異世界ライフは魔女と共に~魔女の嫁として送る、久遠のTS百合生活~   作:オサカナ

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33話 機会と後悔

「ねえ、あのおじさん行っちゃったけどいいの?」

「いいんですよ、だって今更恨んでるってわけでもないですし。ちゃんと反省していたじゃないですか。これからは母さんたちもあの人への当たりは弱くなるだろうし」

「でもね……ここでレンちゃんが多少何かしても私は何も言わないよ」

 

 そうだ、確かにセシルさんの言うことも人間の感情の一つだろう。元々今の僕ならばあの男性を生かすも殺すも思いのままなわけだ。もちろんそこまでいかなくても……何か一つくらい仕返しを、ということも理解できる。

 

 僕だってあの人にいい感情を抱いているわけでもない。

 もちろん今の人生はとても楽しい。例え時間を遡ってあの日の結末を変えられたとしても、そんなことは決してしないだろう。

 それが夢物語ではなくなりつつある今でさえそう思う。

 

 だけど仮にも自分を殺した相手に対して、完全に心を許せるかといえば、それはまた別の話だ。

 実際今のやり取りの間でも……

 

「そうですねえ、実は今夜くらいは悪い夢でも見せてあげようかな~なんてことも、ちょっとだけですけど……考えちゃいました」

「ふむ、でも……やらなかった」

「はい」

「優しいねぇ」

 

 一瞬頭によぎったささやかな仕返しの内容を打ち明ける。

 これを実行に移すのは一瞬だ。さっきセシルさんがやったように、杖で軽く触ってそれで完了。百パーセントそれでいける。実に単純な呪いだ。

 

 なんだったら、直接彼の夢の中にお邪魔することだって造作もない。そんなことを、いとも容易く行えるだけの技術が僕たちにはある。

 

 だけど、僕は何もしなかった。それをセシルさんは優しい、といった。

 ……言ってくれた。

 

「セシルさんだったら、そういうことしたんですか?」

「どうかな……何かしらやっちゃうかも」

「まあそれでも別にいいと思いますよ。ちょっとしたことならば」

「そうかもね。だけど、レンちゃんはそれで後悔とかしない?」

 

 あの人ともう会えないなんて、そんなことはないだろう。きっと母さんは連絡先も知っているに違いないし、被害者の立場であるこちらが呼べば、加害者である向こうは当然来るだろう。

 

 だけど、先ほどの瞬間は間違いなく特別なものだ。偶然が重なり、出会った今この時にやらなければ、あとでそんな気も無くなってしまうことが分からないほど、僕は自分に無知ではない。

 セシルさんもそこまで見越しての言葉だ。

 

「後悔なんてしないですよ」

 

 その上で言い放った。この何もしないという選択は状況に流されたものではなく、自分の意志で選んだものであると。

 

「大抵のことはやってみた方が悔やまないかもしれないけど、やっぱり……中にはやらなかったということの方が悔やまない、そんな場合もあると思うんですよ」

「……なるほどね。その通りかも」

 

 少し前のセシルさんの台詞を借りてそう返す。それを聞き、納得の言葉と共に頷いた。

 

 

「それじゃ僕たちも済ませますか。お花とお線香ください」

「はいは~い」

 

 先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら。

 僕たちは軽い口調で喋りながら、お墓に水をかけて掃除をした。そして持ってきたお花をお供えし、線香を取り出して指先から出した小さな炎で点火する。

 

「この煙の匂い、結構好きかな」

「お線香の煙って独特ですよね。僕も好きです」

 

 香炉のあの男性が置いた隣に備えた線香の匂い、これを嗅ぐだけでお墓やお寺に来たと感じてしまうのはやはり僕が日本人だからだろうか。

 異世界出身であるセシルさんにはあまりなじみのない匂いであるはずだが、気に入っているようだ。

 

「……」

「……」

 

 そして、手を合わせお墓に向けて一礼をする。詳しい作法なんてのは知らないけど、大体はこれであっているだろう。そんな気にすることでもない。

 

「レンちゃんはなんかご報告したの?」

「そんなに言うこともないですよ~自分に何か言っても仕方ないし……しいて言うならば、元気でやってますよって。ていうかセシルさんも拝んでましたけど……関係なくないですか」

「そんなことないよ~私はもちろん、レンちゃんはいただきましたってご報告をね」

「はあ……ほお……まあそうですねぇ……」

 

 それって、どっちかというと僕の方がするべきな気がするけど……

 

 

「じゃ、これで終わりだね。次はどこへ行く?」

「え~と……」

 

 そんなことを話しながら、空になった手桶を持ち僕たちは元来た砂利混じりの道をゆっくりと歩き出した。今ならばバスの時間も丁度いい。

 

 ポカポカとした昼下がりの暖かい日差し。そんな陽気が少しだけ夏の始まりを予感させながらも、首筋を通るのは心地よい木々を揺らすさわやかな風。

 生と死の交わる非日常的な空間の中で、季節の変わり目を実感しながら顔を上げて見たものは、かつて家族みんなで通った道。

 

 それは分かっていたはずなのにとても……とても懐かしく、なんだか一瞬昔の自分とおばあちゃんが見えたような気がして……

 

「……あんみつでも食べに行きません? 美味しいお店を知ってるんで」

「おっ、賛成! そうしよう!」

「はい!」

 


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