凍えるような冷たい風が、柔らかな暖気を纏い始めた今日。結ヶ丘高等学校スクールアイドル部、『Liella!』は普段通り練習を開始しようとしていた。
「さぁ、練習始めるよっ!」
「お願いします……!」
「私に着いてこられるかしら?」
「グソクムシがヨク言うデス」
「じゃかましいっ!!」
音羽が夢の中でもう1人の自分自身と対話を果たし、過去の自分と別れを告げてから数ヶ月。もう1人の自分が姿を消して以降、ラブライブ東京大会終了直後から失われていた、自身が保有する共感覚である『色聴』を取り戻し、今までのように音を『色』として知覚する事が出来るようになった。才を取り戻し、過去の自分とも向き合えた音羽は、すぐにでも『Liella!』のサポーターに復帰したいと皆にそう伝えたのだが、一目見ても皆が『大丈夫ではない』と感じる程の顔色の悪さと、ラブライブ東京大会が終了するまでほぼ休みなしでサポート活動に勤しんでいた事もあり、千砂都が今すぐの復帰を良しとしなかった。
暫くの間、音羽はスクールアイドル部のサポートはせずに好きな事をしてリフレッシュする為に時間を使うように言われ、彼は素直に皆の意向に従い、約2ヶ月間、有意義な時間を過ごしていた。
サポート活動をしないとはいえ、音羽は頻繁に『Liella!』の皆と顔を合わせ、行動を共にしていた。音羽が望んだリフレッシュの方法は、大切な仲間達と同じ時間を過ごす事だった。皆と一緒に居るうちに、音羽は徐々に顔色も良くなり、以前のように笑顔を見せることも増えて行った。
本当に、色々な事があった。正月には初詣の為にすみれの実家である神社に行き、その後は皆で新年を迎えられた記念にかのんの自宅でパーティーが開かれ、楽しいひと時を過ごした。あっという間に結ヶ丘高校の3学期を迎え、教室に入って早々、音羽は音楽科のクラスメイト全員から労いと激励の言葉を貰い、暫く驚きを隠せないで居た。その後彼は毎日の授業と生徒会の仕事をしっかりとこなし、放課後はかのん達と寄り道をしたり等、1年生として通う最後の学校生活を楽しく過ごす事が出来た。
結ヶ丘高校2期生の入試や面接の関係で休日となった日が数日あり、それを利用して音羽は少し遠くの街まで足を運び、嘗てレジェンドスクールアイドルが日々の練習に使っていた長い階段がある神社、『神田明神』にてお参りをして来た。元々可可から助言を受けてその神社に行ってみた訳なのだが、そこで音羽は予想だにしない人物と邂逅を果たし、その人物と言葉を交わし、彼は今後スクールアイドル部として何をすべきかをはっきり理解するに至った。『信じればきっと、願いは叶う』。伝えられたその言葉を心に留め、音羽はより一層、皆の為に頑張る事を決めたのだった。
結ヶ丘高校の修了式にて、ラブライブ東京大会で2位という結果を残した『Liella!』一同が、全校生徒からの拍手喝采と共に表彰された後、生徒達は春休みとなった。春休み中でも音羽は生徒会副会長として新年度を迎える準備に奔走し、適宜休日を挟みながら、スクールアイドル部の仲間と息抜きを行っていった。皆が練習着や普段の部活動で使う物を新調したいという希望を受け、音羽はその買い物に付き合ったり、彼自身も皆が見繕ってくれた春物の衣服を購入する等、新たな季節を過ごす準備も整えられ、気持ちを新たにこれからの日々をおくる事が出来る状態となったのだった。
そして迎えた今日。音羽が正式に『Liella!』のサポーターとして復帰をする大事な1日である。ホワイトボードにペンを滑らせる手を止め、かのんと音羽は出来上がった文字と絵を見つめる。ホワイトボードには赤い文字で大きく『目指せ! ラブライブ! 優勝!!』と書かれており、その周囲には音羽が描いた星型の絵が散りばめられていた。2人共真剣な表情でそれを見つめた後、ふと両者が顔を見合わせ、共に少し笑う。先日から音羽とは一緒に居る事が多かったが、かのんは改めて彼に言いたい事を伝える為に口を動かす。
「おかえり! おとちゃん! 今日からまたおとちゃんと練習できるの……すっごく嬉しい!」
かのんは笑顔で、目の前の音羽にそう伝える。屈託の無い彼女の笑みに、彼も笑みを溢して、かのんに言葉を返す。
「……! うん。ただいま。かのんちゃん。僕も、すごく嬉しい。また皆と一緒に……『Liella!』として活動できる。こんなに嬉しいこと、他にないよ」
「もう、大袈裟だよ!」
「大袈裟じゃないよ! ほんとにそう思ってるもん!」
「ふふっ。そうだね。おとちゃん嘘つくの上手じゃないし!」
「うぅ……それは、そうだね……」
かのんに軽く揶揄われながら、音羽はしゅんと肩を落とす。そんな彼を見て、かのんは愛おしそうに優しい笑みを浮かべていた。いつも通りの日常が帰って来た気がして、かのんも音羽も、嬉しい気持ちで満たされていた。日常が戻って来てはいても、まだ不安が無くなった訳ではない。2人は、今でも不安でいっぱいになる時がある。今後『Liella!』がどうなって行くのか。新入生が入部する事があるのか。ラブライブで本当に優勝出来るのか。形にすれば数え切れない程の不安が両者を襲う。
「これから、どうなっていくんだろうね。僕達」
「うーん……わかんない! 本当は今でも怖いし、不安なんだ。まだ全然先が見えないし……」
「僕も……まだ不安になるんだ。でもね、皆と一緒なら大丈夫だって……心の底から思えるんだ。怖いけど……怖くない! みたいな?」
「わかる! 私もそんな感じ! きっと、怖くない未来なんてないんだよ。ちぃちゃん達だって、ちょっとくらい不安になることもあるだろうし。でも……この胸にある『大好き』も、『怖い』って気持ちも全部、シンフォニーみたいに混ざり合って……今日の私を作ってるって、そう思える。おとちゃんや、皆が居てくれるから!」
「かのんちゃん……! そうだね! シンフォニーみたいに……うん、良い響き!」
「ふふっ! でしょ?」
今日の自分自身を形作ることを、
明日を生きるというのは、日々自分と戦うこと。今日の自分を少しでも超えられる自分になること。それらを繰り返した先に未来がある。その未来を、音羽は皆と一緒に生きたいと願ったのだ。その為に、自身のやるべき事を為す。そう決めたのだから。
「かのんー! 音羽ー! 早く来なさいったら来なさいよー!」
「あっ! おとちゃん、そろそろ行こっか!」
「うんっ! 行こう!」
屋上からすみれに呼ばれ、かのんと音羽は皆と合流する事を決める。屋上へ向かう前に、音羽は制服の上着から星結びを取り出し、ワイシャツの上から下げた後に静かに上着を脱ぎ、それを肩の上から羽織った。『Liella!』のサポーターとして皆を繋ぐ存在であると自覚した音羽は、いつもはポケットに入れていた星結びを身に付けて部活動を行う事にしていた。そして、父である
音羽とかのんが屋上へ入ると、可可とすみれ、千砂都、恋がすぐに2人に視線を移し、嬉しそうに笑った。
「待ってたよ! かのんちゃん! おとくん!」
「音羽〜〜! オカエリなさいデス〜!!」
「ふっ。そのイメチェン、悪くないんじゃない?」
「音羽くん、かのんさん……!」
各々、2人を待っていた旨、音羽がサポーターとして帰って来た事の喜びを露わにする。これからも共に夢を追いかける大切な仲間達。その暖かさを改めて感じた音羽は安堵したように笑い、そっと目を閉じる。数秒の後に瞼を開き、表情を一変させる。覚悟と信念、強さを宿した瞳で皆を見ながら、右手を胸元に持って行く。
「さぁ、始めようか」
皆に一言そう告げ、音羽は右手の五指を折り曲げた。春風が、音羽とかのんの髪を揺らす。もう1人の音羽が口にしていた、『物語』という単語。彼の言う通り、人生が物語であるというのなら、今日が始まりであると音羽は感じていた。今までの物語はほんの一部。音楽で喩えるなら、まだ
「よぉーしっ! 皆! いくよー!!」
「「「おーっ!」」」
天高くまで届きそうなかのんの声が屋上に響き、皆も大きな声でそれに応えるのだった。
何度転んでも、傷を負っても、敗北を知っても。物語は終わらない。そこから新たなる物語を紡ぐ力が誰にでも有る。止めない為に、終わらせない為に人は足掻き、もがき続ける。そうした者の背に、後を押すようにふわりと風が吹く。その風が、少年少女を導いて行く。
まだ誰も知らない、その先の未来へと。
ここまで星達のオーケストラをお読みいただき、誠にありがとうございました。これにて1st seasonは完結となります。次回から星達のオーケストラ 2nd seasonが始まりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
今回のお話にありました、音羽が神田明神に行くお話は今作の三次創作短編集である、別冊星達のミュージアム 第2号に掲載されておりますので、こちらもご覧いただけますと幸いです。
短編リンク
https://syosetu.org/novel/336127/12.html