「――――おはよう。随分と遅いお目覚めね」
目が覚めると、灰色の瞳が俺を覗き込んでいた。
それだけではない。その細い腕で俺を抱きしめ、服越しにでも分かる様な柔らかな身体を押しあてている。
どうやら二人してベッドで横になっている体勢らしく、その瞳を持つ少女は、艶やかでいて、いたずらっ子なような、少しばかり判断に困る笑みを浮かべている。
寝ぼけて頭がロクに動かない俺でも、それが誰の瞳なのかすぐにわかった。
俺が恋をした妖精に違いない。
でも、俺は死んだんじゃなかったっけか?
月の夜、彼女を逃がす時間すら無いと悟った俺は、温かな思い出を残そうと、彼女と月夜の下で踊っていた筈だ。
だというのに、綺麗な内装が施された部屋の中で、二人一緒のベッドに寝ている。
これは一体どういうことなのか?
…………ああ、
きっと彼女も騎士団なんかに殺されて、こちらに来てしまったのだろう。
悲しいが、死んでも一緒にいられるとは行幸だ。
理屈は知らない。何でもいい。
俺は彼女の手を握ると、向こうも優しく手を握り返し微笑んでくる。
そんな手の甲に、俺はそっと口づけをした。
「……ハァっ!?」
俺の行動の意図が分からないのか、素っ頓狂な声を出す愛おしい妖精。
可愛らしい反応をしてくれる。血が滾ってしまいそうな声だ。
その虚を突いて、俺はすかさずマウントを取る。
「いや、ちょ、待って! 今は、今はダメだからーっ!」
目を丸くして、顔を真っ赤にする少女。
これから何をするかは理解できているようだ。
この世界の人間に生殖機能は無く、妖精も単一で次代を生成する。
だけれど、戯れに混じりあう事もある。
愛し合う為か、快楽の為かは俺にはよく分からない。
本来の意味をなくした行為には違いないが、互いを貪りあうのにこれ以上の物は無く――――
「盛るのはそこまでにしてもらおう」
突如として、空気が凍る様な声が鳴り響く。
振り向けば、そこにはこの世界でもっとも高貴たる女――――女王モルガン陛下の姿があった。
ああ、知ってるよそれくらい。ニュースペーパーで見た。
「だから言ったじゃねぇか! このブタぁ!!」
キャンキャンと子犬の様に噛みつく恋人に、俺は何も言い返せなかった。
ああ、うん。だってこれは俺が全面的に悪い。
というか、ちょっとばかしお転婆になってないかお前?
わかったことは三つ。
俺はどうやら死んでいないという事。
この妖精國の女王と俺達二人が同じ空間にいるという事。
そして、俺の頭にはたっぷりと煩悩が詰め込まれているという事だ。
……いや、しょうがないだろ。俺は寝ぼけてたしこいつは可愛いんだから。
「目は覚めたようだな。話をするとしようか」
モルガン陛下はどこからともなく豪華絢爛な椅子を用意し、俺達を見下ろすように座る。
俺は慌ててベッドから飛び降り、
何か違和感があったがそれどころじゃない。
これ以上の狼藉をしてみろ。いつ首を飛ばされてもおかしくない。
バーヴァン・シーの方を見れば、モルガン陛下の傍で寄り添う様に立っている。
…………何やってるんだお前!?
慌てて引きずり戻そうとするが、モルガン陛下に手で制止させられてしまう。
「気にするな。家庭の事情というやつだ」
動揺などお見通し、と言わんばかりに説明するモルガン陛下。
……家庭の事情、とは?
「それでお母様、お話って何かしら?」
そう言ったのは他の誰でもないバーヴァン・シー。
おかあさま……お母様ァ!?
血縁関係でもあったのか。いや、あるならばあんなみすぼらしい格好で召使などするわけもない。大体、妖精は繁殖活動はしないはずだ。でも家庭の事情とか言ってたし……お父様はどちらにいらっしゃる?
「まずこの娘の事だが、私の娘……つまり、後継にすることにした。次期女王、というわけだ」
納得できる情報はあったが、それ以上に情報がデカすぎる。
後継? 時期女王? 下級妖精だったバーヴァン・シーが? なぜ?
「それにあたり、ダーリントンでのことはいささか都合が悪い。情報操作もできなくはないが、妖精共にそこまでする必要はあるまい。私の後継にするのだし、妖精騎士に任命することにした。これからは真名ではなく、トリスタンと呼ぶように。彼女の真名がバレれば、たちまちダーリントンの犯人だと煽られることになるだろう。決してばらすことは無いように」
ああ、なんかあったな。俺の世界の伝説の人物の名前を取り立てるってやつ。
妖精騎士のギフトだか着名だか、そんな感じの奴だ。確かバーヴァン・シー以外にも、最近だとランスロットというものがいた筈だ。
主に命じられた彼女が断ることなどできない。しかし、世間の妖精達ははそんな事を信用せず、たちまちバーヴァン・シーを非難することだろう。
故に、女王陛下直々にあの事件から匿ってくれる、と言うのは幸いだ。
だが、納得はできない。
なぜ女王陛下なんかが、わざわざ一介の召使いにここまで気を回す? 自分の娘と言い切る程に? その理由は何だ?
「モルガン陛下、わたくしめに質問を許してはいただけないでしょうか」
「公の席ではない。私の許可を取らずとも、話すことを許しましょう」
許可を頂き、ホッと胸を撫で下ろす。
いや、安心している場合じゃない。聞かないといけないことがあるだろ。
「騎士に任命するということは、戦地に送り込むということ。モースや厄災が起きる地へ送り込むという事です。なぜ後継である彼女にそのような役職を?」
いくつかあったが、まず気になったのがこれだ。
彼女を危険な目に合わせたくない。騎士に任命されるのであれば、その責務から逃れることは出来ないだろう。
何としてでも撤回させなければいけない。
……それで女王がバーヴァン・シーを匿わなくなったのなら、俺が何とかすればいいだけの話だ。
その思いを胸に、モルガン陛下の顔を見た。
「力を与える為にはこれしかあるまい。魔術を与えるだけでは、心元ないからな」
どこか機嫌のいいモルガン陛下。何がそんなに愉快だと言うのか。
「ではなぜ力を与える必要があるのです? そもそも、なぜ彼女を後継にする必要が? 彼女はか弱い妖精です。あなたの後継など、とても務まりません」
「務まる! 私にだって務まるわ! そうでしょうお母様!?」
俺はバーヴァン・シーの反応に思わず驚いてしまった。
お前、なんでそんな固執してるんだ?
「お前、何考えてるんだ! どれだけ危険なのか分かってないだろう!?」
「茨木様は心配し過ぎなのよ。もう守られるだけの雑魚じゃないってわけ! おわかり?」
「お前! いつからそんな汚い言葉を使うようになったんだ!?」
「はぁあー!? 私の言葉遣いで、一々文句つけられたくないっての!」
口論が激化していく中、杖の先が床に突かれ、甲高い音が鳴り響く。
モルガン陛下を見れば、静粛にとでも言いたげな目立った。
「出過ぎたマネを。誠に申し訳ありませんでした」
「ご、ごめんなさいお母様……」
その視線に、二人して委縮してしまう。
民の上に立つ王のカリスマ性と言うべきか。
「私の後継にしたところで、力が無ければ些細な気まぐれで殺される。千九百年と玉座に座っていれば、不逞な輩もいるというものだ。違うか?」
「……仰る通りでございます」
あくまで身を護る術を身につけさせる為、と女王陛下は言っている。
……何だ? このバーヴァン・シーに取って都合の良すぎる展開は?
あまりに不自然過ぎる。これは一体どういうことだ?
「本来であれば、もっと苛烈なギフトを与えるつもりだった」
言いながら、女王はその手に禍々しい光の球を出現させた。
人の怨嗟の塊とでもいうべきか。見るに堪えない力に違いなかった。
「少し遠出をしてな。トリスタンを反転させた後、それを写し取ったものだ。これを使えば、バーヴァン・シーは残虐性を得ることができる。ありとあらゆる妖精の首を躊躇いなく切り裂ける程にな」
魔術だなんて詳しくない俺にでもわかる。
そんなものを付けてみろ。彼女はたちまち殺人鬼に早変わりだ。
「妖精とは成長しないものだ。何度言っても言いつけを守らないことなどしょっちゅうだ。故に、霊基――――魂の器をこうして弄ることでしか、変わることは出来ないと言うわけだ。余程の事が無ければな」
モルガン陛下がもう一方の手をかざすと、光の球は忽ち消えてしまった。
そんな事を俺に話して、一体何が目的だ?
「バーヴァン・シーも例に漏れずそうだ。嫌なことを嫌と言えない。騙されても怒らず、乱暴にされても怒りもしない。自分が使い潰されることを良しと許してしまう」
……さすがにそこまでではないが、心当たりはある。
頼まれごとを断れない。仕事が終わってないのにあれやっとけって言ったら、文句を言わずにしてしまう。
思えば、ダーリントンでの屍事件も、彼女のそう言った部分があったから起きてしまったのかもしれない。
と言うか、なんで女王陛下はこんなにバーヴァン・シーの事を知ってるんだ?
俺は長いこと眠っていて、その間に仲良くなったとかか?
「故に、反転騎士トリスタンのギフトを施し、ありとあらゆる悪逆を行わせるつもりだった。が、気が変わった」
俺を見て満足そうに笑うモルガン陛下。
「――――お前も妖精騎士に任命する」
……はい?
え? 何を言ったこの妖精。
「お前の仕事は、我が後継であるバーヴァン・シーの身と心を守ること。励むがいい妖精騎士ベディヴィエール。長い時を一人の女に捧げた騎士だ。お前にはさぞ似合う事だろう」
何だそれ。何だそれ? 何だそれ!?
「へ、陛下! わたくしめは人間でございます! さすがにそのような大義は――――」
「
「……は、い?」
……そうだ。俺は左腕が吹っ飛んで死んだはずだ。なのに、なんかあるよな?
恐る恐る左腕を見てみると、何と言うか、西洋の鎧の左腕部分の防具っぽいそれがあった。俺の自由意志で動かせる義手が、そこに存在していたのだ。
「なんだこれー!?」
思わず口に出してしまう。
いや、もう色んな情報でパンクしそうになってるんだ。許してほしい。
「喜べ。人が追い求めて得られぬ不老不死の身体だ。殺されれば死ぬが許せ。一から人を作るより手間を取ったのだ」
「はい!?」
待て待て待て待て! もう俺追いつけてないぞ!?
「お前が死ねば、バーヴァン・シーには反転騎士トリスタンのギフトを付け替える。励むことだな」
「そういうわけだから、よろしく茨木様!」
都合が良すぎて気味が悪い。
いったい、どうしてこうなった?
色々とモルガン陛下が説明を終えた後、俺とバーヴァン・シーは部屋で二人きりになった。
「……で、これ。どういうことだよ」
「どういう事も何も、そのまんまの意味じゃん。私がお姫様、アナタは私の王子様ってわけ」
何やら楽しそうに言ってるが、分かってるのだろうかコイツは。
「女王になったら、政務とか絶対大変だろ。お前に出来るのか?」
「……い、今から勉強するし。それに、茨木様も手伝ってくれたり――――」
「俺はそういうの無理だから」
「ザコがよぉー!」
拗ねるようにベッドに飛び込むバーヴァン・シー。
ここまでアクティブなやつじゃなかったはずなんだけど……何があった?
「というか、本当言葉遣い悪くなったなお前。何があったの」
「お母様が私には悪逆に、残忍に生きろっていうから、言葉から入ってみたの。イカしてるでしょう?」
何考えてるんだあの女王? さっぱり意図が読めない。
何かにバーヴァン・シーを利用するつもりなら、さっさと暗殺すべきか? いや、そうなると指名手配とか大変そうだし、ここは何とかして妖精騎士の任命を断れないものか。
俺が守るって話なら、バーヴァン・シーに力を与えなくてもよくないか?
「なんでも、私ってそうしないと死ぬんですって」
「そりゃ権力争いに暴力持ち込んでくる奴の話だろ?」
「……そういうことなのかしら?」
納得ができないとでも言うように首を傾げるバーヴァン・シー。
「それより、どうやったらお前が妖精騎士を辞められるか、何とか模索を――――」
「は? 辞める気ないけど」
「はい!?」
ああ、クソ。今日の俺は驚いてばかりだな。
だからと言って聞き逃す俺でもないぞ。
いや、女の子が戦場に出る仕事に就くとか、絶対についちゃいけないだろ。
「よく考えろ。戦場。殺し合いに駆り出されるんだ。どれだけお前が強くなったって、危険な目にあわせるわけにはいかないだろ!」
「はあ!? あんな猫頭のネクロフィリアに左腕噛み千切られたザコに、そんな事言われたくないんですけどぉ!?」
「おまっ、お前なぁ! 言って良い事と悪い事があるだろ!」
ダメだ。会話にならない。
溜息を吐いて、思わず頭を抱える。
「なんでこうなっちまったんだか……」
妖精騎士トリスタンのギフトの所為か? 反転しなくても余程口の悪い騎士だったらしい。
なんとか、なんとかしないと――――。
ふと、服の裾を掴まれた感覚がした。今ここでそんな事をするようなやつは、一人しか心当たりがない。
バーヴァン・シーを見れば、今にも泣きそうな顔をして震えていた。
それでも、心配をかけまいと唇をかんで、涙をこらえているようだった。
「……お願い。嫌いにならないでよ。もう私の前から、いなくなったりしないでよ」
涙をこらえきれなかったのだろう。俺の胸に飛び込んで、泣き出してしまった。
……ああ、うん。大体わかった。
本当に根っこはそのまんまで、あの言葉も着飾ってただけなんだ。だから、言葉の本質を見抜いてやれない俺が悪かったんだ。
「……ごめん。そんなつもりは無かったんだ。大丈夫。俺はバーヴァン・シーを嫌いになったりしないし、勝手にいなくなったりもしないから」
抱きしめ返すが、それでもバーヴァン・シーの震えは止まらない。
「……私、茨木様が死にそうだって言うのに、何もできなかった。見送ることしか、出来なかった。でも、お母様にお願いしたら、茨木様を助けてくれて、私にも力を授けてくれて。だから、戻りたくないの。何もない自分に。怖いの」
たどたどしく、それでも必死に自分の気持ちを言葉にするバーヴァン・シー。
彼女が力を望んだのは、全部自分の為であり、俺の為だったのだ。
あの時、俺が死んでしまった時、彼女は自分の無力さに打ちのめされたのだ。
だから、自分や俺を守れる力を欲したのかもしれない。
その心の成長は喜ばしかったけれど、同時に親離れした子供を持った気持ちを、なんとなくわかった気がした。
彼女から生まれた気持ちを、俺は無下にしてはいけないのだろう。
「お前の気持ちはわかったよ。ありがとう」
何度も口にした言葉を送る。
気持ちが伝わる様に、優しく頭を撫でた。
「でも、何もないなんてことは無い。自分の気持ちを素直に伝えられるのは、お前の美点だ」
「でも、それしかなかった」
「それが何より大事だったんだ。返事が口づけじゃなきゃ、俺はがんばれなかったかもな」
「~~~っ!!」
腕の中で、恥ずかしそうに悶えるバーヴァン・シー。
しばらくして落ち着くと、またゆっくりと話し出した。
「でも、今度はね? 私もあなたにたくさん送るから。たくさんたくさん、贈り物をしたいの」
「うん」
「どんな贈り物になるかはまだ決めてないけど、絶対にあなたを喜ばせて見せるから」
「そっか」
「だから、だからね。その日が来るまで、私もあなたを守らせて」
「承諾しかねる」
空気が、固まった気がした。
「なんでよ!? 今の完全に頷く流れだったでしょ!!」
顔を上げて猛抗議してくるバーヴァン・シー。
いやいや、認めるわけにはいかないだろ。
「お前が力付けるのはいいよ。でも日本男児として、女子供を戦場に出せるか! 俺は女王陛下に断固抗議する!!」
「大和魂ひっぱりだすとかばっかじゃないの!? 大体妖精騎士は、お前以外全員女だっつーの!」
「だとしてもだ! 俺だってお前を守りたいんだよ!」
バーヴァン・シーは顔を赤くして、さっと顔を逸らす。
「う、嬉しいけど、そういうことを面と向かって言われると恥ずかしいっていうか、なんていうか……」
何かメッチャごちゃごちゃ言ってんなコイツ。
「声が小さいよ」
「うっさいザーコザーコ! 何でもない!!」
「いや、声が小さいとは言ったが聞こえないとは言ってないだろ」
「おちょくんなテメーッ!?」
結局、バーヴァン・シーと話し合いを積み重ねても、妖精騎士の地位を取りやめることは出来なかった。
まあいいさ。俺がその分守ればいいだけの話なんだから。
すごいスケベ心の持ち主で心配でしたが、彼と話し合い二人の会話を盗聴した結果、大丈夫だと判断しました。
心からあの子の事を想い、その身を犠牲にしてまで守り抜いた異邦の客人。
あなたに最大の感謝を。あの子を守ってくれてありがとう。
次死んでしまえば、あの子に次は無かったのだから。
まだ私は恩は返しきれていませんが、何一つ不自由はさせないと誓いましょう。
……良い伴侶を見つけられてよかったですね、バーヴァン・シー。
「おや陛下。何か良い事でも」
そう尋ねてくるのは、明日の式典の為に招集した、牙の氏族の長であるウッドワス。
今日も毛並みが良いようで何より。ブラッシングでもしてやりたいが、もう幼いあの頃ではない。そのプライドが許さぬことだろう。
「ああ、家庭の事情と言うやつだが、存外悪くないな」
「……………」
「ウッドワス?」
「女王陛下に手を出した馬鹿者はどこのどいつだーっ!?」
何やら、壮大な勘違いをしたので叱った。
アナタはもうちょっと考えてからものを言いなさい。
明日の式典は、私の後継と、妖精騎士就任を祝うための物でしょうに。
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