「のう喜助。どうしてあのとき何もしなかったんじゃ?」
「あはは、竹を割ったようなあなたにしては漠然とした物言いっスね」
「はぐらかすな。どさくさに紛れてとどめを刺すこともできたじゃろうに、なぜしなかったと聞いとるんじゃ」
「殺すのだってリスクがありますしねえ。害のない化け物をつついて起こすような真似はしたくないんスよ」
虚にやられてくれたらラッキーだったんスけどね。
そう言って喜助は苦笑いをした。その表情はまるで『自分からは殺したくない』と言っているかのようで。
「まさか、情が湧いたのか?」
「……どうでしょうね、わかんないっス」
「ハッなんか今まっぷたつにならなかった!?」
「怖い夢でも見たんスかあ?」
「え!? どこからが夢? 本屋に行ったのは……!?」
「……よくわからんが、いっちゃんは本屋に行きたいのか?」
「そ、そこからか〜〜〜〜!!!」
喜一は頭を抱えてもう一度布団に潜りこむ。昨日起きたことを夢だと思えるなんて、そんなことあるのか?
昨日、たしかに浦原喜一は虚に腹から真っ二つにされた。普通の人間ならそのまま死ぬところだが、喜一は残された上半身から下半身を生やすことによって五体満足どころか傷一つすら残さずに綺麗に復活したのだ。そしてさっきまで丸一日ほど寝て、ついさっきようやく起きたという状況である。
ちなみに古い方の下半身はというと、別にそこから上半身が生えてくるというわけではないらしい。灰が吹き飛ぶようにあっさり消え去り、痕跡すらなかった。プラナリアのように切ったら切っただけ増えると言われても困るが……。
問題は、あのタイミングで追い討ちをかけていれば存在するだけでバランスを乱す吸血鬼を1匹葬れるはずだったのに、それを喜助が拒んだことだ。
奴の考えがどうかはわからないが、どうなろうと一応儂はそれに付き合うつもりである。奴がそうしたいのなら、喜助の茶番に付き合ってやるとするか。
……儂もこの子への情を捨てきれないのかもしれない。これでは喜助のことをとやかく言えないではないか。
それにしても、浦原喜一はどういうつもりなのだろう。読み書きにおいては成人もかくやというレベルだが、精神年齢はそれほどでもない。それでも肉体年齢に比べれば上なのだが。
「もしかしたらボクは、あの子がただの人間であるほんの一握りの可能性を信じたいのかもしれません」
「ま、それもついさっき絶たれたがな。真っ二つになった身体がなんの処置もなく元通りになる人間などおらん」
「あはは……それを言われると厳しいっスけどねぇ。でも見間違いだったとか、それこそ夢を見ていたのかも」
「まったく……」
話しながらふと喜一に目を向けると、ちょうどうごうごと尺取り虫のように身を捩っていた。何をしているんだ。
「あー謎に身体だるい、怖い夢見たからかな……新聞届かねー、あとちょっと……あ、届いた」
「今腕伸びなかったか?」
「……これも夢ですよきっと」
その後食事をとった我々は、各々好きなことをしていた。
とは言っても、儂と喜助は喜一の一挙手一投足に注意を向けながらではあるが、これはいつものことなのでわざわざ書くまでもないだろう。
そしてその喜一はというと、今までにないほどだらだらしていた。
「そろそろ好きなアニメがある時間じゃないっスか?」
「そうだった! みるー……」
「なんじゃ元気ないのう。大丈夫か?」
「うーん……。お腹すいたっていうか喉乾いたっていうかー。でも動くのはめんどくさいっていうかー……」
「こりゃ末期じゃの」
「はいはい優しいパパが取ってきてあげますよぉ〜」
「やったーぱぱだいすきー」
「棒読みじゃないっスか!」
喜一の視界から自身が消えたのを確認してから、喜助の耳に近寄りできるだけ声を潜めて話しかける。それは息子の怠惰さへの苦言ではなく、先の発言で気になるところの確認だ。
「おい喜助、さっき飯食ったよな」
「はい。ボクの記憶が正しければ」
「いっちゃんは食いしん坊将軍でも痴呆のじじいでもないよな」
「どちらかというとそれは夜一サンっスよね」
「は?」
「すみません」
「……それでも腹が減り喉が渇く。つまり、」
「そういうこと、でしょうね」
「どうするんじゃ。少なくとも儂らの前では人に襲いかかるような真似はしとらんが、これからもせんとは言えんじゃろう」
「それについてはいい考えがあります」
「いい考え、じゃと?」
深刻な表情から一転、喜助の目は爛々と輝き始めた。
「ハイ! 試しに義骸の血を与えてみようかと思ってるんスよ。それでバレなければボクたちで吸血鬼を飼えるし、バレてもあの知能レベルなら誤魔化すことは容易い」
「義骸の? そんなに簡単にいくもんかのう……」
「ま、ダメだったときに備えてニンニクと十字架、銀製品を用意しておけば大丈夫でしょ」
「一人での外出といい今の案といい、どうしてそう楽観的なんじゃ……。いつものお主ならもっと慎重に進めとったはずじゃろうに」
「さっきの夜一サンの問いかけで、ボク気づいたんです」
「喜助?」
いつになく真面目な顔。さっきまでの嬉しそうな姿が夢だったかのように落ち着いたトーンで語り出した。もしや本当に情が湧いて、喜一への警戒を解こうと……? とことんまで付き合うつもりではいたが、そんなことを言われたら正気に戻ってもらうためにも腹に数発決めなければならなくなる。
こちらも緊張の面持ちで続く言葉を待った。
「多分ボク、初めて直接見る種族のイキモノに興奮してるって」
「……は?」
「いやあ、吸血鬼っていうのは本当に日光に弱くて目が赤くて回復力が凄まじいんスね!? 昨日あの子が虚に真っ二つにされたのを見たときは震えが止まりませんでしたよ!」
「おい喜助」
「どこにその回復力の秘密があるのか。血か? 肉か? それともそういった物理的なものとはかけ離れた不思議な力? それに、いつも頭の方から戻るのか大きい方から戻るのかも気になります。義骸の血は成分的には人間の血と同じだが吸血鬼にとって同じなのかも知りたい、ああ知識欲が止まらない!」
「嘘じゃろ!? さっきまでの哀愁漂う場面はなんじゃったんじゃ!」
「そのときは気づかなかったんスよぉ!」
信じられない、こいつにも我が子を思う気持ちのようなものが芽生えたのかと思っていたのに。それが知的好奇心って。情の方がまだマシだったかもしれない。
長年付き合ってきて大概のことはわかるつもりだったが、天才の思考回路までは理解できなかったようだ。
「ん? となると……まさかお主、できる限り殺したくないみたいな雰囲気出しとったのは」
「いやいや2割くらいはちゃんと監視目的でしたよ?」
「8割は知的好奇心じゃったんかい!」