櫛田と綾小路がいなくなって約1時間半後。ガソゴソと草の根を分ける音が聞こえてきた。そちらに目を向けると出てきたのは橋本と神室。
眠い。待つ時間も長かった。もう少し早い集合時間にするべきだった。
「やっほ」
「おう服部〜。眠そうだな」
「俺みたいな真面目で優しい優等生はもう寝てる時間だからな」
そう言ったが、俺は普段これくらい時間でも起きてることは少なくない。なのにこれだけ眠いということは、おそらく初めての特別試験で疲れているんだろう。そんなつもりは無かったが、知らずの内に緊張してるのかもしれない。俺の進退にも関わる大きな試験だし。
「暗躍なんてものしようとしてるお前が真面目で優しい優等生なのかは置いとくが、俺らも眠たいしさっさと終わらせようぜ」
「どうやってAクラスを負かす気か知らないけどちゃんと考えてるんでしょうね?」
「そりゃ勿論。むしろお前に聞きたいが、どれだけAクラスが被害を被るか分からないぜ。実行する覚悟は出来てるんだろうな?」
「別に。ただあいつの命令だから仕方なくやるだけ」
「そうか。お前は?」
無責任な態度の神室に心の中でイラつきつつ、橋本に尋ねる。これはただの確認だ。今さら駄々こねようが事前の契約で縛ってある。だが、たとえ強制だったとしても、改めてこいつら自身にクラスを裏切る選択を取らせることに意味がある。
「そりゃあ、勿論。覚悟は出来てるぜ」
本心とは思えない薄っぺらい覚悟を見せられる。こいつら……。絶対後悔させてやるからな……! 後で泣いても知らないぞ!
「まあいいか。じゃあ、早速Aクラスを堕とすための準備を始めるぞ。まずはAクラスのリーダーを教えてくれ」
現時点でAクラス視点での大きな原作改変はない筈だが、万が一の可能性がある。それにこの試験の性質上、Aクラスのスパイを使ってAクラスを蹴落とすというのなら、リーダーを聞くのが自然の流れだ。俺が知らないないはずの原作知識の整合性を合わせることは大事だからな。
あえてここで聞かないことで他にスパイがいるように見せかけるのも面白そうだけど。ご自慢の洞察力で自クラスにスパイがいないことを知った坂柳が困惑する様子は見てみたい。
まぁ、やらないけどさ。思いがけずに新たなスパイを手に入れる事が出来た場合に足枷になる可能性がある。
「リーダーは戸塚弥彦ってやつだ。知ってるか?」
ちゃんと原作通りっぽいな。ちょっと安心した。
「勿論。葛城の腰巾着だろ?」
「ああ。能力的には大したことないんだが……おそらく俺たち坂柳派を警戒して葛城の一番の側近である戸塚にやらさせたんだと思う」
「なるほど。じゃ、リーダーは分かったし次だ。今試験のAクラスの各派閥の状況を教えてくれ」
俺の目論見通りに行っているのか。その確認だ。
「……その前に今のAクラス自体の状況を伝えてもいいか?」
「分かった。ならそこから話してくれ」
ん? Aクラス自体? 何があったんだ?
「実は、Cクラスの龍園が契約を結びに来た。
内容を簡単に説明すると、『CクラスはAクラスが求める物資を上限200ポイント分まで提供し、その対価としてAクラスは坂柳を除き毎月2万ポイントを龍園に支払う。更にCクラスはB、Dクラスのリーダーを知りその証拠を掴んだ時、その証拠をAクラスに提供する』という感じだ」
なんだ。ただの龍園の話か。俺の中で当たり前のことすぎて、他人からどう見えるかを考え忘れていた。
だが、改めてこの契約を聞くとどう考えても葛城に寄り添っていることが分かるな。おそらく龍園はここでプライベートポイントとクラスポイントの両方を得つつ、葛城派を躍進させて坂柳を抑えるつもりなんだろう。マジで成功した時のリターンが大きいな。
確か原作では葛城が龍園に対して、 『よくも騙したな!学なし!蛇!Tレックスに喰われろ!』 みたいなこと言ってた気がするが、むしろ逆だったんだろう。あの時龍園は、『ククク、知らねえよバーカ』みたいなことを言い返してたはずだけどマジで言葉通りに、知らねえよ裏切ってねえよ って感じだったんだろうな。もはやギャグだろ。
「プライベートポイントを払うとはいえ、今回私たちはポイントを消費することなく試験を終わらせられる。これで本当に葛城派を堕とせるわけ?」
「ハッ! 問題ないな。むしろその契約は葛城を堕とすのにありがたい存在だ」
わざわざ言うつもりはないが、この契約はAクラスを堕とすためだけでなく俺の利益のためにも効果的だ。
「ならいいけど。で、具体的にはどうやるわけ?」
「だからまずその前に各派閥の状況を教えて欲しいんだが………」
「ああ〜。そうだったな。龍園に対する説明が濃くて忘れてた。悪い悪い」
ヘラヘラと笑いながら橋本がそう言った。忘れんな。
「そうだな。まず坂柳派は今回、坂柳がいなくて葛城が指揮をとってるせいでそこそこ機嫌が悪いぜ。表面上は取り繕ってるし、試験だから一応の協力はしてるけどな」
「ほうほう」
上機嫌に俺は相槌を返す。なんか想像以上に都合がよさようだぞ?
「んで、葛城派は逆に調子乗ってるな。戸塚なんかは露骨で、それ以外も戸塚ほどじゃないんだが、幅利かしてるような感じだぜ」
「能力的には?誰が活躍してるとか、葛城以外で指示出してるとか、ある?」
「え〜……っと、そうだな………。そういえば全体的に葛城派の奴らがサバイバル知識が豊富だったような……。もしかしたらそれも合わせてアイツら調子乗ってたのかもしれない」
おうおうおう!良いね〜!効いてるね〜っ!!
おっと。ニヤニヤするなよ、俺。まだ油断は出来ない。気を取り直し、いつも通りの表情で俺は言葉を返す。
「ふーん。なるほど、な。じゃあお前ら……いや橋本だな。やって欲しいことがある。両派閥の対立をもっと煽ってほしいんだ。しかも葛城にバレないように」
「なんで私を除外したわけ?」
「だって神室コミュ力ないだろ」
「は?!」
分かりきったこと聞くなよなぁ。全く。
「あのね!別に私だってやろうと思えばコミュニケーションくらい出来るわよ!」
「「?」」
「2人揃って首を傾げるな!!」
いやぁ…。何を言っとるか全く分からん。
「あっははは! ……そう睨むなって神室」
怖い怖い。と言いながら降参を示すように両手を上げる橋本。
「話を戻すぜ。服部。対立を煽ること自体は簡単だろうが、それを葛城にバレないようにやるってのはかなり難しいと思うぜ。」
だろうな。想定通りだ。だが、真の目的はそこにないため問題はない。しっかりと橋本の思考を俺の作るレールに乗せていく。
「そうだろうな。でも問題ない。策はある。まず橋本の場合、坂柳派の方が影響を与えやすいよな?」
「そりゃあそうだな」
まずは前提となる土台を考えさせる。ただし、この土台は説得力さえあれば、確実性がなくてもいい。土台に乗ってない選択肢から目を逸らさせらればいいのだ。
「次に、両派閥の対立を深めるって言っても大きな言い争いになれば自然と葛城にバレる。となるとやることはシンプルだ。大きな言い争いにならないように対立を起こせばいい」
「それが出来たら苦労しないと思うんだけどな。何かあるのか?」
「ああ。言い争いを拒みたくなるような火種を撒く」
「? どういうこと?」
意味が分からない、といった表情を浮かべる神室。坂柳に無理矢理やらされている任務だからなのかやる気を出さず、自分で考えようとしない。俺にとって都合の良い存在だ。
更に新しい土台を重ねていき、橋本たちの思考を1つに収束させにいく。具体例を交えてみかけの説得力を増させる。
「自分が負けるような話題なら言い争わず逃げると思わないか? 例えば、勉強が出来ない奴は勉強のことで勉強が出来る奴に突っかかたりしない。精々、『勉強出来るからって調子乗るなよ』くらいだ」
「確かにそうかもな。でもそれって逆に言えばもう片方は勉強出来るんだろ? なら勉強出来る側がマウントを取ってきて言い争いになる可能性があるんじゃないか?」
「そこも順を追って説明する。まずさっき言った、言い争わず逃げたくなるような話題ってのは『サバイバル知識』だ」
橋本は相槌を打ちながら、神室は特にリアクションもなく無愛想に俺の話を聞く。そういうとこだぞ神室。
「今回はラッキーなことに葛城派はそういった知識が豊富で今回の試験である程度活躍してるんだろだろ? なら、坂柳派を上手く刺激して劣等感を募らせてくれ」
「まずは坂柳派側から対立を深めさせる、ということか?」
橋本が探るような目で俺を見る。深く考えたらダメだよ。頭空っぽにしようね。
「さっきも言ったが、橋本は坂柳派の方が影響させに行きやすいんだろ? なら一手目はそっち側から打つのが道理だ。最終的に葛城派が堕ちればいいんだから、最初も過程もどっちから何が起きてもいいんだ」
「そういうことなら何も言うことはないな」
葛城を堕とす最終形を見せてないためとりあえず頷くしかない。『よく分からないけど最後はどうにかなるんだろう。両派閥の対立を深める意味も俺たちには分からないだけでこいつは俺たちとは違う景色が見えてるんだろうな。それに作戦が進めば俺たちにだってその内容がどんなものか分かる筈だ』そう考えるしかない。
「じゃあ続けるぞ。そうやって坂柳派の劣等感を募り両派閥の距離を離すのが第一段階だ。でもここで2つの懸念がある。1つ目は、葛城派が調子乗ってマウントを取って来て大きなイザコザになること。2つ目は、やりすぎて坂柳派の劣等感が爆発することだ」
2人とも俺の説明に頷く。
「まず1つ目なんだが、これは葛城を使って葛城派を諌めさせろ。俺たちにとってマズイのは、あくまで両派閥の溝が深まっていくことを葛城にバレることだ。だから初段階で葛城派が調子乗ったのを諌めさせることでは計画に問題は生じない。むしろそこで小さな火を鎮火出来たことで葛城に少しの安堵と油断が生まれるだろうし、プラスになる可能性が高い」
「オッケー了解したぜ。服部」
「ああ。次に2つ目なんだが、これは葛城派への劣等感を募らせるのと同時にDクラスをバカにすることで優越感を持たせて劣等感の爆発を抑えればいい。何かあるごとに『Dクラスとか1ヶ月で1000クラスポイント減らすとかヤバいよな。まじ不良品だぜ』みたいな感じでな」
「なるほどなぁ。分かった。覚えとくぜ」
関心したように呟く橋本を見て俺はついニヤけそうになる。抑えろ俺。まだ何も始まってないだろ……!油断するな………!
「じゃあ、これで両派閥の溝を深める作戦に問題はないな? なら次だ。と言っても、もう終わりだ。やってもらうこと、伝えること2つだけだ」
「オッケー」
「分かった」
2人は授業終わりのような開放感溢れる表情を見せる。失礼な。
「まず伝えること。次の集合は2日目の夜。つまり明後日だ。場所はここ。時間は10時でいいか?」
「ああ、問題ないぜ」
「もしその時間が無理になったとしても一応12時くらいまでは待つつもりだから絶対来るようにしてくれ。もしそれでも無理だったら次の日、つまり4日目の午前中にBクラスのキャンプに来てくれ」
「それは了解したが……Bクラスのキャンプ地をよく知らないんだよな。勿論、よっぽどの事がない限り今日みたいに抜け出せるとは思うんだけど……」
「う〜ん……。まぁそれは明日の時間を使ってうちのキャンプ地調べといてくれ。軽く教えておくと洞窟だ」
これから寝るだけだし、案内する事も考えたが、もしそこから迷子になられたら困るからな。それに万が一の手段だ。そこまで重要視しなくてもいいだろう。
「お、おお……。ま、まぁ万が一の場合だしな。2日目の夜に確実に抜け出せらようにしとくぜ」
この野郎………。うちのキャンプ地を調べるの面倒くさがったな。
「じゃあ、最後だ。実は明日、Aクラスにいって葛城とAクラスの奴らにとある契約を提案しようと思ってるんだ。で、その契約を結ぶことに賛成して欲しい」
「その契約の内容は?」
「そうだな……。その契約を知った時に素のリアクションをして欲しいからな。黙っておかせてくれ」
「分かった。でも、なんで俺らにその契約を賛成して欲しいんだ? 後、どんなものか分からないが、その契約が葛城を堕とすことに繋がった時に賛成した俺たちまで責められたりしないか?」
「お前らに賛成して欲しいのは、その契約の内容的に葛城が否定的な反応をする可能性があるからだ。その契約は葛城派を堕とす為に必要だから何としても締結したい」
まずは、契約に賛成させる理由を納得させる。これに関しては裏もないので、素直に本当のことを言った。
「次にお前らが責められる可能性だが、その契約は最終的にクラス全員の同意が必要だ。『お前たちも同意したんだからお前らにも責任はある』とでも言って責任を逃れてくれ。悪いがそこまでは俺も関与出来ない」
了承を得られたので、これ以上共有すべき事や話す事も無く解散となった。やっと寝られる………