名誉と速力   作:pilot

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青黒い薔薇

 不幸は呼ばれなくてもやってくる。

 それは雨の日、晴れの日。平和な日だろうが────あるいは戦禍の真っただ中でも、もしくは長閑な一瞬の平和だとしても関係なく。

 それでも理不尽に、目標、ゴールは遠く遠くに聳え立ったままなのだ。

 あらゆる夢、理想を抱くものに訪れる挫折。不幸そのものであり、大きな絶望であり、正義を焼き溶かす業火。

 道半ばにしていつでも、どこだろうと遭遇するそれに恐れながらも、しかし人は歩むことをやめられない。

 それがウマ娘ならば、走ることなのだ。

 ゴールとは、自分のペースで目指せばいいという訳ではない。否が応でも、自由度の低い掟の中で────たった三年という時間の中で……

 

 

 ラムヌーシアが丁度、黄金世代の面々に目を付けていた頃、異なる英雄は別のウマ娘にかかりきりであった。

 険しい顔。

 深い彫りは年輪のごとく存在感を主張し......それでいてまだ、老年ではない。

 まるで経験だけが時間を押し出して、純粋な、老化を伴わない成長を重ねればこうもなるのだろうかと言うような、印象ある人間がそこにいた。

 

 彼の名前はヴォーティガン。今でこそトレーナーの一般的な服、それもラフなジャージに身を包んでいるものの、彼もまた、アストレアと同じように過去に赤く続く記憶を持つ、英雄と呼ばれてしかるべき男だった。

 彼の目線の先には、未だペースを上げきれずに居る黒いウマ娘が居る。

 不幸は、呼ばれなくてもやってくる。ライスシャワーという、この暗黒のウマ娘が誰にとっての不幸なのか、あるいはそうではないのか。

 もしくはヴォーティガンが、彼女を活かしきれていないのか。

 いや......彼女と彼の二人が、ただただ他のウマ娘にとっての挫折であり、招かれざる不幸そのものなのかもしれない。

 そんな二人の出会いは、酷薄な冗談によるものだった。

 

 

 

 

 ある日、昼下がり。

 トレセン学園は非常に広く、休憩に利用する場所に事欠かない。場所を巡って戦争が起きることを心配せずに、休息を取ることが出来る。

「お前にぴったりなウマ娘を見つけたぞ。どうにも自分のことを不幸そのものだと思い込んでいるらしい」

 眉を、瞳を、表情筋を、それら全てをピクリとも動かさないヴォーティガンを見て、漸くその冗談と言うものが失敗だったことに同僚は気付いたようだ。

 それでもまあ、吐いた言葉はどうやっても飲み込めないのだからと、面の皮厚くも話は続く。

「一応聞いておく。それは俺が何時も言っているフレーズに対する皮肉か?」

「いや、話の種程度だって。前のウマ娘が一段落付いて暇なんだろ?」

 悪いヤツではないが、しかしお気楽でデリカシーがない。そんなものだが、けれどそんなものでも、ヴォーティガンはこのトレーナーを邪険に扱うことが出来なかった。

 

「暇というと語弊がある。前が忙しすぎただけだ」

「なんだかんだ、その状態こそが普通、ってのがトレーナーだろ」

 

「まあしつこいかもしれないが、理由があってだな。なんというか、俺はお前にそのウマ娘を守って欲しいんだよ」

 守る、守った、守れ。

そう言った言葉たちに、ヴォーティガンは弱い。

 

「守るって、どう、何からだ?」

「全てからだ。肉体的にも精神的にもだ。俺は征服者だから、お前と似ても似つかない、自分以外を守れない。ああいう手合いは発破をかける前に守ってやらないと壊れてしまう」

「この世に羊の居場所は無いだろう。競争の世界なら尚更だ」

「守る価値のある、ガラスの牙を持った狼だとしたら?」

「馬鹿馬鹿しい」

 

「見てから考える」

「素直で宜しい」

「好きに言え、虜囚め」

 

 一息に吐き捨て、ヴォーティガンは立ち上がる。

 癖で大盾と長剣を探そうとして、はたと止める。

 何かしら緊張した状態でなにかを始めようとしたときに、何時も傍らにあったそれらが無いことに、他の英雄たちと同様彼も慣れることが出来ていなかった。

 それを見た、自らを征服者と称する男は何処か安心した様子で、ベンチに腰掛け直した。

 

 

 

 一般的な授業が終わった後はすぐに、彼女らは一流のアスリートに変わる。

 容赦の無い陽光の襲い掛かる昼間から、西陽の差す仄暗い夕方から。

 紅い光というのは安心感をもたらす一方で、騒がしい血潮を想起する者も居る。

 ライスシャワーはそのとき、自らに足りない力を鍛え上げていた。

 あまりにも細く、細工のように華奢な肉体に紐を絡め、巻き付け、何に使うのかもわからない、粗雑で武骨、その上巨大なタイヤを引いている。

 路には辿々しい足跡がポツリポツリと生まれて、そしてその後、タイヤが無遠慮に作り出す轢過痕に次々とかきかされていく。

 それはまるで、努力の跡を大声に書き消されているようで、眺めているヴォーティガンはあまり好きではなかった。詩的で感傷的すぎると、友人には言われたらしい。

 この男はあの会話の後、仕事を早回しで終わらせ、ウマ娘達の訓練に間に合うように努めた。それは達成され、彼は素晴らしい立ち位置からグラウンド全てを睥睨している。いや、していた。

 ぼんやりと全体を見ていた視線はその内、鬼気迫る修練を続けるライスシャワーへと徐々に引かれていき、今では時間の全てをほぼ、彼女が次に何をするかを考えることに使っている。

 あんまりにも頑張るものだから、ヴォーティガンはなんとなしに、かつて戦場で行っていた応援の真似をして見た。

 なんと言うことはない、左手を掲げて祈り、前を指差し、自らの体力を分け与えた......お守り。

昔は確かに、他者に保護を与え守ったのだが、今では効力などあるかは分からず、見られていれば恥ずかしいだけの行動だろう。ただ守るといえば、彼の中ではこうだった。

 

 久し振りなその動作は、とても疲れた気がした。あるいは本当に祈りが通じて、ライスシャワーの助けになったのだろうか。

 ここから見えるライスシャワーの速度が、少しだけだが上がった気がした。

 

 

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