小生意気系の後輩に、見知らぬ美女との朝チュン見られた 作:偽ナメック
その日、世界は崩壊した。
何という事はない。世界は、未知の敵に対してあまりに脆弱だったというだけだ。
そう、それはまるで人が蟻を踏みつぶすように。奴らは何の目的意識も無く、たまたま地球と言う星を移動の中継地点に選んだだけ。
地球に生まれた生命体である我々は、きっと奴らをこう呼んだだろう。「宇宙人」と。
宇宙人が地球にやって来た。
それは、映画などフィクションの世界で盛んに起こりうる『イベント』だ。
彼らは時に地球の資源を狙い。彼らは、時に地球の温暖で住み心地の良い『土地』を狙い。人類を滅ぼす敵として、地球にやってくる。
だが、奴らは違った。
彼らが地球に襲来した理由は、方向転換の為だった。
宇宙空間を旅する文化水準を持った彼らは、無重力空間における方向転換の手段としてたまたま進行軌道上にあった『地球』と言う星を利用した。
その方法は至ってシンプル。地球に向かって高質量の鍵爪を引っ掻けて、遠心力で加速しつつグルリと方向転換を行ったのだ。
そう。ただ地球を踏み台に、彼らは進行方向を修正した。それが、彼らが地球へと襲来した理由。
その結果。光速で移動する地球の4分の1ほどの規模の大型宇宙船を操る彼らは、音もなく襲来し地球に莫大な衝撃を与えてさっさと立ち去った。
そして地球は、太陽系の軌道を外れた。アメリカ大陸があった場所は地殻の剥がれた溶岩地帯となり、その付近の海はマントルに飲まれ蒸発した。
太陽系を離れたことで、地球の温度は大きく変化した。太陽を失ったアジア・ヨーロッパは南極の如く極寒の地となり、少しづつマントルが剥き出しとなったアメリカ側へと沈んでいった。
それは、ありとあらゆる生命体の死を意味していた。
地球の生命体は、人類の生み出した文化は、何もかも失われた。
人類と言う種族の終焉は、宇宙人の襲来によるもの。だが、彼らの襲来した理由はあまりにも残酷だった。
別に地球でなくても良かったのだ。太陽系の惑星なら、火星だろうと何だろうと方向を微調整するのに差支えはない。
何の理由もなく。たまたま、地球は奴らに滅ぼされたのだ。
「で。残念ながら地球という星は崩壊し、人類は死に絶えましたとさ」
「……ふーん」
それが、正史だった。
そのくだらない結末こそが、人類の最期だった。
「でも、私達がまだいるじゃないか。人類は絶滅してないよ」
「いや、全滅だよ。私は女、お前も女。唯一生き残ってる男性だった父は、去年老衰で死んだからね」
真っ暗な部屋でそんな会話をする、二人の人間。
「ママ。じゃあ、ママが死んだら私はどうすればいいの?」
「ごめんねアニマ。その時は、私と一緒に死なないか?」
「んー?」
「可愛い我が子に、たった一人このシェルターの中で生き延びろなんて言わないさ。私が死んだら、その時はアニマも死ぬと良い」
「……そっかぁ」
彼女達の祖父は、才人だった。才能に溢れ、人類最高峰の頭脳を持ち、死にゆく人類の中で『種を存続させるために絶対安全なシェルター』に入ることを許された存在だった。
そのシェルターは元々某国の大統領の為に建築された、あらゆる状況に対応できる東京ドームほどの敷地面積の居住施設だった。
その施設内に、その大統領を含めた百名程度の人間が避難する事を許された。
シェルター内に食料と電力、天然資源を運べるだけ運び込んで、彼らは人類存続のための最後の希望として。
地球と言う星が砕け、生命が存在できる状態では無くなったその時、人類にとって「世界」と呼べるものはその狭い空間だけになった。
当時最高峰だった科学者が最低100年間の安全を保障した。だが、残念ながら100年も持たずして人類は死滅するようではあるが。
「……ここから一発逆転、出来ないかなママ? 人類は亡ばないとダメなのかな?」
「そうねぇ。クローン技術を使えれば100年後まで私達のクローンを生存させることは可能だけど……」
「クローン技術、使えるのママ?」
「ごめんなさい、私には良く分からない分野なの。私、物理工学系の専門だから……」
その当時最高峰の科学者であった科学者たる彼女の祖父は、彼女に弟子として『物理工学』を叩きこんだ。
生物学・医学分野のスペシャリストは、別にいたからだ。
「畑違いの技術だけど、今から研究してみようかしら? ……塩基配列とか、意味分からないのよね」
「ううん。それじゃダメだよママ。100年後まで私達のクローンが生きてたとしても、シェルターが動かなくなったらそれまでだもん。私達のクローンは、外気に耐えられず死亡する」
「じゃあどうするの、アニマ」
「得意の物理工学で攻めるんだよ」
だが、少女アニマはクローン技術を良しとしなかった。それはあくまで人類と言う種族の延命であり、滅亡と言う根本を改善するわけでは無いからだ。
「……アニマ?」
「今から二人で作ろう、ママ。歴史を変えうる技術を」
そう。あんな強烈で天災染みた悲劇から、人類を滅亡から救う手立てがあるとすれば。
「タイムマシン。それしかないよ、ママ」
「まぁ。まぁ……」
その娘の言葉を聞いて、母親は頬を緩めた。
物理工学のスペシャリストたる彼女は知っていたのだ。ありとあらゆる技術を用いても、時空間移動は不可能だと。
その実現不可能な夢を、目を輝かせながら語る娘。それは、何もかもを諦めた彼女にとって酷く好ましいものだった。
「じゃあ、作りましょうか。タイムマシン」
「うん! ママも手伝ってね」
「勿論ですよ」
その、幼い少女の夢物語を。母親である彼女は、精いっぱい支援する事にした。
「ママ。物理工学だからと言って、3次元的思考に拘る必要なんてないんだよ。ほら、例えばこの直方体に4次元的ベクトルの存在を加味すれば体積は疑似的に無限大になるでしょう?」
「……っ?」
そして。
母親たる彼女は、気付いてしまう。
「4次元的ベクトルを加味した仮定上の体積に質量を持つハードウェアを内包する事は難しいけど、ソフトウェアを詰め込む分には制限が要らないんだよ。ソフトウェアに本来ハードウェアの仕事である『存在的処理』を代用させられれば、不可能であるはずの物質の『超光速移動』が可能になる」
「……あ、えっと」
「質量がマイナスである仮定上のソフトウェアを超光速で移動させることによって、本来であれば移動中の物質に加わるだろう『抵抗』を加速のエネルギーとして用いることが出来るから─────」
彼女の娘は。
人類で最後に生まれた、その幼き少女は。
たとえ人類が全員生存していたとしたら、その名を歴史に残すだろう稀代の天才だったことに。
「ね。タイムマシン、現実味が出て来たでしょ?」
「そ、そうね?」
その、少女の言う『現実味』とやらを彼女がしっかり理解するのは、数年後の話だが。人類最期の天才である『アニマ』主導の元、本物のタイムマシンは着々と制作され続けていく。
図らずとも、その日人類は。かつて自分たちを滅ぼした『奴等』の技術レベルに、追いつこうとしていた。
「完成」
そして、とうとうその日は来た。
アニマ少女が、10年の歳月をかけて生み出した至高の装置。滅びゆく人類を一発逆転に導くだろう、たった一つの答え。
時空間転移装置を、アニマは作り上げた。
「……凄い。まさか、本当に」
「今までありがとうママ。ママのおかげだよ」
「……はぁ」
その彼女の言葉に、応える返事を彼女は持たなかった。
彼女は、指示通り組み立てただけだ。途中から理解できなくなった彼女のタイムマシン理論を、理解する事を諦めて指示通りに動いただけだ。
自分の娘アニマは、類まれな才能で人類の文化レベルを大きく超えたオーパーツを作り上げてしまった。
「……じゃ、行こうかママ」
「そう。過去に行くのね?」
「うん。ママも一緒」
「分かってるわ」
その、愛娘の手招きに従って。母親は、ゆっくりとその装置へと近づいた。
「リハーサルや予備実験は出来ない。時空を移動する事で、さまざまな副作用が起こりうる。最悪、ひしゃげて時空の狭間で死んじゃうかもね」
「でも、そんなの全部織り込み済みで行くんでしょ?」
「もちろん。だって、私は諦めないよ」
確固たる意思を秘めた娘。そして娘に深い愛情を持つ母。
その二人が、滅亡した世界で最後に交わした言葉は。
「それじゃ、また」
「ええ」
再会を確信した、簡素な別れの挨拶だった。
「ふぃ~……」
ちゃぽん、と湯に落ちた水滴が間抜けな音を立てる。
「生き返るわぁ……」
俺は全身を脱力し。アルコールが入ったほろ酔い気分で、自宅の湯船に浸かって癒されていた。
「飲み会帰りの風呂、最高……。ほんと、最高ですわぁ」
誰もいない、深夜一時。
平凡な大学生である俺はこの日、サークルの先輩諸兄に誘われタダ酒を楽しんだ後、フワフワと心地よい酩酊のなか深夜風呂に勤しんでいた。
温かなお湯の中で、俺はどうしようもない幸福感と解放感に包まれて、湯から出られない。
さあ、実に困ったぞ。
明日は、大事な大学の講義がある。そろそろ体を拭いて着替え、寝る準備をしないと不味いのだ。
「ラ、ラ、ラー↑」
だと言うのにあんまりにも心地よくて、俺は小さな声で一人歌いだしてしまった。恥ずかしくなんかない、どうせ誰にも聞かれない。
あー。このまま寝てしまいそうだ。でも、それをやっちゃうと俺は100%風邪を引くだろう。
明日の講義は、サボれない実習だ。後々レポートとかめんどくさいことにならないためにも……、出席せねばならない。
「そろそろ上がるか……」
程よく、のぼせてきた。俺は風呂の縁をしっかり握り、よろめく体躯を起こしてバスタオルに手を伸ばす。
ここで転けて骨折とかしたら、良い笑い者になるだろうなぁ。今尋常じゃなく酔ってるし、気を付けないと。
あー。明日の朝、きっと死ぬほど頭が痛いんだろうな。ま、別に良いけど。
「ラ、ラ、ラ……、ん?」
そんな、退廃的極楽気分な俺は。案の定、急な眩暈に襲われ立っている事が難しくなり。
「う、うおっ!?」
そのまま、湯船方向に転倒して肘を打った。
ジーン、とした肘の痺れが酔った頭を醒ましていく。クラクラとした立ち眩みはおさまらず、腕には柔らかな感触がしがみついている。
「あっ痛ったぁ」
ダメだ。今の俺は酔っ払いだ。
風呂に入ってのぼせて、さらにフラフラになっている。これは酷い。
もう、仕方ないかな。このまま、風呂の中で寝ちまおうかな?
そんで、風邪引いて合法的に大学サボろうかな。そうだ、それが良い。
後は野となれ山となれだ。
「おやすみー……」
────ふにょん。
俺が風呂の中に再び体を預けると。全身を柔らかな熱源が包み込んだ。
「おや。男がいる」
その、肉のような感触を感じ。
恐る恐る、ゆっくりと背後へ振り向くと。
「…………女の子?」
「やあ、男の子」
滑らかな黒髪を水面に浮かべた裸の女性が、俺の尻の下に敷かれて笑っていた。
「ここは何処だい? 今日は西暦で何年くらいかな?」
「……あ、え?」
「ふむ。電子管理された入浴施設、透明度の高い水道水。少なくとも西暦2000年代ではあるだろう。一方で風呂に転倒防止対策がなされておらず、モニター液晶や手動式のドアが存在していることから2100年以前に違いない。いや、待てよ? 2082年には湯船に衛生機器設置が義務つけられている。どこにも衛生機器が見当たらないから2082年以前だろうか」
「え、えっと?」
「ああ、何だ。ちょうど良い年代じゃないか、今から科学を発展させられれば十分に間に合う。この私が居れは、100年もあれば星間非質量性シールドの開発が可能だ。流石は私とママの魂の合作、狙い通りに飛んでくれた────」
その裸の美女は。
全裸の俺や風呂を見回しながら、ニヤニヤと満足げに笑ってその場を動かない。悪戯が成功した子供のように、楽しげに俺の体を凝視して笑っていた。
「あ、あ、あー」
「素晴らしきかな! 目の前に人類がいる、実験は成功だ。目の前に男がいる、人類は救われた! ああ、そうだそこの男の子。どうた、ここらで私と一発────」
その、有り得ない非現実的な展開に。
「子作り、しないかい?」
艶かしい裸の美女の不敵な物言いに。興味津々とばかり股間を凝視する、その長髪の女を前に。
俺のメンタルキャパシティは、あっさりと限界を迎えたのだった。
「い、いやぁああん!? 痴女ぉぉ!!?」
「え?」
動転した俺は、見たこともない生の女性の体に興奮するどころか、気恥ずかしくて股間を隠し叫んでしまうのだった。
「正座」
「う、うん」
「よろしい」
風呂上がり。
俺は、その意味不明な女に自前の服を着せ正座させていた。
「君、名前は? 何処の人? 女の子が、あんなふしだらな真似をしちゃダメじゃないか」
「私はアニマって名前だよ。何処の人って言われてもな……、地球人?」
「……年は幾つ?」
「17歳、多分」
「多分?」
「私の世界は暦が機械管理だから、エラーが起きてたら正確な数値ではないかも」
……。私の世界、と来ましたか。
「君は何処の世界から来たの?」
「未来さ。西暦で言うところの2306年」
「成る程。君は未来人と言うわけか。で、なんで未来人が現代の俺の部屋に忍び込んだんだ?」
「宇宙人に地球が滅ぼされそうだったから、滅亡する前にタイムマシンて過去に戻って地球を救おうかと。君の家に座標が向いたのはたまたまさ」
……。タイムマシン。宇宙人。
「そうかそうか。……この場合はどっちだろう。警察なのか、救急車なのか?」
「警察? 救急車? ……あー、成る程。ならば今は2000年代初頭だね」
「いや、まずは警察か。警察の人が、必要であれば病院に連れていくだろう」
「うーん。警察はどうだっけ? 戸籍とか無いと不味いんだっけか? ま、良いや」
そうだ、通報しよう。俺の部屋の風呂に勝手に押し掛けてきて、全裸で子作りしようと言っている美女がいます。手に負えないので、逮捕してください。
「────君、悪戯はいかんよ。そんな美女が見えるなら、近くの病院を受診しては如何かな?」
プツッ。
善良な市民である俺の決死の通報は、残念ながら門前払いされてしまった。
これが、警察か。これが、国家権力か。許せぬ、許しておけぬ。
確かに冷静に考えたら頭おかしい通報内容だけど、それでも来て確認するくらいはしてもよくないか。
俺はすぐさま電話をかけ直し、ブウブウと文句を垂れた。
そして今度は具体的に話そうと考え、風呂に入っていたらEカップの黒髪巨乳美女が音もなく突然出現して「子作りしよ?」と誘惑してきたと必死に訴えた。
お巡りさん、助けて。
「────しつこいな、本当にそっちに行くよ? 君、さっきから呂律も回ってないし、しゃっくりしまくってるじゃないか。どれだけ飲んだんだい?」
プツッ。
その警察の呆れた声を聞き、俺は呆然とその場で立ち尽くし。そして、理解した。
あ。そっか、俺は酔っ払いか。
「で? 警察とやらは、来るのかい?」
「いや、来ないよ。そうか、そりゃそうだ。いきなり風呂場に裸の美女が現れるだぁ? 俺は有機栽培されたリトさんですかぁ? あー。こんな女、酔っ払った俺の幻覚に決まってるじゃん。恥ずかしっ」
納得した。そうか、これは俺の夢か。
そんなに女に飢えてないつもりだったんだがなぁ。裸の美女を幻覚で見る、なんて本当に有り得るんだな。あーびっくり。
「なぁ、服を着せたところ悪いんだけど。もっかい脱いで、裸見せてくれよアニマ」
「ん? 良いよ。子作りするかい?」
「あー。どうしよっかな」
幻覚なら遠慮もいらん。俺の凄まじい童貞力で信じられないほど緻密に描出されたこの美女を、舐めるように見回してやろう。
「ふん、ふん。そうか、ここはこうなっているのか」
「おおー。凄い、でっかくなった。文献通りだ」
アニマと名乗った少女は、恐らく高校生から大学生くらいの年齢だ。
艶のあるセミロングな黒髪が、ふくよかで張りのある胸に掛かっている。
腰骨はイヤらしく肉付いており、そして体毛はうっすらと控えめ。
俺は吸い込まれるように、その豊満な胸を鷲掴みにして、むしゃぶりついた。
「すごい質感だ。触った感触まであるのか」
「うおっ。触るなら一声かけてくれ、びっくりするじゃないか」
「……ごきゅっ」
アニマは微かに頬を染め、困ったような笑みを浮かべている。
スゴイ。俺の妄想力、スゴイ。
まさか、これが俺の隠された真の力? 童貞の凄まじい執念で、美女の幻覚を現実の物とする能力?
よし、俺はこのスキルを
ぐ、ぐふふ、最高だ。この女に何をしても俺は罪に問われないのだ。
だって幻覚だもんね!
「でも、そこまでするからには。ちゃんと私と子作り、してもらうからな」
「……はぁ、はぁ。勿論だぜ」
「そっか。ふふ、私は子作りするのが初めてなんだ。出来れば優しく教えてくれると嬉しいかな」
「そうか、初めてか。ぐふふ」
ああ、良い夢だ。
文字通り、素晴らしい夢。童貞として理想の美女が、いきなり風呂場に全裸で現れて処女を捧げてくれるなんて。
俺はなんて情けなくて寂しくて可哀想な童貞なんだ。
「さあ、来て。アニマに、性の喜びというものを教えて!」
「お、おうともさ! おう、とも……」
情けなくて涙が出そう。何だよ俺、幻覚相手に脱童貞かよ。
あー。しかも、なんかだんだん、眠たく……。
「う、うおおん。うおおーん……」
「え? どうしたの、何で泣いてるの」
「ちくしょう、ちくしょー。どうして俺は童貞なんだ……」
「あれ、嫌なの? 私と子作りするの、そんなに嫌?」
「うおお、ん……」
いかん、泣いたら余計に頭が回らなくなってきた。
何も、考えられな────
「ん……。Zzz……」
「……あれ?」
……。
「え。寝ちゃうの? 子作りはどーしたの? ねーってば」
「おはようございます、センパイ」
「……む?」
燦々と照りつける、日光。俺の下宿に、朝日の恵みが降り注ぐ。
「あーん? お、おお
「お目覚めですか。今日はサボれない講義なんでしょう? 後輩としての務めを果たすべく、モーニングコールに伺いましたよ」
「あー。そーいや飲み会の後、起こしてくれって頼んだっけ」
ズキンズキン、と割れるように痛む頭を押さえ。
俺は薄すぼんやりと目を開けて、部屋に押し入ってきた後輩を睨み付けた。
「何で部屋まで入ってきてんの?
「健気な後輩が寝起きの悪いセンパイを心配して、わざわざ部屋まで起こしに来てあげたんですよ」
「俺と同じアパートだろうが。合鍵やったからって、朝イチで部屋開けて入ってくんなよ……」
この女は、俺のサークルの後輩の日向と言う。
ちょっと前まで女子高生をやっていた、ピチピチ大学一回生。しかしその割には妙に大人びており、あれこれと気が付く奴でもある。
「最初はチャイムは鳴らしました。それで起きなかったので、私はため息混じりにドアを開けて入ったんですが」
「……あー」
「チャイム、聞こえてなかったんでしょう。私が入って起こさなければ、センパイは大事な実習に遅刻してましたね」
……確かに聞こえなかったな、結構深く眠ってたみたいだ俺。
だが、こうも上から説教されるとイライラしてしまう。
……生意気なヤツめ。ちょっと自分が美人で頭良いからって、先輩に対してズケズケと……。
「……で?」
「で、って何だよ」
「だから。……で? ですよ、センパイ」
ズキズキしてる頭を上げて、寝ぼけ眼で後輩の方を見てみたら。
彼女もまた、何故か目を吊り上げて俺を睨み付けていた。
「……何ですか、ソレ。私に見せつけたかったんですか?」
「あ? 何の話?」
「わざわざ私を、起こしに来させて。それ見せたかったんですか?」
黒髪を揺らす彼女の瞳は、静な怒りに揺れている。いつもは、少なくとも猫被りモードの時は礼儀正しく穏やかな後輩だったのだが。
それ、ってなんだ? 後輩は何を怒ってるんだ。
「何か怒ってる?」
「……」
頭が回らねぇ、働かねぇ。日向め、俺が二日酔いだってことくらい分かるだろう。
何か腹が立つことが有ったのかもしれんが、はっきり言ってくれんと分からん。ちょっとくらい気を使いやがれ────
────ふにょん。
「……んっ」
「……あら?」
「寝起きがしらに、一揉みですか。盛りのついた猿ですねセンパイ」
え。何、今の感触。凍りつくような後輩の声に、思わず俺は視線を下ろす。
人肌、か? この感触はまさか、俺の布団の中に、俺以外の人間が居るってのか?
「……ん!?」
え。ちょい待った、思い出した。
たしか昨日、幻覚的な全裸の美女が突如として俺の部屋に現れたんだっけ? あーっはっは、童貞って馬鹿だな。そんなことあるわけないのに。
そう、有るわけない。だから、俺の布団に裸の美女なんて────
「……すぅすぅ」
「……」
居るわけ無いのに。何でまだそこにいるの、
「で? センパイ、誰ですかその女」
「……」
それは屑を見る目だ。養豚場の豚を見るより、冷酷な目だ。
俺は風呂上がりで寝たのでパンツ一枚。
そんな二人が同じ布団でスヤスヤ寝ている姿を見て、後輩は激怒したらしい。
これはあれですね、どうみても事後以外の何者でもないですね。あはは。
「うん。この人、誰なんだろうね?」
「……」
……。そんな目で見られても、知らんものは知らんがな。
「つまりセンパイは、泥酔したまま途中で女性を強姦して、あげく記憶すら残していないとそう言うことですね」
「違う!」
この後輩め、何て奴だ。人をレイプ魔みたいに言いやがって。
もしかして俺は、今までずっとそんな事をする様な人間だと思われていたのだろうか。
だとしたら許せん。目を掛けてやったのにあんまりだ。
「ではいかなる理由で、センパイのベッドに見覚えの無いから全裸女性が居るのでしょうか。私が先に挙げた推測以上に、現実的な言い訳をお願いします」
「……それは、あれだ。突然風呂場に全裸の美女が沸いてきて……」
「……」
……。
「そのまま子作りしようと言い寄られ……。そして、こうなったというか」
「……」
「あれ? ひょっとして俺、本当にやっちゃった? 記憶に無いだけで、もしかして日向と言うような最低行為をやっちゃった?」
「……センパイ」
「いや、でも。そんなバカな? 俺にそんな度胸がある訳無い。しかし、状況的にそれしか」
「大丈夫です。センパイ」
しかし、俺の記憶は余りにも怪しすぎて信用に値しない。
お風呂してたら全裸の美女が突然現れただって? もーすこしマシな夢を見なさい、俺。
「自首しましょう。私がついていってあげます」
「違う、違うんだ」
「サークルから逮捕者が出るのは悲しいですが、私は正義を優先します。センパイのせいで貞操を散らした、そこの哀れな被害者の為にも」
いかん。日向は本気だ。もうちょっとマシで現実的な言い訳を創造せねば。
つまり、昨日のアレは夢。それは間違いない。
あり得る現実として、俺は昨晩の飲み会で皆と別れてから、あの女性を連れ込んだことになる。
となると、今の状況から正答を導きだすしかない。
「待て日向……もうひとつ、重要な可能性を忘れていないか」
「はい?」
「それは、俺も彼女も同意の上という可能性さ」
そう。この可能性だって十分に存在する!
「つまり……酔った俺はこの美女をナンパしてお持ち帰り、ウハウハな一晩を送った。その可能性もあるだろ!」
「寝言は寝てる時だけ言うもんですよ。はい、1.1.0と」
「だから通報はちょっと待ったぁ!!」
やべぇ、この後輩。
「まずはそこで寝てる彼女に、話を聞けよ。それで全てが分かるだろ」
「……おー。センパイ、ついに罪を認めるんですね」
「違うっつの。ホラ、起きて、そこの……えっと……巨乳ちゃん」
ユサユサ。
俺は自らの潔白を証明するべく、全裸女性の肩を揺すって起こす。
大丈夫だ、自分を信じろ。俺はいくら酔っぱらったからといって、流石に女性を強姦するような鬼畜外道ではない筈。
「ムニャムニャ……。うん? ふわーぁっ」
「お、起きた」
その女性は肩を揺すると、モゾモゾ言いながら顔を上げた。
「おはようございます。安心してください、私は貴女の味方ですよ」
「……日向?」
「昨晩、何があったか教えてもらえますか。大丈夫、もうこの鬼畜外道には手を出させませんので」
「成る程。さては貴様、俺の事を欠片も信用していないな?」
それを見た日向が、慈母のような優しい笑顔で女性に語りかける。
話しかけられて暫くボーッとしていた
「女の人が増えてる。本当に、まだいっぱい居るんだね人類」
「……え? うひゃあっ!?」
日向にひとしきり興味を示した後、何故かおもむろに日向の乳を揉みしだいた。
驚いて俺の背中に隠れた日向を追って、幻覚少女は立ち上がる。
そして俺の方を見て、やがてニヤリと人懐っこい笑みを浮かべ、
「おはよ、男の人。早く、子作りしよ?」
そう言って、抱きついてきたのであった。