バーヴァン・シー、お前が笑ってくれるなら   作:月崎海舟

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※今回は独自設定があります。ご注意下さい。


その愛に報いることができるのか

 ――――私は酷い女なのです。

 

 妖精が嫌いでした。

 人間が嫌いでした。

 

 彼らは私が何をしても、優しくしてくれることはなかったから。

 

 もっと優しくすればよかったのかもしれません。

 もっと身を捧げればよかったのかもしれません。

 

 それでも彼らは、痛いことをやめてはくれませんでした。

 苦しいと懇願しても、私を使うのをやめてはくれませんでした。

 

 それもそのはず。私は慰み者だったから。

 

 赤い踵の可愛い娘。

 村のみんなの人気者。

 誰もが笑顔の慰みもの。

 

 それが私の生きてきた道のりでした。

 きっと、先代も、そのまた先代も、この様な思いをしたのだと思います。

 それでも、いつか誰かが救ってくれると、私はなぜか信じていたのでした。

 

 ある日、私はダーリントンの領主の家に拾われました。

 たくさんの苦しいを詰め込められるんだと、薄々わかっていました。

 でも、私には居場所がなかったから、そこに行くしかなかったのです。

 

「――――異世界から来たんだ。俺」

 

 でも、私の心が救われた気がしたのは、私の先輩のそんな言葉。

 

 こんな苦しくて生きづらい世界の他に、別の世界があるのだと知ったのです。

 その世界の話は広大で、眩くて、夢に満ち溢れていた。彼の話を聞いている時だけは、苦しい思い出を忘れることができたのです。

 

 せがむ私に、困ったそぶりも見せずに、先輩はたくさんお話をしてくれました。

 私ができることは少なかったから、誰も呼べない彼の名前を、私だけは呼べるようにと、たくさん練習しました。

 

 それと並行して、領主様に生きる屍を作るよう命じられました。

 一つだけならと、私は命令に従って。

 

 でも領主様は面白がって――――結果は、ダーリントンが沈む勢いに溢れだして。

 

(誰か助けて。皆を助けて)

 

 そう祈っても、誰も来ない。

 

 それが当然だった。

 それが当たり前だった。

 

 何も無い私は、泣くしかなかった。

 

 やがて、領主様が妖精亡主となり、私に牙を剥く。

 

「――――――――」

 

 その時、私は何を思っていたのか。

 口に出した言葉を、私は覚えていない。 

 

「――――仇花と散れ」

 

 それは、闇を切り裂くような声だった。

 目にも止まらぬ速さで駆け抜けたそれは、赤い軌跡を残して私の前に降り立った。

 片腕が噛み千切られた先輩さま――――茨木(しき)様が、暗闇の中で静かに微笑む。

 

「いや、勝利は俺が貰っていく」

 

 領主様を殺した茨木様は、私に温かく微笑んだ。

 

 ――――私はこの時、無償の愛を受けたのだ。

 

 彼が消えてしまうのは、酷く悲しかったのに。

 そんな大きな愛情を向けられたのが、とても嬉しかったのだ。

 

 ……なんで私はこんなにも醜いのだろう。

 愛情と言っているけど、結局の所は、私の為に犠牲になってくれたのが嬉しいだなんて。

 醜い以外の何になるのだろうか。

 

 だからこそ、私は彼に贈りたい。

 少しでもその価値があったのだと、彼にだけは思ってもらいたくて――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デートをしましょう!」

 

 顔を真っ赤にしたフィアンセから、の突然の申し出だった。

 ああ、でーと。でーとね? 知ってる知ってる。俺達の立場だと、ようするに逢い引きだろ? わかるよ。知ってる知ってる。

 

「ああ、構わないよ。バーヴァン・シーの頼みだ。ニュー・ダーリントンも大分復興が進んで、町らしくなってきた。息を抜くぐらいは許されるだろ」

 

 俺は冷静を装いながら受け答えするが、そんな俺を見てバーヴァン・シーは何やら震えている。

 

「……何か、余裕ね?」

「はっはっは、そんなまさか」

 

 そんなのあるわけないだろ。俺、恋人を楽しませるためのお出かけとか、初心者だぞ?

 

「ふーん……まあいいけど。それじゃあ、当日のデートコースは茨木様に任せるわ」

「あいよ。お任せあれお姫様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は一体どうすればいいんだ!」

 

 俺は同僚である妖精騎士、ガウェインに泣きついていた。

 バーヴァン・シーはモルガン陛下の所に行くと言うので、周りの警戒ついでに話を聞いてもらっている形である。 

 

「アナタ、大分すかした男じゃありませんか。何ならトリスタンを押し倒したとか聞いてますけど」

 

 いつもの騎士の様な尊大な振る舞いではなく、どことなくお嬢様感を思わせる口調のガウェイン。

 

「女を垂らし込んだ経験はある。が! ガチの恋愛はこれが初めてなんだよ!」

「アナタ最低のクズですわ」

 

 仕方ないだろ。退魔の一族としては、惚れさせた方が油断誘いやすいんだからさ!

 

「と言うかなんです? 何故それをわたくしに? アナタ、仲がいいんですからウッドワス辺りにでも聞けばいいでしょうに」

「九百年童貞に期待してもな……」

「ドゥティ?」

 

 生殖行為とかはあるのに童貞の概念は無いらしい。

 初めてか否かの経験等、この妖精國では希薄なのかもしれない。

 

「だいたいアナタ、よくトリスタンとノリッジに行ってるじゃありませんか」

「そりゃ服がどれがいいかとかは聞かれたりするが、わざわざ言われてるんだ。それ以上を期待されてる」

「あー……なるほど」

 

 護衛を兼ねている事もあり、城でモルガン陛下と会う時間以外はほぼ行動を共にしている。

 だというのに、

 

「――――話は聞かせてもらったよ」

 

 凛とした声が部屋に鳴り響く。

 声のする方を振り向けば、そこには素顔を晒した妖精騎士ランスロットの姿があった。

 

「女性のエスコートの心得なら、僕に一言ある。キャメロットに移住権を与えられたつもりで安心して貰って構わないよ」

「何故、お前が俺に助言を? 以前襲い掛かったことを、大層怒っていたじゃないか」

「一時間も進行阻害されたら誰だって怒るだろ」

 

 それはそうなんだが、仕方がないじゃないか。

 こいつの裏、何か胡散臭いオーロラいるし、女王陛下の弱味を一番知られてはいけないナンバーワンだ。

 

「けど、もう数年程昔の話だ。そんな事で怒っている僕じゃないさ」

 

 自信に満ち溢れた声と表情に、思わずすがりたくなってしまう。

 おいおい、コイツ思ったより表情豊かだな。

 

「なら、ご教授願おうか」

「まあ身嗜みとかはできてるし、危ない部分を指摘させてもらうけど」

「ああ」

「策を弄しすぎると失敗するから気を付けるように」

「前言撤回。日和やがったなこの野郎」

 

 カッコいい事言いたいけど、具体的な事は無い奴だろそれ。

 

「僕は最強種だよ!? ひよるるるるるわけ、ないだろ!!」

「動揺が口から出てる竜の妖精」

 

 いかにも恋人がいる経験豊富な妖精騎士ですよって顔をしているが、その実は恋人に引っ張って貰ってるだけなのだろう。

 俺も人の事を言えるわけじゃないが、それはちょっとどうなんだ?

 

「やれやれ……見てられんな」

 

 そんな俺達を憐れにでも思ったのか、俺達の間に割って入って来る。

 

「お前の意見がないんじゃ話にもならん。どこか二人で行きたい場所は無いのか?」

「あるっちゃあるが……」

 

 自分なりに調べて、行ってみたい場所はあるのだ。色々と面倒くさくて気が乗らないが。

 場所の詳細を伝えると、二人は目を丸くした。

 

「そこでいいじゃないか。ロマンチックだしな」

「いや、でも北の領地だぞ?」

「ああ、そうか……」

 

 そう、俺が気になっていたのは王の氏族の領地を横切ることになる。

 モルガン陛下の部下である俺とバーヴァン・シーが横を通り過ぎていった場合、問題にならないかが心配なのだ。

 ランスロットは少し複雑な表情を浮かべたが、すぐにケロッと明るい表情に切り替えた。俺には少なくともそう見えたのだ。

 

「でもオーロラだってこっそり鏡の氏族の領地に入ったりしてるし、大丈夫じゃないかな」

 

 気軽にランスロットが言ってくれるが、それとこれとは話が違う。

 俺としては許可も無く別の国の領地に踏み入れるような物だ。不安が残る。うちの国、外交とかにはうるさい時代があったからな本当。

 それとオーロラは何のためにそんなところに訪れたんだよ、と思ったが関係がない話なのでスルーをすることにした。

 

「だいたい君達には『合わせ鏡』があるし、そこは人気なんかも少ないんだろう? なら問題ないじゃないか。愛の為なら国とかどうでもいいと思うな僕は」

「おい」

 

 ガウェインがランスロットに一睨みきかせる。

 だが、すぐ諦めたようにため息を付いた。

 

「……合わせ鏡を使えば問題あるまい。精々思い出を彩る一ページを作ることだな」

 

 言うだけ言うと、ガウェインは歩き去って行ってしまう。

 

「……呆れられたか?」

「いや、黙認でいいんじゃないかな」

 

 あのお堅いガウェインが黙認か。

 多少不安は残るが、そこまでして背中を押してくれているとも考えられる。

 

「ランスロット、お前もこの事は忘れてくれよ」

「はっはっは、最強種が忘れるとかナンセンスだよ」

 

 コイツにこういった情報を握られるのは後ろのオーロラが怖い。

 さて、どうすべきか――――おっと良いネタがあった。

 

「ああ、そういえばランスロット。オーロラを狙っている間男の話を聞いたんだが、お前が誰にも言わないっていうなら黙っておいてやるよ」

「その話乗った」

 

 買収は成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の寝床にやって来たバーヴァン・シーは、浮かない顔を浮かべる。

 

「さ、誘ってきたけど、本当に大丈夫かしら……」

 

 初めての逢引に戸惑いを隠せない様子のバーヴァン・シー。

 そんな彼女を元気づける為に、頭を優しく撫でる。

 

「ええ、大丈夫ですバーヴァン・シー。私のやった通りにすれば、間違いなくベディヴィエールはお前の虜だ」

「本当お母様?」

 

 それでもなお不安げなバーヴァン・シー。

 威厳か。私の威厳が足りなかったか。

 

「私の言葉が信じられませんか?」

「いいえ、そんな事ないわ! だってお母様は、百戦錬磨の恋愛強者なんでしょう? 最高にイカしてるぜ!」

 

 まあ、それは私に記憶を贈ってくれた汎人類史のモルガンの話なのですが。

 私本人に至っては恋愛経験皆無なのですから、あまり強そうなことは言えません。

 

 ウーサー君? いや、彼はその、そういうのじゃありませんから。ええ本当に。だから違いますって!

 

 ……こほん。さて、それはともかく。

 汎人類史のモルガンの知識を使えば、間違いなく篭絡できます。

 まさかこんな相談をされるとは思っていませんでしたが、少しはバーヴァン・シーの役に立てたことでしょう。

 正直に言うと気が進みませんが、可愛いバーヴァン・シーの頼み。仕方がありません。

 ですが、私の計画は、99.9%の確率で成功すると言っても過言ではないでしょう。

 

「後はあなたの気持ち次第です。がんばってきなさい」

「ええ、私がんばってくるわ!」

 

 心の底からやる気に満ち溢れた顔を見て、私は一安心する。

 この子が迎える彼との一日が、楽しい一ページでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、デート当日。

 俺達は合わせ鏡を使い、ブリテン本島の最北端に来ていた。

 目の前には広大な海と、その先には小さな島であるオークニーと、枯れた世界樹が映っている。

 浜辺には砂とは違う、雪に見間違えるような白い砂粒が積もりに積もっていた。

 

「ここからだと、世界樹も見えるのね」

 

 どこか懐かしむような眼で遠くの島を見るバーヴァン・シー。

 もしかしたら、彼女の前の代には、あの島で過ごしていたものがいたのかもしれない。

 

「だな。切り株みたいなもんだけど」

 

 それに触れることはしないことにした。前の代の妖精が何であろうと、これから先のバーヴァン・シーしか俺の目には入らないのだから。

 

 俺もそれなりにスカした格好をしてきたが、バーヴァン・シーに至っては気合の入りようが違う。

 女性の服は詳しくないが、白いワンピースを基本とし、肩に上着を羽織っている。お忍びと言う自覚でもあるのか、麦わらの帽子を被っていた。

 他にもその服装を引き立てるように、煌びやかな装飾品を着飾っており、大層よく似合っていた。

 

「寒くないか?」

「思ったよりも寒いけど、これで風邪ひくザコじゃねーよ」

「…………」

 

 念の為、俺の上着も羽織らせる。

 

「過保護過ぎない?」

「俺の姫様にはそれぐらいがちょうどいい」

 

 顔を赤くして、「そう」とだけ言うとそっぽを向いてしまう。

 それは寒さゆえか、それともお姫様扱いが恥ずかしかったからなのかはわからない。

 

「さて、ちょっと足場が悪いが、我慢してくれよ」

「ちゃんと私を連れてってよね」

「もちろん」

 

 二人で手を取り合いながら、さざ波の音が響く浜辺を歩く。

 目的地を決めてここに来たが、少し悲しい印象を持たせる場所だ。少し失敗したかもしれない。

 

 それは事実。確かな事実なのだが、どことなく美しいと思ってしまうのは、俺の感性がおかしいのだろうか?

 

「まるで涙みたい」

 

 ぽつり、とバーヴァン・シーが呟く。

 ああ、確かにそうだ。

 悲しくも美しい印象を持つこの白い砂粒は、誰かの涙なのかもしれなかった。

 だが、それは俺たちに真意を読み取る手段はない。

 

「ああ、もしかしたら、悲しい出来事があったのかもしれないな」

「何があったんだろう」

「さあ、これほど積もりに積もってるんだ。きっと夢が破れるくらい悲しいことに違いない」

 

 ゆえに、こうして想像しあうしかないのだ。

 ああだこうだと話し合う何気ない時間だが、俺にとっては至福の時だった。

 

「隙あり!」

「うご!?」

 

 呑気してたら海水ぶっかけやがりましたよこのお転婆姫。

 

「ようしいいだろう。受けて立つ」

「え、懐から出したその筒ってうにゃ!?」

 

 すかさず海水を水筒に装填し、バーヴァン・シーの顔に射出する。

 

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと用意してきた水鉄砲だ」

「乙女の顔にやってくれんじゃねーか茨木様よぉ!」

 

 半分目的地のことを忘れながら、水かけ合戦が始まった。

 服? この後でバーヴァン・シーがてこずりながらも魔術で乾かしてくれたので、ご心配召されるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで浜辺を楽しみながら歩き進めていると、バーヴァン・シーが小舟を見つけて、乗ろう乗ろうと提案してきたが、残念ながらその提案は却下した。

 潮にでも引っ張られて、立ち入りが禁止されているオークニーにでも乗り上げたらたまったもんじゃない。

 そんなこんなの出来事を乗り越えて、俺たちは小さな洞窟の入り口にやってきた。

 

「こんなところに何があるの?」

 

 不思議そうに洞窟の中を覗き込むバーヴァン・シー。

 

「まあまあ、そう焦るなって」

 

 俺はバーヴァン・シーをお姫様だっこすると、洞窟の中へと入っていく。

 

「ちょ、茨木様!? 急にその、何!?」

 

 急なことに驚いたのか、バーヴァン・シーは顔を真っ赤にして縮こまってしまう。

 

「これ以上濡らすわけにもいかないからな」

 

 足元には水が溜まっており、歩けば足首まで濡れてしまうような状態だ。

 

「別に後で乾かすから大丈夫よ」

「あー……」

 

 少し、言いよどんでしまう。

 噛みつくぞと言わんばかりに睨んでくるお姫様には勝てず、悩みはしたが言うことにした。

 

「……俺がこうしたかったんだ。悪いか?」

「は、は~!?」

 

 綺麗な灰色の瞳がばっちり見えるほど大きく目を開き、バーヴァン・シーはさらに顔を赤くした。

 ……そりゃ、その、なんだ。俺だって恥ずかしいこと言ってると思うよ。うん。

 

「なんで茨木様はそういうことを恥ずかしげもなく言えるわけ!? スケコマシ! スケコマシ―!」

「恥ずかしいに決まってんだろ!!」

 

 俺をなんだと思ってるんですかねこのフィアンセは!?

 

「じゃあなんでするの!? バカ? バカじゃないの!?」

「……だってこれ、デートだろ? なら、その、こういうことをした方がいいだろ?」

「――――もう! も~ッ!!

 

 俺のお姫様はとうとう顔を手で覆い隠してしまった。

 ……さすがにキザ過ぎたかね。

 

 そんなことをしていると、目的の場所までたどり着く。

 バーヴァン・シーを見れば、まだ顔を手で隠していた。

 

「おい、着いたぞ」

「ちょ、ちょ!?」

 

 そうやって腕の中にいるバーヴァン・シーを揺らすと、慌てて顔から手を外す。

 

「もう、いったい何を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それは、星空だった。

 

 暗い洞窟のを突き破る様に、天井の穴から太陽の光が差し込んでいた。

 その光の中、白く輝く粒子が輝き、宙を舞っているのです。

 

 まるで、星が愉し気に躍っているような光景で。

 

「このあたりでしか見れない光景らしくてな。静脈回廊……オドペナだっけか? まあそういう名前の霊脈洞穴の影響で、地上にある白い砂粒と何やら反応を起こして――――」

 

 茨木様が解説してくれているけど、半分も耳に入らない。

 綺麗なものを見て、自分がどれだけ醜い存在なのかを思い出してしまったせいか、私の目からは涙が溢れ出していた。

 

「おい、どうしたバーヴァン・シー」

 

 深い海の様な青い瞳で私を覗き込む茨木様。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。私、茨木様にたくさんの物を貰っているのに、何一つ返せない」

「別にそんな事はいいんだよ」

「こんなたくさんの素敵なものを贈られても、私の身体ぐらいじゃ釣り合わない」

「おい、なんでそんな発想がでてくるんだそこで」

 

 お母様にお願いして、男の人を喜ばせる術を教えてもらったのです。

 最初はお母様も難色を示していたし、数年たってようやく説得ができた。

 

 けれど、そんなものじゃダメだった。

 私はこれ以上何を捧げれば、あなたの愛に報いることができるのか――――

 

「そんなに思いつめないでくれ」

 

 そんな私を抱き上げたまま、彼は優しく微笑んだ。

 まるで、私を肯定してくれるかのように。

 

「俺には何をどう悩んでるかよく分からないけど、お前は素敵な女性だ。誰かの為にがんばったり、自分の気持ちを相手に伝えられる事を俺は知ってる」

「でも、私が優しくされたいからなの。全部自分の為なんだもの」

「それだっていいさ。人間も妖精も、きっとそんなものなんだよ。俺がお前の為にがんばれるのだって、お前の笑顔が見たいからだ。それが俺の何よりの益になる」

 

 私の笑顔で、私の言葉で、一体何を与えることができるのか。

 そんな誰にだってあるモノで、私は皆に何を返せているのだろう。

 

 茨木様は近くの岩場に座りこみ、私を膝に乗せて、優しく頭を撫でる。

 大きくて、暖かくて、心地のいい手。私の大好きな手。

 

「お前が自分の魅力を分からなくても、俺や女王陛下には、ちゃんとわかっている。お前がそれを理解できるその時まで、ずっと傍にいるよ」

 

 だから泣かないでくれと、茨木様は自分のまつ毛と瞬かせて、私の頬を撫でる。

 バタフライキスだ。お母様に聞いたことがある。とっても大人のキスだ。

 私は目を閉じてそれを受け入れるけど、私にはなんだかくすぐったくて、こそばゆかった。

 

「……本当? 本当にそんな魅力が、私にあるの?」

 

 目を開けて、茨木様に尋ねる。

 不安なのです。貴方やお母様みたいな方に、素敵な贈り物を貰った私に、そんな価値があるのかどうか。

 

「ああ、だから俺はお前が好きなんだよ」

「――――――――」

 

 胸が、温かくなって。

 その衝動を茨木様にも知って欲しくて、私はそっと口づけをした。

 優しいだけで、お母様に習ったように艶やかではないかもしれないけれど、私にできる最大限の愛情表現。

 

「私もね、茨木様が好き。だから、信じてみようと思うの」

 

 私の 魅力/価値 を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の涙は晴れていた。

 それを祝福するように、白い砂粒――――雨の氏族の涙は舞う。

 

 雨の氏族の涙は、楽園の妖精に向けられた贖罪の涙。

 彼女の様な、幼く可愛らしい涙では決してない。

 

 だが、一人の少女の涙が晴れ、成長の証として笑顔を浮かべることが出来たのであれば、きっと彼らの涙も、晴れることがあるだろう。

 

 少女と男はその光景を、ただ「美しかった」と記憶に留める。

 けれども、少女の心が一歩前に進んだきっかけとなった光景だ。

 

 いつかこの穴は塞がれるだろうけれど、二人はこの光景を忘れない。

 (思い出)の一ページに、二人はしっかりと刻み込んだ。

 




実はこの作品、日刊ランキング総合六位を獲得できました。
皆様がこの作品を読んで、評価やお気に入り登録をして下さったおかげです。
本当にありがとうございます。
恐らく次回で最終回になると思いますが、最後まで何卒よろしくお願いします。


※静脈回廊オドベナと雨の氏族の涙が反応して光を放つなど、原作では一切描写されておりません。
 この作品だけの設定ですので、ご注意下さい。
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