じゅんあいもの

小説家になろう様にも投稿しています。

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第1話

俺の名前は山井幸男。地元の企業で働く35歳中年オヤジだ。

いつもより早く仕事を切り上げた帰り道。

俺の足取りは普段と違ってとても軽いものであった。

しかしそれは残業をしなかったからでなく―――

 

「あいつ、喜んでくれるかなぁ」

 

今日は愛する妻、琳子の誕生日だからである。

そして同時に、結婚してちょうど10年経った日でもある。

そんな記念すべき日、俺は彼女にサプライズパーティーをしかけようと考えていた。

いつも通り仕事で帰るのは遅くなる、彼女はそう思ってるはずだ。

実際、家を出るときにそう言ったしな。

 

きっと、今頃「記念日のこと忘れちゃったの?」と思っていることだろう。

そして、不安に思っているはずだ。

そんなときにサプライズで祝われたら?

絶対に驚くはずだろう、今まで生きていた中で一番くらいに。

 

そんなことを考えてると、いつの間にか家の前に。

より彼女を驚かせようと、ばれないようにこっそりと家の中にあがる。

そして、音を立てないよう抜き足差し足で彼女がこの時間いるだろう、寝室の前に立つ。

 

 

 

そして勢いよくドアを開け、俺は彼女にただいまと声をかけようと―――

聞こえてくるのは喘ぎ声。そうだ、声をかけないと。喘いでるのは俺の妻。早く声をかけるんだ。目の前に広がるのは何度も見た妻の身体。サプライズをしなければ。今まで見たことのないほどよがり狂う妻。結婚10年目で誕生日。そんな記念日にふさわしいお祝いをしなければ。なんで妻が喘いでいるんだ?そりゃあセックスしてるからだろう。今までの10年間を祝う記念日。相手は誰だ。彼女の夫は俺だけだ。これからの夫婦生活に幸あれと願う記念日。でも俺は一人、ここにいる。じゃあ相手は?夫婦円満で子供もいて順風満帆な結婚生活を送ってきた。それを祝う記念日なんだ。妻にはあっと驚いてもらわないと。どうして妻は俺以外の男とセックスしているんだ?浮気?彼女が愛しているのは俺と娘で。なんでそんなにうれしそうなんだ。俺が愛してるのは彼女と娘で。愛してるんじゃなかったのか?

記念日を祝うために彼女に似合う首飾りを選んできたんだ。行為を続ける彼女の首には男の腕が巻き付いている。俺は俺は俺は俺は俺は―――――

 

「おや?兄さん帰っていたんだね」

 

その声で俺の思考は現実に引き戻される。

妻を抱いていた男は、俺の弟の愛斗だった。

 

「どういうつもりだ、これは……」

 

「ア、 アナタ!?こ、これはその……」

 

「フフフ。見ての通りだよ、兄さん。

兄さんの妻と寝ているのさ」

 

「なんでこんなことをしたんだ……!」

 

「兄さんと義姉さんは全然つり合いが取れてないように見えたからね。

だから僕が貰ってあげようとおもってね」

 

 

その言葉を聞いたとき、俺は愛斗を殴っていた。

いや、こいつには一発じゃ足りない。もっと殴らないと……。

 

 

「やめて!アナタ!」

 

 

それを止めるために琳子が俺たちの間に入ってくる。

 

「なぜだ!琳子!」

 

「確かに私たちは許されないことをしたかもしれないわ!

でも、だからといって目の前で愛する人を殴られるのを許容なんてできないわ!」

 

「義姉さん……」

 

「だから、ごめんなさい。この家から出て行って」

 

 

そう告げる彼女の目は、まるで親の仇を見るような目であった。

それを見た俺は何も言うことができず、惨めに家を去るのであった。

 

 

 

あれから何時間たったのだろうか。

空からは、まるで今の俺の心境を表すかのように、大粒の雨が降り注いでいる。

そんな土砂降りの中、俺は宛所もなく歩いていた。

 

 

「いたっ」

 

 

足を縺れさせ転んでしまう。

痛みが身体を襲う。痛い。痛い。痛い。

心が痛い。

俺は起き上がることができず、ただただ雨に打たれるのであった。

 

降り注ぐ雨が不意に途切れる。

 

 

「大丈夫かの?」

 

 

次第に薄れていく意識の中、視界に映ったのは狐のような耳と尻尾を持った巫女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

 

目を覚ますと、俺は知らない部屋の中にいた。

ここはどこなのだろうと辺りを見回す。

どうやらここは和室の中らしい。

そんなことを考えていると、急にふすまが開く。

 

 

「む、目を覚ましたのじゃな」

 

「君は……」

 

 

入ってきたのは、意識を失う前に見た狐耳の少女であった。

 

 

「儂の名前はマナ。

この神社の主みたいなものじゃ」

 

「マナ……さん。

アナタが私を助けてくれたのですか?」

 

「ああ、無理に敬語を使う必要はないぞ。

堅苦しいのは苦手じゃからの」

 

「分かったよ、マナ。

それで俺のことを助けてくれたのって……」

 

「ああ、儂じゃ。

ウチの神社の前で行き倒れていたからの。

あのままにしても置けなかったしウチに連れてきたんじゃ」

 

「ありがとう、マナ。

助かったよ」

 

「よいよい。困ったときはお互い様じゃしの」

 

 

そう言いながら、照れ臭そうにそっぽを向く彼女。

そのしっぽは嬉しそうに揺れていた。

 

 

「しかし、幸男よ。お主はなんであんなところで行き倒れていたんじゃ?」

 

「ああ、実は……」

 

 

って、あれ?

俺、名前を教えたっけ。

疑問を覚えながら、俺は彼女に自分が行き倒れた経緯を話すのであった。

 

 

「なるほど。それは辛かったのう」

 

 

そう言いながら、彼女は俺のことを急に抱きしめてきた。

 

 

「マナさん!?」

 

「よい、今は何も考えるな。

儂の胸ならいくらでも貸してやる。

だから、辛い気持ちは全部ここで吐き出してしまうのじゃ」

 

 

そう言って、彼女は俺の心を癒すようにゆっくりと頭をなでるのであった。

俺は、そんな彼女の胸の中で胸に詰まったものを吐き出したのであった。

彼女は俺を抱きしめながら、慈しむように頭をなで続けるのであった。

 

 

 

 

 

「おや、泣き疲れて眠ってしまったようじゃの。

よい、今はここでゆっくり眠るのじゃ。

大丈夫、もうお主を苦しませることは絶対に起きん。

安心して眠るのじゃ、幸男よ……。

そう、僕の愛しい愛しい兄さん……」

 

 



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