ウルクの寵姫が輪廻転生またはトリップする話。
Fate本編は全て作者が履修してから書こうと思います。
にわか知識です。
ぼくのかんがえたさいきょうのゆめぬしちゃん。
ギルガメッシュ×オリ主です。

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ギルガメッシュ夫妻が呪術界をひっくり返すまで

 

胸に衝撃が走った。

数多の生を繰り返しても慣れることのない、体中に走る痺れと知覚できないほどの痛み。

刺殺は久しぶりだな、なんて考えてしまって、場違いにも程がある呑気な思考に嘲笑った。

困ったなぁ。今世でも彼との約束を果たすことが出来なかった。残念。次に期待しよう。

 

凶器が引き抜かれる反動で身体のバランスを崩し倒れ込む。地面に広がる紅。彼の眼と同じ、否少しだけそれより深い色。

刺されたところが酷くあつい。反対に指先は冷たくて震えが走っていた。

友の声が私を呼ぶ。こちらを見て驚愕と絶望の表情を浮かべ走ってきていた。

 

「□□□!!」

 

そう叫ばなくても聞こえているよ。

 

ごめんね、さよなら。

 

来世に乞うご期待。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

死んだと思ったら、生まれ変わっていた。なんてことが起きてはや数十回目。閉塞感と薄暗さからの解放とともに私は産声をあげた。

今世では声が出ることに少し安堵しーー発声障害を持って生まれたことがあったのでーー両手をじたばたさせてもがく。両目もぼやけているがはっきりと見えているし、母親らしき人の声もよく聞こえる。

私は今世、珍しいことに五体満足で産まれてきたらしい。何世ぶりのことだろう!!今回の転生ガチャではSSRを弾けたようだ。今世では彼に会えるだろうか?

 

「…女か。世継ぎにはならんな。胎として機能すればいいが」

 

ーーーーー。

 

訂正しよう。

第□□回目の人生は少しハードモードのようだ。

 

 

 

********

 

 

幾多の輪廻を回って生まれ落ちたのは日本の呪術界のトップに与する家に限りなく近い傍流であった。つまり、御三家の当主の姪にあたる存在として生まれた。歴史の古い家に生まれた宗家の血を濃く継ぐ娘。さぞや蝶よ花よと育てられると思いきや、そんなことは無かった。

 

生まれてから初めて父親らしき人物ーーなにせあれから1度もあったことがないーーの発言から予想出来たことだが近年、この家には宗家の血が濃い男の子が誕生していなかった。そこに急いた年老いた父親は分家の生まれの歳若い母を無理矢理孕ませた。そして生まれたのが自分、五条星奈だ。

幾多の人生を経て無駄に人生経験の濃い星奈もびっくりするくらい若い母は望まない妊娠に加え、生まれてきた子供(星奈)が両親に全くもって似ていなかったことから不義密通を疑われ、体調を崩してしまい、産まれてきたばかりの娘とともに離れに放り込まれた。

母が15、自分が初めての誕生日を迎える頃であった。

 

光の輝きをそのまま鏡に梳かしたような虹に煌く銀の瞳に、金と銀の入りまじる小金色をさらに薄くしたような柔らかな猫っ毛。極上の陶器に薄い上質な紅をほんの少しだけ混ぜたような白い、雪原のような肌。

 

星奈の容姿は最初の転生から今世に至るまで、一度も変わったことがない。もちろん男に生まれた時は多少なりとも精悍な顔ーーそれでも女顔であったーーだったし、人外に生まれた時はその種族の特徴も持ち合わせた顔にはなっていた。

何回生まれ変わっても少々特殊な色合いの眼(アースアイ)はよく目立ったし、この目を欲しがるような人間や気味悪がって暴力を振るうもの、逆に神聖視するものもいた。実際に今世の母は自分の目を見ると化け物の目だと見ることを怖がった。

もし目の色が黒とか茶色だとかのありきたりな色であったら、もっと楽に生きれた一生もあったことだろう。

それでもこの眼を星奈自身が疎まないのは「その眼は宝石だ」と褒めてくれたひとがいたからだ。

それは黄金の髪に紅玉の魔眼を持つ最愛。彼女にとっての星の唯一。

ゆえに、この目を恥じることは無かった。

 

「人外の目だ」

「化生がアレの目を借り受けているのではないか」

「いや、それがあるとするならば神の加護なのでは」

 

そんな風に勝手に言われたとしても。

 

 

星奈の術式が発覚したのは3歳の夏であった。

夏の暑さとじめじめとした湿気のうっとおしさに癇癪を起こした母が星奈の世話をしていた乳母に花瓶を投げつけたのだ。そして、それは届かなかった。空中でピタリと静止しているように見えた花瓶はそのまま床に落ちて割れた。

 

自分は初めての術式発動により、頭がオーバーヒートしてしまったのでそこからの記憶はプツリと途切れ、覚えていなかった。後日使用人達にきいてみたところ、幽鬼の如くやせ細った母は星奈につかみかかろうとして空間に阻まれ、乳母は星奈にその光景を見せまいと星奈を抱き締めていたらしい。

 

その日、五条星奈は術式を発現した。

 

自分の術式は羅刹封減。その名の通り封ずることに特化した術式である。それだけ聞くとあまり強くはなさそうだが、この術式、見かけによらずとっても使えるものであった。まず、封ずる対象が格上でも通じるということと、概念や、人にも効くということである。他人にも同じ効果を発揮できるが1日がタイムリミットだ。

たとえば自分自身に外からの干渉を封じてしまえば攻撃はとどかない。つまり、バリアが貼れる。自分はあの日、無意識のうちに母からの干渉を封じた。母を拒絶したのだ。

 

 

この術式が判明した時、周りはどんちゃんお祭りになった。それもそうである。宗家に近い子で相伝ではないものの強い術式を持つのだから。星奈は離れから引っ張り出され、今までの扱いとは手の平返しされ、一気に丁重な扱いを受けるようになった。齢三つにして、次期当主候補筆頭(という名の貴重な胎)として扱われるようになったのである。つまり、彼女を当主として適当な種馬をあてがい、傀儡としようとする魂胆なのであった。

 

それからは毎日のように見合い見合い見合い…。傀儡に学は要らぬとばかりに机から遠ざけられ、毎日孔雀のように着飾らせられた。

不幸中の幸いは、冷たい風当たりによって神経を衰弱し、床に着いていた母が適切な治療を受けられるようになったこと。そして、御三家の名に恥じることがないよう呪式の訓練が行われるようになったことだ。

一般教養なんて、ここが物理法則が乱れていない限り、アホみたいに繰り返していた人生で履修済みなのでなんとかなる。

術式の鍛錬も、曲がりなりにも魔術師で結界師で祓魔師でハンターだったのでなんだかんだ使いこなせるようになった。(少しだけ宝具と使い勝手が似ている)

また、女の癖に気に入らないという態度見え見えな指導役ーー1級術師だったーーは体術だけで

打ち据えた。もちろんその後に、関節を外して行動不能にした。1級術師と言えど格下にやられると思わなかったのだろうか。あまり戦場育ちを舐めないで欲しい。

 

そんなこんなでのらりくらりと嫌がらせを避け、暮らしていたら六眼をもった宗家の嫡子が生まれた。

五条家待望の男児である。

 

 

 

 

 

術式を発現させてから3年間。星奈はどのようにして生きるか思考を模索していた。彼女の未来における選択肢は沢山あるようでいて少ない。

 

一、このまま当主となる。

二、他家に嫁ぎ、母胎として最低限の役割をこなす。

三、五条の嫡子を当主として、どさくさに紛れて五条家を抜ける。

 

一は恐らく可能だろう。今からでも嫡子付きの乳母を洗脳、または遅効性の毒を盛ればいい。乳母が殺すか、それととも大人には聞かないくらいの、しかし乳児にとっては致死量の成分の母乳で殺すか位の違いだ。しかし、面倒くさい。彼女が当主になっても外敵は五月蝿そうだし、何より、赤ん坊を殺すのはあまり気が向かない。保留。

 

二は最も気楽な道だ。流されるまま生きていればいい。適度に有能さを発揮させておけば本家に近い血筋であることに加えて分家で酷く扱われることは無いだろう。

 

しかし、これには問題がある。

 

星奈は溜息を吐いた。

物憂げに長い睫毛を伏せる。蠱惑的な瞳に負の感情が映り、朝餉の給仕をしていた侍女の手が止まるのが見えた。首を少しかたむけたことによって柔らかな金銀の入りまじる髪が揺れた。

 

あのひとは、星奈が家畜のように扱われることを赦すだろうか?

 

元来、転生者である自分は常にSAN値がゼロのようなものである。何回も生き死にを繰り返しているから当然だし、ブリテンと古代エジプトの暮らしの差にグッピーは何千回も死んだ。それでも正気を手放さないのは、最愛にして唯一と互いに認めあったあの黄金の王と再会した人理修復の旅(グランドオーダー)で約束をしたからである。

 

1つ1つの生を全うして生きること。

 

自分のことを蔑ろに決してしないこと。

 

彼と再び会おうとすることを諦めないこと。

 

あの黄金の英雄王は、生前、星奈を縛ることを何より嫌ったくせに、2回目の生では、星奈が生きることに絶望しないよう、約束という形で枷を嵌めたのだ。

 

あぁ、なんてひどいひとなのだろうか。

 

あなたがまた会えるだなんて最後に言うから、私は足掻くのを止められなかったのだ。

 

だから、二つ目の案もなしだ。自分の矜持が、縛られて生きることを許せない。

 

だから三つ目の案だ。幸いにして宮廷で暮らした経験くらいならある。夢魔の弟のようでは無いが王の話(英雄作成)をしよう。

しよう。

 

 

 

 

「ご当主さま、術式の発現祝いが決まりました」

 

 

まずは一手。

 

 

 

 

 

 

 

 

五条悟の一番最初の記憶は、あまりにも鮮烈で、うつくしいものだった。

彼の最初の記憶は3歳の頃、1級呪霊に襲われたものである。

その日、悟はいつものように座学を終えて、休憩時間に世話役に甘味をねだった。五条家の嫡子たっての願いに我先にと席を外した世話役たち、それを見もせず悟は庭に出た。庭先の松には無数の鳥達が止まっていて。

暇潰しのため、習ったばかりの呪力をそれに向けたとき、ザワり、と空気が揺れた。

 

蔵の方から嫌な気配が漏れる。

呪霊だ、と誰に言われたわけでもなく悟は理解した。

肌が泡立つような感覚。鼻が曲がるような異臭。そして、圧倒的な圧迫感(プレッシャー)。

授業で見た蝿頭とは比べ物にならない不快感にその形のいい鼻に皺をよせ、見たものは

1級呪霊だった。

 

思わず後ろに下がる。悟の怯えを理解したのか、異形はニンマリとわらった、ように見えた。

まずいまずいまずい!!

悟には世話役兼護衛役として3人、側仕えがいた。そのうち2人は先程甘味を取りに行かせたとしてもう1人は?

護衛の名を呼ぶ。残った一人は1級術師だったから、彼なら倒せるはずだ。

 

 

返事はなかった。

 

思わず後ろを振り返る。人っ子一人いない。

 

逃げた?

 

そもそもなぜここに1級呪霊がいるのか。ここはたしか天元さまとかいうやつの結界が貼られていたはずだ。つまり、人為的では無い限り呪霊は入り込まない。

 

つまりーーー嵌められた?

 

どうしようもない絶望に打ちのめされた気がした。後に最強の術師ともてはやされようと、今の悟はただの幼児でまだ1級呪霊を払うことが出来ない。期待されている術式はまだ発現していないし、助けを呼ぼうにもここは離れで、勉強中の騒音を嫌った悟が家人に強請って音避けの結界を貼ってもらっていた。つまり、誰も助けてくれない。

 

 

呪霊が足を振り上げる悟は咄嗟に呪力を放ち、動きを鈍らせてその間に回避した。それを繰り返す。まるでイタチごっこだ。悟の呪力量は膨大だが、それ故に扱いきれていない。つまり、集中力が焼き切れそうだった。

かくなるうえは。

 

「術式順転、蒼」

 

不発。

悪態を続きながら次の攻撃を回避しようとして呪霊を見てーー。

目が合った。けたけたと笑われる。

 

 

一瞬のうちに薙ぎ払われ吹き飛ばされる。肋の折れた音がした。頭からはダラダラと血が垂れる。

幼い悟は理解した。今までの攻撃は全く聞いていない。遊ばれていたと。それでも足掻こうとして身体が動かない。今までにない恐怖と痛みで痺れて立てそうにもなかった。

 

つまり、もう、ゲームオーバーだ。

 

「くっそ、おぼえてろ」

 

震える腕を動かし中指を立てて睨みつける。最後の虚勢。意地だった。

 

 

 

 

 

呪霊は腕を振りかぶりーーーー

 

 

 

吹き飛ばされた。

 

 

間抜けにもあんぐりと口を開ける。気配がしなかった。そしてそこに現れたのは

人目で高級だとわかる豪華絢爛な着物を見事に着こなした絶世の美少女だった。

 

高く結い上げられた髪は僅かな光で金や銀に輝き、蛋白石を嵌め込んだような銀瞳は瞬きをする度に虹色に光沢を放って見えた。透けるような肌は名工の焼き上げた白磁のそれにも似ている。長い睫毛に縁取られた大きな目に、小作りだけれどツンと高い鼻。寒気がするほどの完璧な造形と華奢な体つき、風に攫われてしまいそうな儚さを持っていた。

 

「呪霊がここにいるだなんて、いくら結界の繋ぎ目と言えど、ありえないわね。あなや、と言うべきなのかしら。」

 

そんなふうに物憂げにぽつりと呟く。彼女の持つ色素の中で唯一生命の輝きを証明するような鮮やかな赤い唇が動いた。眉をひそめたその表情も絵になる。痛みを忘れて悟は見とれてしまった。思わず感嘆の溜息を吐いて、肋が痛み呻く。

それを聞いて少女は悟の方を向いた。

 

「大丈夫かしら?あなた、若様よね?」

 

こちらに音もなく歩いてくると袂から手巾ーーこれまた絹の高級品ーーを取りだして額の血を拭ってくれた。血が止まらないと傷口を抑える手つきも美しい。

 

美を擬人化したような少女ががこれまた白皙の美貌を持つ男児と話している。

それだけで名画になりそうな光景だったが、その背後から1級呪霊が襲いかかろうとしていた。

 

「危ない!」

 

思わず悟は叫んだ。それに少女は笑って、

 

「大丈夫。私は強いから。」

 

そういうと彼女は腕を一振。呪霊は足を振り上げた体制のまま動きをとめた。

 

「さて、若様。術式使えてないのよね?ちょうどいいわ。教えてあげる」

 

「は?」

 

「2回も同じことを言わせるおつもりかしら?」

 

「今まで教えて貰ってもできなかったんだぞ?急に出来たらくろーしねーよ。」

 

「大丈夫よ。私がいるもの」

 

「ちっ」

 

渋々痛みで動かしにくい手をあげる。呪力をかき集める。

 

「そうよ、身体の呪力の流れを感じ取って」

 

「ゆっくり、ゆっくり」

 

呪力の密度で吹き飛ばされそうなところに手を添えられた。暖かい。

 

「まだ。焦らないで。ギリギリまで」

 

筋力が切れそうだ。ここまで呪力を込めたのは初めて。

 

「今よ」

 

かっと頭の中の回路が開いたような気がした。六眼でみずとも完璧に呪力を操っているのがわかる。呪力のロスもゼロだ。今ならーーできる。

 

「術式順転、蒼」

 

1級呪霊は吹き飛んだ。

しかし、まだぴくぴくと動いている。

もう1回。そう思って呪力を集めようとしてーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水本家?」

 

「そうです。最近そこのが京極屋のお着物を召してらっしゃって」

 

「どんなお召し物なのかしら?あなたも持っているのでしょう?私、着物に興味があるのよ。お話してくださる?」

 

「そうねぇ」

 

術式が発覚して初めて強請ったものは身の回りの世話をしてくれる侍女だった。

当主には若い人、色んなことを知っている人と、言葉の裏に母代わりを求めていることを匂わせて。いかにも利発だが、まだ幼く無意識に母を求める子だということを悟らせた。

 

全てにおいて万能な才や、完璧な人格を演じなくて良い。

自分に必要なのは圧倒的な術師としての素質、そしてその上での立ち振る舞いの中に見せる普通さを演じること。

それだけで女を蔑視する輩はただ早熟だっただけと評価するだろう。

でも外部からは?一般家庭出身または御三家以外ならば?

身内に見せるような隙を与えなければ?

大抵が実力主義者だろう。星奈は有能な術師の中と評価される。

 

だから今のうちに「五条家にいる」人脈を広げる必要がある。

 

この侍女はそれに対しての1歩だ。

記憶の中の母と何処か雰囲気の似ているこの娘は五条に近い家柄の娘だ。自分を当主として強く押している

傀儡にしようとする

一族の出身である。術師として問題の無い呪力、術式を持っているのにもかかわらず女だからという理由で術師になれなかったそうだ。元に既に2級術師として活動する自分を見る目に嫉妬と憧憬、そして今は憐れみの目が強く入り交じっている。

女である自分が夢であった術師として活動していることへの嫉妬。

自分の地位が上になる、ゆくゆくは当主になる事によって、手に入る側近の立場への憧憬。

術師以外での自分が着物に憧れるような普通の女の子であることへの憐れみ。

 

なるほど彼女は野心家だ。自分の懐に潜り込むため、自分が求めた母のようなひとをプライドを捻じ曲げて実践しているのだ。

 

「まぁ、京極屋さんはとってもいいお着物屋さんなのね。ぜひ、実際に見てみたいわ」

 

「それならば、そう手配致しましょうか?男物になるでしょうが。お見合いの時に着てくださるよう申し付けましょうか?」

 

「でもわざわざ私のために準備させるなんて申し訳ないわ。お断りするかもしれないのに」

 

「確か分家筋の皆元家ならば持っていると思いますよ。お見合いのご予定に入れておきますね」

 

善は急げとばかりに去っていった侍女を見送る。ついでに、と小腹が空いたので何かをとってくるよういった。

暇になってしまったので護衛に話しかける。

 

「あなたは皆元家

みなもとけ

についてなにかご存知?次の見合い相手なのよ」

 

「そうですね。そこの家は外様の分家みたいなとこであんまり詳しくはねえですが、確か護衛のうちの一人がそこ出身だったような」

 

「…へぇ。なるほど。向こう付きなのね?」

 

「そうですよ。俺もあっち付きの護衛とは仲良い訳じゃあないんでよくは知らんすけど。文面で見たので確かですよ」

 

「高いお着物を最近召してらっしゃる方が多いそうよ」

 

「へぇ。まぁあそこは召喚の術式を相伝として持っていて、護衛にはぴったりですからね」

 

「どんな術式なの?」

 

「確か等価交換で呪霊を召喚して一つだけ命じることが出来るってやつですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五条悟はパチリと目を開けた。

辺りが騒がしく感じる。身体を起こした。

いつもの通りの朝に思えたが、そんなことは無かった。いつもより明らかに人が多いし何より、悟が目を覚ましただけで侍女は騒がない。

 

あの後、どうなったのだろうか。呪霊はまだ生きていた。

恐らくあの少女が祓ったのだろう。

しかし、そもそも彼女は何者だ?どこの家のものだ?

なぜあそこに1級呪霊が?

混乱する悟の思考を断ち切ったのは女の声だった。

 

 

「おはようございます。悟様。ご当主さまがお呼びになっております」

 

乳母がそんな事を伝えてくる。なんとなしに彼女を見て、悟は一瞬目眩をおこした。

 

なんだこれは。

情報量が多すぎる。

乳母は確か分家筋の術師だ。いつもは術式と呪力量しか見えないのに、なぜ。呪力の流れが見える?

 

 

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

呪力が流れている。

 

 

恐ろしい程の情報量と呪力の光に頭痛を起こして頭を抱えた。

痛い、痛い、痛い!!

 

悟はみっともなく泣き出したくなったがプライドを優先させて黙り込んだ。唇をかみしめて俯く。父親に呼ばれているのだ。命令ならば引きずってでも連れてこられるだろう。なら、頭痛は我慢するしかない。着替えさせられ、様子のおかしい悟に誰も気づかないまま、悟は大広間まで歩いていった。

 

大広間は悟にとって地獄のような空間だった。

入り交じる呪力とその光。悟が部屋に入るとざわめきと共にそれが膨らむ。それを見ないようにしながら目線を下に向けた。上座に座っている父からは丸見えだが、雑魚たち(分家)には弱みを見せぬようにしているから口頭で注意くらいで済むだろう。

すぐに始まると思いきやまだ人を待っているらしい。つまりそれまでの雑談タイムというわけだ。ひそひそと世話しなくお喋りを始める雀たちの声と呪力にうんざりしながら畳の目を数える。

 

「星奈です。ご当主さま。遅くなって申し訳ありません」

 

涼やかな声が響く。喋り声も同時にぴたりとやんだ。

それは突然の事だった。全く気配を感じさせなかったことに驚くと同時に、まただ。と息を飲む。何の気なしにに父親を見れば、慣れているように入室の許可を出した。

襖が開き現れたのは悟が予想した通りの人だった。

緩くひとつに右側でその絹糸のような髪は編まれており、完璧な調和をなすかんばせは輝くばかりだった。薄紫の花菖蒲を模した着物を見事に着こなし、彼女は悟の隣に座った。

 

 

「女の身で会議を遅らせるとは」

「生意気だ」

 

そんな声が聞こえて、お″ッエーと吐きそうになる。

まぁ確かになんでここにいるんだとは思ったが。ヒソヒソと頭が痛くなるような罵倒と侮蔑の声が聞こえる。まぁそれも

 

「客人の応対ご苦労」

 

そう当主がねぎらった途端に消えたが。

彼女は父がわざわざ庇い立てするような相手らしい。

 

「さて、本題に入ろう。

悟、無下限呪術を発現したのは本当か」

 

「そうだけど」

 

広間は再びざわめきが大きくなった。

悟はうんざりしながらそれを聞く。相伝だからなんだと言うんだ。俺は1級に手も足も出なかった。蒼も隣の女のアシストあってこそだ。

 

「1級を倒したのは本当か」

 

「…ちっげーよ。やったのはこいつだよ」

 

イヤイヤ隣の女を指し示す。ざわめきがさらに大きくなった。

 

「そうなのか?」

 

今度は女に聞いた。女はざわめきやプレッシャーをものともせず、こくりと頷いた。その仕草がいやに少女めいていて彼女のもつ幼さや可憐さが強調されたように見えた。

 

「その通りでございます。僭越ながら私が侵入した1級相当の呪霊を退治致しました。しかし、ご当主さま。その件ですがご報告があります」

 

少女が歌うように話す。まるで妖精が花に話しかけているような、御伽噺の姫君が詩を口ずさむような、そんな夢見がちな話し方だった。

 

「今回の件、皆元家が恐らく呪霊を引き込んだと思われます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。初めまして、皆元法明と言います。本日はお忙しい中、お招きいただきありがとうございます」

 

「こちらこそ、わざわざご足労ご苦労さまでした。五条星奈と申します。以後よしなに」

 

これが五条の姫か、と皆元法明は感嘆の溜息を本人にはバレないよう洩らした。今までの見合いを全て断っていると聞いてどんな我儘娘かと思いきや、才気活発、打てば響くような会話ができることに驚いた。歳の頃はまだ7つをすぎたばかりだったはずだが、既に大人顔負けの行動が取れる。しかしまだ言葉の端々に幼さが見え隠れしているのが見えた。それでも、それを補うほどの美しさと聡明さを彼女は持っていた。

 

DNA鑑定では不義の子ではなかったという話だが純日本人とは思えないほどの透けるような肌は青白い血管が見えそうだったし、突然変異と聞いても驚かないような妖精のような髪と瞳を持っている。母親は美人だったと聞くがそれでもありえぬほどの絶対的な美貌を持っていた。

会話は今日の着物の話題に移った。少女らしく、着物に興味があるようで男が来ている着物に強い興味を示す。まるで最高級のビスクドールのような少女がその銀瞳にこちらが擽ったくなるようなきらきらとした好奇心をのせているのを見て男はゾクゾクとした気分に陥った。星の美貌に魅入られる。

 

「鈴蘭が申しておりましたの。京極屋さんのお着物が似合う方は上品に見えると。今日お会いして真実そうなのだと思いましたわ」

 

そんな言葉が返ってきて男は気を良くすると共に思った。どうやら朝比奈の娘は上手くこの娘を傀儡としているらしい、と。

朝比奈家はこの娘を次期当主として押し出している。あの家の最終目的は御三家であるこの家を牛耳ること。故に本家から強力な相伝を持っているばかりに外様のような扱いを受けている我が皆元家と縛りを結んだ。

内容は星奈が当主になった暁には我が家を再び御三家に近い家柄とすることと引き換えに五条悟を暗殺することである。故に、今日の目的は見合いではないのだ。

 

「そういえば法明様は結界術に秀でていらっしゃるそうですね」

 

「そうですね。術式の都合上結界に詳しくないといけないので」

 

「私、天元様の結界について今お勉強しているんですの。結界術ってとっても奥が深くて…」

 

「天元様の結界も絶対ではないですからな。そこをちゃんと理解なさるといい」

 

惜しいな、と思った。これほどの才が手に入らないなんて。幼さゆえに可憐さがひきたつ美貌も直に艶やかさを持ったものになるだろう。そんな極上の女が手に入らないとは。

 

ちらり、と壁にかかっている時計を見た。3時20分。そろそろ刺客が五条悟を始末して去った後だ。アリバイは完璧だ。法明は今日、見合い相手を怯えさせないためとの名目で伴を連れずにやってきたのだ。故に彼がこの小1時間席を外すことがなかったということをこの少女と控えている朝比奈の娘。そして少女の護衛が証明してくれる。

 

暇を告げるとすっかりこちらに気を許したようだった少女はその紅を塗らずとも赤く染っている唇を尖らせて残念そうにして見せたが、年に似合わぬ物分りの良さを発揮し、一番信用している侍女を見送りにいかせた。

 

だから、上機嫌な男は気づかなかった。

彼が出ていった後少女が護衛に申しつけて客間の時計を20分巻き戻させたことを。

少女がそのうつくしい顏の裏で獲物が罠にかかるのを待っていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間がざわめく。悟も驚いた。

 

「何を愚かなことを!いかに五条の姫といえど許しませぬぞ!」

 

皆元家の当主が喚く。

それを手を挙げることで五条家当主は静めた。

 

「話を聞こうか。護衛の任務を放棄していたのは水本家

みずもとけ

だと聞くが」

 

「はい。まず皆元家は私に見合いを申し込み、家の者の警戒を客間に集中させ、若様の暗殺を謀りました。しかし、刺客を放ったものの水本家の相伝術式を持つものがそれを庇い、相討ちとなる形でそれを妨害しました。その際、召喚した呪霊が今回私が祓った1級呪霊と相成ったと考えられます」

 

「なるほどな。根拠は?」

 

「離れに敷かれていた結界です。あれは若様のお勉強の際防音効果に加え、敵意ある者を弾く効果が敷かれておりました。護衛が若様のお命を狙った際自動で弾かれるはずです。そして今もそれは発動している。あれほどの強固な結界を部分的に変質させることなど結界術のエキスパートである皆元家以外にありえぬことです。そしてその日、皆元家の嫡男様が見合いとの名目で我が五条家を訪れておりました」

 

「そうか」

 

「嘘だ!ご当主様!そのような女の言うことなど真に受けるおつもりか!!女ァ!!貴様!我々を陥れるつもりか!」

 

そういって皆元家の当主は口汚く少女のことを罵りはじめる。売女だの胎だの魔女だのと差別言葉のオンパレードだ。そんな罵倒の嵐の中、どんな反応をするのかと思いきや、

「」

思わず目を見開いた。

彼女は笑っていた。玻璃細工のような繊細な美貌を歪ませて、底知れぬ悪意が籠ったような嘲笑を浮かべているように見えたが子供が新しい玩具を買ってもらった時に浮かべるような無邪気で無垢なきゃらきゃらとした微笑にもみえた。どちらにせよ、悪も善も引き寄せるような笑顔であった。そしてそのまま夢見るように口を開いた。

 

「ではご当主さま、私の術式に誓いましょう。私、五条星奈は嘘を申しておりませぬ」

 

誰もが信じられぬとばかりに黙り込んだ。術師にとって術式は命の次に大事なものだ。それを賭けると?

それを聞いて愉快そうに五条家当主は笑った。そして青ざめて黙りこくった皆元家のものに聞いた。

 

「お前はどうだ?」

 

蒼白になってぶるぶると震えている。答えは言わずもがなであった。

 

「では五条家当主の名において、皆元家当主を処分とする。今回は未遂だったので温情をくれてやろう。

次に、星奈、此度の働きご苦労であった。これを評価して貴様を1級術師に推薦しよう」

 

「誠にありがとうございます。五条の名を持つものとして、相応しい働きをして見せましょう」

 

「そして、相伝の術式を継いだとして、五条悟、お前を次期当主とする」

 

「お、お待ちください!」

 

声を上げたのは朝比奈家であった。

 

「此度の働き、悟様はまだ7つを過ぎてすらおりません!責任ある立場に着くことなど、いささか酷かと。そもそも術式を発現したのも本当かどうか」

 

「不思議な事を仰るのですね。朝比奈様。私の記憶の中では私が次期当主筆頭候補となったのはまだ3つの頃ですが。幼い私を推したのはあなた方ではございませんでしたか?」

 

「…」

 

「他に異論があるものはいないな。悟、お前は次期当主だ。五条の名に恥じぬよう、精進すること」

 

「はいはい」

 

「それでは此度の会を終わりとする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー姫さん、お疲れです」

 

「あなた…私はもう当主候補筆頭ではなくてよ?お役御免でしょう」

 

「いいじゃないっすか。あんた、1級術師になるんだから金くらい払えるでショ」

 

「はいはい、わかったわよ。それで?何か聞きたいことがあるのではなくて?」

 

「いつからお膳立てしてたんすか?」

 

「私が当主候補筆頭になってから。そもそもご当主さまは私を当主にする気なんて微塵もなかったのよ。ネズミ狩りをしたかっただけ。だからそれを逆手にとって五条家にとって有能な術師としての地位を確立したかったの。ご当主さまにとってただの胎には惜しいと思えるほどの」

 

「当主候補筆頭ってあんたが3歳くらいの時じゃあないっすか。ひぇ〜早熟〜俺のご主人超天才〜」

 

「それはどうも。そろそろ朝比奈家も処分されるでしょうね。縛りを皆元の家と結んでいるもの」

 

「まじかよ。後ろ盾消えちゃいますね。どうするんです?」

 

「バカね。だから五条家本家が後ろ盾になったのよ」

 

「なっるほど〜。それで?それはなんです?」

 

「まぁ、ちょっとした献上品かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五条家には一対の宝石がある。

六眼と無下限操術を合わせ持つ数百年ぶりの逸材、五条悟。

そしてその従姉妹にして過去最高峰の封印術式を持ち、圧倒的な戦闘センスを持つ、五条星奈である。

 

五条星奈が齢7つにして1級呪霊を討伐し、五条悟が術式を発現した日から、五条家は御三家の中でも圧倒的に勢いづいていった。

 

「もっとゆっくり呪力を回して」

 

あの日からどうにも五条の若様に懐かれるようになった。

理由は星奈には分からないが恐らく、六眼の効果を弱める術式を付与した眼鏡を献上(プレゼント)したからであろう。弱みを見せないようにしていたところをあっさりと看破されたことでいいおもちゃ(おもしれー女)認定されたらしい。

若様は次期当主となってから私を世話役にすることを強請った。もちろん私も任務に行かなければならないし、せっかく安定したパワーバランスが崩れるような真似はしたくない。

よって術式と体術の指導役を高専入学までの縛りを結んで引き受けることになったのだ。その代わりに縁談を持ってくるのを止めさせた。

自分も毎日訓練があるのでここのところ指導指導訓練訓練訓練指導任務指導の毎日である。はっきりいってオーバーワークだ。大人顔負けのそれを潰れなかったのは星奈が転生者であることと、この時期を超えたら家を出るつもりであるからであった。しかし、そんな未来予想図はとある出来事で激変することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五条悟は退屈していた。

自分の身の回りの人間はいつもおべっかばかりをつかっていて使えぬものばかり。唯一信用出来た護衛は死んだし、つい最近乳母は用済みだと言われ実家に戻された。

 

悟が億単位の賞金首になったのは無下限呪術を発現してからだ。それから半年間、飛ぶようにして護衛が肉壁になっていったし、そいつらが寝返ることもあった。五条本家だけでいなくなった使用人の数は三桁に登りそうだ。

次期当主になってから半年、悟は思いついたのだ。自分の術式を目覚めさせたあの少女に責任を取ってもらおう、と。

 

思い立ったが吉日とばかりに父親に頼み込み、渋られたものの、じゃあ家から抜け出すと交渉(脅)し彼女を指導役につけたーーなお、その時の縛りを悟は知らないため、後に五条家半壊事件がおこるーー。

 

 

それから五条悟は人生で初めてといっていいほど浮かれていた。星奈がお気に入りになったからである。五条悟は早熟で天才だったけれどまだまだ幼かったので少女が自分を面倒な次期当主に仕立てあげたことに気づかなかった。だから素直(?)に彼女を慕った。

 

少女は全てにおいて悟を満足させた。

面白い話をして、と言ったら昔の英雄の話や、凡人が世界を救う冒険譚を話してくれる。

誕生日に家の者を言いくるめて水族館や動物園に連れていってもらった。

退屈な勉学の合間に任務先で買ったお土産をこっそりくれることもあった。

訓練は厳しかったけれど少女の教え方が上手いのでメキメキと上達するようになって1級呪霊を片手間に祓えるようになった。

強くなることは好きだったし、少女は自分がひとつ課題を熟すとそのうつくしいかんばせを綻ばせてすごいわねと褒めてくれるのだ。悟は彼女の美しい外見や仕草をいっとう気に入っていたのでそれはもう嬉しかった。

 

彼女といると心がぽかぽかする。そして笑顔をみるとつきり、と心臓がどきどきするのだ。

まだ心が未成熟な悟は気づいていなかったがそれは恋だった。小さな儚い、恋だった。

 

「星奈、星奈!蒼できるようになったよ!」

 

「やったわね。若様。御褒美は何にしましょうか」

 

「悟!悟って名前で呼んで!!」

 

御三家の本家とは思えないほどのきらきらとした楽園。

顔面偏差値の暴力達が天使のような笑顔を浮かべるのを見て使用人たちはにっこり。

着実に力をつけている五条家の次期当主に家人もにっこり。

絶賛猫かぶりを発揮している稀代の美少年の本性を知っており、悪魔的天才の傾国の美少女の裏の顔も熟知している護衛の顔はげんなりした。

 

こいつら、顔だけだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甚爾がその少女を見たのは六眼を実際に見てこい、と彼のご主人様にいわれ、半ば呆れながら五条家に侵入した時だ。

 

甚爾は呪力を持たない人間である。故に、実家からはろくでもない扱いしか受けてこなかった。存在しているだけで罵りを受け、嘲笑とともに生きてきた。そして、それを受け入れて生きてきた。齢七つにして人生の希望を諦めるほど、禪院の嫌がらせは凄惨を極めていたのである。

今の主に出会ったのは彼が十になった頃、今までの最大級の嫌がらせとして呪霊の群れに放り込まれた時だった。彼には呪霊が見えない。呪具も持たない。気配を察知して躱すも顔に一撃をくらい、吹き飛ばされ生きるのを諦めようとした。そんな時だ。

 

「生き抜く覚悟を見せよ。足掻け雑種!」

 

そんな幼い声が聞こえたのは。

どこからともなく現れた彼は黄金の武器を次々と発射、呪霊を一瞬にして掃討した。そして、

 

「大丈夫ですか?」

 

そんな風に手を差し伸べたのだ。透明人間で猿の自分に。

こんなところで何をしているのかと問われ思わず家での扱いを零してしまったところ、家に連れ帰られた。

同情はいらないと拒否したところ助けたんじゃなくて自分が拾い物をしただけだと言われ見事に丸め込まれた。

そして翌日には、禪院甚爾は死んだ事になっており、甚爾は彼の家の者になった。

 

最近は出会った頃の温厚さ、礼儀正しく謙虚な人柄はどこへ行ったのやら、天上天下唯我独尊傲慢尊大傲岸不遜にして居丈高な王様になってしまったが、根っこの部分は変わらない。それにしてもなんであんな化学変化起きたんだろうか、特級呪霊にでも憑かれてるのだろうか。

 

閑話休題(それはさておき)、

そんな主直々の命令に加え、ある人物がいたら伝言をーー主の表情からしてそちらが本命なのではないだろうかーー果たすため、彼は五条家を訪れたのである。そして彼はそれを見た。

月光を編み上げた絹糸の髪に光を煮詰めた瞳、人間の持ちうる範疇を超えた美貌は神か悪魔か。分かることは人外のそれであることだ。

それは五条の坊と共に居た。そして、2人揃ってこちらを見る。

 

気取られた。

 

次に動いたのは少女であった。

 

「悟、中にお入りになって。後でアップルパイを焼いてあげるわ」

 

そう言って駄々をこねる少年を説得すると母屋の方に護衛とともに行かせた。

 

「あなたは刺客じゃないのね」

 

断定する声だった。誤魔化せない。

 

「まぁな。今日はただの見物だ」

 

そう、と彼女はそれを聞いて興味をなくしたようだった。慣れているのだろう、会釈をして立ち去ろうとする。

美人はそんな仕草も絵になるな、とぼんやりそれを見た。長い睫毛に縁取られた瞳が伏せた状態から再び開かれる。虹にひかる銀の目が瞬きした時に一瞬だけ赤い燐光を走らせたのを見て、甚爾ははっと思考を取り戻した。

眼が紅く輝る人間がいたら言付けをせよ。といわれていたのである。そんな目を持つ人間実在するのかとタカをくくっていたが居た。

 

「おい。まぁ待てよ」

 

ナンパみたいになってしまった。

 

「なんです?」

 

胡乱気に聞かれる。

 

「ウルクの名に聞き覚えは?」

 

大きな目が僅かに見開かれた。それもすぐに消え、耽美な微笑を浮かべる。

 

「彼は退屈していませんか?」

 

ビンゴ。甚爾は理解した。主の求めている人物が彼女であると。何処で接点を作ったのやら、まぁ彼は色々と規格外なので気にしないことにする。

 

「「たまには征服王の真似事も悪くは無い。」「せいぜい愉しみに待っていろ」」

 

たちまち耽美な微笑は崩れ彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「眠り姫は柄じゃない、そうお伝えください」

 

伝書鳩はお嫌いだと思いますが、と続ける。

 

まぁな。と軽く笑って答えた。

そしてそのまま二人は別れた。お互いに笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある屋敷にて。

 

「…以上だ」

 

今回の任務の報告を終える。相変わらずお綺麗な面してんな、と甚爾は主を見た。

主は珍しく俯いていた。もしや伝言に彼の矜持が傷付いちゃったのだろうか。

 

否、

 

「ッフフフフフフフフ、ハハハハハハハッッ!アハハハハハハハハハッ!!!!」

 

大爆笑である。

 

 

「ククククッ…相変わらずだな。変わって無さそうで何よりだ。それで?男だったか?女だったか?」

 

「は?有り得んくらいの別嬪な嬢ちゃんだったが」

 

「貴様がアレの評価をするな」

 

「えぇ。理不尽」

 

「まぁいい。我(オレ)は今機嫌がいいからな。寛大な心で許してやろう。さて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう逃がさんぞ。ステラ」

 

 

 

 

 

あーぁ。ご愁傷さま。

 

甚爾はあの人外の美貌を持つ少女に合唱した。

 

 

そんな侍従の想いを知ってか知らずか、

 

現代に転生した英雄王は再び嗤った。

 

 

 

*********

 

 

生まれる前から総べてを知っていた。

 

 

神々の思惑と気まぐれに作られた自分は自我を持つ前からある唄を聞いていた。今では誰も知らぬその詩を、想いを聞き、見ることができたのは世界の気まぐれかはたまた後に得ることになる器の能力、千里眼によるものか。

 

それは少女の唄だった。どんなかみも叶わぬもの程うつくしく、どんな獣をも頭を垂れさせるような生命の輝きを持つ少女、ヒトの運命だった。

 

この世が未だ幼く、妖精族や龍たちや地上に住むありとあらゆる幻獣たちがまだこの世の昼と夜をまどろんでいたころ。

古詩(パラード)に現れる伝説の剣や英雄たち、神々の生まれる前の話。

 

物語は神々の悪戯にて泥より生まれし悪、パンドラが自身の名を冠する災厄の匣を解放するところから始まる。

 

神々は寵愛していた泥人形が大罪を侵し、地上に厄災をばら蒔いたことを知る。そして地上での厄災が天上に牙を向けぬよう壊れかけた神の器に神が見初めた魂を入れて、厄災を回収するものを造り出した。

 

選ばれた魂は生を謳歌し、限りなく悪や善から遠いところにいるものだった。神が人を創ろうとしたときの、理想の形をしていた。無邪気で無垢で穢れや欲を知らぬような真っ新な生き物。誇りを持ち、信念を持つ、力を持った完全なる者だった。

 

神々に名を取り上げられ、自由を取り上げられて新たに創り出された魂の名をステラという。

 

自身の友と家族の平穏と引き換えに、少女ステラは広がった厄災を回収し、悪に染ったモノたちを救い続けた。どんな痛みを受けようとも足掻き続けた。孤独な旅は幾千年にも渡った。その間踏み潰した死体の数は千を超え、手に入れた知啓と武威は神知をも圧倒した。そしていつしか強大な神力を持つようになった彼女は旅を終え、人を導き、世界を救ったものとして神の一柱。パンドラの匣の番人として永劫を生きることとなる。

 

唄はここで終わっている。

 

 

しかし、彼女の運命はまだ続いていた。

 

彼女はその後、圧倒的な神力を恐れた神々によって処刑されかける。その際、彼女の家族や一族の友が神々に殺されており、1人として天命を終えることなく去っていたことを知り、怒り狂う。

既に名を忘れ、顔を思い出せない人々の死を彼女は許さなかった。

 

彼女は神々に剣を向けた。それは永劫を生きた少女の、少女のためだけの孤独な戦争だった。

全てを殺し尽くした彼女は最後に彼女自身を殺した。パンドラの番人である彼女の死は世界に混沌をもたらした。

死の川が永劫の七夜を荒れ狂い、生者と死者の境界線を壊した。死した神々の権能がばら撒かれ、生き残った人々は火を、鉄を、金を手に入れた。

 

そうして地上に光が戻った。それは神々の世界でも魔性や精霊の世界でもない、死と生命の人の子と、新たに生まれ落ちた幼き神々の時代の始まりだった。

 

 

ギルガメッシュは世界の成り立ちをしっていた。彼を造り出した神々も知らぬであろうその真実。1人の少女の物語を。彼女の辿った哀しい運命を知っていた。

 

 

 

 

 

はるか昔の神代にて

汚濁の泥人形は

七つの罪持ちて

降り来る

破壊の先触れは

災厄の匣

 

諸々の神の神

天を憂いて

選ばれし者に

神命を託す

 

そは若き一人の少女

月光の髪に虹の眼見

今は黙す

永久の旅の果てに

約束の象徴を見出さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデアでの旅が終わって、最愛と2回目に別れて、気づいた時には転生をしていた。そんな経験を自分がするとは思わなかった。現代に生まれ落ちたギルガメッシューー今の名を王牙秀雄というーーはそんなことをひとりごこちた。

男の最愛である星は世界の呪縛により輪廻を片手で数え切れぬほど廻っていたので輪廻転生があることを知っていた。実際に座で彼もその様子を見ていたので。が、自分に起こるとは夢にも思わなかった。

 

今世、生まれた家の家業は呪術師。

まさか魔術師の家に生まれたのかと思ったがこの世界には魔術はない代わりに呪術師が台頭しているらしい。それでも魔術師に比べ1つの国の者達しか活動していないのでマイノリティだ。

王牙の家は呪術界の中でも序列は上に位置付けされている。それゆえに、古臭いしがらみや馬鹿らしい風習が多々あった。

 

気に入らないと思った。思い立ったが吉日とばかりに彼は呪術界をサクッと乗っ取ろうと思った。ウルク王の気まぐれ呪術界征服である。

当時、彼が4つの頃であった。

 

記憶を戻した反動で術式を完璧に発動できるようになった彼は早くも実家の権力をを自分のもとに集中させ、信頼出来る部下を集めた。

おかげで上層部からはやや目をつけられることになったが雑種の言うことなど基本気にしないので関係ない。喚きたてるその首がいつまでも胴体と仲良く出来ると思うなよ。

 

その噂を耳にしたのは、最年少特級術師として名を馳せ、業績が認められた時だ。

 

五条家には一対の宝石がある。

六眼と無下限操術を合わせ持つ数百年ぶりの逸材、五条悟。

そしてその従姉妹にして過去最高峰の封印術式を持ち、圧倒的な戦闘センスを持つ、五条星奈である。

 

その噂を耳にした時、男は思った。彼女だ、と。座でもさんざん見させられたが数多の生においてアレは誘蛾灯のように、馨しい花のように人を寄せ付けていた。カルデアでもそれは同じで、お気に入りの雑種

マスター

もよく懐いていたものだ。それでいて蜜に集まった者たちに見向きもせず、意識を向けるのは懐に入れた者たちだけ。

 

過去、自分も懐に潜るためアレコレ必死に口説き落としたものだ。この王たる自分が!

アレは常に笑みを浮かべているが、それは表面上だけ。心の内側に入った者たちだけの笑顔やその姿は格別だった。

彼女は英雄でも神の器でもなく、ただのステラとして笑うのだ。どこまでも彼女らしく高らかに、華やかに声を上げて笑うその顔。それがこの瞳に焼き付いて離れない。

 

 

幼き我はアレに無垢な恋をした。

若き我はアレに熱烈たる恋をした。

老いた我はアレにやるせない恋をした。

 

 

生涯を通して、否、自分は未来永劫、彼女に恋をしている。

 

そして今世、過去と未来、全ての人格が複合された自分が思うのはただ一つのみ。

 

今度こそあの宝石を、星を撃ち落とす。

一回目の別れでは縛られてばかりの彼女を傍に置くことしかできなかった。

二回目の別れでは漸く踏ん切りがついたのに、彼女は流星のように生を散らしてしまった。

 

これで、3回目。

 

雑種

マスター

ではないが3回目の正直というやつか。

 

 

「もう逃がさんぞ。ステラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

五条の初恋の人ーー未だ彼は自覚はしていないが時間の問題であるーーはとても美しい人だった。

艶やかなその髪はさながら月光を編み込んだように柔らかく、その透けるような肌は、どんな白磁よりきめ細やかだ。長い睫毛に縁取られたその双眼には星が凍りついたように煌めいていた。柔らかな曲線を描く肢体は、まだ性分化する前なのにどこまでも女性らしい。

仕草はどこまでも優美で、気品があるのに、ふとした時の素振りに明るさと晴れやかさを感じさせ、少年の美を感じさせた。

つまり、女性らしいのに中性的な雰囲気が同居するような不思議な印象を抱かせるひとだった。彗星のように閃烈で消えてしまう儚さを持っているくせに、永らくをいきた仙人のような安心感を抱かせた。

 

ただ魅力的と言うだけには言葉足らずなその空気。清廉で気品のあるような蜂蜜のような空気なのに、どこか冷たくて暖かい、老若男女が魅入られ、溺れるような蠱惑的な空気を纏っていた。

 

白金の闇。

 

そんな言葉が似合うようなひと。

宝石だと讃えられながらも、たとえるような宝石がない。無二の星そのもの。光を纏っているようでその実彼女は闇そのものなのだ。

 

悟は彼女のことが好きだった。

彼女は自分にとっての姉であり母であり、かみさまだった。

五条悟は神を信じていない。無神論者だ。

それでもかみさまがいるのならば、彼女のような姿をしているに違いないと思った。

彼女は綺麗だ。言葉にするのもおこがましいくらいの美を持っていた。

彼女は強かった。あの時自分を助けてくれた日から、自分にとっての最強(理想)は彼女だった。

 

だから、その日彼女の言うことを聞いて部屋に戻ったのだ。かみさまに嫌われたくなかったので、大人しく従ったのだ。

全く呪力を持たぬ侵入者と二人きりにしてしまった。

もしあの時駄々を捏ねて彼女を連れて言ったら未来は変わっていたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 

王牙甚爾と星奈が会ってから数年後。

幼さが立ち消え、性差を感じさせない美貌の持ち主に成長した星奈はただでさえ多かった見合いがさらに増えた。

幼い頃は全てのそれを断ってもらっていたが高専卒業後に五条家に無理やり番わせられるかもしれない。そんな中、フリーの術師として五条家を出奔するのは難しい。まず周りに援護してくれるひとが必要である。この縦社会で生きるためにはある程度のコネが必要であるということを聖奈は知っていた。

 

大人しくしていれば彼が強引にでも迎えに来てくれるだろうことを星奈は悟っていた。そして彼はそれを苦とは思わないだろう。

でも、それは星奈自信が嫌だった。ただ待つだけではつまらない。自分は眠り姫のように夢見る少女ではないのだ。

欲しいものは自分の手で手に入れる。

長い人生の中での教訓(モットー)のひとつである。

 

だから、自身の能力を呪術界全体に知らしめることにした。五条家には悟られぬよう慎重に、されど大胆に、ときには彼によく似ていると言われた狡猾さを見せて。自分が五条家の器に収まりきらないと、胎にするにはあまりある人材だと、呪術界に知らしめるため。

 

五条星奈は呪術界の今後を左右する存在である。

 

密やかに流れ始めたその噂は確実に呪術界に浸透していった。

これでただの胎を娶るよりもはるかにハードルが高くなるだろう。それでも彼はそれを乗り越えて自分を迎えに来る。そんな確信があった。だから、自分は彼と対等でありたいという我儘を彼にしてみることにした。

 

帰ってきた返事は彼の表の社会的地位(非術界)の向上。瞬く間に世界的な会社の持ち主となった彼を見て、自分の願いは受け入れられたらしいと思った。

自分も負けられない。

元来、星奈は負けず嫌いなのである。

 

こうして、御三家どころか呪術界を巻き込んだ二人の恋人の恋愛戦争

じゃれ合い

は幕を開けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九十九由基がその少女にあったのは、彼女が特級術師になる前の頃であった。当時、九十九は学生ながらも既に特級相当の力の持ち主でもあったにも関わらずいまだに一級術師の身分であった。

理由は女であることと、御三家からの妨害である。

実力を認められていてもその実評価するのは腐った上層部だ。御三家から婿をとって庇護下に入ることで昇進してもいいがそれは彼女にとってあまり良くない選択だった。

九十九がやりたい原因療法。呪霊の根絶。

これは御三家にとって好ましくないことだ。

なぜなら、御三家は呪術界においてしか生きられない。彼らの時代錯誤な精神は井の中だけで認められーー認めたくないがーー大海に出た場合、蛙は泳げずに死ぬだろう。

頭の中が腐ったミカンでいっぱいな彼らも流石に理解しているはずだ。

自分たちを権威あるものとしてたらしめるものは呪霊であると。

 

九十九が呪術界に影響を与えるには特級術師になることが最も最短なルートである。しかし、それは現状停滞していた。そんな時に噂で聞いた少女のこと。

 

曰く、御三家の生まれながらにして補助監督や窓に対して分け隔てなく接する人格者。

曰く、女の身ながら上層部から認められるその能力。

曰く、相伝を差し置いて五条家の最高傑作と言われる者。

 

他にも神々の想像をも超える美貌の持ち主だとか、それゆえに崇拝者が沢山いるだとかの話も聞いた。

しかし、九十九由基が注目したのはそんなことでなく、少女ーー五条星奈が絶対的な実力主義者であるということ。

五条家の至宝どころか、呪術界が生んだ宝石と名高い彼女ならば九十九の実力を見て、五条家に進言してくれるかもしれない。

 

少女に会うため、九十九は機会を伺っていた。そして、それは果たされた。

 

 

 

 

 

 

「五条星奈と申します。階級は一級。よろしくお願いします」

 

望んでいた邂逅はあっさりと果たされた。

特級三体の討伐のため合同任務に訪れた九十九はその妖精も恥入りそうな麗人の少女に会った。もちろん外見だけではなく、一般家庭で同級の九十九に年上だからという理由で敬語をつける礼儀正しさを持っている。特級をあっさりと呪具で祓ったことからも武芸の才を感じさせた。

 

噂に違わぬ人間だな、と九十九はあらためて感心した。確か歳の頃は13くらいだったはずだ。それなのに彼女は自分の実力をしっかりと熟知している。

九十九は何故か、そこに違和感を覚えた。

歳の割に出来すぎていることではない。

戦帰りの戦士のような濃密な殺気を纏っているゆえでは無い。

 

彼女は、聞いていた通り過ぎるのだ。

噂に寸分違わぬ人格。その力。

噂には基本的に本人とのズレが生じるはずだ。

誇張されるかそれとも卑下されるかどちらか。

しかし、少女のそれはそうではない。あまりにも等身大の彼女を評価されすぎている。

否定的なものから崇拝的な内容までありとあらゆる噂をかき集めた九十九だからこそ気づいたことであった。その小さな違和感はこの一日の合同任務ではっきりと大きくなった。

 

だから、正面突破で聞くことにした。彼女の悪魔的頭脳と駆け引きをするよりは正面突破した方がいい。そう判断したからだ。

 

「好きな男のタイプは?」

 

その瞬間、自分が泥船から大船に乗り移ったと確信した、と後に彼女は言う。

 

 

 

 

 

 

それを聞かれた時星奈は思った。嗅ぎつけられた、と。

九十九由基。高専に所属していないフリーの一級術師だ。実力を持っているのにも関わらず、頂点にたてないのは腐ったミカンによる思惑。側近によると、革命家のような思想の持ち主だとか。

 

九十九由基には夢がある。それは途方もなく金も時間もかかる物語のようなもの。それのために秘密裏に後ろ盾を求めていることを知っていた。

 

九十九由基は天才ではない。女としては恵まれた体格。特級相当の術式と実力を持つ彼女は、それでも今まで見てきた天才にも秀才たちにも及ばない。

それでも彼女に探られていると報告が入った時には取るに足らぬと思っていたが、実際に会ってみれば噂以上の人物だった。

 

理屈ではない。

証拠もない。

されど彼女は彼女の美学

野性的カン

に引っかかった自分に気づき、問うたのだ。

 

「好きな男のタイプは(お前の本性は)?」

 

真っ直ぐに問うてくるその言葉に心の中で笑みを零す。正攻法でくるとは、なかなか面白い性格をしている。誤魔化すのも分けないがここはひとつ、彼女と取引するのも一興だ。きっとおもしろくなるに違いない。

だから、自分も答えた。

 

 

「邪智暴虐な王様」

 

 

ポカンとされたあと、メロス??と言われたことは今でも解せない。あと、それを言うならディオニス王だ。

 

 

 

それから三日後、九十九由基に特級術師の推薦状が五条家当主の名で届いた。

そして同家から同時に依頼されたのは、五条星奈への訓練指導の依頼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九十九由基に弟子入りしてから数年が経った。弟子入りと言っても呪術に関して教わることはほとんどないのでこちらでの常識や暗黙の了解を教え、特級術師への推薦を進言することと、彼女の研究への協力の代わりに、フリーの術師になった際の後ろ盾及び援助、一般家庭出身への紹介などをするといった縛りを結んだ。

 

最初は少しぎくしゃくとしていた関係も今ではすんなりと師匠と呼べるようになったし、彼女と軽口をたたけるようになった。今ではすっかり莫逆の友ーーようするにマブってことーーだ。

五条家からは師匠が自分を介して従う、といった体を装っているおかげで警戒されていない。

 

彼との文のやり取りも秘密裏に行いーー内容はこの株が上がりそうだとかどこどこの家が借金をしているだとか一見色気のない内容であるが、追伸として必ず歌が詠まれているーー充実した毎日を送っていた。

そして、星奈が高専に入学する日がやってきた。

 

離れたくないと喚く若さまを宥め、信頼できる部下に情報収集を頼み家を出る。辿り着いた東京。よもや現代の首都にこれほど辺鄙な場所があるのだなぁと思いながら厳ついサングラスを掛けた教師に挨拶をする。

同級生は透き通るような青白い髪に年齢に不釣り合いな色香と儚さをもつ女性だ。会話をしてみたが箱入り娘にしては考え方がシビアで話が合う。

 

楽しい青春(地獄)を送れそうだ、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

呪術界には宝石がいる、という話を××××が聞いたのは幼い頃だ。呪術界出身の彼女はもれなく男尊女卑な家から生まれた。諜報向きの術式を持っていた女は幼い頃から訓練漬けの日々を送っていた。

毎日訓練訓練訓練仕事仕事仕事。

あなたの行動は家の為になるとか、呪術界を支えているとか言い聞かせてくる癖して、自分のことを道具としか見ていない親。自身のことを胎として扱おうとする親戚。

そんな時に、彼女のことを知った。

 

相伝を持つ嫡男を超える優秀さとそれに紐づいた呪術界の宝石という評価。

 

彼女の話を聞く度、同じ女としての差に悔しくて堪らなくなった。そして焦がれた。星に手を伸ばすように。

そしてそんなことを思う度に訓練に必死に打ち込んだ。

強くなるために、自分も彼女みたいになりたい、そう思って。

だから、五条星奈と初めてあった日。

 

「××××。よろしく」

 

そういって微笑んでみせた自分を褒めて欲しい。

 

高専に入学して半年がたち、気軽に名前で呼ぶようになっても、星奈は星のままであった。

むしろ、絶美という言葉が似合う容姿に圧倒的な実力。普段では淑女のような立ち振る舞いを見せる癖して戦闘時にはとびきり危険な獣に変貌する。二人きりの時は気を許してくれているのかお嬢様言葉も抜けがちでそんな時のギャップは物凄かったし、それでも噂に違わぬ彼女に対する憧憬は増していった。

 

そんな彼女も××××と同じように今までろくに学校に通わせて貰えなかったらしく、2人で精一杯の青春を想像して笑ったり。

彼女の師匠に自分の獲物を先行投資だとプレゼントされて、そのままボコボコにされたり。

任務帰りにろくに歌えやしないのにカラオケによってみたり。

 

寡黙だが優しい先生も思ったよりも年相応だった同級生も自分を尊重してくれる。自分を見てくれる。

だから、忘れていたのだ。学校というひとつの領域から出た時の自分の弱さを。

 

 

 

弟が生まれた。同時に学校を辞めさせられることになった。

 

 

 

 

「お前をーーーー家に嫁がせることにした」

 

 

実家に抗議しようと帰ってきた直後に言われた言葉がそれだった。口を開きかけ、また閉じた。父親である当主の顔を見て、幼い頃の思い出、躾、折檻を思い出す。血の気が引き、喉が渇いた。目の奥で振り上げられた鞭が閃く。身が強ばった。何か言わなければ。

 

「当主さま、わたし」

 

「よもや断るとは言わないな?女のお前をここまで育てあげたのは誰だと思っている。わざわざ東京の高専に入れてやったのも五条の姫との縁を繋ぐためだ。噂じゃあなかなか上手く取り入ったそうじゃないか」

 

「それは…!!」

 

「言わなければ分からんか?男が生まれた。本来の胎としての役割を果たせ。お前はもう、用済みなんだ」

 

目の前が真っ暗になる。口をぱくぱくと開いてももう喉を震わすことすらできない。そして、茫然としたまま懐に閉まっていた呪具を取り出す。

話は済んだとばかりに退出しようとする父だった人間に振り上げようとして、

 

 

 

 

 

「止まれ」

 

 

 

 

 

 

襖が吹っ飛んだ。

 

現れたのは煌めく髪に星雲そのものを映す銀眼。

××××にとっての星。五条星奈が立っていた。

 

 

「貴様、何を急に…!!」

 

「呪術界には女は男の後ろを3歩下がるという思想が蔓延っているそうですよ。私の生家、五条家でも同様の考えがあったそうなのですが、私か幼い頃にたち消えたのです。理由は何故か、お分かりかしら」

 

「こんなふうに、後ろから刺されるような男、ーーマヌケがいたからですよ」

 

持っていた獲物を××××からさっと取り上げて斬れ味を証明するように地面に刺す。相当の高級品である畳は豆腐のように切れていた。

 

「ヒッ」

 

言葉を失ってプルプルと震える男を意に介さず、そのまま彼女は話を続けた。

 

「お久しゅうございます。××当主様。僭越ながら私、本日譲っていただきたいものがあって参りましたの。ご連絡を*数分前*にさせて頂いたのですが、どうやらご存知なかったご様子。実質お約束なしに訪問致しましたこと、お許しくださいませね」

 

「譲…?…何?」

 

どこまでも優美で華やかに、艶然と微笑む彼女は、

 

 

 

「ここにいる我が友、××××を100億で買わせていただきたい」

 

 

 

そう言い放つとキャリーケースの中をぶちまけた。

 

そして、腰を抜かし喚く男を鼻で笑って不格好にも手を振りあげたままの自分の手を取り、彼女は着ていた着物の裾を見事に捌きそそくさと退出した。

 

 

 

あれやこれやのうちに高級外車に載せられる。

車に乗って、ペットボトルのお茶を渡された。

喉が渇いていたことを思い出し、一気に流し込む。

頭が混乱しているうちに目的地に着いたようだった。

 

億ションの最上階。

誰のものなのだろうと首を傾げると、運転手ーーたしか彼女の腹心で名前を青と言っていたーーが彼女のセーフハウスのひとつだと教えてくれた。

彼女は自分の手を離さないまま、部屋に入った。

テーブルに座らせられる。

 

沈黙が痛くて、恐る恐る前を見ると、星奈はゾッとするほど無表情だった。

 

「あ、あの」

 

声をかけようとすると溜息をつかれた。思わず肩を震わせる。

彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「いいか。妾(わたし)は今とても怒っている。

 

ひとつ、あんな家畜にも劣る輩に手を出そうとしたこと。

妾(わたし)は君に身を守る最後の術としてナイフ術を教えたわけであって、あんな雑種に向けるためではない。

 

ふたつ、実家から連絡が来た際明らかに様子がおかしかった妾(わたし)の心配を無下にしたこと。

君は大丈夫だと言ったがその実そんなことは無かった。今後一切、妾

を謀ることは許さぬ。

 

最後にとびきり怒っていることがある。

妾を頼らなかったことだ。

君は貸し借りを作るのを嫌がる。それはとてもいい処世術だ。だけれど友を頼るくらいはして欲しかった。

今回の件で君は、妾に一方的な貸しをつくってしまった」

 

「…すまなかったね。頭が回らなくて」

 

「いい。君は妾に憧れている節があった。そして友だという自負があった。そして育った環境が塵芥にも劣るものだった。誰かに頼るということを君は知らない。だから、それは赦す。でもな」

 

今度こそ大きく身体が震えた。彼女は自分の心境を見事に言い当てた。何を言われるのだろうか。それが恐ろしくてたまらなかった。

 

「妾に友の値段をつけさせたことは赦さない。金は、いつの時代にも絶対な価値を持つ。

だから、妾は大切な人たちの次に金のことを信頼している。君は妾

の大切な人だ。ひとには金に変えられぬ価値があるとおもっている。

それゆえに君を買った瞬間、我々の間は対等でなくなった。関係の名前に金という価値がついたからだ。

そして、妾は気にしないといったところで君は今日のことをいつまでも気にかけるだろう」

 

だから、顎をすくわれる。目線は自ずと彼女の方を向いた。瞳の中に星が燃えていた。いつもは虹の輝きを待とうそれは赤い燐光のみが光っている。

 

 

 

「いつか、から君自身を買い取って見せろ。

100億、君と妾の縁は私にとってほぼ全財産を投げ出してもあまりあるものだった。

だから、今度は君が決める番だ。

自分の価値を。自分自身で決めて見せろ」

 

「それまでの間、君は冥冥と名乗れ。この暗い腐った世界とを妾

わたし

を通してでなく、自分の価値観で測れるように」

 

 

 

 

 

 

ズドン!!!!

 

建物が倒壊する。

 

「助けに来たよー。歌姫。泣いてる?」

 

「泣いてねぇよ!!」

 

「泣いたら慰めてくれるかな?是非お願いしたいね」

 

「冥さんは泣かないでしょ。強いもん。でも慰めるなら、代わりにあいつの写真、チョーダイ」

 

「ダメですよ!冥さん!星奈さんの写真なんてそこのクズにはもったいないです!!」

 

「そうだね。ここに彼女の居眠り写真や膝枕写真があるけど。これは私専用だから」

 

「写真はあるんだ…」

 

えぇーと唇を尖らす青年は、こちらを見て値段の交渉に入ってきた。それを軽くあしらいながら冥冥は心の中でそっと笑った。

 

悪いね。最強君。金で価値をつけるには勿体ない代物なんだよ。

なんたって、これは友人特権、心を許している証と言うやつだからね。

 

 

一級術師、冥冥は守銭奴だ。

呪術界ではとても有名なことであり、彼女を知る人々はそれが事実であると知っている。

 

だけど、後に彼女に買われることになる実の弟ですら彼女がそうなった理由を知らない。

彼女がなぜ金が好きなのか知らない。

 

彼女の冥冥之志は彼女の友だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを目にした衝撃と感動を、一体どんな言葉で表現すればいいのか、ギルガメッシュはしらない。

 

それは生まれ落ちる前に聞いた唄の少女の行方を知ろうとしたのがきっかけだった。世界が未だに微睡みの中にいた頃に世界を人知れず救った者の顛末。根源に近しいものや、彼と同じ魔眼を持つものなら魂で知覚することであろうヒトの行方。

 

魔眼に魔力を回す。熱を持つ目蓋を押え、潜る。潜る。もぐる。少なくない魔力を消費して、見たもの、それはーーー

 

 

それが纏うのは、荒々しさ、猛々しさ、すべてを呑み込むまでの貪欲な力強い渦。闇も光も虚ですらも混ざり合い、せめぎ合う、圧倒的な闇。

その中心に端然と佇むひとは、それを完璧に従えていた。そこだけがありえぬほどの静寂。

されど、黄昏時の星明かりのような、冴えた空の月光に息を呑むような美貌は今、焔のごとき憤怒に彩られている。自身の力を制御しきっているのにそれすら凌駕する圧倒的な感情。

 

その怒りの矛先は人の形をした異形たちに向けられていた。神だ、とギルガメッシュは正確に理解した。彼がよく知る神とは程遠い、万能や全能に近い権能を持つものたちだ。彼らの怒りで簡単に世界なぞ滅ぶだろう。

 

そんな創世神達が怯えと恐怖を浮かべていた。彼らにその感情をうえつけた、唄の少女は混沌蠢く濁流を自身のものとし、力を振るう。

 

一閃。

 

何が起こっているのか理解していない表情をしていた一柱が完全に消滅する。

戦慄の表情をうかべた神々が己の魔力を純粋な力にかえて襲いかかる。圧倒的な力が少女を襲う。

伏せていた目蓋を上げ眼を開く。

星を撒き散らしたように輝く銀瞳が力を一瞥した。

一瞬のうちに収束されたされた力は彼女に襲い掛かる前に完璧に魅了され解かれ、彼女に従う。

 

魅了眼だ。叡智を神により与えられたギルガメッシュは理解した。魅了の魔眼とはさらに一閃を画すもの。彼が生まれた世には喪われたその瞳。その眼差しで万物を虜にし、従わせる力を持つ瞳。根源すら読み解くことが出来る、相手の本性の解析、分析を得意とする力。ときには、万物を縛り、存在を解くことの出来る力。

 

奇蹟を見て、うち震えるギルガメッシュを知らず、己の権能を奪われたことに怒りの咆哮をあげる有象無象を見て彼女はゆっくりとその口を開く。

 

 

「世界は私に、導く者として権能を与えた。

ヒトであった者として、創成主共、貴様らに引導を渡してやろう」

 

美しい声だ。怨嗟に満ちた、憤怒の声はそれでも淡々と世界に響いた。

 

 

 

「さぁ悦ぶといい。貴様を導いてやろうな。

 

かつて吾(オレ)であった神よ、慟哭せよ!

 

ここに幾千年の厄災を。未来を逝くはすべての悪。

 

これは真実私の怒りである。

 

これは私だけの戦争である。

 

持てるものこそ与えねば。持たざる者こそ奪わねば。

 

妾(わたし)がくれてやるのはただ一つ!

 

釈明の穹を穿つ神聖たる死(コラッグ・デア・パンドラ)」

 

 

宝具が放たれる。彼女の周りにある全ての力(厄災)が彼らに火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルガメッシュは陶然とした表情でそれを見た。神をいとも簡単に屠り、総てを魅了するその力。怒りのままに敵を駆逐し、嗤うその表情。

 

うつくしい、と思った。

 

唄で彼女を知る頃から、たかが人の身で足掻き続けた彼女に好感を持っていた。世界を救った、完全なるヒト。純粋で無垢な生き物に対するその幼い恋はこの瞬間、燃え上がるような烈烈なものに変わった。

ギルガメッシュは自覚するしか無かった。己の感情を。マグマのようにふつふつと湧き上がり、感情を食い散らかすものを。

 

これが、欲しいと思わずにいられなかった。

 

 

敵を蹂躙し、力で食い荒らし、世界を蝕み、神の権能すらその瞳で解く。

 

そんな彼女の孤独な戦争は神の殲滅によって終わりを迎えた。

怒りは正気に変わり、制御されていた蠢く力は矛先を失う。

そして、そのまま世界を破壊しようとしていた。

 

パンドラが再び、開かれようとしている。

 

「不味いな。このままじゃ世界が滅ぶ。

感情を抑制しなければ。」

 

無理だ、と思った。彼女の魂の発露はそのまま力に連動している。正気に戻ったといえど、彼女の怒りは健在なのだ。その証拠に彼女の瞳は荒れ狂う波そのものだ。

 

止めるためには感情のとば口を閉じなければならない。

そこまで思考をめぐらせて辿り着いた結論に目を見開いた。そんな、まさか、彼女は。

魅了眼が彗星のように煌めき、こちらを、ギルガメッシュを射抜いた。

 

目が合った。

 

「誰か、見ているな?未来の者が。

千里眼か、はたまた同じ眼の持ち主か。

まぁいい。つまりは世界は続き、道化は踊る、という訳だ。ならば選ぼう」

 

魅了眼に見すくめられ、呆然としてそれを聞く。

少女は、空を、世界を睨みつけて笑い、咆哮した。

満身創痍な身体からほとばしる叫び。

文字通り血を吐いて行われるその宣誓。

 

「パンドラよ!吾が器である名も無き神よ!

妾の生命をもって、再び目覚めるその時まで、眠りにつけ!!我が戦争の果てを見たものたちよ!遠き未来の幼き同胞よ!貴殿らに幸あれ!」

 

 

 

そして、そのまま己の剣を振り上げて、自らの身体を貫いたーー。

 

 

 

体が深紅に染る。己の瞳よりも深いその色をみた。体が傾き、力を失ってゆく。

届かないとわかっていながら、過去のことだとわかっていながらも、手を伸ばさずに入られなかった。

 

「」

 

声をかけようとして、何も出なかったことに驚いた。それもそうだ。己は彼女の名を知らぬ。役割の名

パンドラ

を知れども、その輝くばかりの魂の名を知らなかった。

 

少女は口から。全身から深紅を垂れ流し、それでも嗤った。

 

「さよならだ。私。また会おう」

 

ぽつぽつと雨が降る。ギルガメッシュの金糸を揺らし風が吹く。

 

世界が慟哭し、壊れ、再構築する。

世界を救った少女は世界を壊し、再び救った。

心命をとして。

長い時間をかけ、混沌を、闇を、虚を、光を、彼女を構成していた全てを飲み込み、パンドラの匣は完全に沈黙した。

 

その日、世界は再び生まれ落ちた。

 

ギルガメッシュはただ、それを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星漿体の護衛と抹消?」

 

「そう。五条君と夏油君がそれに着いたよ」

 

「不老の術式の中継ぎか。アレらにはまだ早いだろう。天元の指名だといっても上層部の差し金だろうな。」

 

「さすが。そこまで分かるのか。何故指名が天元の意思でないとわかるんだ?」

 

「天元の記録は平安にも遡ることが出来る。神や両面宿儺のごとき呪霊ならともかく只人が千年の時を正気でいられるとは思えんな」

 

「なるほどーーつまり、今回の件には上の思惑が?」

 

「そうだ。恐らくは嫌がらせもかねて、だな」

 

「それにキミも便乗するんだろう?可哀想に、あんなに懐いているというのに」

 

「まぁ、アレには家を支えてもらわんといけないからな。飴も与えるさ。立つ鳥跡を濁さずと言うだろう?」

 

「君は鳥と言うよりは星だから、彗星でいいんじゃないかな」

 

「まぁどちらでも。じゃあ戻るまで、例の件、頼むぞ。冥冥」

 

「ご主人様の仰せのままに」

 

通話を切り、冥冥は笑う。

 

「同情してしまうよ。本当に」

 

 

 

 

 

五条星奈ーーつまり星の名を関する転生者は、長い時間を生きている。天元もメではないほどの転生を繰り返していた転生者はその永劫を生きている中で多くを学んだ。

 

神として、人として、魔物として、妖精として、男として、女として、子供として、生まれ落ちることが出来なかったものとして。

時には王妃として、兵として、夢魔として、宮廷魔術師として、側仕えとして、師として、

 

英雄から、天才から、賢者から、主から、

 

学び、経験を得た。

 

一、やられたら何がなんでもやり返せ。

二、凡人を、努力を侮るなかれ。

三、やるなら徹底的に。

四、奇襲を仕掛ける時は正々堂々後ろから。

等など。

 

死の数だけ、つまり一生の数だけありその身に刻み込まれた教訓達は今日も彼女を、彼を生かす。

そしてヒトを導く者として、ヒトを支える神としてあり続けることをやめることはなかった。

 

まぁそんな転生者(ステラ)でも匙を投げるというか、見捨てる者もいた。

彼女は徹底的な実力主義者だったので、努力せず弱者に甘んじる者はあまり好きではなかったし、

曲がりなりにも復讐者(アヴェンジャー)なので、人が足掻く姿を馬鹿にするものや、己の想いを踏みにじるタイプの善人は唾棄すべきものだと考えていた。

 

ーーつまり、地雷である。

 

これが救世主のような者ならどんな糞野郎でももてあた精神で導こうとするのであるけれど、

ギルガメッシュの伴侶、最愛の同胞。

新宿のアーチャー、モリアーティのモデル。

酒呑童子をもって敵に回したくないと言わしめたのがステラなので。

 

一見甘いが戦場育ちらしく、それはもうシビアに人を観察し、評価を下し、斬り捨てるのである。

ちなみに、カルデアのマスターはステラのこの行為を、仏が蜘蛛の糸を断ち切ってると評価しており、強化オクタヴィネル。天国と地獄、麗しすぎる食虫植物と呼んでいた。

 

さて、ここで今世の話に戻る。

 

星奈にとって冥冥は今世、初めての友である。

自分の術式の弱点を理解してそれを補う姿には尊敬の念を抱いていたし、自分の立場を理解しているうえで星奈と対等であろうとするところは10点どころか1億点の札をあげたいくらい好きだった。

 

彼女にも言った通り、この縁は自分のほぼ全財産を投げ出してもあまりあるほどだと思っていた。

 

つまり、両面宿儺に伏黒恵。五条星奈に冥冥である。

 

ちなみに、師である九十九由基も同じように慕っていたし、歌姫や、七海、灰原にも親愛の情くらいは抱いていた。つまり、先輩として御守りとして特級呪霊を封ずるくらいの物をプレゼントするくらいには可愛がっていた。

 

 

それではさしす組はどうなのか。

 

家入硝子に対しては彼女は上記の後輩と同じように可愛がっていた。後方地帯で守られるだけでは嫌だとナイフ術を指南してくれるよう頼んでくる姿に、フロー(ナイチンゲール)の面影を重ねたからである。

 

次に、夏油傑。

強い先輩としては慕ってくれているが、あまりに性格がクズで、初対面の印象がよろしくないので近づきたいとは思わない。

そもそも彼のことを星奈は信用していなかった。強力な術式と恵まれた体格を持つ彼は才能に胡座をかくまではいかないが弱者を見下す傾向にある。それなのに彼が掲げるのは弱者生存。呪術師としてイカレきっていない証拠だ。

 

思春期としてまだ未成熟な精神に対してのこの環境(非日常)はいつか彼に挫折を与えるだろう。生まれていた時からある程度のことはできたであろう彼に、大きすぎる挫折が。

その時に下すであろう判断に、星奈は彼のことを信用出来ない。

 

彼女の最愛なら愉悦を発揮してさらにドン底に突き落とすだろう。彼は人が這い上がる姿を見るのが好きだから。

まぁ星奈は優しい人でなしなので。

最低限は与えなければ。

今日も彼の懐には味覚封じの飴が入っている。

 

 

最後に五条悟。

正直に言うと、彼に対して星奈はなんとも思っていなかった。まぁ星奈は最初から彼のことを自分を五条家から解放するための道具としてしか見ていなかったので当たり前のことだ。

 

彼はそれに気づいていないのか、星奈に慕情を抱いているが、彼女の中でそれは本来家族に対する情が、独占欲に変化したものだと処理されている。哀れかな、星奈にとって自分の道具を磨くことは当然であり、他人に向けて正当な評価を下すこと

自分を見てくれること

は息をすることと同じだ。

つまり、彼のことを特別可愛がったことなど一度もない。

 

もちろん、星奈も人でなしであれど基本的に人に優しいタイプなので、彼に対して情が湧くであろう機会は何度でもあった、はずだった。事実、今まで利用しようとした者の中には絆されたものもいたので。

 

それなのに五条に情がわかなかったのは、彼の性根があまりにも変わらなかったからだ。

人の積み上げた努力を雑魚の足掻きとせせら笑い、術式を見ては馬鹿にする。

強者が弱者を見下すことは別になんとも思わない。ただその弱者の積み上げた懸命な努力を嘲笑うことが彼女にとって地雷なのだ。

 

彼の人を見下す目に宿るものが、[御三家]の思想そのものだと気づかない愚かさ、滑稽さにほとほと呆れていた。

 

ゆえに、星奈は五条悟に情をもたなかった。

 

それでも師としての役割は果たそう。

知識は十分に与えた。機会も十分にやった。

 

見極めるために

使える道具なのかどうか

 

裁定を果たす時が来た。

 

「もしもし、碧?頼みがあるんだが」

 

 

 

 

 

 

 

「星漿体の少女の所在が漏れてしまった。今少女の命を狙っている輩は大きくわけて二つ!!天元様の暴走による現呪術界の転覆を目論む呪詛師集団「Q」!!天元様を信仰・崇拝する宗教団体、盤星教「時の器の会」!!天元様と星漿体の同化は二日後の満月!!それまで少女を護衛し、天元様の下まで送り届けるのだ!!失敗すればその影響は一般社会まで及ぶ、心してかかれ!!」

 

五条先輩と夏油先輩が星漿体の少女の護衛をすることになって、僕達もまたそのサポートとして沖縄に来ることになった。何故沖縄に来ることになったのか。それは星漿体の少女の世話役をしていた女性が交渉の人質として反勢力の一つに攫われてしまったからだ。

引渡しの場所として指定されたのが沖縄で、僕たち一年生は彼等が移動手段を奪うために沖縄の空港を占拠する可能性を考え、それを阻止するためにやって来たという訳である。

 

「どう考えても、一年に務まる任務じゃない」

 

「僕は燃えてるよ!夏油さんにいいとこ見せたいからね!」

 

「本当に夏油先輩が好きですね、灰原は」

 

那覇空港で僕たちは空港に怪しい動きをする呪詛師がいないかを見張っていた。

沖縄は東京と違って呪詛師の数が圧倒的に少ないので、現れればすぐに分かるだろう。

一年の任務にしては苦が重すぎると七海は苦い顔で呟いた。本当は今日2人で遊びに行く予定だったのが潰されたのだ。

彼を励ますように僕は声をかけた。

 

「勿論だよ!夏油さんは本当にすごくって!僕の憧れなんだ!それにいたいけな少女のために先輩たちが身を粉にして頑張ってるんだ!僕たちが頑張らないわけにはいかないよ!」

 

「台風が来て空港が閉鎖されたら頑張り損でしょう。」

 

「そういえば、今回はやけに五条さん張り切ってたね!やっぱり[試験]だからかな!」

 

「そうですね。よっぽどのことがない限りなんとかなると思いますけど…今回のは難易度が高そうですね。最終試験らしいし」

 

試験とは星奈先輩が師として五条さんに定期的に課すものである。決まって6月、9月と3ヶ月感覚で行われるそれは 一度も今まで学校に通ったことの無い五条さんに気遣い、少しでも気分を味わえるようにと、実家の五条家にバレないように行われていた呪術版定期試験のことだ。

 

何故高専に入学してからも行われているかというと、五条さんが星奈先輩が離れることを嫌がったからだ。

本当は五条先輩が入学したら終わる予定だったのが、彼が実家を半壊させたことにより延長になったらしい。

 

それも星奈先輩が4年生になって多忙になったことから終わりになるとか。

 

「寂しいんだろうな、五条さん。星奈先輩、なかなか会えないもんね」

 

「寂しいというか恋しいというか、まぁそうでしょうね。だからといって試験に後輩を巻き込んでいいとは限りませんが」

 

「まぁまぁ。星奈先輩、いっつも死なないようにっていろんなこと教えてくれるじゃん!結界の張り方とか呪術界の常識とか!僕なんて転がし祭りがなかったら何回肋おってたか!」

 

「お守りもくれますしね。」

 

星奈先輩はすごい人だ。男尊女卑が根付いているらしいこの世界で、上層部からの信頼は厚いし、仲間からも信用して、信頼されている。会ったら、七海と一緒に可愛がってくれるし。

冥冥先輩が唯一損得勘定なしで動くのもこの人だけだ。夏油さんと五条さんの最強コンビもすごいけど、この二人の間には言葉にできない絆がある。そんな気がする。

 

カタカタと星奈先輩から貸し出してもらってるパソコンの音が響いた。僕らは入学した際、五条家のいざこざに巻き込まれないように、と最低限の力を彼女から叩き込まれている。裏のサイトに潜ったり、ハッキングの技術もそのうちの一つだ。背後から刺されないように。という気遣いらしい。

 

「しかしまぁ、五条さんも無茶言うよね!闇サイトの情報をリアルタイムで見てろだなんて。あ!加茂の若様の賞金下がってる。クローン人間屋だって!SFみたいだなぁー!!」

 

「あんまり御三家に首突っ込まないほうがいいですよ。まぁ五条家のいざこざってこういうことじゃないと思うんですけどね」

 

ピピピピ

 

「七海!星奈先輩が明日から一週間の任務ひきうけてくれるって!試験に巻き込んでごめんね。旅費はこちらが持つから楽しんで、だって!」

 

「アフターケアばっちりかよ」

 

「銀英伝やってるかな?七海!」

 

「沖縄まで来て映画ですか?」

 

 

 

五条悟にとって今回の任務は重大なものだった。

それは天元の未来がとか、天内という1人の少女の命がかかっているからだとかじゃない。

最終試験だから、である。

 

高専に入って初めて、五条は友を得た。後輩を、先輩を得た。無二の親友を得た。大切な人々との関わりを得て、親愛や友愛、敬愛を知った。

そして、今までかみさまであり姉であり家族である。そんな人への感情が情愛だと理解したのである。

 

これが分かったとき、五条は大いに戸惑った。

幼い頃から婚約だの結婚だの子種だのと恋愛沙汰に絡まれてきた。身近にいた侍女が求愛をしながら、夜、彼の上にまたがっていたことがあった。同い年の少女達が五条にふさわしいのは私だと罵りあいを始めたこともある。

彼にとって愛とは呪いであり、恋とはどろどろとしているものだ。彼女に向けるにはあまりある感情だった。

 

星奈は彼にとっての神様だった。救世主だった。師だった。様々なことを教えてくれた人であった。彼を人間として導いてきた人であった。

だから、彼女に汚らしい感情を向けた自分に驚いた。そして次に彼女に普通に接することが出来なくなった。

彼女はそれを気にしていないようだったが。

 

そのことに勝手に傷ついて、彼女にきつく当たったのは五条だった。自分がこんなにも彼女のことを意識しているのに、星奈は自分のことを歯牙にもかけなかった。

それが悔しくて、彼女に可愛がられている後輩に八つ当たりして、それを咎められて、さらに荒れた。

 

結果、彼女はさらに遠ざかった。4年生になってからは灰原や七海と合同任務で一緒になった時に指導しているくせして、五条には連絡ひとつ寄越しやしなかった。

 

そんな中、届いたのが最終試験の通達のメール。

合格条件は任務の成功だった。

 

チャンスだ、と思った。

これに合格すれば、きっとまた彼女は五条に今までどおり接してくれるようになるのではないか、そう思った。

 

闇サイトを後輩に監視させ、裏の動きを読む。

1つの情報が目に止まった。

 

天逆鉾について。

 

術式を無効化する能力を持つらしいそれは現在、所在不明らしい。

これだ。これが今回の黒幕だ。悟は確信した。

 

だから、

 

「悟、昨日から術式解いてないな。本当に高専に戻らなくて大丈夫か?」

 

「問題ねえよ。常に80パーのパフォーマンスが出来るよう、扱かれてるからな」

 

「全く、星奈先輩さまさまだね。悟、謝る準備しときなよ」

 

「分かってるっつーの。傑、ギリギリまで天内に呪霊くっつけとけよ。特級呪具防げるくらい硬いやつ」

 

「了解」

 

万全を期した。人脈を、頭脳を、能力を使った。

大丈夫のはずだった。

 

 

 

 

ダンダンダンダン!!!ドドドドドド!!!

 

 

銃声が響く。

 

マシンガンの音に咄嗟に天内に呪霊を巻き付けて庇った夏油が負傷した。幸いにして、御守りが使われるほどじゃない。しかし、黒井は庇いきれず重症を負わされている。

 

「悟!」

 

叫んだ口から血が出て噎せる。

無下限は貼っていたはず、何故だ?まさか

 

「傑!呪霊を出すな!」

 

遅かった。夏油から操られて出てきたはずの一級呪霊が制御を失い、夏油自身に襲いかかる。

 

五条は悟った。天内を咄嗟に抱え、一級呪霊を殴り飛ばし、夏油に渡す。

 

「刺客と呪霊は任せろ。天内を連れていけ」

 

「…分かった」

 

 

刺客が姿を現した。糸目で、狩布のような服を着ている。

人目で血筋がわかるようなその顔。御三家の定例会で見た顔だった。そして、最近は見かけなかった顔。

 

「オイオイオイ。なんでお前がここにいんだよ。加茂…なんだっけ?」

 

「…」

 

道理で高専に侵入できたはずだ。御三家の中でも中枢に近い彼なら登録されているのも納得できる。

 

同時に互いに襲いかかる。

術式を使おうとしてーー不発。

やっぱりダメか。

殴りかかってきたのをいなして放り投げる。

相手の術式は見えなかった。六眼も機能していない。

 

「ちっ…やっぱ天逆鉾か。銃弾に塗ってやがったな。特級粉にするとかやべーんじゃねぇの?」

 

術式が封じられたなら呪力操作と体術で勝負するしかない。無言で佇む。そいつを睨みつける。

 

「まぁ、お前。相伝ついでねえし、なんとかなるだろ」

 

そう言って、蹴りかかった。

 

 

 

 

「階段を降りたらもんをくぐって、あの大樹の根元に行くんだ。そこは高専を囲う結界とは別の特別な結界の内側。招かれた者しか入ることは出来ない。同化まで天元さまが守ってくれる」

 

「それか引き返して、黒井さんと一緒に帰ろう」

 

「大丈夫。私達、最強だから」

 

「私っ!もっとみんなと!一緒にいたい!!」

 

「帰ろう。理子ちゃん」

 

「…うん!」

 

ドスッ

 

肉の切れる音。崩れ落ちる体。

 

「…理子ちゃん?」

 

 

視線の先にはフードを被った襲撃者の姿。

 

「なぜ、お前がここにいる」

 

「言わなくてもわかるだろう?」

 

「そうか、死ね」

 

術式は使えない。相手は手練だ。

 

それでも、負けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の死を利用しろ。その代わり、」

 

 

 

「呪術界をぶっ壊してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお。久しぶり」

 

「これは驚いた」

 

「だろ?元気ピンピンだよ」

 

「反転術式!!だが体内の天逆鉾の銃弾はどうした?」

 

「正っ解っ!お前に喉ぶち抜かれた時反撃は諦めて反転術式に神経を注いだ。俺たちは御守りの効果で1度だけ致命傷を免れることが出来る。その間に全力を注いだってワケ。俺も今までできた事ねーよ。だが死に際で掴んだ呪力の核心!!」

 

「反転術式を習得したら、ナイフで身体の中の弾を抉りだすだけ!やっててよかった!くもん式銃創のトリセツ!!全く、星奈さまさまだよなぁ!!!」

 

「つまり、お前の敗因はその出来損ないの糸血操術で俺の首をチョンパしなかったこと」

 

「敗因?勝負はまだまだこれからだと思うが」

 

「あー?そうか?そうだなそーかもなあ!」

 

男が糸で全身を硬化させて襲いかかるも五条は身を捻ってかわした。

 

術式反転 赫

 

強化された体はいとも簡単に弾き飛ばされる。が、ダメージはあまりない。イケるな、と思った。

 

 

 

「いや、これでいい。役目を果たす」

 

「天上天下唯我独尊」

 

相伝の術式のメリットは取説があること。

もちろん五条の無下限術式にもトリセツがあったし、それを参考にして星奈に師事していた。

 

デメリットは術式の情報が漏れやすいこと。

相手は加茂の嫡男だ。こうして対峙するのだから、こちらの相伝もよく知っているだろう。

だが、これは五条家の中でもごく一部の人間しか知らない。

 

 

虚式 茈

 

 

男の体が吹き飛ばされる。

明らかに致命傷だった。

 

「あー!思い出した!!加茂俊明だよ!お前の名前!!

そーかそーか!!さて、おぼっちゃまは最後に言い残すことはあるか?」

 

「そうだな。天内理子は死んでない」

 

「は?」

 

「あとは、頼むぞ。じゃじゃ馬娘」

 

「オイ!どういうことだよ!!」

 

 

 

 

 

沈黙。

 

 

 

 

 

時は遡り、薨星宮 本殿ーー天元様のお膝元にて。

 

殴りかかろうとした夏油をどこからともなく伸びてきた鎖がとめた。

 

「落ち着きなよ、ゲトー。僕の目的は星漿体の同化だ」

 

「何を言っている?理子ちゃんはお前が殺しただろ」

 

「仮死状態にしただけだよ。」

 

「何?なぜそんなことをする必要がある?」

 

「これだよ」

 

男は背負っていた荷物を取り出した。ゴトン、と音をたてて中から出てきたのは、天内理子にそっくりな人間だった。

 

「天内理子のクローンだ。裏サイトで出回ってるクローン屋知らない?大抵は眉唾だろうと思うんだけど、実際には実在している。天内理子と同じDNA。同じ人間だから同化の素質を持ってる」

 

「何故、理子ちゃんの同化を君が防ぐ必要があるんだ」

 

「さあね。こっちにも事情があるんだ。あとは頼むよ。ゲトー」

 

「待てっ」

 

そう言って鎖で夏油を縛り付けたまま姿を消す。彼が視界から消えると共に自由になった。

 

「くそっ!何者なんだ!!」

 

 

 

 

 記録:2008年8月 

 ■■県■■市●●町⚪-△-○○

 任務概要:星漿体である天内理子の護衛と抹消。

  

担当者: 夏油傑、五条悟

 

護衛1日目

 

8:30 対象、側近の黒井と合流

13:30 黒井拉致

21:00 拉致犯、取引場所を沖縄に指定

 

護衛2日目

 

9:00 担当者及び対象沖縄に到着

11:00 黒井救出。拉致犯捕縛

12:00 尋問終了

 

護衛3日目

 

5:00 沖縄発

10:00 東京着。高専へ避難

11:00 天内賞金取り下げ

11:30 加茂俊明による襲撃、尚五条により襲撃者は死亡。

 

日没後

天内同化

 

任務は成功。

尚、此度の呪詛師の動きに、高専に◽︎◽︎◽︎がいたと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加茂俊明は生まれながらにしての敗北者だった。

 

御三家の嫡男として生まれ、相伝を持たなかったために産みの母からすら失敗作、と疎まれていた。加えて彼には天与呪縛があった。それは、

 

膨大な量の呪力量の代わりに、満20歳で死ぬ。

 

というもの。

彼は幼い頃から自分の死期を悟っていた。

病でもなんでもなく、自分の天命は二十。

この事実は彼から周りの期待を奪うのに十分であったし、彼は物心ついた時から生きる希望を失っていた。

そんな彼からますます人は遠ざかってった。

 

泥濘を這うような自分の人生に嫌気がさして、自ら毒を煽ったこともある。首を吊ったことも、呪霊の前に手ぶらで出たこともあった。

されど死ねなかった。

 

お飾りの跡継ぎ。

死にたがりの気狂い

ろくな術式を持たぬ白痴

 

そんなふうに周りから罵られそれを受け入れていたある日、彼はあるひとに出会った。

 

当時、女の身でありながらその優れた才覚で持って五条家次期当主候補筆頭となっていた五条星奈である。

 

彼女と出会ったのは御三家の定例会であった。曲がりなりにも次期当主であった俊明は渋面を作った父に連れられ五条家を訪れた。次期当主といえど未だ幼い子供だった彼と五条星奈は面目上次期当主たちの対面と銘打って、大広間を追い出されていた。

 

「お庭を散策しに行きませんか?」

 

そんなふうに気を利かせて話し掛けてくれた彼女に、彼はぽつぽつと返事をするだけだった。

黒い瞳の中は伽藍堂で、深淵を覗き見たような表情を浮かべていた。

五条星奈は彼にとって父よりも、母よりも身近な存在だった。相伝を持たぬ落ちこぼれ。勝手に親近感を抱いていた存在だった。そんな存在を目の前にして、抱いた感情は失望だった。

 

だって、彼女は綺麗だった。どこまでも強者としての立ち振る舞いが身についていた。

 

対等の立場だが、彼女は女。

対等の立場だが、彼女は期待されている。

対等の立場で、2人とも相伝の術式をもっていない。

対等の立場で、2人とも相伝持ちが産まれたら環境が一変する

 

彼は家の道具に。彼女は五条の胎として。

 

「なんで、あんたはそんなに平気でいられるんだ」

 

ぽつりと飛び出た言葉だった。それは彼の心の叫びでもあった。

 

同じ立場なのにどうしておまえはそんなに美しく笑える?

同じ立場なのにどうしておまえは僕に優しくする?

 

どうして、なんで、

 

彼は彼女を同志だと思っていたのだ。だって、同じだから。それなのに、彼女は、紛れもない強者だった。

裏切られた気分だった。幼い嫉妬心だった。幼稚な八つ当たりだった。

 

彼女は彼の悲鳴を聞いてそれはそれは美しく笑った。

 

「私は努力しているもの。だから周りの評価なんて気にする必要ない。私の価値は私が決めるわ。笑顔は私の武器で、努力は私を磨く鏡なの。それは理由にならなくて?」

 

「誇りを持って生きねばならない。泥を啜り地を舐めるような屈辱を浴びても自尊心を捨てて生きることは許さない」

 

「これは私の教訓の一つよ」

 

雷に打たれたようだった。誇りも自尊心も全てを失って、散り散りに裂かれて生きてきた。彼女の言葉を強者の戯言と聞き流すことも出来た。だけどできなかった。

この機会を逃すと自分は生きたままの屍だ。そんな気がしたからだ。それは嫌だった。

 

「僕は20歳になったら死ぬ。それでも前を向けと?毎日をタイムリミットに絶望しながら?」

 

「自暴自棄に生きたければ好きにするといいわ。でもそれは、あまりにも勿体ない。短い人生ならば彗星のように周りを燃やして散ればいい」

 

「勝手だな」

 

「知らなかった?女はどこまでも自分本位に生きれる生き物なのよ?」

 

「なるほど、強かだ」

 

おかしくなって、彼は笑った。霧が晴れたような気分だった。雨上がりに浮かぶ虹を見たような気がした。

その日から、彼らは幼なじみとして、対等なひととして、交流することになった。

 

彼は変わった。

 

術式を磨くのはもちろんのこと、座学や体術に力を入れ始めた。上の者には敬意を、下の身分の者には誠意をみせ、されど常に舐められることの無いような立ち振る舞いを心がけた。己が変わることで、周りのものの見る目は明らかに変わった。加茂家が、比較的実力主義な家であったことも幸運であった。そうして、評価はうなぎ登りになっていった。

 

近頃は見違えた。

相伝でないことが惜しまれるほどだ。

相伝でなくても次期当主にふさわしい。

 

相変わらず相伝を持っていないことに茶々を入れてくるものもいたが、それは実力で黙らせた。

加茂の秀才。五条の宝石に続き、能ある鷹が台頭してきた。

そんな風に呼ばれるようになった頃だ、五条家に数百年に一度の神童が現れたと騒ぎになったのは。そして、五条家の次期当主が入れ替わった。

 

「全く、自ら当主候補をおりるなんて、飛んだ食わせ者がいたものだな」

 

「やっぱり気づかれていたか?私もまだまだだな」

 

「よく言うわ。あんたと近しいものはみんな気づいてるだろう。あんたがのうのうと立場を追われるタマか」

 

「その評価は光栄だな。実は…やりたいことが出来たんだ」

 

「なるほど、男だな?」

 

「ゴホッゴホッ。なんでそんな」

 

「見れば分かる。あんた、中性的だったのに一気に女性らしくなった。それに、ある人を探しているって言ってただろう。丸わかりだ。それで?じゃじゃ馬娘は何を考えてる?」

 

 

「呪術界の体制を変える」

 

「なぜ今なんだ?あんたは僕と違って時間がある。時期尚早なのでは?」

 

「五条悟が問題なんだよ。アレが生まれたことでパワーバランスが崩れた。これから半世紀、いや、30年のうちに確実に何かが起こる。呪術界だけでなく、日本を巻き込むような」

 

「なるほどな。平将門の封印が解けるとか、蘆屋道満の生まれ変わりが現れるとか、両面宿儺の受肉とかか」

 

「そういうことだ。だから先に手を打たねばならん」

 

「そのための五条悟だろう?」

 

「あれは人間がなってないからな。夢魔よりタチが悪い。才能に人格が与えられたようなものだ。齢7つで軌道修正不可能!紛うことなきクズ!

あれは理性のない獣だ。恐らく自らの詰めの甘さで決定的なミスを犯すだろう」

 

「精神的に危ういし、敵を作りやすいのか。それで?どうやって呪術界を変えるんだ」

 

「手伝ってくれるのか?」

 

大きな瞳がこぼれそうなくらい見開かれた。思わぬ申し出であったらしい。らしくない表情をみてしてやったりと笑う。

 

「当たり前だろう。君は僕の恩人で、大事な幼なじみだ。それに僕の夢にも通じるからな」

 

 

 

 

 

 

 

「頼みがある」

 

「なんだいきなり、余命はあと2年だろ?可能な範囲で叶えてやるよ」

 

「あんた結構いきなりぶっ込んでくるよな。地雷踏んでんの気づいてないのかよ」

 

「地雷とも思ってないくせに。それで?」

 

「五条悟の最終試験、やるんだろ?それの結果でアレの評価を決めるって訳だよな」

 

「あぁ。…まさか」

 

「僕に試験監督、やらせろ」

 

「死ぬぞ」

 

「もとよりそのつもりだ」

 

俊明は考えていた。彼女が夢を打ち明けてくれたその日から。

 

死に際を飾り付けるよりも、最後まで足掻きたい。

 

最後に、この腐った世界に刃を向けたい。

 

俊明には弟が2人いる。1人は有り余る呪力を持っていて相伝を期待されている腹違いの弟。

もう1人は呪力は少ないものの年に似合わぬ聡明さを持っている同腹の弟。

血の繋がりの濃さの差はあれど、大切な弟たちに違いなかった。

 

加茂家は他の御三家に比べて少し生きやすいだけで、基本的に腐っている。他の御三家も、上層部も、古い慣習と凝り固まった先入観に生きている。

 

だから、そんな弟たちが息をしやすいように、真っ直ぐに生きられるようにしたかった。弟のためじゃない。兄としての勝手な思いだ。どちらかが相伝を継いでいれば余計なお世話にもなるかもしれぬ、そんなに自分本位な思いだ。

 

だから、

 

 

「僕の死を利用しろ。その代わり、」

 

 

 

「呪術界をぶっ壊してくれ」

 

 

恩人すら利用するし、縛る。

僕を使って欲しい

 

この命は僕の望みのために使い切る。

 

彼女は僕の救世主だった。僕を導いてくれた人だった。

君の夢の果てを僕は見ることが出来ない。

だから、勝手に託す。どこまでも自分本位に。

 

僕の夢を。

 

「あとは、頼むぞ。じゃじゃ馬娘」

 

 

 

 

 

託す。

 

 

 

 

 

 

その姿を五条星奈はカラスの目を借りて見ていた。

 

 

「愚か者が」

 

 

声は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

星漿体の任務の達成。

 

これを機に大きく呪術界は変化する。

 

五条家は五条悟こそが呪術師最強だと喜びの声を上げ、一部の過激派が暴走を始める。

 

禪院家は五条家の対等に焦りをうかべるも、静観の様子を見せた。

 

加茂家は、亡き次期当主の異母弟である加茂憲紀が相伝の術式を発現し、五条家に対抗する力を持つようになった。

加えて、加茂家の賢鷹と名高い加茂俊明が五条悟に殺されたことにより、五条家と対立が深まっていた。

 

御三家のパワーバランスの崩れと対立が大きくなってきた中、

御三家以外の家ではまことしやかにある噂が流れ始めた。

 

五条悟は星漿体の任務を放棄しようとし、それを止めようとした加茂俊明に瀕死の重症を負わせられた、と。

 

事実でも真実とは程遠いそれは呪術界全体に広がり、五条家と、他の家の溝が深まるようになった。

そして同時に、夏油傑が五条悟に並ぶ特級術師として活躍し始め、王我甚爾という呪力を持たぬ呪術師が、両面宿儺5本分に相当する特級呪霊、「犬神」を倒したことにより、ある考えが密やかに流れるようになった。

 

御三家の相伝も恐るるに足らず、と。

 

数百年ぶりの呪術界の変化はゆっくりと、確実に現われようとしていた。

 

 

 

4

 

「星漿体の護衛と抹消?」

 

「そう。五条君と夏油君がそれに着いたよ」

 

「不老の術式の中継ぎか。アレらにはまだ早いだろう。天元の指名だといっても上層部の差し金だろうな。」

 

「さすが。そこまで分かるのか。何故指名が天元の意思でないとわかるんだ?」

 

「天元の記録は平安にも遡ることが出来る。神や両面宿儺のごとき呪霊ならともかく只人が千年の時を正気でいられるとは思えんな」

 

「なるほどーーつまり、今回の件には上の思惑が?」

 

「そうだ。恐らくは嫌がらせもかねて、だな」

 

「それにキミも便乗するんだろう?可哀想に、あんなに懐いているというのに」

 

「まぁ、アレには家を支えてもらわんといけないからな。飴も与えるさ。立つ鳥跡を濁さずと言うだろう?」

 

「君は鳥と言うよりは星だから、彗星でいいんじゃないかな」

 

「まぁどちらでも。じゃあ戻るまで、例の件、頼むぞ。冥冥」

 

「ご主人様の仰せのままに」

 

通話を切り、冥冥は笑う。

 

「同情してしまうよ。本当に」

 

 

 

 

 

五条星奈は、この時を待っていた。

 

星漿体の護衛任務。すなわち天元の同化に様々な思惑が蠱毒のように絡む。

 

今回、横槍を入れてくるであろう勢力は主に2つ。

 

盤星教。

天元を祭り上げる当宗教は二分し、

1つは公の星漿体である天内理子を穏便に同化させる勢力。

1つは天内理子を不純物とみなし星漿体という存在そのものを忌避する勢力に別れている。

 

前者は熱心な宗教信者が多いが、後者は狂信者と呪詛師崩れが大半を占める。同化を阻害することは結界がゆらぐということ、日本の治安に多大な影響を与えるだろう。呪詛師たちはそれを狙い呪術界の均衡を揺らがせようとしている。

 

次に、上層部。

加茂家は俊明が押えているが、それでも幅を利かせる五条家に反感を持つものが多い。禪院家は表向き静観の構えを見せている。あそこの家は相伝に引っかかった嫡男や、そうでなくても有能な特別一級術師が多い。だから、表向きは何もしないが、裏では不仲ゆえに五条家の足を引っ張ることに積極的だ。

 

五条家。把握している中では未だに自分を当主にしようとしている輩も多い。

それは、五条悟が強すぎるゆえにワンマンプレイになることを恐れ、彼を矛に、自分を代表として堅実な家の運営をしようとするどこまでもお家第一な者たち。そして、この期に及んで傀儡政権を打ち立てようとしているおバカなミカンが本当に少数。こういう愚者は1匹居たら100匹出るのでまとめて駆除している。

 

つまり、上層部は今回の五条悟に自ら割り当てた任務を妨害しようとしている。

任命には大きな任務を成功させることで益々の繁栄を願う五条家の思惑があるが、妨害には反抗的な彼と彼の友である夏油に釘を刺す意味や、任務達成率100%という記録に傷をつけようとする意図がある。少々過激な嫌がらせ、ということだ。

 

この動きから天元に同化できる人間にはスペアがあるということが分かる。嫌がらせといえど万が一、ということをあの慎重で臆病な老人たちが考えないはずがない。さしずめ任務に失敗したところで別の者が同化。五条悟と夏油傑は失敗を弾劾されると言ったところか。

 

五条悟に、今回の任務に失敗してもらうと少し、困る。絶対的な力を持っているよう相伝信者に演出して見せていたのが崩れて、再び跡取りに担ぎあげたら溜まったものじゃあない。

比較的実力主義な加茂家だったら任務の失敗が分かった途端道具として使い潰されることが確定するだろう。五条家ではそうはいかないかもしれないが。

 

つまり、自分の目的は今回の任務を通して、彼に次期当主としての立場を確立してもらうことだ。やる気を出してもらうために最終試験、つまり餌をぶら下げて。

 

頭が腐ったミカンは相伝の術式が大好きである。ゆえに相伝をもち、使いこなすなら人格破綻者でも確実に優遇される。

 

しかし、当主としての地位なら違う。彼らは基本的に変化を厭う。それは国民性でもあるが停滞している世界で生きてきているからかもしれない。であるから未だに思想もはっきりせぬ強大な力を持った得体の知れぬ若造を上層部として立場をやる訳にはいかないのだ。

 

五条悟は腹芸が苦手で形だけでも取り繕うことに劣っている。つまり、上層部に向かない。

これは星奈が師として一番最初に下した判断だ。

星奈は五条悟を見て、五条家を呪術界のトップに押し上げることを諦めた。だって、明らかに向いてない。弱者に対して理解を示さず、態度は反抗的で、全てに無関心。心がないというか興味を示さない。排他的であった。上に立つものとして壊滅的だった。

 

身内としてカウントされているらしい星奈から見れば彼はとても子供だった。懐に入れたものには甘ったれで全てを受け入れてくれると思っている。相手が自分に自分と同じ感情を向けていることを疑わない。

元に、恋を自覚した時に彼は明らかに星奈を意識したが自分が全く興味を示さなかったことに癇癪を起こし、周りに八つ当たりした。庇った後輩がさらに絡まれているのを見て接触を控えたぐらいだ。

人の感情を理解していない。しようとしていないようにも見えた。

 

だから、星奈は五条をとことん鍛えた。嫌われることも加味して、強さという驕りをバチバチに砕いて塵にした。生きやすい生き方も人としての接し方も矯正不可能。せめてもと、強さを与えることにしたのだ。

常に最強としてパフォーマンスができるように。

どんなに人格が破綻していてサイコパスでも力に心酔する輩はいる。暴力は時に最高の魅力を放つことを自分は知っている。彼が最強としてあることで皆が意識せざるを得ないよう、彼の才能を磨いた。

 

五条悟が、孤独にならないようにした。

力を引き換えによってくるような輩でもいないよりマシだ「期待されない」と思ったからだ。

 

話がズレてしまったが、つまり星奈は五条悟を真の意味で最強にしようとしている。

五条家からの干渉を彼に集中させたいという下心もあったが、五条悟を圧倒的強者とすることで嫌でも地位を与えない訳にはいかぬように仕向けたかったのだ。

 

反転術式の会得。

これで五条悟は最強となりうる。

 

今回盤星教の過激派は妨害に全力を尽くすだろう。宗教には金がかかるが金も集まる。大金をかけて呪詛師に依頼するだろう。そして、それを上層部は後押しする。

天逆鉾がいい例だ。禪院の蔵に仕舞われていたそれが紛失していると報告を受けた。

 

五条悟は天逆鉾をもつ刺客にやられる。

そして、反転術式を使いこなせるようになった五条悟に刺客が殺される。

そんな確信があった。これは予想でも推測でもなく事実である、と。

しかし、そうなると困るのは星漿体だ。夏油傑が弱い訳では無いがアレは身内が殺られることに慣れていない。五条がやられたことによる焦りが油断とミスを生み、星漿体は殺されるだろう。

任務の失敗は本末転倒だ。

そうなると盤星教が依頼する刺客の中に手駒を忍ばせるか。いや、リスクが高すぎる。文字通り死を覚悟してもらわねばならない。自分は捨て駒を持たない主義だ。

 

打開策を巡らせていた時だった。幼なじみの加茂俊明にある計画を持ちかけられたのは。

 

 

 

「僕に試験監督、やらせろ」

 

星奈の計画では天逆鉾で五条悟を追い詰める役割を果たすものは死ぬ。最初は呪詛師に任せるつもりだったそれを代われ、と彼は言うのだ。

 

「君の死は、ただの呪詛師の死とは比べものにならない。それをわかっているのか」

 

「だからこそだ。僕はタダで死ぬつもりは無い」

 

「まだ時期尚早「おいおい。老害みたいなことを言ってくれるな。分からないのか。僕を使え、と言っているんだ」

 

そう言った俊明の目を見て、説得できない、と思った。

覚悟を決めた者の眼だ。道を切り開く者の目だ。何回もその目を見てきた。戦場に行くもの達を送り出すとき、いつもその目をして皆行くのだ。

ケルトで、ブリタニアで、クリミアで、南京で、ありとあらゆる戦場で、その目を見た。

 

だから、分かる。

 

 

 

 

 

「僕の死を利用しろ。その代わり、」

 

 

 

「呪術界をぶっ壊してくれ」

 

 

 

 

 

彼の意志を曲げることはできない。

 

 

 

だから、

 

「分かった。けれど諦めるなよ。諦めるのと死を覚悟するのは違う」

 

 

「当然だろ」

 

 

 

 

加茂家の次期当主が、五条家の次期当主候補に謀殺される。

 

この事実は、呪術界の均衡を根底からゆるがす。

御三家のパワーバランスが崩れることと同義だからだ。

現在五条悟と自分がいることで五条家が他の二家より優位にたっているがそれは一気に逆転するだろう。

そもそも、禪院と五条の交流試合で死者がでた事実を数世紀単位で引き摺るねちっこさを持っているのだ。今回起こる事件も五条家の足を引っ張るための餌にするために食いつくに違いない。

加えて俊明は他の家や、一般出身の者、革命派、全ての派閥から覚えが良い。三枚舌外交というか、八方どころか十六方美人をしているのだ。悪い噂もあまり聞かないし、前世はイギリス人に違いない。

 

間違いなく、彼の死は呪術界の改革の一端を担うことだろう。

 

俊明は思ったよりも今回の作戦にアクティブだった。

わざわざ自らに賞金首をかけ、それに釣られてやってきた呪詛師を間引き星漿体に向かう刺客のレベルを上げ、天逆鉾をどこからか盗んできて銃弾に加工した。

間違っても己が呪詛師認定されぬよう、ある細工をした。

盤星教の穏健派からの依頼で

「星漿体を名乗る天内理子という名の呪詛師の討伐」

を承けた体にしたのだ。

言い訳はまさか星漿体という名ある職を大っぴらにしているとは思わない。呪詛師と過激派が同化を失敗させるために担ぎあげたに違いない。

というものだ。

なんとまぁ図々しいことだと聞いた時には笑ってしまった、が一理あると思った。普通は星漿体の名前が公表されるなんてことは有り得ない。

 

そうしてありとあらゆる万全を期して、

 

彼は熟慮の精神を持って己の役割を全うした。

 

 

 

 

 記録:2008年8月 

 ■■県■■市●●町⚪-△-○○

 任務概要:星漿体である天内理子の護衛と抹消。

  

担当者: 夏油傑、五条悟

 

護衛1日目

 

8:30 対象、側近の黒井と合流

13:30 黒井拉致

21:00 拉致犯、取引場所を沖縄に指定

 

護衛2日目

 

9:00 担当者及び対象沖縄に到着

11:00 黒井救出。拉致犯捕縛

12:00 尋問終了

 

護衛3日目

 

5:00 沖縄発

10:00 東京着。高専へ避難

11:00 天内賞金取り下げ

11:30 加茂俊明による襲撃、尚五条により襲撃者は死亡。

 

日没後

天内同化

 

任務は成功。

尚、此度の呪詛師の動きに、高専に内通者がいたと思われる。

 

 

極秘。

上記の内容に幾つかの修正があると見られる。

 

記録:2008年8月 

 ■■県■■市●●町⚪-△-○○

 任務概要:星漿体を騙る天内理子の抹消。

 

 

以上の任務を襲撃者、加茂俊明が承けていたことが発覚。任務の途中、依頼内容の虚偽に気づいた加茂俊明は星奬体の護衛を行う。この件に関しては上層部に報告済み。

天内にかかっている刺客に尋問を加えたところ任務担当者である五条悟、夏油傑が任務を放棄しようとしていることを確認。高専内に入った五条と夏油を拘束しようとし、五条悟を気絶させ夏油傑を追ったが意識を取り戻した五条悟によって殺される。

尚、このときの音声は回収済み。第三者による判断により事実とされる。

内容は五条悟が反転術式を失い、正気を失っている様と、加茂俊明が術式により致命傷を負うまでが録音されていた。

 

今回の任務における五条悟、夏油傑の未遂に終わった問題行動、任務放棄により、

夏油傑一級術師の昇進任務の凍結。

五条悟特級術師を謹慎処分とする。

 

 

また、加茂俊明の遺体は加茂家によって荼毘にふされる。

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「悪いな。立香、僕はもう帰ってこない」

 

 

 

 

吾輩は転生者である。前世の名は今世とおなじ立香。

お察しの方もいるとは思うが、前世は特異点をちゃう系のマスター:カルデアのすがたをやっていた。

聖杯を回収し、4つの世界を壊して人理を修復した後、魔術協会とのいざこざもあったがなんとかカルデアにいることが出来た。しかし、病でぽっくりと早世してしまったのが俺である。

 

そして気づいたら転生していた。

正直、転生のスペシャリストみたいな仲間がいたのでその辺については戸惑いはしたものの、受け入れた。が、家庭環境というか、持って生まれた脳力があまりに異なっていて大いに驚いた。

今世は魔術師ではなく呪術師がいるらしい。

前回一般家庭出身でそういうものからは縁遠かった、が今回は呪術界の階級社会のトップ層に産まれた。

 

名を加茂家。

術式至上主義の呪術界でも相伝が生まれやすい方のお家柄である。

加茂家は御三家の中で最も相伝を受け継ぎやすい。ゆえに御三家の中でも優位に立つことの出来る家だった。だからか、五条の何某が相伝を引き継ぎ、立場が逆転したことに焦りを浮かべるものが多い。未だ3歳にも満たない年齢の俺に毎日のように術式の発現はまだか、と焦りを浮かべて当主らしき男がやってくるのがその証拠だった。

どうやら俺は正妻の次男として生まれていて、長男の評判があまり良くないことから期待がかかっているようだった。

 

「今は目を閉じて、醜い世界を見なくて済むように」

 

冷たい家の雰囲気とは真逆で母親はとても愛情にあふれた女性だった。相伝を継いでなくても愛している、あなたの幸せを願っている、そう言って自らの手で育ててくれた。俺にとっては良い母親であった。そう思っていた。

しかし、一回り歳の離れている兄、俊明に対して接する姿を見ると違和感を覚えた。慈愛に満ちた表情は打って変わって蔑み、疎むような感情を浮かべる。俺が本来の精神年齢出なくてもその姿に忌避感を覚えたはずだ。そこそこ美人でやり手である母の感情を抑えきれぬその姿に。

 

兄が次期当主として加茂の賢鷹として有名になっても、その態度を変えることはなかった。

 

理由はすぐに分かった。

加茂家と俺に血の繋がりはないということだ。どうやら母親と護衛の間に産まれた子が俺であり、母親は政略結婚相手の当主とその子供である兄を憎んでいるらしい。どうりでお目付け役のひとりに気さくに子供として接してくれる人がいたはずだ。俺は人間性ができているのだな、と思っていたがそいつが父親なのだから。実の子供を恐れる親なんてあんまりいないはずだ。

 

恐らく、実父と母は愛し合っているのだろう。その末に排卵で生まれたのが俺であったわけだ。不倫の末に出来た子供であったことに衝撃は受けなかったが、優しい兄と血が半分しか繋がっていないことにショックを受けた。

 

そして、その事実を知った翌日のこと、俺は母親に呪いをかけられた。

前世と同じ青い目をもって生まれた俺を見て不貞がバレてしまうと目隠しの呪いをかけられたのだ。

赤ん坊の頃なら色素が薄いだけと誤魔化せるが、さすがに3歳を超えるとそのデタラメも通用しない。不貞の疑いは必ず母にむくだろう。青い目を持った使用人、「父」と親しいともなれば尚更。

 

その日から俺の視界は暗闇に閉じられることとなった。

 

 

一言言わせていただきたい。

目を閉じてってそっちかよ!!!!

 

 

3歳にして原因不明の盲目となってしまった俺に家の者たちはすぐに興味をなくしたようだった。加えて俺の術式が相伝出なかったことも理由のうちに入る。

 

呪骸降霊術

 

これが俺の術式らしい。依代に怨霊を降霊させて戦わせる母方の相伝術式であった。母親の一族は呪骸を媒介として戦わせることに秀でているらしい。母はそれにほっとしたようであった。実父の相伝が出たらたまったもんじゃあないからな。

 

家の者からの関心を失った俺は家を抜け出すようになった。早い話、プチ家出である。

そして、知り合いのおねーさんによく構ってもらうようになった。

 

「りこちゃーん!!」

 

「おお、立香、久しぶりじゃな!」

 

天内理子さん。歳に似合わぬのじゃ言葉を話す彼女とは、公園でアイスを食べている時に心配されて話しかけられたのがファーストコンタクトだ。どうやら昼間でも親の同伴無しにガリガリ君を死んだ魚の目で食べる未就学児はアウトらしい。彼女には家での鬱憤を愚痴ったりしている。いい年こいて何してんだ、と思うかもしれないが立香子供だからわかんない。

 

というか、今世はすごく寂しいのだ。前世200を超えるサーヴァントと共同生活していたのもあるが、信頼出来る後輩も先生もいないのがとても辛い。なまじ精神年齢が肉体に引っ張られがちなので感情がコントロールしずらい。

そんな時にであったのが理子さんであった。

呪術師では無いようだが彼女も呪霊が見える。

どうやら彼女も色々としがらみのある立場にいるらしい。素の口調はもっと女の子らしくて、遊んでいる親子を見ると焦がれるような視線を向けていることを知っていた。彼女はお役目を果たせばそういうこともなくなるのだと言っていた。早く、そうなればいいな、と願っていた。願っていたのに。

 

「もう会えない?」

 

「そうじゃ。お役目を果たす時が来たのでな」

 

「そっか。そうなんだ。じゃあ終わったら会いに来れる?」

 

「…無理じゃ。もう会えない」

 

そう言った声に何かを感じた。そうそれは思いを含んだその声。それを俺は聞いたことがあった。

 

Dr.ロマン。ロマニ。

彼の最後の声に、表情に重なって、

 

 

「死ぬの?」

 

ぽつりとこぼしてしまった。理子さんが肩をびくりと揺らす。

 

「死にたくないのに?」

 

思わず追い打ちをかけるように聞いてしまう。

答えは沈黙。

それが何よりの答えだった。

 

「やだ、りこちゃん。なんで」

 

責めるような声が出た。閉じてしまった目から涙がこぼれる。これじゃあまるで子供じゃないか。

それに動揺したように、彼女が言った。

 

「お前には分からないじゃろうが、これはすごいことなのじゃ!私は天元さまのなかで永遠に生き続ける!!」

 

カッとなった。

 

「分かんないよ!生きたいくせにそんなことをゆーんじゃねえよ!!同化ってなんだよ!取り込まれるってことだろ!今言った言葉に理子ちゃんの意思はあるのかよ!!」

 

「うるさい!うるさい!

 

 

 

 

誰が!好き好んで死にたいと思うのよ!!!

 

 

 

私だって、自由に行きたかった」

 

いつの間にか日は暮れて、雨の匂いがした。

ぽつりと降ってきた雨の生温さに一気に正気に戻る。

その言葉を聞いて、はっと我に返った。

 

「ごめんなさい」

 

顔が真っ青になる。

俺はなんてことをしたのだろう。

ろくに助けることも出来ないくせに彼女の心のうちを暴こうとした。天元さま、という言葉からおそらくは彼女は星漿体だ。恐らく彼女は同化を名誉ある事だと思って過ごしてきた。自分の本当の望みを我慢してきて生きてきた。

 

何も出来ないのに善意だけを振りかざすことはただの暴力だ。

それはやっちゃいけない事だったのに。

 

「いい。気にしないで。

 

じゃあな。元気で生きるのじゃぞ」

 

そう言って立ち去る彼女に何も言えなかった。

ただ見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、こんなに弱虫だったかなぁ、マシュ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺は塞ぎ込んだ。母親が心配して医者を呼ぶくらいには。余程のことだと思ったらしい、滅多に合わせようとしない兄に合わせるくらいだった。

家付きの呪術師として活躍する兄は任務の合間に俺を訪ねてきた。気を紛らわせようとして、様々な話をしてくれた。が、あまり耳に入ってこなかった。

 

星漿体の同化まで、1ヶ月をきった。

俺は何とかして星漿体の同化を防ぐため、蔵にこもりきりになった。幸い家のものはバタバタしていてあまり咎められなかった。

そして見つけた。

 

「血を媒介にした呪霊との契約?」

 

その記述を見て思い出した。

なぜ思い出さなかったのだろう。これだから先生にポンコツ呼ばわりされるんだ。

戦力が足りないなら、召喚すればいい。

俺には彼らがいる。

蔵の扉を締切って、血で陣を描く。唱える。

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 

 

 

「閉じよ 。閉じよ 。閉じよ 。閉じよ 。閉じよ 。

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 

 

 

 

 

       

 「_________Anfang 」

 

 

 

 

 

 

魔法陣が、赤い光に染めあげられていく。

 

 

 

 

 

 

 「________告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

 

 「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 

 

 

  汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ_____!」

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント・ランサー、エルキドゥ。キミの呼び声で起動した。どうか自在に、無慈悲に使って欲しいな。マスター」

 

 

 

 

「驚いたよ。触媒もなしに無茶するね。久しぶり、マスター。」

 

 

 

 

寝不足か、安堵か、とりあえずわかったことは俺がぶっ倒れたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「あ、起きたかい、マスター」

 

「マーリンシスベシフォーウ!!!」

 

思いっきり頭突きをお見舞いしようとして失敗する。

ハッと我に帰るとそこは見なれた光景だった。

 

「カルデア?」

 

アレ?俺レムレム状態だった?そんなバナナ。

頭突きの衝撃から復活したらしい、やけに軽薄な声が耳をくすぐった。

 

「あいっかわらずだね。マスター!危ないじゃないか!」

 

白いくせ毛に花がふわふわと舞う。嫌という程整った顔が抗議するようにこちらに近づいた。

ここはカルデアでは無いようだ。証拠に俺が倒れた時に1番に駆けつけてくれるあの人がいない。

という事は夢にマーリンが干渉してきたが、それとも

 

「生得領域?」

 

人でなしの夢魔は正解、とでも言うようににっこりと笑った。

 

 

どうやら俺の生得領域はカルデアそのものらしい。

ここにいるサーヴァントはみんな俺が死んだ後に座に還ろうとして生得領域に引き込まれたものばかりらしい。

俺が今回呪力を使いすぎて倒れるまで見守ってきたのだとか。めっちゃ恥ずかしい。

でも、それならおかしい事がひとつある。

 

「全員いないよね?マーリン」

 

そうだ、と彼は首肯した。

心当たりはあるかと聞かれて思考を回す。

 

いないのは3ギル。ロビン。エルキドゥ……etc。

 

 

「聖杯?」

 

「そう。どうやらマスターが聖杯を渡した人達が居ないんだ」

 

「エルキドゥは?」

 

「その事だけど。もう血を媒介にするなんて無茶はやめた方がいい。今のエルキドゥは完璧に受肉した状態で君の世界に顕現している。そんな芸当ができたのは恐らく聖杯によるものだろう。他にカルデアにいるものを召喚するなら依代が必要だと思った方がいい。もちろん時間制限付きでね。

君の世界には魔術が存在しない。だから、世界の理を則ってサーヴァントを召喚するには、理を用いてーーこの場合は呪骸降霊術だねーー行うんだ」

 

「なるほどなぁ。マーリンが呼べるなんて無敵じゃん。チートなのでは?」

 

「ははっそれほどでもないよ!…と、ひとつ言い忘れていた。ステラ「姉さん」のことだが」

 

「転生しているんでしょ」

 

「そうだ。恐らくマスターとの縁より世界の理の力の方が強かったんだろう。この世界は仏教の教えや信仰心が強い。呪霊の存在ゆえなんだろうけど。まぁだから、今いなくて召喚できないサーヴァントは同じく転生している可能性が高い」

 

「エルキドゥは?」

 

「転生ガチャの失敗じゃない?仮想特級怨霊として生まれ変わって受肉するなんてめっちゃ面白いし、SSRなのでは?」

 

「ソシャゲかよ。ほんと、そーいうとこステラ譲りだね」

 

「それほどでも。粗方説明できたし、戻るといい。エルキドゥが心配する」

 

「りょーかいっ!あ、マーリン。」

 

「なんだい?」

 

「今世でもキミに最高の物語をお届けしよう!」

 

「……ふふっ期待しているよ。マスター」

 

 

 

 

 

 

 

積もる話もあったがその前にやることがある。

星漿体の同化の妨害だ。

人は死ぬもので、俺たちの平和は誰かの犠牲で成り立っている。それでも、俺は目に見えるところで人が死ぬのが嫌だ。俺は俺のエゴで彼女を救いたい。彼女は俺にとっていい人だから。

冷静に考えれば理子さんは囮だ。公になっている星漿体が彼女でもおそらくはスペアがいる。その子が本命なんだろう。理子さんが星漿体の役目から逃げ出しても違う人がなったら意味がないのだ。

 

ではどうするか。

 

戦略には、情報が必要だ。

 

 

式さんやハサン達に頼んで情報をかき集める。

その中で有力そうな情報はクローン屋がいること。

どうやらコピー系の術式を持っている呪詛師がやっているらしい。軍師系サーヴァントと共に策を練り、理子さんが同化する前にそのクローンを星漿体と同化させればいい。という結論が出た。

 

俺に才能はなくとも人脈がある。

みんなが教えてくれた知識がある。

ステラ、先生が教えてくれた能力がある。

 

万全を期す。

人事を尽くして天命を待とう。

 

 

 

 

 

「立香、話があるんだ」

 

 

そう言って兄がやってきたのは星漿体同化の1週間前だった。

 

 

 

 

 

 

加茂立香には兄がいる。

あらゆる差別と蔑視が蔓延る実家で唯一立香を慈しんでくれる大切な人だった。

立香には前世があるが器に精神年齢は引っ張られるし、そも思い出す前は純粋な幼児であったため、心無い言葉に傷ついてよく泣いていた。

そんな時に慰めてくれたのが俊明であった。

彼は歳の割に異様な落ち着きを見せる立香を怖がらなかったし、盲目になってしまっても変わらず接してくれた。任務の合間に花束を持ってきて立香に直接触らせ色の説明をしてくれた。

 

「立香、話があるんだ」

 

だから、そう言って語られた内容を受け入れたくなかった。

 

 

 

2週間ぶりに会えた兄の話、それは彼の余命についてだった。

 

天与呪縛。

 

彼は20歳になった日、命を落とす。

 

「やりたいことが出来たんだ。だから、これで会うのは最後になる」

 

それは死に抗う者の眼だった。命を懸けて戦う戦士の目だった。

 

止めれない、と思った。

 

助けを求めているんじゃないから。死に脅えている理子さんとは違う。助けられる覚悟を持つことを望んでいないのだ。

 

人が満足のいく死を迎えることなんて、よっぽど恵まれている人しかありえない。

 

泣き崩れる俺の頭を撫でたあと、彼は1つ話を俺にした。

 

俺が母親にかけられた呪いの話だ。

 

元々母親は優秀な呪術師だったが2回の出産により、呪力が衰えている。加えて俺にかけていた呪いが少しづつ呪詛返しされていることにより、体の内側から蝕まれているらしい。

人を呪わば穴二つ。

元々俺が毒耐性EXのマスターだったからとんでもない呪詛が返されているらしい。

兄の見立てによると余命はあと幾ばくかもないのだとか。

 

母が死ぬと俺にかけられた呪いも解ける。その時に蒼眼を俺が持っていた時、確実に不貞の疑いがかけられる。真実がわかった時、どんな目にあうか分からない。

母の実家は高専にいる叔父以外まともなやつが居ないらしい。頼れる身よりもない。どうするかというと

 

「僕の幼なじみに頼んだ」

 

兄の幼なじみーー確か五条元次期当主だーーに俺を預けるらしい。兄のやりたいことを支援してくれる本当に信用のできる友達らしい。

 

「あいつなら、お前を任せられる」

 

そう言って、笑った兄の顔はとても寂しそうでけれど安心したような顔だった。

 

「その人は止めなかったの?」

 

「止められたし殴られたさ。術式まで使って喧嘩した。しまいにゃ泣き落としまでされたな」

 

「ここだけの秘密だがあのじゃじゃ馬娘に僕はとんでもないクソデカ感情を抱いていてな。正直ぐらついた」

 

「それ自分で言っちゃうの?」

 

「あいつのことが単純に好き…だと言えたら良かったんだが。そうもいかない。現にあいつには恋焦がれるほど待ち侘びている奴がいる」

 

「まぁ。だから妥協してやることにしたんだ。忘れられない幼なじみとして心に残る程度に。

愛ほど歪んだ感情はないとはよく言ったものだ」

 

「俺、兄ちゃんからそんな話聞きたくなかったよ」

 

「ククッあいつは見てくれも中身も極上品だからな。惚れるんじゃあないぞ」

 

「惚れねえよ!」

 

それを聞いて兄はさもおかしなことを言われたかのようにゲラゲラ笑った。そして任務の時間が来たことに気づいて、俺の頭をゆっくりぐしゃぐしゃにした。

 

微笑んだ。

 

「じゃあな。立香。自由に生きろ。最後まで足掻けよ」

 

それだけ言って出ていった。

 

それが最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「加茂、立香くんだよな」

 

「そうだけど、あんた、だ………れ?」

 

「何だその顔」

 

「いや、なんでここにいんの?

 

ロビンフッド」

 

 

 

 

運命(Fate)は廻りだす。

 



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