超絶ドMウマ娘と鬼畜トレーナー() 作:ダイコンハム・レンコーン
後、今回はクウカチャン出ないから全年齢向きだよ。安心だね。
チーム小屋。それはチーム申請が承認されたグループに与えられる小屋である。
チーム内会議や着替え室、物置小屋など、その使い道は様々だ。
そして今回はその内の一つ、チームスピカのチーム小屋から物語は始まる。
「──はぁ」
小さな小屋の中、隅のテーブルで頭を抱える一人の男が居た。
彼は不審者ではない、チームスピカのトレーナーだ。此処では便宜上スピカトレーナーとしよう。
「クラシック三冠、春シニア三冠、秋シニア三冠を無敗のまま制覇なんて御伽噺みたいな話だな」
彼が熱心に視線を送っているのは、かのクウカチャンのレース映像だ。
画面の中では、クウカチャンが懸命に走る姿がある。
そして、彼女はクビ差でのゴールを決めた。
「……」
しかし、スピカトレーナーの顔色はまるで良くない。
それにはこんな訳がある。
彼女は今の所国内外無敗のウマ娘なのだが、彼女には老若男女問わずファンが多い。
普通、圧倒的な強さや無敗である事を誇るウマ娘は、何かにつけてケチを付けられる事が多い。それは何故か?
レースがつまらなくなるからだ。
絶対の強者とは、レースを陳腐化させてしまうとされ、煙たがられる事は珍しくない。
だが、彼女は違う。
彼女はありとあらゆるレースで接戦を演じて、魅せる。
勿論わざとそうなる様に八百長をしてるでも三味線を弾いている訳でもない。
その理由は──
「何でいっつも満身創痍なんだ……?」
単に、クウカチャンがボロボロの状態で出走するからだ。
それも、一般人にもファンにも分からず、トレーナーや共に走るウマ娘だけが分かるレベルで、だ。
「クウカチャンのトレーナーは……まさかレース直前までトレーニングさせてんのか?」
実は、スピカトレーナーは一度トレセン学園を去っており、クウカチャンがトレセン学園を入学した後に復帰した為、彼女の事はあまり詳しくは知らなかったのだ。
故に、この事実は余りにも衝撃的だった。
画面の中の彼女は、そんな苦境に立たされても尚、喜びの笑顔を崩していない。
しかしそれは、余りにも健気で、余りにも可哀想であった。
「クソッ! 俺がもっと早くに復帰していれば……!」
──クウカチャンをこんな目に遭わせてはいなかった。
そう口から溢れそうになった時。
──トントントン。
ノックの音が響く。
「……ん、誰だ? スピカは全員トレーニングの時間だった筈……」
「誰も居ない? 失礼……あれ?」
スピカトレーナーは瞠目した。
小屋のドアを押して現れたのは、クウカチャンのトレーナーだったからだ。
「っな、お前はッ──!」
スピカトレーナーは沸き立つ怒りに導かれるまま、握りしめた拳を振りかぶりそうになり──片方の手でそれを止めた。
「おや、一体何をしようと」
鬼畜トレーナーは、一切の動揺も見せずそこに立っていた。目深に被った帽子で相変わらず表情は見えない。
スピカトレーナーは、その姿を見て確信する。
(間違いない。俺が動画を見終わったこのタイミングでアイツが現れたのは、恐らくアイツの作戦! アイツは、俺が自分を殴る様に仕向けたんだ。
スピカトレーナーは、巧妙な罠に嵌りかけていたのだと。
(──もしそうなれば、アイツが吹聴しなくてもトレセン学園には噂が立つ。『クウカチャンには深入りするな』なんて噂がな)
その先見の深さに、スピカトレーナーは一周回って感心すら覚えていた。
しかしこの鬼畜にも勝るトレーナーを許す事は出来ない。
誰よりもウマ娘を愛し、誰よりもウマ娘を大切にするスピカトレーナー。
道具の様に、いや玩具の様に一人のウマ娘を弄ぶ鬼畜トレーナー。
その二人は、まさに水と油。決して相容れない存在となっていた。
「……お前は、どうしてここに来た」
「いやはや、道に迷ってしまいまして」
下手な言い訳。いや寧ろこれは挑発だ。
スピカトレーナーは鬼畜トレーナーがまだ何か仕掛ける気だと理解し、気を引き締めた。
「ああそうか。丁度良かったな、今俺はクウカチャンのレース映像を見てた所だったんだよ」
「……へえ、それはまた随分と
軽々とした喋り口は、さながら手練れの詐欺師が如く。
「──ですが、
スピカトレーナーは、一瞬、頭が真っ白になった。
何故そんな事が言えるのか、自分の担当ウマ娘を"あんな"呼ばわりする鬼畜トレーナーに、もはや怒りを通り越して呆れてすらいた。
しかし、この思いすら消え去る程の爆弾がこの先に眠っているとは、スピカトレーナーも思いもよらなかっただろう。
「……どうしてだ、そりゃあ」
「──だって、当然でしょう。心身を削りに削って"アレ"なんですから、参考になりません、でしょう?」
何の気もなく、鬼畜トレーナーはそう言った。
(──壊れている。コイツは、もう……)
スピカトレーナーは、悍ましさすら感じていた。
何故、こんな"怪物"が生まれてしまったのか。
"鬼畜"と言う言葉すらまだ生温い。
"外道"と言う言葉すらまだ浅い。
"悪魔"と言う言葉すらまだ慈悲深い。
なら、目の前にいるものは、一体何と呼べば良いのか。
スピカトレーナーには、見当も付かなかった。
「──ふざけてんのか!? お前がやった事だろうが!!」
「? ……確かにそうですが」
「何とも思わねえのか!?」
「そうですね。強いて言えば、もっと頑張ってほしい……ですかね」
スピカトレーナーは、一歩二歩、壁へ壁へと後退る。
しかし、鬼畜トレーナーの追撃は終わらない。
「でないと、
「っ────」
壁に背中を打ち付けたスピカトレーナーは、最早一言も発する事が出来なかった。
何を言っても
「──ああ、随分と長話になってしまいましたね。それでは、失礼させていただきます」
ドアが閉まる。その音で、スピカトレーナーは意識を取り戻した。
そして、彼はズルリと壁に沿って腰を落とし、天井を睨み付けた。
「クソ……クソッ!!」
床に叩き付けた拳の痛みは、クウカチャンのそれとはまるで比較にならないだろう。
しかし今は、その痛みを噛み締める様に、刻み込む様に、彼は赤く濡れた拳を額に抱え込んだ……
♢♦︎♢
「はぁっ、今日も良い天気です。珍しく"アレ"も別用で出かけていますし、ここまで晴れやかな気分も久しぶりですよ全く」
久しぶりの開放感に若干涙ぐんでいる鬼畜トレーナーから物語は始まる。
「……しかし、"アレ"が居なければ居ないで、やる事がありませんね」
もはや名前を呼んではいけない人扱いされているクウカチャン。それもその筈、時たま鬼畜トレーナーを飼い主とすら呼ぶクウカチャンが、名前を呼ばれればどうなるか。それはもう悲惨である。どこに居てもクウカチャンが飛び出してくる為、こうして名前呼びを封印しているのだ。
また、その所為で担当ウマ娘の名前すら呼ばない冷血漢と言う風評が広がる訳である。負の永久機関とはこの事か。
「……散歩でもしてみましょうか」
悲しきかな、クウカチャンに一日中構いっぱなしとなっていた鬼畜トレーナーは、もはや自分の時間の使い方すら忘れたのである。
何故構いっぱなしになるのか? それは勿論、あの珍獣を放置すれば何が起きるか分からない為である。
それは、例えレース前でも関係なく──
──「ボロボロになった無様な私を皆に見てほしい」と言うあまりにもあまりな願望を叶える為(叶えなければ何をされるか分かったものではない)にパドック入り直前までトレーニングを施すなど、気の遣い方は半端ではない。
下手をすれば鬼畜トレーナーのある事ない事を言って(社会的に)殺しに来るから気が抜けないと言うもの。
以前、アグネスデジタルの前で「(恥ずかしがりながら)私は、トレーナーさんの都合の良い道具ですから」と言った時には、何を勘違いしたかアグネスデジタルが
閑話休題。
話は鬼畜トレーナーの散歩に戻るのだが──このトレーナー、重大な欠点がある。
「──ええと、何処ですか、此処」
──そう、極度の方向音痴である。
それも、西と東、北と南を軒並み外し見当違いの方向へ進む割と重度のヤツである。
更に、今回は自由時間での出来事。
呼べば出てくるであろうクウカチャンを頼るのは構わなくても、それにより貴重な時間を失うリスクを天秤にかけた時、鬼畜トレーナーは自力でどうにかすると言う選択肢を選んだ。
「ま、なんとかなりますかね」
「……ん、誰だ? スピカは全員トレーニングの時間だった筈……」
「誰も居ない? 失礼……あれ?」
何という事か──まるで何ともなっていない。
この鬼畜トレーナー、毎日寮にクウカチャンが侵入する所為でヘンゼルとグレーテルレベルのセキュリティ観念しかないのだ。
だから他チームのチーム小屋にも軽々しく入っていく。その上あまりにも堂々としているものだから、不気味さをこれでもかと演出してしまうのだ。
「っな、お前はッ──!」
だからこうして警戒もされる。負の永久機関再びである。
鬼畜トレーナーの目の前にいるスピカトレーナーは何故か右手首を左手で押さえ、プルプルと震えている。
「おや、一体何をしようと」
純粋な疑問ではあるのだが、より不気味さが増してしまった。
なんとも言えない間が空くこと数秒、しかしこの状況に鬼畜トレーナーは何の疑問も抱いていないのだから凄まじい。流石ド変態を無敗のクラシック三冠バにしてしまった大罪人は素質が違った。
「……お前は、どうしてここに来た」
「いやはや、道に迷ってしまいまして」
鬼畜トレーナーは、若干殺気すら漏れ出ているスピカトレーナーの質問に、顔色一つ変えず答えていた。何故鬼畜トレーナーはこんな恥ずかしい事をこれ程まで堂々と言えるのか。まるで分からない。
「ああそうか。丁度良かったな、今俺はクウカチャンのレース映像を見てた所だったんだよ」
「……へえ、それはまた随分
鬼畜トレーナーからすれば、"あの"クウカチャンを可愛いだの健気だの結婚したいだの言っているファン達は、別種の生き物に等しい存在である。つまる所変態だ。
鬼畜トレーナーは一瞬、スピカトレーナーもその手合いかと思い「貴方は変態ですか?」と聞きたくなったが我慢した。えらい。
そして表現を変えた。結果はどう見ても格上の悪役が言いそうな煽り口調である。えらくない。
しかしながらそれを自覚出来ないほど、クウカチャンから開放された事で鬼畜トレーナーはアホになっていた。もはや後遺症の類ではなかろうか。
──そして、そんな鬼畜トレーナーはバグった頭で考える。
(可哀想に、チーム運営の疲労が祟ってアレの動画を見るなんて奇行を……)
鬼畜トレーナーの貴重な優しさである。ズレ過ぎて思考の次元すら歪んでいるが。
しかし、鬼畜トレーナーからすればクウカチャンのレース動画など忌むべきものである。
何故ならば、そんなものはクウカチャンのマニアックな公開プレイの動画でしかないからだ。
一体誰が好きでもない処かトラウマレベルの相手のマニアックなプレイ動画を見るだろうか。いや見ない。
心優しい鬼畜トレーナーは、スピカトレーナーに助言をしようと考えた。
「──ですが、
これまでに見た圧縮言語よりは遥かに言葉が足りているが、そもそもコミュニケーションの土台が爆発四散している為、マトモに会話が成立する筈もなく──
「……どうしてだ、そりゃあ」
──最悪の形で──
「──だって、当然でしょう。(私の)心身を削りに削って"
──噛み合ってしまうのだ。
「──ふざけてんのか!? お前がやった事だろうが!!」
「? ……確かにそうですが」
「何とも思わねえのか!?」
「そうですね。強いて言えば、(私の疲労度に比例して)もっと頑張ってほしい……ですかね」
若干壊れている鬼畜トレーナーは、ギアを破壊しアクセルを全開にする。
三女神もこれには苦笑い。もはや止まりそうにない勘違いは最高潮に達する事となった。
「でないと、(私の心身が)
「っ────」
何をしみじみ言っているのだろうかこの鬼畜トレーナーは。
どう見てもドン引きしているスピカトレーナーに目が行かない辺り、疲労からの開放感が脳を満たして若干トリップしているのだろうか。仕事人間に暇を与えてはならないと言う一例である。
「──ああ、随分と長話になってしまいましたね。それでは、失礼させていただきます」
一仕事終えた様な顔で、状況を荒らすだけ荒らした鬼畜トレーナーはチーム小屋を後にする。
この一件で判明したが、暇になった鬼畜トレーナーは迷惑度合いで言えばクウカチャンに匹敵するだろう。
そして言わずもがな、この事が伝えられたチームスピカ一堂と、スピカトレーナーと関係の深い東条ハナ経由で話が伝えられたチームリギル一堂が鬼畜トレーナーに向けるヘイトが青天井と化した事は当然の結末であった。
なんだよコイツ……(ドン引き)
2021/07/22誤字報告ありがとナス!