FFX-2 Another After ~薄れゆく意識の中で~ 作:ナナシの新人
スピラの首都ベベルに次ぐ都市、ルカを定刻通りに出港した連絡船は、炎を司る祈り子が鎮座するポルト=キーリカを経由し、スピラ最南端の有人島、ビサイド島への航路を進んでいる。南下していくつれ、だんだんと暖かくなる潮風と日差しを体に受けながら、しばしの休憩。
「ようやく次が、大召喚士様在住のビサイド島か」
「今は、不在だそうだけどね」
公認送儀士のクルグムは、テーブルに置いた映像スフィアに映るニュースを見ながら答える。スフィアには、ルカに局を構えるスフィア放送の女性レポーター、シェリンダが、戦場になったナギ平原をバックにリポートしている姿が映しだされていた。
『ご覧ください。ナギ平原は、先の戦闘の激しさを物語る激しい爪跡が数多く残っています。そして現在、被害を受けた旅行公司や、歩道の復旧作業が急ピッチで行われています。なお、今回の戦闘では多数の負傷者――』
頬杖をついて、スフィアから視線を外す。
「また、魔物騒動か」
「それも、僕たちが倒してきた魔物より遥かに強力化してる。あの、ヌージ司令官が重傷を負うほどに。ただ、死者が出なかったことはせめてもの救いだよ」
「まったく、どうなってるんだ? スピラは――」
「......ユウナ様なら、何か掴んでいるかも」
「神格化し過ぎ。“シン”を倒したのは、素直に尊敬してる。けど今は、辺境のビサイドでエボナーの指導してる人だぞ」
政治の世界から、もっともかけ離れた場所で。
「それこそ偏見だよ。今回の騒動を収めたのはユウナ様たちだって噂も耳にしたし。各地で問題解決のために奔走してるという目撃証言は聞いたでしょ? チュアミも」
「所詮噂だろ、うわさ。だいたい、どうしてわざわざ出てくるんだ? 今回の騒動は、評議会管轄......もしかして、今回の騒動もエボナーの仕業なんじゃないのか?」
声を潜め、ふと浮かんだ疑問を伝える。するとクルグムは、やや不機嫌そうな表情を見せた。
「感心出来ないな。根拠も、証拠もなしに疑いをかけるのは」
「わーたよ。私が悪かった」
素直に過ちを認め訂正したが、やはり疑念は残る。
「ビサイド村のルールー村長を尋ねれば、その辺りのことも何かわかるかも知れないよ。チュアミのお父さんのことも」
「ハァ、だといいけどな」
「そのためにも、しっかりお役目を務めないと」
そこへ、間もなくビサイド島への到着を知らせるアナウンスが船内に流れた。身支度を整え、海岸沿いの港から上陸。ユウナが現在不在ということもあって、上陸する人は数えられる程しかおらず。その大半が、隣島まで買い出しに出掛けていた島民。島民の後に続いて、船を下りる。
白い砂浜に繋がる桟橋に立ち、軽く伸びをして、大きく深呼吸。
「ん~んっ! ハァ、やっと着いた」
「魔物に遭遇せずに済んでよかったね。行こう」
休憩する間もなく、ビサイド村の村長ルールーを訪ねる。
「評議会の公認送儀士? 送儀士の派遣を依頼した覚えはないわよ」
「僕たちは今、各寺院を巡る旅をしています」
「道中で見かけたいざこざの仲介、魔物退治、異界送り、交通網の整備の要望なんかも、スピラ評議会へ報告したりしながらね」
「ふーん。んで、ビサイドが最後の寺院ってことか」
「はい。主要寺院すべての祈り子様にご挨拶させていただきました。例え今は、ただの石像だとしても、スピラのために命を捧げた方々ですから」
「いい心がけだな。ルー」
「そうね。お祈り自体悪いことじゃないし。わかった、祈り子の間への入室を許可してあげる。ただし、祈り子様の前では粗相のないように」
「ありがとうございます、ルールー村長。何かお手伝い出来ることや、評議会宛にメッセージがあればお伝えいたします」
「変な気は回さなくていいわ。でも、そうね。時々、運搬用の飛空艇が故障や悪天候の影響で飛ばないことがあって。連絡船の本数を徐々に減らす方向で検討しているそうだけど、定期便は維持してもらえると助かるわ」
「わかりました、確かにお伝えいたします」
ルールーに一礼し、ワッカの案内でビサイド寺院へ。
「ここは、試練の回廊って呼ばれていた通路だー......って知ってるよな?」
「はい。別の寺院も特徴のある通路がありました。それらは、召喚士の修行を積むためと聞き及んでいます」
「そうだ。さまざまな仕掛けを解読して、一番奥の祈り子の間で祈り子と対面する。まる一日以上かかることもあるし、時には、命にかかわることもある」
「そんな大変な修行を......」
「私たちも、命懸けだったじゃないか。マカラーニャ寺院なんて特に」
マカラーニャ寺院と聞き、ワッカは興味を示す。
「お前ら、マカラーニャ寺院にも行ったのか。今、水没してんだろ? 飛空艇禁止ってだけでも大変だろうに、バラライのヤツ、結構厳しいんだな。けど、一人前の送儀士になるには、そんくれー厳しくねーといけないのかもな。お前は、どんな異界送りをするんだ?」
「どんな、ですか?」
問われた言葉に、クルグムは返答に困った。知る限り、個人差は多少あるものの。異界送り自体の差異はあまりない。
「えーと......」
「こいつ生真面目なんで、基本に忠実な踊りが持ち味なんです」
「そうか。何ごとも基本は大事だからな。いいと思うぞ」
「あの、ところで、ワッカさん」
「ん? なんだ?」
「ユウナ様は普段、ビサイドで何をなされているんですか?」
「簡単にいうと、いわゆる人生相談だな」
「いくら大召喚士っていったって、まだ20の女にすることかよ」と、心の声が漏れそうになった言葉を飲み込む。今の言葉は、口にしない方が得策。三盟主に盗聴がバレた時に学んだ。
「知ってるだろうけど、寺院の教えが生活の土台になってる人は、まだ多い。ちまたで、エボナーって呼ばれてる人たちが典型だな」
「エボナーは、いったい何が目的なんですか? 寺院も、“シン”もいないのに。そもそも、世界を欺いて牛耳っていた寺院に都合良く創られた教えを信じて生きても仕方がないじゃないですか」
「チュアミ......!」
「まっ、そうなんだけどよ。けどな、生き方を変えるってのは簡単なことじゃない。チュアミって言ったか。お前今、いくつだ?」
「17です」
「17か。お前くらいの歳の頃は、周囲の環境で心と体が大きく変化する多感な時期だ。良くいえば柔軟性があるし、悪くいえば流されやすい」
「そんなことない!」と、反論してやろうと思った。でも、出来なかった。それくらいの分別はある。なんの根拠もなく反論したところで、簡単にあしらわれてしまうことは目に見えていた。
反応を見るように一瞬向けた視線を前に戻し、語り出した。
「自分で言うのもあれだけどよ。オレは、模範的なエボン信者だった。教えに反する機械を使うアルベド族に嫌悪感、憎悪を抱いてたし。教えの通りに過ごしていれば、いつの日か“シン”は自然といなくなるって本気で信じてた」
「伝説のカードのワッカさんが? 失礼ですが、とてもそのようには思えないのですが......」
「はっはっは、人は変われるってことさ。考え方が根底から覆るくらいの経験するとな。だからよ、なんとなく理解できるんだ、エボナーとして生きる人たちの葛藤ってヤツを。さて、この下が控えの間に通じる昇降床がある部屋だ。中では、祈ってる人が居る。荒立てるなよ?」
念を押され、スフィアがセットされた台座を昇降床の窪みに押し込む。すると音がして、足下の床が競り下がった。祈りの歌が聞こえる。下の部屋に着き、通路を抜けた先に、祈り子の間へ続く階段を降りると、数名の人たちが跪き扉の奥にある祈り子に祈りを捧げている、控えの間に辿り着いた。
* * *
「挨拶は、済んだみたいね」
「はい。ありがとうございました」
クルグムの会釈からワンテンポ遅れて、同じように頭を下げる。
「これから、どうするの?」
「ベベルへ戻ろうと思っています。報告したいこともたくさんありますので」
「そう。気をつけて、と言いたいところだけど。今日はもう、連絡船も、飛空艇も飛ばないわよ」
ルールーの言葉を聞き、小さくタメ息がこぼれた。
「一泊していくしかないな」
「そうみたいだね」
「それなんだけど。今日は、宿に空きがないのよ」
寺院に完備されている宿泊所は今、ユウナとの面会希望者が宿泊中。討伐隊の元宿舎の方も現在、ベベルから派遣された守備隊が使用している。距離があることを理由に待機を命じられ、ナギ平原での戦闘の応援には行かず終いだった。
「また、野宿か?」
「そうだね。どこか、テントを張れる空き地をお借りして――」
「そういうわけにもいかないでしょ。うちに泊まっていきなさい。用意してあげるから」
「そんな。ご迷惑をおかけするわけには......」
「遠慮しないの。それに、放っておくなんて、夢見が悪いわ」
そう言うと、夕食と寝床を用意してくれた。
ベベルから始まった長旅の疲労を温泉の湯と共に洗い流して、寝具に横になる。
「久しぶりに、ゆっくり寝られそうだなぁ......」
「そうだね。ビサイドの幻光は安定しているみたいだから、魔物の心配も少なそうだし。ちゃんとお礼をしないといけない」
連絡もなしに、いきなり訪ねたにも関わらず、手厚くもてなしをしてくれた。悪い人たちじゃない、と思った。横になったクルグムが、顔を横に向ける。
「ねぇ、チュアミ、聞かなくていいの? チュアミのお父さんのこと――」
――沈黙。質問には答えず、日付が変わった頃、ひとり、外の空気を吸おうと家を出た。昼間の暑さはなく、肌寒さを覚えるくらいひんやりとしていて。澄み渡った夜空には、無数の星々がキラキラと瞬いている。人工灯が街を照らすベベルではまず見られない美しい夜空に、思わず見入ってしまう。
ふと気がつくと、どこからか、優しい歌声が聞こえてきた。
誰もが知っている歌、スピラの子守唄。
歌が聞こえてくる、家の裏手へ回る。歌っていたのは、小さな赤ん坊を抱いたルールー。
「あら。起こしちゃった?」
「少し寝付けなくて。星を眺めてたら、懐かしい子守唄が聞こえてきたから」
「そう。なら、少し話さない?」
家の表側に戻り、少し間を開けて、木組みで作られたベンチに座る。話しを切り出したのは、提案を持ちかけたルールーから。
「正直言うとね、警戒していた。訪ねてきた時からずっと。あんた、妙にピリついてたから」
「......そんなこと」
「あるでしょ」
否定する前に、ピシャリと断定された。
「母親ってね、そういうのに敏感な生き物なの。だから、あの人に案内役になってもらった」
「母親......」
警戒心を持たれていたこと以上に「母親」というワードを耳にして、膝の上で握った手に自然と力が入ったのを見逃さない。
「あの人の話し、聞いたでしょ?」
「昔は、熱心なエボン信者だったって......」
「そう。あの人には、弟がいたのよ。けど、四年前。寺院に禁じられたアルベドの武器を手に、“シン”に殺された」
「それでエボン信者になって、アルベド族を恨むように?」
「ええ。でも実際は、お門違い。禁じられた武器を使うと決めたのは、チャップ自身なんだから。だけど、唯一の肉親を失ったどうしようもない悲しみと絶望を埋めるためには何かにすがるしかなかった。そうしなければ、生きていけなかったのよ。あの人も、私も――」
どこか儚げな優しい表情で、腕の中で寝息を立てる子どもを愛おしそうに見つめる横顔は、いつか見た母親の表情と同じだった。
「今のあんたを見てると、昔の自分を思い出すわ。何があったかは聞かない、話して楽になるなら聞くけどね。けど、何かどうしようもないものを抱えているものがあるなら。自分の目で見てきたもの、実際に触れたことと向き合って判断なさい。なんだか、説教っぽくなっちゃったわね。さあ、そろそろ戻りましょう。朝いちで帰るんでしょ? 寝不足は、体に障るわよ」
先に席を立った、ルールーの背中を呼び止める。
「......教えて欲しいことがある」
「なに?」
意を決して聞いた。なかなか切り出せずにいたこと。
時代に取り残され、教えを信じて生きるしかなかった人たち――エボナーに同情して、エボナー狩りのハンターに殺された母親から聞いた、物心がつく頃には既に居なかった父親のこと。
大召喚士ブラスカと、ブラスカの娘、大召喚士ユウナのガードを務めた、伝説のカード・アーロンのことを――。