FFX-2 Another After ~薄れゆく意識の中で~ 作:ナナシの新人
ザナルカンドでの調査・記録作業を終え、星詠みの集落へ戻った少年は、ザナルカンドで実際目にした出来事を事細かに歴史書に記録していた。
『ザナルカンドへ派遣されたベベル兵は、ザナルカンドに残された獣芯を飛空艇に積み込み輸送していた。目的は、現時点では不明⋯⋯』
運び込まれた獣芯――祈り子像を載せたベベルの飛空艇が進んだ航路を機械戦争終結後現在の地図を重ね合わせる。しかし、飛空艇は飛び立った飛行ルートを直線に進むとは限らない。この記録を終え次第、今度は飛行ルートの直線上に位置する場所――スピラの首都"ベベル"へ向かうことを心に決めた。
書き綴る手を止めて、チョコボの羽根を使ったペンを置き、部屋の窓を開ける。潮の香りが混ざったひんやりとした浜風が、風でメモ用紙が飛ばないよう窓を閉じていた部屋の中を駆け抜けた。風に当たりながら、ふと、外へ目を向けると木陰に彼女――マヤが座っていた。メモ用紙を束ねて棚に収め、外を見たとき目が合って笑顔で手招きをした彼女のところへ。
『おつかれさま』
『そっちも。修行はどう?』
『ちょっと休憩』
木陰に座っている彼女の膝の上には、年代ものの書物。「星詠みの巫女」について記録された貴重な歴史書。一族から召喚士の素質を持つ"星詠みの巫女"が誕生したのは、100年以上前のこと。各地に実在している召喚士の修行はともかく、星詠みの巫女の修行、巫女の役目に関しては先人の記録に頼る他なかった。
『式神のこと理解できた?』
『ちょっとだけ。手貸して』
出した右手に、彼女は自分の手をそっと重ねた。
重ねた手の周囲に、幻光が集まってきた。
『一緒に想像して』
『想像?』
『うん。私たちがもっと小さかった頃⋯⋯マカラーニャの森の泉で一緒に見た、あの蝶の姿を――』
『蝶⋯⋯』
『――もう、いいよ』
重なっていた手を、ゆっくりと離す。すると、彼女の手の中に幻光と同じ色に光る蝶の姿があった。彼女の手を離れ、ひらひらと舞う幻想的な蝶の姿に誘われて、村の子供たちが集まってきた。目を輝かせる子供たちに彼女は優しく微笑みかけ、彼もまた、そんな彼女を近くで見守っていた。
願いをカタチにする能力⋯⋯獣芯を、祈り子像を必要としない召喚術。星詠みの巫女は一般的な召喚士より幻光の扱いに長けている、もしくは、その術を「式神」として古来から伝承し続けてきたのかもしれない。
そして、場面転換が起きた。
復興が進むベベルの街を彼は調べ物をしてひとり歩いていた。
『(中心地は以外は以前来た時とほとんど変わってない。それにしても、物々しい警備だ。市街地のいたるところにベベル兵が配置されてる)』
『おい! お前――』
背後からベベル兵の声。声をかけられたのは、他の人だった。
『何処のエリア在住だ? 難民キャンプか。用事が済み次第すみやかに帰宅するように。士官候補生だったのになんで、市街地の警備なんかを⋯⋯ベドールのヤツら』
『愚痴るなよ。失脚した幹部連中と違って、俺たちの地位は担保されてるんだ。テスト中の新型の警備兵器が正式導入されれば晴れて内地に転属だ。何だかんだ言っても、"シン"にやられて人材不足だからな』
『(新型の警備兵器⋯⋯戦争終結後ベベルの権力を握ったベドール、技職の神アルブは、ベベルの機械都市化をよりいっそう進めてる⋯⋯)』
視界に入らないよう細心の注意を払って一定の距離を保ちながら、ベベル兵の会話に聞き耳を立てる。いくつか気になる言葉を拾った。特に気になったのは、深夜遅くに飛空艇が出入りしているというもの。市街地を離れ、先日共にザナルカンド調査へ行った年上の男性と、マカラーニャの森で落ち合う。
『飛空艇は、工事現場付近で離着陸しているようです』
『断定は出来ない、復興工事の資材運搬の可能性も高い。深夜か⋯⋯作業着を調達する。先に、テント張っておいてくれ』
『はい』
そして、夜。作業着に着替え再びベベルヘ。
機械戦争末期。シンの攻撃を受けて、住居を失った各地の被災者が暮らす難民キャンプを歩いていると、昼には見かけなかった人集りが出来ていた。
『あれは、エボン教の宣教師⋯⋯』
『縋るものが必要なんだ。復興が進まない現状に不満を持つ人、不安に思う人は少なくない。実際ベベルの、スピラの機械文明を破壊し尽くした"シン"を倒したのは、エボンの娘ユウナレスカ。神聖視されても不思議じゃない。さあ、急ごう』
難民キャンプ、市街地を抜けて、昼夜問わず復興、新設の建築工事が行われている内地へ入る。目立たないよう可能性な限り照明の陰を通って、視界を遮る一際高いフェンスに囲まれた現場の出入り口を厳重に警戒する警備の目を避け、息を潜めて待機。
丑三つ時になろうかという遅い時間に動きがあった。1機の小型飛空艇が、フェンスで囲われた中心の上空で停泊。フェンスの内側から6機の作業用クレーンのアームが伸び、飛空艇を固定した。
『わざわざ機械を使って飛空艇を降ろすのか、ずいぶんと大がかりだな』
『あ、あれを!』
『あれは、獣芯か⋯⋯マズい、離れるぞ』
警備員の一人の目がこちらを向いた。他の警備員を呼ばれる前に、積まれた資材の陰に身を隠しながら現場を離れ、どうにか難民キャンプまで無事に戻って来られた。作業着を脱ぎ、あと少しでベベルを出るというところで足が止まった。
『どうした?』
『今、何か横切りませんでしたか?』
『いや、気がつかなかった。コウモリじゃないか』
『コウモリ?』
確かに、難民キャンプ内の薄暗い街灯にそれらしきシルエットが見えた。おそらく、隣接するマカラーニャの森に住処があるのだろう。
『さあ、行くぞ。長いは無用だ』
『あ、はい』
テントの前にコウモリとは明らかに違う影を見たような気がしたが、後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、止まっていた足を再び進めた。
昼過ぎに無事村へ帰り着き、ひと休みしてから記録作業に取りかかる。自分が見て聞いたことそのすべて記録し終え、別行動していた男性の記録をまとめる。
『ベベルでは今、ザナルカンドの指導者エボンとエボンの娘ユウナレスカを崇めるエボン教を流布する活動があり、難民キャンプの住民を中心に入信者が増えている。内地、市街以外の地復興があまり進まないことで現政権に対する不平不満、漠然とした不安が大半をしめ。それらの根底には「"シン"は、エボンがベベルを滅ぼすために召喚したのではないか」という憶測が、機械戦争終結から8年の歳月が経過した今も人々の記憶に深く根付いている――』
『求心力の低下を恐れたベベルは、エボン教を監視対象とした』と、文章を締めた。記録をした書物を風通しの良いところに置き、隣の屋敷に住む、記録者の上役へ報告に行く。
『記録を終えました。今、乾燥しています』
『ご苦労。こっちもあと少しで終わるから待っていてくれ』
空いている椅子に座る。
『報告にあったベベルの新型警備兵器のことだが、どうやら難航しているようだ。なんでも、技職の神アルブ肝いりの新技術が上手く作動しないらしい』
『そうですか』
『それと、他の記録者が妙な噂を掴んだ』
『噂ですか?』
不確定な情報は、精確な記録の妨げになる。
耳に蛸が出来るほど何度も何度も繰り返し執拗に聞かされたセリフ。
『既に現世に居ないはずの人影を見たという噂だ』
『故人⋯⋯見間違いでは?』
『一件、二件ならそうだろう。しかし、報告件数は数十件。一部地域ではなく、スピラ各地で目撃されている。噂話で片付けるには多いことから、本格的に調査することになった』
『わかりました。すぐ準備を――』
『今回は待機だ。今度の調査は、熟練者だけで調査・記録を行う。"呼び寄せ"の可能性が高いが、在住の召喚士が放置しているのは妙だ。村の留守を、星詠みの巫女を――娘を頼む』
星詠みの巫女マヤの父を含む熟練の記録者が、近頃各地で相次いで目撃されている現象について調査へ出かけてから数日が経った。日々の記録作業を終え、家の外で護身用の木刀で素振りを行っていると、巫女の修行を終えたマヤがやってきた。
『珍しいね、剣の稽古だなんて』
『ちょっと⋯⋯今、大人居ないし。気休めだけど』
『そういう意味じゃ私も役に立たないしなー。そもそも、召喚ってどうすればよくいいのかわからないし』
この村には獣芯が――祈り子がないから、召喚士の修行は知識を積むことしかできない。
『うーん、あっそうだ。"式神"をそういう風に願えばいいんだ。そうすれば、村のみんなも、キミも守れるよね』
『それは、ちょっと⋯⋯情けない』
『あっははっ! じゃあ、私のことはキミが守ってね』
そう、彼女は微笑んだ。
太陽が傾き始め、オレンジ色に変わり始めた空にどんよりとした灰色の雲がかかり出した。水平線に日が沈むのと時を同じくして、空から雨が落ち始める。徐々に激しさを増す雨。地面を打ち付ける雨音の中に、別の音を拾った。窓を開けて、外の様子をうかがう。
『灯り?』
遠くで揺らめくいくつかの赤い灯り。調査隊が戻って来たと思い、出迎えようと雨具を用意していると、玄関のドアが開いた。姿を見せたのは、ザナルカンドとベベルへ一緒に調査に行った年上男性。しかし、様子がおかしい。息は絶え絶え、体のいたるところを負傷していた。
『大丈夫ですかっ!?』
『俺のことはいい⋯⋯いいか? よく聞け。"歴史書"をすべて処分して、村を出るんだ』
『歴史書を処分? なぜ――』
『急げ、時間がない。足止めは長く保たない』
『足止め⋯⋯?』
尋常じゃない。とにかく、言われた通り棚にある歴史書をすべて集めた。男性は持っていた松明で、油をかけた歴史書に火をつける。何百年も継承されてきた貴重な書物が燃えていく。村の至る所で同じように火が上がっていた。
『ハァハァ⋯⋯よし、村を出るぞ』
『何があったんですか?』
身支度もそこそこに家を出る。
雨は更に激しさを増し、ゴロゴロと雷雲の重音が響く。
『ベベルとエボンは、召喚士を狙っていた』
『召喚士を?』
『目的はわからない。だが、近頃起きている現象に関わっていたのは確かだ。
『そちらは済んだようだな』
隣の屋敷の前には、マヤと父親。
彼女の父親は男性と同じくずぶ濡れで、屋敷に油を撒いていた。
『屋敷ごと火をつける。下がっていなさい』
『なぜ、歴史書を破棄するんですか?』
『残せば利用されてしまう。重要なのは、記憶の継承。記憶は奪われない』
そういうと火をつけた。またたく間に、屋敷は燃え広がった炎に包まれた。村の入口の方で、乾いた音が響く。手で腹部を押さえた村の男性が、報告に来た。
『もう長く持ちません、追っ手が来ます。急いで⋯⋯』
『――羽織を着た着物姿の娘。居たぞ! 召喚士だ! 村人ごとで構わん確実に始末しろ!』
武装した複数の人影が、駆け足で接近してくる。
『クソ、奴らもう来やがった! 動けるヤツは全員戦え! この先には絶対に行かせるな!』
『二人は逃げるんだ。私たちが食い止める』
『お父さんっ! でも――』
『急げ! マヤを頼んだぞ』
護身用の武器を手にした三人に村人も続き、武装兵へ向かっていく。響く銃声、火花が散る。
『――行こう!』
『ま、待って、みんなが⋯⋯』
彼は彼女の手を取り、村の外へ向かって走り出した。
村の裏側を出て、雑木林の中を。木々の間に揺らめく火。雷鳴が轟く嵐を中でも響く銃声、悲鳴、怒号⋯⋯耳を塞ぎたくなる。それでも立ち止まる訳にはいかなかった。いつしか雑木林を抜けて、村はずれの岬に出た。荒々しい波が岸壁にぶつかっては大きな波しぶきを何度も上げる。逃げ場はない。波に打ち上げられた尖った枝を拾い上げ、彼女を背中に匿う。
『無駄な抵抗はするな。大人しくしていれば楽にしてやる』
『くっ!』
『逃げよう』と必死に袖を掴む彼女の制止を振り切り、武装兵に立ち向かう。
相手の銃火器に対して、粗末な枝。結果は、火を見るより明らかだった。それでも、抗わずにはいられなかった。何もしなければ確実に訪れる死を待つよりも、例え紙のように薄い確率にかける方を選んだ。自分は死ぬとしても、彼女が生き残れる可能性を、生きた意味を残したかった。
足下の石を蹴り上げ、武装兵に飛びかかる。それが、相手の虚を突いた。やみくもに振った枝が手首に当たって、ライフルをたたき落とした。
『このガキ⋯⋯!』
『や、やった! ぐはっ!?』
別の武装兵にライフルの柄で頭を殴られた。視界が歪み、足下がふらつく。
『たく、手間かけさせやがって』
『クソが! まずはお前からだ!』
拾ったライフルの銃口が向き、引き金が引かれようとした瞬間――マヤが抱きついた。崖下で、水柱があがる。二人は、荒れ狂う海に落ちた。荒波に揉まれながらも必死に藻掻き、波の浸食でできた洞窟に這い上がった。
『⋯⋯だ、大丈夫? あ、血がっ! どこ撃たれたのっ? 待って、今――』
治療薬を探そうとする彼女の手を払い、力なく首を横に振る。彼の行動を受け、マヤは察した。彼はもう、自分の命が長くないことを自覚している。彼のすぐそばに寄り添い両膝をついて悲痛な表情を浮かべる彼女もまた、崖を落ちた際に背中に深い傷を負っていた。
顔を上げたマヤは彼の体を抱き、今にも溢れそうな涙を溜めながら気丈に振る舞い、優しく微笑みかける。
『――必ず、逢いにいくから。どんなに時が過ぎ去っても、いつの日か必ず......』
そして、柔らかな光に包まれた――。
* * *
気がつくと、祈りの間に通じる通路に立っていた。無意識に流れた涙が頬を伝う。
「今のは――」
「とある少年の記憶」
「シキ」
「武装兵の襲撃を受けた星詠みの一族はのちにシンの復活と共に求心力を失ったベドールに代わりスピラの実権を握ったエボン教により、歴史から存在を抹消された」
エボン教にとって不都合な真実はすべて消された。
「星詠みの巫女は、あの後どうなったの?」
「間もなく」
「助かったのはあの男の子――キミだけだったんだね」
数秒の沈黙ののち、シキは口を開く。
「⋯⋯彼女に生かされたに過ぎない。俺はただ、彼女を守りたかった。あの時、俺に力があれば」
「マヤも、キミを守りたかったんだよ」
彼が彼女を想う気持ち、彼女が彼を想う気持ち。二人が互いを想い合う純粋な願いは一緒だった。
「キミだったんだね」
そう、マヤナの村の祈り子は――気が遠くなるほどの時を待ち続けた。彼女の言葉を、彼女と再びめぐり逢える、その時を信じて⋯⋯。