――――遥か昔、心からの言葉を送ってくれた少女がいた。
手足がもがれた少女の言葉は、紛れもない感謝と、労わる優しい言葉。
それを私が忘れることは無いし、誰かに語ることも無いのだろう。
彼女を救おうとしても、私は届くことがない。
何度も、何度も繰り返した。
ある時は使い潰され、ある時は慰みものにされ、あるいは――――
……思い出すだけで凄惨な光景の数々。
私はいつだって間に合う事ができず、その最期を見送ることしかできなかった。
優しく、誰かの為に身を粉にすることのできる少女は、幸せを感じる事はひと時も無かっただろう。
そんな少女を、どうにかして幸せにしたかった。
そんなある時、奇跡が起きた。
少女は生き残った。
異邦からやって来た男の犠牲と引き換えに。
傷一つない少女の姿を見つけた時、私がどれだけ歓喜したことか。
だが、その事件は少女の心に大きな傷跡を残した。
その男は彼女にとっての全てだったのだろう。
私にとっての少女と、少し似ているのかもしれない。
どれだけ豪華な食事を送ろうと、どれだけ美しいドレスを与えようと、少女の顔が晴れることは無い。
自分が傲慢だったことは知っていた。
故にこのブリテンを支配し、妖精國を立ち上げたのだ。
だが、たった一人の少女をも笑顔にすることは出来なかった。
――――……無力、だったのだ。
私はカルデアのサーヴァントシステムの技術を使い、魂の器を作りそこへ男の魂を収めた。
汎人類史では、恐らく魔法と呼ばれる事象の一端ではあるが、簡単ではないが然程難しくも無い。
ふと、少女には既に妖精騎士のギフトを与えたことを思い出す。
何が起こっても対応できるように、身を護る術は与えなければならなかった。
そうして真名変貌が起こり、その名を呼べるのは私だけ。
……もしこの男が目覚めたとき、少女の本当の名を呼べなかったら、悲しむだろうか?
そう考え、私は魂の器を作る際、男に名前を呼べる自由を与えることにした。
同様に、少女にも男の名前を呼べるように細工をする。
男が再臨し、少女はたちまち笑顔になった。
いや、笑顔を取り戻したというべきだろう。
異邦からやって来た直死の魔眼を持つ男だが、その心には少女への思いで溢れていた。
少女を守った実績もある。
反転したトリスタンのギフトを与え直さなくてもいいだろう。
――――バーヴァン・シー、お前が笑ってくれるなら、私は
だが、どれだけ私が捧げようとも、笑顔一つ作れないのであれば。
……私はこれ以上、お前にしてやれることは無いのかもしれない。
ニュー・ダーリントンの一室で、夏目漱石の本を一冊読んでいた。チェンジリングとかで妖精國に流れ込んできた一品物。
今の俺は、ニュー・ダーリントンの領主としての役目を与えられており、バーヴァン・シーも一緒の屋敷で暮らしている。だからこうして、自由に前領主の所持していた本を読めるわけだ。
領地のあれそれ? がんばって繁栄させているが、休憩中にそんな難しい話をしたくないね。
「私、お母様に捨てられるんだわ!」
そんな優雅な時間を過ごしていた時、バーヴァン・シーが突如として嘆きだした。
ギフト通り嘆きのトリスタンとかしないでくれ。俺が困る。
「どうしたんだ急に? 女王陛下がお前を捨てるだなんて、そんなことあるわけないだろ」
バーヴァン・シーの頭を、よしよしと優しく撫でながら諭す。
そう、そんなはずはない。
わざわざ娘にまでする程特別扱いし、どこへでも瞬時に移動できる『合わせ鏡』だなんて物を渡されている。さらには、バーヴァン・シーを必ず守れと、女王から直接言い渡されている。過保護が過ぎる。
そんなバーヴァン・シーを、モルガン陛下が嫌う理由がないのだ。
「でも、お母様は私に笑顔を見せてくれたことがないの。それどころか、思いつめたような表情ばかり。せっかく娘にまでしてもらったのに、何も期待に応えられなかったらどうしよう」
「子供が期待に応えなくちゃいけない道理なんてあるもんか。親なら子供が元気にしてくれているだけで十分さ」
「そうかしら……」
そう言ってやっても、バーヴァン・シーの表情は晴れない。
言葉で納得できないこともある。世の中ままならないものだ。
……いや、そもそもこの妖精國じゃ、親と子は後継ってだけの関係だ。こんなことを言った所で、実感がわかないのかもしれない。
「じゃあ、モルガン陛下が喜びそうなことって何か考えてみようじゃないか」
「お母様の望む事……」
考え込むバーヴァン・シー。
俺は蘇生させられた時以来、仕事上での関わりしかない。
分かることと言えば、バーヴァン・シーを溺愛しているというぐらいか。
「妖精の足ごと切り取って、靴を飾るぐらいの悪い事?」
「やめとけ。普通にそれは引く」
その後、あれやこれやとモルガン陛下の喜びそうなことを考えたが、良い案は出なかった。
仕方がない。モルガン陛下に詳しい妖精から話を聞くしかあるまいか。
「アポも無しに何のようだ。ベディヴィエール」
俺達を迎えたウッドワスは、酷く不機嫌そうに唸る。
どうも礼節を備えられているウッドワス殿は、下級妖精に偏見をお持ちらしい。
人間も妖精も、悪辣さで言えば変わらないと思うがね。
「女王陛下が何か憂いてらっしゃるようでな。アンタなら何か知ってるんじゃないかと思って、こうして聞きに来たんだ」
「ハッ! その原因が俺にあると、お前はそう言いたいわけだ」
偏見で見ているからか、酷い勘違いをされてらっしゃる。
「いや、アンタ、モルガン陛下の夫候補ナンバーワンだろ?」
「えっ」
「なん、だと……!?」
何かメッチャ驚かれてる。
ウッドワスは間抜けな声を漏らしているし、バーヴァン・シーに至っては見たこと無いぐらい顔をしかめている。
確かに妖精達の評判を聞くとあまり評判は良くないが、陛下との婚姻の為に色々と根回しをしているのだとか。
モルガン陛下を除けば、ウッドワスは妖精として一番格が高い。俺の目でも死のひびが見えなくなる時があるとかビックリ生物過ぎる。余程の事がない限り、この無敵性がはがれることは無いだろう。(ワンチャン鏡の氏族がどうにかできるぐらいか)
他のお偉い妖精を見ても、絵に描いた様な三流の悪役の多い事多い事。政治において自分の事しか考えておらず、国の事を一番に考えているのはウッドワスだろう。
何より九百年の付き合いと聞く。唯一踊り相手として選んでいた所からしても、一番気を許しているのはこのウッドワスだろう。
陛下の事には詳しかろう。ゆえに――――
「――――アンタぐらいしかモルガン陛下を任せられないじゃん」
「わかってるではないか貴様!!」
バシバシと背中を叩いてくる。
俺が妖精騎士として着名してなかったら、多分肉塊になってた。加減をしてくれ。
「そうかそうか。やはり俺が陛下の夫に相応しいか……!」
「こんな犬ッコロがお父様だなんて冗談じゃねえよ!!」
「何を言いに来たのだ貴様らはー!?」
バーヴァン・シーが拒絶反応を示しているが、可能性の話と煽てて乗せる為の方便だ。許せ。
「いや、だからな? モルガン陛下と親しい間柄のアンタなら、悩み事や何を考えているのか、詳しいと思ってな。陛下の愛娘の為に、ここは一つ教授いただけないだろうか」
「ふむ、なるほどな。陛下が憂いてらっしゃるとの事だが――――」
「ああ」
「下級妖精を娘にしたのを後悔しているのでは?」
「お前はバカ野郎だ」
「何とぉ!?」
コイツが牙の氏族の長じゃなかったらぶん殴ってる所である。
バーヴァン・シーもご立腹な顔をしている。さてはこいつら、そりが合わない運命にでもあるのか?
「至っては将来の娘筆頭だろうに。目の前でそんな罵倒を飛ばすのはいかがかと思われる」
「……ッ! 確かに、そうなるか……!」
「オイ、私はコイツがお母様のお相手とか認めねえからな!?」
「フハハハ、膝にでものせて良い子良い子でもしてやろうか」
「はっはっは、それは俺が許さないからやめろ」
「さっきから踏んだり蹴ったりではないか我ー!?」
まともな案を出さないお前が悪い。
「じゃあ、あれだ。陛下が好きな物とか教えてくれ。プレゼントの参考にする」
「…………陛下の、好きな物?」
汗をダラダラと流すウッドワス。
ははーん、さては陛下の個人的な事、何も知らないなコイツ。
「お前、お母様と九百年も一緒にいて、好みの一つも知らないのかよ」
「……ッッッッ!!」
バーヴァン・シーのトドメの一刺しに、倒れ伏すウッドワス。余程ショックだったのだろう。
あれだな。憧憬で一翅の妖精と見てなかったなこれ。
「……おお、おお! これでは陛下のお婿さん失格ではないか……!? 知らなければ。陛下の事を知らなければ……!」
何かに燃えているようだが、これ以上ここに居ても俺達の身になることは無いと判断し、別れの挨拶を残して失礼した。
「クソ! 何も手掛かりが得られてねえじゃねえか! 私はどうすればいいのよコレ!!」
自分のベッドに飛び込み、足をジタバタと暴れるバーヴァン・シー。
「ウッドワスも知らないとなると、他の妖精も駄目だろうな。誰かに聞くって手はもう使えない」
「ど、どうしよう。お母様に報いたいのに、何をすればいいか分からないの。私、何も無いから……」
「自分の気持ちを真っすぐ伝えられるとか、これ以上ない美点だと思うぞ」
「い、今はそういうの良いんだよ!」
顔を赤くしながら枕を投げつけてくる。
いや、俺は大事だと思うし、凄い事だと思うけどな。
まあ、気持ちを伝えるにもきっかけがあった方がいいのは違いない。
何か無いか。バーヴァン・シーが気持ちを伝えられるきっかけになり、モルガン陛下が喜びそうなこと……。
「よし、モルガン陛下が喜びそうではなく、親なら何が喜ぶかを考えてみるんだ」
「……自分を乗り越える、とか?」
「ほほう、モルガン陛下の場合は何にあたる?」
「国を、興す……!」
「反乱軍扱いにならないかそれ?」
「うう……!」
再びベッドに突っ伏すバーヴァン・シー。
生憎ニュー・ダーリントンも独立できる規模ではない。国からの支援などが無ければ、たちまち潰れてしまうのは請け合いだ。
魔術も貰ってるだけで、磨くようなものでもなさそうだし、これも難しい。
妖精としての親と子の関係は、後継として任せられるか否か。
まだ娘になったばかりのバーヴァン・シーでは、そういった点で乗り越えるのも難しいだろう。
後は何かないか。俺の世界の物でもいい。娘が母親に送って喜びそうなこと……。
「あー……物を作って贈ってみるとかは、どうだ?」
そう、思えば簡単な話だった。
子供が親に何かを作り、気持ちと一緒に贈る。これも立派な親孝行のはずだ。
それはきっと娘を溺愛しているモルガン陛下への励ましになるし、バーヴァン・シーも自分の気持ちを伝えられるきっかけになるだろう。
「……でも、私が作れるものとか無いし」
「最近靴作りに手を出してたじゃないか」
「まだ入門したてで、お母様に贈れるほど技術がないわよ」
まあ、余程自信が無ければあの陛下に物を贈るのも怖いのは分かる。
となると、ある程度技術が研鑽されているもので、
「じゃあ料理なんてどうだ?」
数か月前まで、ここで俺達は召使いをしていた過去がある。
その仕事の一環に、領主様にお出しする料理の手伝いというのもあった。
家事はそこそこできていたし、何とかなるのでは? と思い至っての提案だった。
「確かに少しは出来るけど、フルコースとかはちょっと厳しいというか……」
「弁当ぐらいの量ならどうだ?」
「…………ギリギリいけるか?」
どうやら、バーヴァン・シーも勝機を見出したらしい。
最近、何やら良くない出来事が起こっている気がしてなりません。
まずウッドワスが突然やってきて、趣味を聞きに来るのがおかしい。
そんなものは無いと伝えたら、耳と尻尾を垂れ下げて帰ってしまった。何がしたかったのだアイツは。
そして何より、バーヴァン・シーが最近冷たい気がするのだ。
顔を合わせても軽い挨拶だけで済まし、思いつめたような表情で慌ただしい。
少し前までは、喜々として今日あった出来事を伝えてくれたというのに。
フィアンセであるベディヴィエール、その領地であるニュー・ダーリントンの復興の手伝いをしているはずですが、何か行き詰まりでも感じているのか。
一体何をしているというのですか。何か危ない事はしていないでしょうね?
気になって妖精騎士ベディヴィエールに聞いても、
「うちのフィアンセは何も言うなと。まあ、危険な事ではないのでご安心を」
とは言っていましたが、心配は心配です。
知らず知らずのうちに、ベディヴィエールに信頼を置き過ぎたか? バーヴァン・シーには、容赦なく反転したトリスタンのギフトを与えるべきだったのか。
そんな事を考えていると、『合わせ鏡』を使い、バーヴァン・シーとベディヴィエールが現れた。
ベディヴィエールはそそくさと気配ごと姿を消してしまう。恐らくは私とバーヴァン・シーに気を使ったのでしょう。ちゃんと監視してると私にはわかっていますが。
一方、バーヴァン・シーは緊張した面持ちで、何か荷物を抱えている。かわいい。
「どうしましたか。何か報告でも?」
「いえ、そうじゃないのお母様。その、あのね?」
おずおずと、抱えている荷物を私に差し出して来るバーヴァン・シー。
何段かに積み重なっている箱のようだ。
「お弁当を、作ってみたの」
「……お弁当?」
少し、待ってほしい。
胸の高鳴りが、すごいのですが。
「お母様はたくさん私に施してくれたけど、私には何も無いから、これぐらいでしか、お返しをできなくて。料理長とかに、お母様が好んでるものとかも聞いて作ったから、きっと喜んでもらえると思うの」
緊張しているのか、少したどたどしい口調のバーヴァン・シー。
それでも、一生懸命に気持ちを伝えようとしてくるのが、妖精眼を通して確かに伝わってくる。
けれど、そんな事は無い。そんな事は無いのだバーヴァン・シー。
お前が笑ってくれているだけで、私はどれだけ救われたことか。
「私を拾って、娘にしてくれてありがとう。茨木様がいなくなって、心が折れそうなとき、いつも一緒にいてくれて、私嬉しかった」
そう言って、彼女は穏やかに微笑む。
――――この気持ちを、何と言い表せばいいのだろう。
胸が熱くなるのを感じる。枯れていたと思っていた涙腺から、止められない程の涙があふれ出る。
「お、お母様!? もしかして私、お母様に嫌われるようなことをしてしまったかしら?」
涙を流す私に戸惑うバーヴァン・シー。
いいえ、違うのです。
あなたの言葉で、私はきっと救われたのだ。
何故お前はいつもそうなのだ。バーヴァン・シー。
どうして、私がくじけてしまいそうなとき、救いの一言を差し出してくれるのか。
「いえ、何でもありません」
私は涙をぬぐい、弁当を受け取る。
「……ありがとう。とても嬉しいです」
「――――!」
今にも踊りだしそうなくらいの笑みを浮かべるバーヴァン・シー。
その姿の、なんと微笑ましい事か。
「こちらに来なさい。折角ですし、一緒に食べましょう」
「……そ、それはちょっと、恥ずかしいわお母様」
「では女王命令です。従ってくれますね?」
「女王命令なら、仕方がないわ! まったく、お母様ったら」
私が部屋へと歩くと、バーヴァン・シーは足を軽やかに弾ませてついてくるのだった。
まったく、女王陛下は素直でらっしゃらない。
俺の婚約者のお母様なら、もう少し素直に対応してもらいたいものだ。
まあ、今回は及第点。
余計な輩が現れぬ様にしますかね。
「やあベディヴィエール」
俺にそう話しかけてきたのは、この国最強の妖精騎士であるランスロットだ。
耐久性でいえばウッドワスに軍配が上がるだろうが、それ以外で言えばこのランスロットがぶっちぎりの一番。そのことに異論を出すのは、ウッドワス本人ぐらいだろう。
「おやおや、どうか為されましたかなランスロット卿」
「ああ、少し女王陛下に用事があってね。そういう君は?」
…………………………覚悟は、決めた。
「おーい、僕の話、ちゃんと聞いてる? え、どうしたんだい君? 何か目とか腕とかピカピカしてるんだけど!?」
「――――ここから先は通さないぞッ!!」
「なんでー!?」
多分、これまでの人生の中で、一番の死闘が始まる。
城のとある一室にて、私とバーヴァン・シーは弁当を広げていた。
「あのね、これは私と茨木様と一緒に作ったの。あ、爪楊枝で止めてあるから気を付けてね」
いそいそと作ったモノの解説をしてくれるバーヴァン・シー。
「ええ、よくがんばりましたね」
「お、お母様の娘として当然よ!」
お弁当の中身、その中の一つをスプーンですくい上げ、口に入れる。
「ど、どうかしら?」
それを、バーヴァン・シーは神妙な面持ちで見守る。
「美味しいです。今まで食べてきた、何よりも」
「本当!?」
「ええ、本当です。嘘をつく必要がありますか」
「お母様の口にあってよかった……!」
娘は今までに見たことのない、飛び切りの笑顔を浮かべる。
それを見て、私も頬を緩めてしまった気がした。
あなたにとって、私があなたの支えであったのならば、幸せにできる存在であったならば。
私はそれを、生涯で一番の誇りとするでしょう。
あなたは、私が一緒にいてくれて嬉しかったと言いましたが。
それはきっと、私だってそうなのです。
こうしてあなたが笑ってくれることが、一番の宝物なのですから。
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