異世界ライフは魔女と共に~魔女の嫁として送る、久遠のTS百合生活~ 作:オサカナ
「えーと、これでいいんですか?」
「そうそう、ちゃんと土を落としてからしまってね」
紫色の小さな花を付けた植物を手に取り、僕は教えられた通り根についた土を落としてから、袋へとしまった。
僕たちは現在、家からやや離れた土地にある山で植物を採取している。この山は辺境の地とはいえ、一応国の管理下にあり、もちろんセシルさんを含め、国の魔術師は自由にここに来る許可があるとのことだ。
そしてここに来た理由だが、魔力の影響は動物よりも植物の方が受けやすく様々な効力を持ったものが生息しており、それを手に入れるためだ。魔術にも使われるほか、この世界の医学は基本それらに頼ったものらしい。
しかし、その効力は実に高くいわゆる西洋医学の薬を凌駕するものも多い、その代わり強力な毒物となるものもたくさんあるので注意が必要だとか。
「もう要領はわかったでしょ。一緒にやってても効率悪いし、別れて取りに行こうか。二時間後にさっきのふもとに集まろう」
「いいですよ。二時間後ですね」
「じゃあ、気をつけてね」
そうしてセシルさんの提案で別れて行動することになった。この辺に危険な動物もいないらしいし、待ち合わせ場所を指し示す道具も持っている。また万一に備えて杖も持っているから、心配はない。
しかし……それにしてもここは気持ちがいいところだな。静かで、自然に溢れていて……空気がおいしいっていうのはこういう感覚なのだろうか。
「よいしょ……」
そのまましばらく採取を続けた後、近場に合った切り株に腰掛け一休みをした。もう十分な量は集まったので、このまま終えてもいいだろう。
そんなことを思いながら取り出したお茶の入った水筒に口をつけ、一口こくりと飲みこむ。その時、山中で一人という普段とは違う状況からか、ふと頭にあることがよぎった。
僕はこの身体での生活にも時間が経ち、自らの内面は男であることを揺ぎ無く自覚しながらも、周囲に対しては女性として振舞えるくらい慣れてきた。そのことに関しては全く苦に思うことはなく、むしろ楽しんでいるといってもいい。
しかし……よくよく考えてみればこの身体は元は別人の身体のわけだ。
もしもその人物が生きていれば魔術師として大成したかもしれないし、才に気づく機会がなくとも別の人生を歩んでいたに違いない。そして何より……生き返る身体もないわけだから、僕はそのまま死んでいただろう。
今その身体で生きていると考えると、人生を奪ってしまったようで少しこのままでいいのかわからないような気持ちになってきた……
でも、もしかすると自分以外の人間がこの身体で生きていたかもしれない。例えるならば、僕は偶然宝くじに当たったようなものだ。無限にある世界の中でこの体の持ち主が死に、同じくその時に死んだ僕が偶然選ばれ、そして今に至る。
それはきっと運命で、いまこうして生きていることは、いつかセシルさんが言っていたがまさしく儲け物なのだろう。
そう思うといくらか気が楽になった。恐らく普通の人間より遥かに長いものになるだろうこれからの人生の中で、いつもこの人物への感謝を心のどこかへ置いておこう……そう決心した。
「ふう……そろそろ時間か」
腕時計を見ると約束の時間が近づいていた。もう待ち合わせ場所に向かってもいいだろうと、水筒をしまい立ち上がろうとしたときだった。
「ん?」
背後でパキッと枝を踏む音がした。
セシルさんかな? それとも他の誰かか? もしそうならこんなところに他の人がいるなんて珍しいな、と一瞬考え、その音を発した存在を確認するため振り向こうとした──
「声を出すな……」
「!!」
耳元から聞こえたのは野太い男の声。
そして背後からは喉元にナイフを突きつけられ、ごつごつした手で口を塞がれた。
「このまま持っている金を出せ、下手な真似をすると……わかるよな?」
僕は自分でも少し驚くほど冷静に、今の状況を把握する。
まず後ろにいる男はいわゆる野盗、こんな場所だし山賊といってもいいかもしれない。僕も詳しくは知らないが、ちらほら出没するという話は聞いたことがある。
そして今の時点で僕に危害を加える気はないということだ。その気なら、近づいた時点でいきなり切りつければいい。それをしなかったということは目当ては金だけであり、渡しさえすればそれ以上何もないということを示していた。
向かい合ってならできることもあるが、背後をとられたこの状況、いくら杖を持っていてもやや厳しい。
どうせ大した金額も持っていないので僕はその声に従い、金の入った袋を渡した。
「よし……ほらよっ!」
「くっ……!」
金を受け取ったその男は僕を突き飛ばし、そのままナイフを構えたまま距離をとる。
ややよろめきつつも立ち上がり、振り返った僕はようやくその姿を捉えることができた。やや小柄でボロボロの汚い服を着た、右目に眼帯をした男だった。
僕はこのまま退き、セシルさんと合流すべきであると考え、彼の方を向いたまま後ずさりをしようとした。
「ん……? あれ、お前は?」
しかし予想外のことが起こった。
起き上がった僕の顔を見たその男は、きょとんとした表情に、構えていたナイフを自然に下ろしてしまうほどの動揺をしていたのだ。明らかにおかしな反応だ。
「何で生きているんだよ……あのケガで助かったっていうのか……」
何だ、何を言っているんだこいつは? 僕はこいつとは間違いなく初対面のはずだ。仮に町であったのならばこんな眼帯男忘れるはずがない。
しかし、その言動から察するに向こうは僕を知っているようだ。
「まあいい、もう一度殺してしまえば同じことだ……」
「──!」
その言葉を聞いて数秒後、ようやく理解することができた。この身体は何者かに刺されて死んでいたと言っていた。恐らくその犯人がこいつだったのだろう。
しかし、そうなると当然何かしらの理由があって殺したはずだ。ましてや向こうにとっては一度殺したはずの人間が生きていたのだ。このまま無事に帰すとは思えない……
どうする、走って逃げるか? いや、この身体で逃げたとしても簡単に追いつかれてしまう可能性が高い。また逃げたとしてもセシルさんと会えなければ事態は何も好転しない。
僕は覚悟を決めてこの男と戦うことにした。かつての自分だったら、刃物を持った男に立ち向かうなんてありえない選択だったはずだ。
しかし、杖を手に取ると不思議と気持ちが落ち着いてきた。こういった相手を想定した護身のための技術は少なからず教えてもらっているし、仮に負傷してもセシルさんが手当てをしてくれるはず。
それに今の僕は魔術の才能に溢れた身体、そして手にした杖はセシルさんの特製だ。日常の色々なことに使える道具でありながら、十分な力を持った武器。専用の用途に特化したわけではないが、それでも戦力としてはナイフ一本のあいつを僕が上回っていることは確実だ。
きっと向こうは僕がそれだけの力を持っていることを考えてもいない、それだけに油断しているはず!
「死ねっ!」
男が明確な殺意と共にナイフを持って走り出した。
僕との距離は五メートル程、間に合うか一瞬考えたがそのまま空気の塊を作り男の顔にぶつけた。
「うっ!」
目潰しを食らった男はひるみ、胸を狙っただろうナイフはわずかに左に逸れていく。
その際少し腕を切ったようだが、気にも留めず僕はそのまま男の服をつかみバランスを崩し転ばせた。
「くそっっ! ……!?」
「うああああああ!」
ドカッという鈍い音が静なな山の中に響き渡った。
男が起き上がる前に僕は杖を振り上げその先端に魔力をこめ、起き上がろうとした男の顔面めがけて振り下ろしたのだ。
「……」
そのままゆっくり男は倒れこんだ。軽く触れてみたが、どうやら意識を失ったらしい。
もちろん死んではいないだろうが、込められた魔力により重さと意識を弾き飛ばす作用を持った一撃だった。すぐに起き上がることはないだろう。
多分だけど……
「はあはあ……痛っ」
気がつくと先ほど切られた腕からポタポタ出血し始めた。結構深手のようだ。
仕方ないので手で押さえてそのまま下山することにした。この男を放っておくわけにはいかないが合流してから来ればよい、そう考えたからだ。
そうして男から取られた金を取り返し、改めて合流場所へ向かおうと、少し歩いたところで……何者かの気配を感じ振り返った。
「……!?」
「おい……どうした?」
歩みをピタリと止め、痛みも忘れるほどの衝撃だった。
そこには先ほどの眼帯の男の仲間と思われる男がきていた。その身体はかなりの大柄で、眼帯の男を片手で軽く抱き起こしていることからもその力の強さがうかがえるが、僕の関心の方向はそこではなかった。
「おい待て、そこのガキ……お前がやったのか?」
その男は狼のような動物を連れていた。しかしその風貌は僕の持つ狼のイメージとは明らかにかけ離れていて、その体長は二メートルは軽く超えていそうで、伸びた体毛、血走った眼、一目見てわかる。
セシルさんが以前言っていた魔力の影響を強く受けた動物とはこれなのだと。
「どこかで見た顔だが……まあいい。例え小娘でも無事に帰すわけにはいかんな……」
「ガウッ!」
男の合図でその魔物が向かってきた。さすがにこれから逃げるのは不可能だと一瞬で悟る。一瞬、息を吸った後、僕はその動きに合わせて火球を放った。
「ガッ……」
「あっ、しまった……」
さっきよりも集中する時間があったため、それなりの威力のものを放つことができた。しかし紙一重でかわされてしまい、火球は後ろの木に当たり破裂した。
「こいつ、この杖だけでこれほどの火を……何者だ?」
「くっ……うあっ」
続けて攻撃をしようと、一度後ずさりした僕は木に足をかけてしりもちをついてしまった。
それに遠慮なしに飛び掛かる魔物の動きがかつてトラックに轢かれたときのようにゆっくりと感じられる。まずい……これは本当にヤバい。
杖を固く握りしめ、抵抗を試みながらも、この時僕は心の隅で人生で二度目の死を覚悟していた────
「…………あれ?」
しかしその爪や牙が僕を傷つけることはなかった。焦りのあまり一瞬つむってしまった目を開けると魔物は地面に横たわり、もはや全く動いていなかった。
「何だ? どうし……グッ!」
男が蹴り飛ばされたように吹き飛び、木に頭をぶつけて気絶した。
そして次の瞬間、今まで何もなかったはずの場所に見慣れた人影があった。
「セシルさん……」
「危ないところだったね、レンちゃん」
「ふう……死ぬかと思いましたよ……」
「ああ、こいつらか……」
姿隠しの魔術でも使っていたのだろう。安心した全身の力が抜け……僕は座り込んだまま動けなかった。
「ともかくありがとうございます。安心しました」
「まあ、いい経験になったじゃないの。ここはレンちゃんが以前住んでいた世界と違ってこういったことは珍しくないしね。とりあえず、怪我してる腕見せてくれる?」
セシルさんが淡い光をまとわせた手袋をして、軽く傷口に触れるとスッと痛みが消えた。
いや、感覚がなくなったという感じだ。まるで麻酔をかけられたようだ。
「えっ、ちょっと……」
「すこ~し動かないでね」
そしてどこからか針と糸を出し傷口を縫い、処置をした。
普段医者のようなこともやっているだけあって、その手際は実に鮮やかだった。
「これでよし、その糸は治るにつれ自然に消えて跡も残らないから安心して。大体二、三日もすれば塞がるかな。痛くないよね?」
「大丈夫です」
「よかった。さ~て、こいつらだけど……とりあえず街まで連れて行くか。聞き出したいこともあるし」
「聞き出したいこと?」
「それのこと」
指差したのは男が連れていた生き物だ。もう完全に息絶えているようだが……
「あれは自然に生まれたものではない。人が生み出したものだ」
「へえ……まさかこいつらじゃないですよね」
「ああ当然、つまりこいつらにこの化物を流しているやつがいるっていうことだね」
やっぱり物騒だな……いや、元の世界が平和すぎたのかもしれない。こんな世界ならこういうこともあって当然だと思うべきだろう。
とりあえず僕たちはこの調査のために死体を確保し、二人を連れて山を降り始めた。
意識がなくとも歩かせることくらいはできるらしい。意識が戻ったらどんな反応をするのだろうか……
「そういえばセシルさん」
「ん? 何かあった?」
「いや……さっきずいぶんとタイミングよく出てきたなあと思って」
「…………」
「もしかして、近くで見てたとかじゃないんですか?」
あっ、目をそらした。
「ほら、答えてくださいよ」
「実は……一人目とレンちゃんが話してるあたりからいたよ。私はこの場所で誰がどの辺にいるか把握できるから、なんかいるな~と思って来てた」
「やっぱり……」
「こいつ一人ならレンちゃんでも大丈夫そうだったし、いざって時にはすぐ近くいるし。実戦のいい機会だったかなって……ね?」
「…………」
「あ……ごめんごめん。危険な目に合わせっちゃったことは謝るよ~」
別にそのことについて、何も恨んだりはしていないけどな~
「じゃあ、夕食はおいしいものにしてくださいね。お肉がいいかな~」
「わかった、お肉ね。そろそろ食べごろの牛肉があったはずだから、それのステーキにしよっか。治療したとはいえ怪我したんだし、治すためにも栄養とらなくちゃ」
「いいですね。厚めに切ってくださいよ」
「了解!」