妖精騎士就任の式典は、女王陛下の威厳溢れる言葉から始まった。
それに対し、30の氏族長と100の官司の言葉はこうだ。
『心得ております、女王陛下』
『わたくしどもは貴女様の忠実な
『すべての時間を貴女様に捧げます』
『変わらぬ忠誠を貴女様に誓います』
ああ、なんと素晴らしい忠誠だろうか。
許されることは無く。
救われることも無く。
ただ、妖精國を存続させるために、彼らは女王陛下に傅くのだ。
その道は苦行に間違いなく、彼らはその道を邁進する。
彼らの忠誠心が真実であれば、俺は涙する他ない。
そう、それが真実であるならば、だが。
式典が終わり、立食パーティーらしきものが行われる(俺は日本男児なので西洋の催しはよく分からん)。
妖精たちが集い、各々歓談を楽しんでいる。
ちなみに、妖精と人間の区別方法だが、匂いや魔力の量、そして形だ。
俺は香水一つふりかけていないというのに、人間だの何だのと問い詰められる事は無かった。
妖精騎士の着名とやらは、そこまでの力を及ぼす物らしい。
もっとも、俺が本当に妖精になっているのであれば話は別だが。
さて、俺が挨拶で少しばかりバーヴァン・シーから目を離しているとだ。
「ガウェイン様と違い、どちらも見たことのない顔だ」
「なんでもダーリントンの騒動を収めた功績らしい」
「やはり下級妖精か。品の無い顔立ちだと思ったのだ」
「そんなものが妖精騎士に着名するとは、騎士の質も落ちたものだな」
何と言うべきか、何とも聞くに堪えない会話が聞こえた。
……おいおい、仮にも女王モルガン陛下の選んだ妖精だろうに、その決定に反する思考をお持ちのようだ。
上級妖精であろうとも、ここら辺の醜態は人と同じとでもいうべきか。
まあ言わせるだけ言わせておけばいい、と聞き逃してやろうとしたその時だ。
「随分と素直な御仁のようだ。我々でも簡単に陥れることができるのでは?」
「それもそうだ。妖精騎士の
「女王陛下も耄碌したものだ。一つここは目を覚ましてさしあげるべきだ」
「あのような下級妖精が妖精騎士に着名されるなど、本来あってはならぬこと」
「そうだそうだ。そうしよう」
……三流の悪投か?
「――――どうも。俺のフィアンセが何か?」
俺はよからぬ企みを話し合っていた妖精達の背中を取り、左手を置く。
「べ、ベディヴィエール様! いえ、何も。そのような事は――――」
「どのようなことだ?」
俺は左腕を光らせながら、改めて問いかける
「あ、あの。腕が光っておりますが? その、ビカーっと」
「ああ、少しでも女王陛下の決定に異を唱えるならば、このまま爆発する腕だ。きらめいてるだろ?」
嘘だ。そんな便利機能はこの
「は、ははははは! そのようなことはございませぬ!」
「そうかい。なら構いやしない。女王陛下の後継と、そのフィアンセの未来を、何卒祝っていってくれ」
『妖精騎士トリスタンに栄光あれ! 妖精騎士ベディヴィエールに未来あれ!』
……軽く牽制しただけでこれである。
ああ、バーヴァン・シーの為を思うなら、確かに悪逆を為させた方が安全かもしれない。
だがそれは敵を作る。いざという時、足元をすくわれるだろう。
俺がバーヴァン・シーの所に戻ろうとすると、向こうの方から俺の方に歩いて来た。
「何かメッチャ光ってたけど、何かあったの?」
「別に、お前が知らなくていい事だよ」
「無闇に腕を光らせてるやつと同類とか思われたくないし、常識的な行動を弁えろよな?」
解せぬ。
そんな時、どこからともなく音楽が流れて来た。
各々相手を見繕って踊るものもいれば、壁際によってそれを眺めるモノもいる。
俺達は後者だった。
「悪いな。こういう舞台で踊りたかっただろうに」
「別に。起きたその次の日までに踊りを覚えろとか、無理に決まってるし」
「御寛大な対応感謝いたします。我が姫」
俺が目覚めるまで約一か月。
それまでに彼女はそれ相応の教育をモルガン陛下から受けていた。
女王の後継として恥ずかしくない教養を学んだ彼女は、もちろん踊りだって完璧らしい。
一方で俺は、この日の式典の作法を学ぶのに精いっぱいだった。何とも不甲斐ない。
「……アナタと踊ったのと比べると、なんかちゃっちいのよね」
バーヴァン・シーが零したのは、俺が死んだあの日の事か。
思い残さぬよう、想いを伝えあった最期の夜の事だ。
「もう一度死にかけろと仰ってる?」
「今度死にかけたらぶっ殺すぞ?」
正直無理な気がする。
妖精騎士ガウェインだけでも大分勝ち目がないのに、妖精騎士ランスロットとかなんだ?
見た目は幼い少女の上に、バーヴァン・シーより小さな体格。だというのに、俺は一切勝てる気がしない。大よそ、人が太刀打ちできるものではないのだろう。
そんなことができるモノがいるとすれば、人の限界に仁王立ちできるぐらいの物を持ってこなければいけない。
それに加え、牙の氏族の長であるウッドワス。
目を凝らさなければヒビが見えない。恐らく、個体としての頂点か何かだ。
こんな奴らがいる妖精國で、死にかけずに立ち回れというのが無理というもの。
敵も相応に強いのが当たり前だろこんなの。
バーヴァン・シーにその事を伝えようとに顔を向ける。
俺を睨むその灰色の瞳は、そんな事は許さないと怒っていて。
「わかった。わかったよ。その様な事は無いと、女王陛下に誓おう」
「絶対! 絶対だかんな!」
言葉遣いが変わっても、根が変わらないらしく、思わず笑みを浮かべてしまう。
「何がそんなに面白いのよ」
「俺のフィアンセは可愛らしいなと――――」
「ふん!!」
「あうちっ!?」
顔を真っ赤にしたバーヴァン・シーに、その鋭い踵で足を踏まれる。
ああ、クソ。無駄に丈夫な靴を作ってやるんじゃなかった。
「随分と可愛らしい悪逆のようで」
「フィアンセだからって調子乗ん――――ひゃう!?」
首筋に冷たい飲み物のコップを押し当てて仕返しをする。
「ちょ、それは反則だろ!?」
「俺の贈った靴で踏んでくる方が悪い」
「そ、それはごめんなさい」
素直で可愛いかよ。
可愛らしかったので、思わず「いいよ」と頭を撫でてしまう。
「……子ども扱いしないで貰えるかしら」
「お姫様扱いですが?」
「……ならいいわ」
なんやかんやいいつつ、甘えるように身体を俺に預けてくる。
ああ、うん。このお姫様に勝てる気がしない。
「――――ベディヴィエール」
首筋が凍るような声が鳴り響く。
声の主を見れば、恨めしそうな目で俺を睨んでいる。
「祝いの席とはいえ、羽目を外し過ぎないように」
「……申し訳ありませんでした。女王陛下」
俺は素直に謝罪することしかできなかった。
このような場で頭なでなでだと?
何と羨ましい事をしているのだこの男は。
私にその役目を譲りなさい。ハリーアップ。
そう言えたらなんと良い事か。
だが、私がそのような事をすれば、たちまち付け入られる。
立場上、注意に留めるほかなかった。
バーヴァン・シーに護身になる魔術を渡し、どうしたものかと途方に暮れる。
下賤な妖精と踊るのも癪。バーヴァン・シーを愛でるのも目に毒。
すごく、悩ましい。
「どうか成されましたか陛下?」
私の機嫌が悪いのを察知して、ウッドワスが駆け寄ってくる。
駆け寄ると言っても、走ってきているわけではない。
ちゃんと周りの迷惑にならないよう歩いている。偉いぞ。
「何でもない。が、気晴らしがしたい。一曲付き合え」
「陛下が踊りになるとは珍しい」
「私では不服か?」
「いえ、そのような事は」
尻尾を振り回して頭を下げるウッドワス。
まったく、いつまでも可愛らしい子だ。
どさくさにまぎれて、その毛並みを堪能するとしましょうか。楽しみです。
お叱りを受けてしまった。風紀を乱した己が悪いのがこの上なく不甲斐ない。
トリスタンは俺の視界の端で、料理を美味しそうに食べている。
にしても上品に食べるようになったものだ。そこもモルガン陛下に感謝してやってもいい。
そのモルガン陛下はというと、あのウッドワスと躍っていた。
ああ、うん。もうそれだけで勝てる気がしない。
と言うか死のヒビが消えてるぞあの狼頭。どういう原理だそれは。さては無敵か?
「貴公、少しいいか」
あまりの光景におののいていると、妖精騎士ガウェインが話しかけてきた。
俺より20センチ程身長が高い彼女は、俺が厚底を履いていても見上げる形になる。
「このような若輩者にマナーのご指導ご鞭撻、ありがとうございました。お蔭でそれなりにサマになったかと」
今日と言う日の為に、マナーレッスンをしてくれたのはこの妖精だった。
モルガン陛下に声をかけられ任命されたんだとか。
……ああ、うん。あんなスパルタでやられれば、そりゃ嫌でも覚える。
お蔭で今日と言う式典に間に合った。感謝している。
「どうだか。ならば、先程の騒ぎは何だ?」
「先程の騒ぎ、とは?」
「腕ピカピカさせたことだ」
ああ、あれか。
そこまで目立たせたつもりは無かったんだが、身長が高い故に見えてしまったのだろう。
「フィアンセにたかる妖精がいたものですから、穏便にと思いまして」
「腕が光るのは穏便とは言わないが」
「以後、気を付けさせていただきますよ」
正直、悪逆に生きろとか言うよりはよっぽど穏便だと思う。
しかし、そんな事を彼女に言っても仕方がない。
自分の非を認めたことにした方が、お叱りの時間も少なくなるだろう。
そんな俺に、妖精騎士ガウェインは頭を抱える。
「お前はトリスタンの事になると度が過ぎる。改めて欲しい物だ」
「俺からすればフィアンセだ。そりゃあそうなるよな?」
このパーティーでわかったが、上級妖精の中にも割と頭がアレな奴が居る。
そりゃあちょっとは悪辣な手段を取らなければなるまい。
いざとなれば血に汚れなければならない時が来るかもしれないが、それは暗殺家業の俺のだけで十分。
バーヴァン・シーには汚れ一つない道を歩んでもらう。
……だが、どうにも気になる。
今だに女王陛下の目的が見えない。
俺が目覚めるまでの一か月間。後継として育てていたのはモルガン陛下だという。
使用人に触れさせることも無く、誰にも見せることなく、城の奥底の部屋にいたのだ。
監禁じゃないか? と思ったが、バーヴァン・シー曰く、酷い事は何もされていないらしい。
むしろ、たくさん優しくしてもらって、お礼しか言えなかったそうだ。
女王モルガン、一体何を考えているんだ……!
「まあ、お前に限らず女王陛下もだが」
「ほう、女王陛下に態度を改めろと? 妖精騎士ガウェインはそこまで偉かったのか」
「そうは言ってはいないだろう。皮肉で返す癖は何とかならんのか貴様は」
「申し訳ない。しがない下級妖精な物でして、育ちが悪いのです」
自分でも直そうとは思ってるんだが、中々落ち着かない。
どいつもこいつも下手な鬼より強い連中ばかりなせいで、俺の血が「化生を殺せ」と滾ってしまっているのだ。
目覚めてからは、さらに酷くなっている気さえもする。
そんなわけで思わず悪態で返してしまったが、妖精騎士ガウェインも面白い冗談をいうものだ。
「しかし、女王陛下と俺のどこに共通点が? 話の流れだと、まるで女王陛下がトリスタンを溺愛しているように聞こえたぞ」
「そこまでは言ってないが、愛情があるのは事実だろう」
「そうかい。愛情が共通点、ってえっ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
いやいや、式典の最初に「妖精は許さない。救わねえから!(意訳)」とまで言っているモルガン陛下だぞ?
そんな女王が、バーヴァン・シーを愛している? そんなバカな。
「何を驚いている。自分の娘として取り立てているのだ。余程の愛情が無ければそんな事はするまい」
「そ、それはそうだが」
一般的に考えるとそうかもしれない。
繁殖活動をしないこの世界では、家族にすると言うのは夫婦であれ養子であれ、重い意味を持つ。
だけど、モルガン陛下だぞ?
そんな簡単な話のはずがない。
「トリスタンは陛下から、歴史上誰にも教えなかった魔術を教わっている」
「いや、それは……才能とかがあるからだろう?」
「いくら才能があってもな。肝心のトリスタンの向上心が無いと、女王陛下から相談されている」
ああ、うん。
アイツ、出来ること以外は手先が鈍いし、余程やりたいことじゃないと打ちこまないだろうなぁ……。
魔術を使う兵が欲しいんだったら、そんなの落第点だろ。なんでこんな公の場で娘として扱ってるんだ?
俺は怪訝な顔でもしていたのか、妖精騎士ガウェインが心配そうに話しかけてくる。
「……何か難しく考えているようだが、そんなに警戒することだろうか?」
「なんだって?」
「妖精を憎み許さぬと、千九百年以上言い続けてきたのだ。だが、その中で愛情が芽生えた。それはとても素晴らしい事じゃないだろうか?」
そうは言ってもだ。
反転騎士トリスタンのギフトを植え付けさせたくなければ、俺が守り抜けと脅して来るし。
ダーリントンでの事件を隠ぺいして匿ってくれているし。
バーヴァン・シーはよくして貰ってるらしいし、ついでに俺は生き返らせてもらってるし。
城の奥で狙われそうなバーヴァン・シーを一人で育てていたし……あれ?
いや、怪しい。凄く怪しいんだ。
だがしかし、そこに裏が無いのだとすれば?
「……もしかして、陛下はトリスタンを溺愛している?」
「だからそこまでは言ってないだろう」
「さっき俺がトリスタンの頭をなでなでした時、恐ろしい目つきで睨んできたのはその所為か……!?」
「おい貴様、陛下に無礼だぞ!? そんな器量が狭いお方ではあるまいよ」
いや、俺はとても無礼なことを考えていた可能性がある……!
いざバーヴァン・シーが危険な目にあったら、陛下をなんとか処理しようとか、凄く失礼では?
二人の間に何があったかは分からない。だが、裏が無ければこれは本物の愛情だろう。
バーヴァン・シーに話を聞かなけれ――――ば……?
「ところでトリスタンを見てないか? 見失った」
「さては貴様パニくってるな!?」
そりゃパニくる。
あんな三流の悪党がいるようなこの空間で見失ったんだ。
誰かの玩具になっていたらどうしよう。
俺はまだ見ぬご両親に顔向けができない。いや、妖精って人間と違う生まれ方だから両親関係ないだろ。いやお義母様がモルガン陛下だった!
「ばあ!!」
「うおお!?」
そんな混乱をしている最中、後ろから突如として声をかけられる。
俺は突然の事に驚いて、体勢を崩してしまった。
慌てて後ろを振り向けば、そこには勝ち誇ったバーヴァン・シーがいた。
「こんなことで驚いてやんのー! ザーコザーコ!」
これ、あれだな。先程のグラスの仕返しかこんにゃろめ。
「いや、参った。本当に驚いたぞ。どうやって俺の後ろに回ったんだ?」
多少は気配を感じ取れる俺だったが、声をかけられる寸前までまるで気が付かなかった。
消える時も、本当に一瞬だった気がする。気配を絶つ魔術でも覚えたのか?
「さっきお母様からいただいたの! 『合わせ鏡』って魔術でね、どこにだって行けるのよ。さすがお母様、最高にイカしてるぜ!」
先程、確かに女王陛下がトリスタンに何か渡されていた気はする。
というか魔術って手渡しするものなのか? 専門外なのでよく分からん。
「……どこにだって? 制限なく?」
震える声で俺が尋ねるが、バーヴァン・シーはそれに気づくことなく上機嫌だ。
「ええ、玉座にだってひとっ飛びよ!」
玉座にだってひとっ飛び?
それって、女王陛下を暗殺し放題じゃないですか?
いや、するわけがないのは俺が知っているが。
そんな手法を、一国の主が持たせるか普通?
それがあるとすれば、余程信頼をしているか。
はたまた、何かあれば自分の所に逃げて来いとでも言っている様な……。
多分この時、俺と妖精騎士ガウェインの心は一つになっていた。
((陛下、すごい過保護でございます……!))
いや、俺からすればありがたい話だがな?
「くしゅん」
エスコートしてくれているウッドワスから顔を逸らし、くしゃみをする。
他の妖精ならともなく、この幼き勇者に万が一があってはたまらない。
「陛下、お風邪でもめされましたか?」
「いや、誰かが私の噂話でもしていたようだ」
「許せぬ。陛下の暗殺を企てるとは……!」
ワナワナと震えながら、また壮大な勘違いをしている。早とちりをするのはお前の悪い癖だ。
私の事を大切にしてくれているのは嬉しいが、嬉し、ちょ、痛い。痛い痛い。
「ウッドワス」
「はい! 何でしょうか!?」
「強く掴み過ぎだ。すごく、痛い」
「申し訳ありませんでした陛下ー!!」
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いや本当、ランキングに入ったりして恐縮の至りです……!
初めての出来事で困惑しておりますが、それら全てを活力に変えてがんばらせていただきます。