FFX-2 Another After ~薄れゆく意識の中で~ 作:ナナシの新人
慰霊碑が建つ岬から廃村へ戻り、広場で焚き火を囲んでいた。日が沈んだ薄暗い空の下、焚き火の柔らかな明かりが辺りを照らす。揺れる鮮やかな炎を、体育座りで眺めていたリュックが、沈黙を破った。
「ふたりはさ、どう思った? あの子の話。“シン”が倒されたあとに勃発した、人間同士の愚かな戦争」
「1000年前の死者が残した記憶か。まぁ、シューインのこともあるし、ないとは断言できない。実際つい最近まで、新エボン党と青年同盟は一触即発の状態だったし。今は、スピラ評議会になって表面上はひとつにまとまってるけど。ヌージたちは、内密に協力を依頼をしてきた。少なくともアイツらは、内部の人間を全面的に信用しちゃいない」
しばしの沈黙。パチッと、火の中の枯れ枝が弾けた音を合図に立ち上がる。
「私、もう一度話してくる。リュックとパインは待ってて。ふたりだけの方が話しやすいこともあると思うんだ」
「了解。夕食の支度しておく」
「テントは、アタシに任せてー。雷克服キャンプで慣れてるからさ」
「ありがとう」
ひとり、村はずれの岬へ向かった。
荒れ果てた村の中で、唯一手が行き届いている雑木林を抜けた先の岬には、人の姿はなかった。
「下かな?」
崖下へと続く道を探そうと、マヤナが鎮魂の祈りを捧げていた石碑の前に立った時、足が止まった。
海の向こうには、ザナルカンド遺跡を漂う無数の幻光が虹色の輝きを放ち。反対側では、人工的な光りで輝く機械都市ベベルが見える。
ここはちょうど、1000年前ナギ平原を舞台に激戦を繰り広げれた機械戦争。その両都市が線上に交わる中間地点に位置していた。
そして、岬に建てられた石碑は先の戦争や、後に“シン”の犠牲になった人々の魂を慰める慰霊碑。よくよく見ると、周囲の地形に不自然な段差があったり、崖が抉られていたりと、激しい戦闘の爪跡がところどころ刻まれている。
「どうか、安らかに......」
真摯に祈りを捧げ、暗い足下に注意を払いながら、崖下へ降りる。
「あれ? 何もない? わっ!?」
崖の下は行き止まり。少し探してみようと思った瞬間、突然の大波に攫われて、夜の海に引きずり込まれた。潜る練習を続けて来たとはいえ、真っ暗な海。岸へ這い上がろうにも目印はなく、上も下もわからず、ただ激しい潮の流れに身を任せることしか出来ない。口から空気が漏れ、耐えがたい苦しさが襲ってくる。しかしそれも、やがて薄れていった。
ついには意識を失いかけたその時、微かに声が聞こえた。
――誰? と、心の中で呼びかけ、目を開ける。
目の前には、無数の幻光が漂っていた。暗い海中で光り輝く幻光の光は、まるで夜空に瞬く無数の星々のようだった。
思わず見とれてしまいそうになるが、息が持たない。上っていく幻光を頼りに手を伸ばす。幻光の一つが、微かに指先に触れた。
触れた幻光からイメージが頭の中に浮かんできた。
嵐の夜、泥濘んだ道なき道を必死に走る記憶。肺が苦しくなるくらい全力で、誰かに手を引かれて、何かから逃げる記憶。
そして訪れる、苦しみ、悲しみ、絶望。負の感情に支配されかけた次瞬間、はっきりと声が聞こえた。
――ユウナ! 手を伸ばせ!
雑念を振り払って、目を開けてる。そして、聞き覚えのある声が聞こえた方へ必死に伸ばした手が......結ばれた。
* * *
「――はっ!?」
意識を取り戻すと、ロウソクの小さな明かりが灯る見知らぬ場所で横になっていた。聞こえるのは、自分の呼吸と反響する水の音。手も、目も動く。
「......生きてる?」
声もちゃんと出た。ほっとして目を閉じ、ゆっくり深く深呼吸して呼吸を整えていると、少し離れたところで人の気配がした。
「あ、よかった。気がついたんですね」
「あなたは......マヤナ?」
「はい。海に落ちたんです。覚えていますか?」
問いかけに、ゆっくりと頷く。
「誰かが、助けてくれた。声が聞こえたんだ。手を伸ばせって......」
「それはきっと、祈り子様です」
「祈り子様?」
マヤナが見つめる視線の先には、石で出来た粗削りな台座の上で片膝を抱え、半身が結晶化した姿の祈り子が祭られていた。
「これが、祈り子様なの?」
「はい。岬の石碑の真下で見守ってくれています。あたしも、助けていただいたんです。ユウナさんとガードのみなさんが、“シン”と戦っている時に――」
“シン”の攻撃により、この村は壊滅的な被害を受けた。
何人もの負傷、死者を出し。生存者救出、行方不明者捜索のため、近海を船で通りかかったアルベド族の手も借り、地殻変動の影響で雷鳴が轟く荒れ狂う嵐の中決死の救出、捜索活動が行われた。
救出活動の最中、誤って海に転落。海の中を彷徨う死者の残滓に触れながら漂い。いよいよ死を覚悟したその時、“シン”の攻撃で、長年塞がっていた洞窟の入り口が開かれ、洞窟の中の祈り子に導かれるかのように打ち上げられた彼女は、九死に一生を得た。
「そっか。あの時、巻き込んじゃったんだね」
「いいえ。犠牲になってしまった人に申し訳ない気持ちになってしまいますけど。あたしは、あの出来事があったから、召喚士として覚醒したんです。悲惨な歴史を繰り返させないために。それに、祈り子様にお会いすることも――」
横になっていた身体を起こして、祈り子を見る。
「この祈り子様は、いつの時代の祈り子様なんだろう?」
「村の言い伝えによると“初代のシン”が倒された後、ユウナレスカ様のナギ節の頃だそうです」
「じゃあ、機械戦争以前の祈り子様じゃないんだね。お礼のご挨拶させてもらうね」
祈り子の前で膝を付き、目を閉じて、エボン式の祈りを捧げる。
久しぶりのエボン式の祈り。使う機会は減っても、体が覚えてる。
「あれ? 声が聞こえない。他の場所より、幻光は満ちてるのに。もしかして、嫌われちゃった?」
「いえ。この祈り子様は、ザナルカンドの祈り子様ではないので」
「じゃあ、スピラの祈り子様? そういえば、祈りの歌も聞こえないね」
祈りの歌は、ザナルカンド稀代の召喚士――エボン=ジュを讃える讃歌。ザナルカンド生まれではない祈り子には、特別思い入れある歌ではない。
「返事はなくても、聞いてくれています。だって、結んだんですから」
「結んだ......」
――そういえばあの時、彼もそんなことを言ってたっけ。
異界を駆けていた時のことを思い出したが。ひとまず、祈り子へ向かって深々と頭を下げて、お礼の意思を伝える。
「助けてくださり、ありがとうございました」
「無事でよかった、と言っています」
「わかるの?」
「何となくです。ずっと一緒に居ますから」
「そうなんだ。けど、どうしよう?」
改めて周囲を見回す。岬の崖下のこの洞窟は、満潮時になると出入り口が水没してしまう。外へ出るには、再び海の中を行くしか道がない、と思いきや。
「ちょっぴり狭いですけど、非常用の出入り口があります」
「よかった」
鎮座する祈り子の横の壁に置かれた板を退かすと、人ひとりがどうにか通れる程度の隠し通路が現れた。身を屈めて、整備されていない坂道を上ること十分弱、廃村と岬の間にある雑木林の中に出た。
「出れた~」
地上に出られたのは夜明け前、東の空がすみれ色に染まり始めた頃。近くで、リュックとパインの探す声が聞こえる。声のする方へ大きく手を振って、ふたりの名前を呼ぶ。
「あー! 居たー! 全然帰ってこないから、心配したんだから!」
「ごめん」
「まったく、人騒がせな。ひとりなのか?」
「ううん、あの子も一緒。岬の下に洞窟があって、そこで話してたんだ」
少し遅れて、マヤナが地上に上がってきた。
「それで、話は出来たのか?」
「うん。納得した」
「そうか、ならいい。やることは決まったな」
「だね! 目的は今から、スピラの祈り子探しって、どうやって探すの?」
「しらみつぶし、しかないだろ?」
「うへぇ~......」
あからさまに肩を落とす、リュック。
「ベベルへ行こう。ベベルにならきっと、手がかりになる物があるはず――」
スピラの首都ベベルの方へ顔を向ける。
「マヤナ。あなたは、どうする?」
「あたしも、ベベルへ行きます。公認送儀士ですので」
「じゃあ、一緒に行こう」
「はい」
頷いたマヤナは、旅仕度を整えるため廃村の一室へ向かい。するとそこへ、パインの通信スフィアに連絡が入った。
「緊急通信? シンラからだ。ナギ平原に、未知の魔物が多数出現。守備隊が交戦中も状況は劣勢――」
「それ、マズいんじゃないっ?」
「行こう!」
「って言っても――」
マカラーニャで飛空艇を降りて、この廃村まで一日以上かかった。全力で戻っても半日以上かかる。何より、そんな疲労しきった状態でまともに戦うことは無謀。
「リモートで呼び寄せられないのか?」
「無理。ジャックされないように、飛空挺のメインパネルをロックしちゃってる」
「とにかく、急いで向かおう。全力で戻れば、きっと間に合う......!」
「大丈夫です!」
マヤナが、シキと共に戻って来た。
「シキ。お願い」
「多少誤差はあるぞ」
「そっか、飛ばせるんだっ!」
「みなさん、シキの周りに!」
足下が輝き、眩い光りの柱に包まれた。
直後、目の前が暗転。気がついた時には、別の場所に居た。
「ここは、どこだ!?」
「後ろ! レミアム寺院だよ」
「じゃあ、この吊り橋を越えれば、ナギ平原だ!」
深い谷と谷とを繋ぐ、長い吊り橋。
守備隊の援護のため、ナギ平原へ向かおうとした足が止まった。
「どうしたのっ?」
倒れそうになったシキを、マヤナは必死に抱き止めた。
「......すみません。先に、行ってください」
「――わかった。ありがとう。ふたりとも、行こう!」
走り出した背中から声が聞こえた。
「ごめんね、ごめん......」
抱き止めた胸の中で、今にも泣き出しそうな震える声が。
彼女は何度も、何度も謝り続けていた。