 ……だから、そんな顔をするなよ。

 

「今度、満月の夜にでもさ、ピクニックでもするか?」

 

 彼女の反応を伺いながら、恐る恐る尋ねる。

 そう、恐る恐る尋ねてるだけで、緊張で声が震えているわけじゃない。

 

「月夜のピクニック? でも、モースとかで危ないんじゃ……」

「さすがにここらへんじゃ無理だけど、屋敷の屋根の上とかでさ。結構景色いいんだぜ? ここら辺だって一望できるさ」

 

 俺の世界だと、バーヴァン・シーは日光が苦手な妖精のはず。

 だから、夜のピクニックを提案してみたんだが……。

 

「先輩さまと一緒なら、とても楽しそう」

 

 そう微笑んだ彼女を見て、俺はほっと胸をなでおろした。

 

 ……やれやれ、なんでこんな少女の態度で、俺は一喜一憂してるのやら。

 その理由はわからなかったが、彼女の笑顔が見れたので、俺はとりあえずよしとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血が滴る。

 終わったはずのものが動き出した。

 奇跡とも言える悪魔の所業。

 

 積み上げる。

 多くの血肉袋を。

 

 積み上げる。

 多くの罪を。

 

 積み上げる。

 多くの悲しみを。

 

 

「――――ああ、実に愉快だ」

 

 

 人知れず、それは積み上げ笑うのだ。

 どぶ臭い暗闇の中で、ただ一人笑うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、バーヴァン・シーの様子がおかしい。

 俺の世界の話をしても、笑みを見せなくなったのだ。

 

「ああ、空の話といえば、俺の国では空が青いんだ」

 

 そう言えば興味深そうに食いついてくるものなのだが、最近と言ったら「そうなの」と、何やら上の空だ。

 気になって「どうしたんだ?」と聞いても、「何でもないの」の一点張り。

 どうしてそうなってしまったのか、俺にはさっぱりだった。

 

 変に会話術の本の知識を取り入れたのが悪かったのか。

 今となっては見ることができなくなった彼女の笑顔に、俺は恋い焦がれていた。

 

 ……は? 待て。

 待て待て待て待て。

 今俺、何て思った?

 

 恋い焦がれていた。

 

 ……恋い焦がれていたぁ!?

 

 嘘だろ俺。あんなどぶ臭いガキが好みだったか?

 いやいや、好きじゃないし。そんな好きじゃ……ない、とは、言え、ない。

 

 ああ、うん。アイツの笑顔を思い出すだけで胸が温かくなる。

 マズい。思ったより本気だ俺。

 俺、本気でバーヴァン・シーが好きかもしれない。

 

 良いのか俺? 仮にもそういった化け物を殺すのが俺本来の仕事だろ?

 衝動にかられ、止まらなくなってしまった物を殺すのが我が家の生業。

 

 ……でもまあ、家とかないし、妖精も人間と結婚するっていうし?

 いいんじゃないかな。いいかも。いいよいいよ。

 

 こういうのに素直にならないと後悔するって、夏目漱石も書いてるよ。

 夏目漱石読んだことないけど、多分書いてる書いてる。

 

 というわけで、何か贈り物を用意してみることにした。

 召使とは言うが、それなりに金は貰っている。

 

 ……ノリッジにお使いに行く途中に、何か靴を作ってもらうか。

 流行ものを買うならばグロスターが一番だが、一から作るとなればノリッジが一番だ。

 逆に綺麗なドレスを買うのであれば、グロスターが一番だろう。

 

 時間はかかるだろうし、問題も山済みだ。

 だが心配はない。

 あの笑顔を見る為ならば、その程度は苦にもならない。

 

 ――――バーヴァン・シー、君に伝えたいことがあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 品を用意するのに、あまり時間はかからなかった。

 意外にも、あのスプリガンの領主が協力的だったのが幸いだった。

 ノリッジに来ると、何かしら絡んでくるんだあの妖精。

 仲がいいとの事で、我が領主様にもノリッジのお使いには必ず俺が駆り出されてしまう始末。

 

 今回もノリッジに来ると絡まれてしまい、妖精眼とでもいうべきか、俺が何か浮ついているのを察知されてしまった。

 正直に話したら何やら盛り上がっていた。

 

「これは面白い。ぜひ私も協力させていただきましょう。何、お礼などいりません。妖精と人間が結ばれる。実に面白……失礼、素晴らしい事じゃないですか」

 

 ……正直借りを作るのも怖かったのだが、お言葉に甘えることにした。

 それだけ早く、彼女に贈り物を用意したかったのだ。

 

 結果、一週間と経たずにドレスと靴を手に入れることが出来たのだ。

 デカ過ぎる借りが出来てしまった。無茶振りされる気がする。

 あの妖精、今度秘書とかに人間を雇用しようとか言ってたしな……俺は今の職場で満足してるし、あの町で働いた方が苦労が多そうで困る。

 

 そんな事もあって、現在はノリッジから我が領主の居る領地、ダーリントンまで変える最中だ。

 帰る頃には、もう月が微笑んでいる時間だった。

 

 俺がダーリントンに近づくと、町は異様な雰囲気に包まれているのが分かった。

 さらには、町から逃げ出す者達までいる始末。

 嫌な予感がする。

 

 逃げる人間や妖精をとっ捕まえて、何があったのかを問いただす。

 

 

「屍だ! 屍が歩き出した!」

「大量だ! 地下から蟲の様に湧いて出た!」

「知っているぞ! グレイマルキン様の所の、バーヴァン・シーの仕業に違いない!!」

「あのトンチキめ! いつかやるんじゃないかと思っていた!!」

「早く騎士団を! 妖精騎士ガウェインは!?」

 

 

 さえずる者達の声に、頭がどうにかなりそうだった。

 バーヴァン・シーが? 屍を操っている?

 

 確かにバーヴァン・シーは、妖精の中でも吸血鬼といえる存在だ。

 しかし、俺は彼女が吸血行為を起こしたところなんて、見たことが――――

 

 ……いや、前提として、彼女は血を吸わなくても生きていけるのか?

 

 人が食事を嗜む様に、吸血鬼も血を嗜む。

 西洋の真祖の姫と呼ばれる吸血鬼でさえ、その衝動を抑えることは出来ないと風の便りで聞いたことがある。

 なら、バーヴァン・シーはどうなのか?

 

 妖精だからと言って、吸血行為をしなくていいのか?

 

 ……わからない。そもそも前提すら俺はよく知らない。

 

 問いたださなければいけない。

 

 俺は人ごみをかき分け、第二の故郷、ダーリントンへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屍が蠢いている。

 我が物顔で歩いているそれらの所為で、人も妖精も逃げ出していた。

 

 ああ、久々の戦場だ。

 

「理性があるなら、歩みを止めろ」

 

 俺の訴えなど通じるはずもなく、亡者の群れが襲い来る。

 

 ここには、穏やかな日常だったのに。

 一人の少女の笑顔を見れれば、それでよかったのに。

 

 ひび割れ、崩れ落ちていく。

 腐った花が、花びらを散らすように。

 

 もう止まらない。止められない。

 いつだってそれは不可逆なのだから。

 

 流転すること無く朽ちゆく運命。

 それから逃れることは出来ない。

 

 それからは逃れられない。

 俺は(・・)、決して逃さない。

 

 

「――――大地に抱かれて眠れ」

 

 短刀を懐から抜き取り、亡者達のヒビになぞる様に切り落とす。

 その最中、背後からも亡者に襲われるが、鞘を穴に差し込んだ。

 

 それだけで、亡者たちは崩れ落ちる。

 屍という命が、こと切れた。

 

 お姫様を迎えに行かなくちゃいけないんだ。

 思う存分回ってくれ。俺の思考回路。

 辿りつくまで駆け抜けろ。俺の身体。

 全ての死を捕らえるんだ。俺の魔眼。

 

 妖精だろうが人であろうが関係ない。

 全ては朽ち果てる。帰結が存在するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、俺は地下道にいた。

 ああ、こんな所があるだなんて知らなかった。

 しかも、我が領主、グレイマルキン様の家の下にだ。

 全く、どうかしている。

 

 荷物を大事に抱え、足を引きずりながら、笑顔の見たい少女を探す。

 

「誰か、助けて」

 

 聞きたかった声が聞こえた。

 軋む身体が弾け飛びそうな勢いで、ひたすらに足を付き出す。

 

 そこには、妖精亡主となったグレイマルキン様と、涙を流すバーヴァン・シーの姿があった。

 

 

 

「――――仇花と散れ」

 

 

 

 我が主だったものに斬りかかる。

 

 痛みや苦痛が蓄積された身体。多くの死を見て来た瞳。

 それら全ての警告を鳴らすように、熱を発する頭。

 

 ああ知っているさ。わかっているさ。

 ここまでくるまで、沢山の屍を乗り越えて来た。

 もう俺と言う存在は限界だ。今にも砕け散ってしまいそうだ。

 

 だからどうした。

 好きな子が泣いているんだ。

 なら、守るのが男だ。

 

 

「■■■■■――――ッ!!」

 

 

 

 理性すら失った我が主。

 こんな世界にぶち込まれて、途方に暮れた俺をすくい上げてくれた恩人だ。

 

 でも、ダメだ。

 好きな子を泣かせた男を、俺は許せない。

 

 短刀を振りかざす手に力は無い。

 だがそれでいい。

 力を入れる瞬間は決まっている。

 

 さあ、終わらせよう。

 

 

 

 

交差は一瞬。

 

この刃に、

 

全身全霊を――――

 

 

 

 

 ――――血が舞う。

 

 グレイマルキンの口によって、左腕が噛み千切られたのだ。

 勝利を謳うように笑みを浮かべるグレイマルキン。

 

「いや、勝利は俺が貰っていく」

 

 だが、その首は身体から切り離され、地面に落ちていく。

 

 地面に着弾したそれは、果実の様にはじけ飛んだ。

 

 左腕をくれてやる代わりに、その首を貰った。

 実に簡単な話で、安い買い物だった。

 

 さようなら、我が恩人。

 悪いとは思うが、男として譲れなかった。

 譲っちゃいけない場面だったんだ。

 

「……ぁ、あっ、シ、キ。茨木(シキ)さま。そんな、そんな」

 

 俺の姿を見て、狼狽えるバーヴァン・シー。

 おいおい、どうした。俺が勝ったのに、涙が増えてないか?

 というか、名前を呼んでくれているのか。隠れて練習していたんだろうか。嬉しい事をしてくれる。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。私、逆らえなかったの。領主さまが、動く屍を見たいっていうから、それで。でも、たくさん屍を持って来て、それで」

「……そうだったのか」

 

 それを聞いて、俺は心底安心した。

 この事件は、彼女の意思では無かったのだ。

 それだけで、俺は報われたような気さえした。

 

 腕の断面から零れ落ちる血を無視して、バーヴァン・シーに近づく。

 

「お前の所為じゃない。無事でよかった」

 

 そう言って、俺は残った片腕で彼女を抱きしめる。

 

「……ありがとう。私なんかを助けてくれて」

 

 バーヴァン・シーは一層泣いた。

 不思議なものだ。言葉だけで、救われたような気分になるのだから。

 

 瞼も重たくなってきた。伝えられる事は、伝えてしまわないと。

 

「ドレスを買ってきたんだ。お前の髪と同じ、真っ赤なドレスを。グロスターの一級品だ」

「……うん」

 

「赤い靴もがんばって買ったんだ。俺がデザインに挑戦してみた。足の先から頭のてっぺんまでおしゃれだなんて、この妖精國でもお前だけだぞ」

「……うん」

 

 それから、ええと。何を言わなくちゃいけないんだっけ?

 そう。そうだ。これだけは絶対に言わなくちゃ。

 言わなくちゃ、絶対に伝わらない。

 

「俺は――――君が好きだ」

 

 バーヴァン・シーは、どんな表情をしているのだろう。

 笑顔だろうか、涙だろうか。

 ……笑顔だといいなぁ。

 

 バーヴァン・シーは涙目で俺と向き合うと、そっと唇同士を重ね合わせた。

 

 重ね合わせるだけの、優しいキス。

 それでも愛情はたっぷりで。

 

 ……驚いた。言葉にしなくても、彼女の気持ちがわかるだなんて。

 

 唇を離した彼女の顔は、涙を流しながら笑みを浮かべていた。

 

 両方だったか。

 まったく、惚れた弱味だろうか。勝てる気がしない。

 

 俺は心地の良い腕の中で、静かに瞼を閉じようとした。

 

 ……いや、まだ駄目だ。

 体は確かにボロボロで、もう終わりは目前だろう。

 それでも、俺にはまだやらなくちゃいけないことがあった。

 

「――――お姫様、どうか俺と踊ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きた屍が跋扈するダーリントン。

 人も妖精も、生者許さぬダーリントン。

 腐臭であふれ、醜い肉の塊が徘徊するだけの町。

 

 だが、その町で一番立派な屋根の上で、二つの影が躍っていた。

 

 左腕が足りず、血だらけのなんともみすぼらしい男。

 つま先から頭の天辺まで着飾った、令嬢に見間違う程綺麗な少女。

 

 傍から見れば、その踊りの何とぎこちない事か。

 

 だが彼らにとってこの時間は、最も 喜びに/悲しみ に満ち溢れた最後の時間。

 結ばれた恋人達は踊り続ける。

 終わりが迎えに来るその時まで。

 

 

 月夜が恋人達を照らす。

 物言わぬ屍達が仰ぎ見る。

 

 けれども、彼らの目に映るのは、愛しい人の優しい顔。

 この時、世界には自分達しかいなかったのだ。

 

 

 ――――ありがとう。

 

 恋人達は伝え合う。

 

 ――――あいしてる。

 

 自分の想いを、相手の心に詰めこむ為に。

 

 ――――さようなら。

 

 伝えたくない言葉もあったかもしれない。

 けれど、それを言わずに去るのも、心残りになりそうで。

 

 やがて男から力が無くなり、その体から熱が抜け落ちる。

 倒れる男を、少女は優しく抱きしめた。

 

「――――――――」

 

 後悔はない程に思いは伝え合った筈だ。

 いつかは必ず迎える別離の筈だ。

 

 だから、こうなるとわかっていた筈なのだ。

 だから、最後に笑顔で送り出したはずなのだ。

 

 

「……いや」

 

 それでも、

 

「いっちゃやだ……!」

 

 あふれ出る涙を抑えることはできなかった。

 

 少女は男を抱きしめる。

 涙が枯れる、その時まで――――

 




・七夜茨木(ななやしき)
 この物語の主人公。
 町から逃がすことができないと察した彼は、最期の時間を思い出作りの為に使った。

・バーヴァン・シー
 この物語のヒロイン。
 茨木との時間は、いつだって楽しかった。

・スプリガン
 主人公の協力者。
 人間に好意的で、いつか自分も雇おうと思っている。
 この作品の公開当初はここにスプリガンが据えられていたが、年代的にいるとおかしいとの事で前任の妖精と仲がいい事にした。

・グレイマルキン
 主人公の恩人。
 興味本位でどんなことにも首を突っ込むダーリントンの領主。

・モルガン
 この国の女王。
 とある少女の為に、悲劇を喜劇に変える傍若無人。
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