FFX-2 Another After ~薄れゆく意識の中で~   作:ナナシの新人

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Mission3 ~ミッションスタート~

 手紙に書かれた指定日。

 スピラの首都ベベルに次ぐ二番に大きな都市「ルカ」を訪れていた。指定された場所は、ブリッツボールチーム、ルカ・ゴワーズが本拠地として戦うブリッツボールスタジアム。数ヶ月前、同じように手紙で呼び出されて通った薄暗い通路を歩いて、指定され場所。スタジアムの客席、東ブロックへ向かう。

 通路を抜けた先、差し込んだまばゆい光を手で遮りながら、スタンド席へ出る。

 シーズン中はいつも超満員のスタジアムも、オフシーズンの今は静まり返っていた。

 深く深呼吸をして、吹き抜けの空を見上げる。上空を、数羽の渡り鳥が風を受けて気持ちよさそうに羽ばたいていた。

 

「あー!」

「うん? あっ、リュック。久しぶりだね」

 

 ギップルと同じアルベド族で、“シン”討伐の旅の途中からガードを務め、スフィアハンターとしても一緒に旅をした仲間。

 

「久しぶりぃ~! って、ユウナんが居るってことは。もしかして、コレ?」

 

 リュックは、受け取ったのと同じ封筒を出した。 アタリ、と頷いて、同じ封筒を見せる。

 

「やっぱり! ということは――」

 

 二人揃って、頭上の客席へ向ける。

 そこには、シルバーアッシュの髪でクールな佇まいの女性――パインが、足を組んで客席に座っていた。

 

「そういうことだ」

「パイン先生!」

「久しぶり」

「ご無沙汰。で? 今回は、誰のお遊びなんだ?」

 

 パインに問われ、リュックは顔を見合わせて、同じタイミングで首を傾げる。

 

「え? リュックかパインじゃないの?」

「えー? アタシ、二人のどっちかだと思ったんだけど」

「そういうことか」

 

 反応を見たパインは、誰の仕業か大方の見当が付いたらしく、音声通信スフィアを取り出した。

 

「戯れたマネを、シメてやる」

「ねぇねぇ、どゆーこと? 分かるように説明してよー」

「誰も出した覚えがない。わたし達以外で、ヤドノキのことを知ってるヤツは限られてるだろ」

「あ、そっか。でも、どうしてこんなことをしたんだろう?」

「わかった! アタシたちを喜ばせるためのサプライズだ!」

「聞けば分かる。ひんむいてでも吐かせてやる」

「こっわ!」

 

 真意を確かめるべく発信したが、通信相手の応答はない。

 

「あれ? 通じないぞ。故障か?」

「ちょっと貸して」

 

 通信スフィアを受け取ったリュックは、不通の原因を調べるもどこにも異常は見当たらない。それどころか、自分の通信スフィア方も反応しない状態だった。

 

「ん~、通信障害かも。携帯用は結構、不安定なんだよねぇ」

「運のいいヤツらめ」

「あはは、とりあえず調べてみない?」

 

 封筒の中から取り出した手紙を見せながら、二人に提案。

 指定された客席の最前列へ向かいながらの久しぶりの再会に、花を咲かせる。

 

「結局ユウナは、元の感じに戻っちゃったんだね」

「まあ、ちょっと無理してた感じもあったし。今の方が自然だ」

「袴の丈は、召喚士の頃より短いんだよっ?」

「何のアピールだ。着いた、ここだな。東ブロック最前列右から五番目――」

 

 座席の下を調べると、映像スフィアが隠されるように置かれていた。パインはあからさまな不機嫌面のまま、乱暴に再生ボタンを押す。スフィアに映し出された映像は人物ではなく、スピラの異変を知らせる文章だった。

 

「これって。最近よく起きてる、魔物騒動のことだよね?」

「おそらくな。何度か、現場に遭遇したことがある。スフィアに記録してある」

「ビサイドにも出たよ、魔物。あっ、続きがあるみたい」

 

 説明文が消えたのと入れ替わりで、調査協力を求める文章が浮かび上がり「YES」と「NO」の単語が、下に横並びで表示された。

 

「調査協力の依頼だって。どうする?」

「わたし達はともかく、ユウナは長期間ビサイドを離れるのは厳しいだろ」

「アタシも、こう見えて忙しいんだけどっ!」

「そうだね......」

 

 一年近く前、同じように悩んだことがあった。あの時は、周りに迷惑と心配をかけることになったとしても、自分のことを優先して、リュックと一緒に旅に出た。

 旅を終えて、ビサイド村に戻ってからは以前と同じ、穏やかで代わり映えのない日々が続いていた。

 

「私は――」

 

 リュックとパインは、気持ちを察しって微笑んで見せる。

 ひとつ大きく深呼吸をして、前を向いた。

 

「お助け屋カモメ団。再結成だね!」

「ユウナ」

「――うん。じゃあ、行くよ。ミッションスタート!」

 

 二人に背中を押され、スフィアに表示された「YES」を押す。すると文章が消え、代わりに事前に録音されていた音声が流れ出した。

 

『引き受けてくれたこと、心より感謝します』

『内部犯行の可能性を捨てきれない以上、俺達は迂闊に行動出来ない。すまないが、原因の調査の協力を頼みたい』

『そんなわけでよ、スフィアでの通信もダメなんだ。パイン先生が、記録用のスフィア持ってるだろ? 情報のやり取りは、今回みたいな方法でするって感じだ』

 

 三人の若き指導者の声と共に、情報交換の方法、日時、場所の決め方が表示される。

 

「一方的だな。こっちの都合は一切お構いなしか」

「まあまあ、ギップルたちも大変なんだよ」

「こんな方法を使うくらいだからね」

 

 そうこう言っている間に、説明が終わる。

 

『――以上が、今回の内容になります』

『緊急時は、直接ベベルへ来てくれ。大召喚士となれば、すんなり通るさ』

『おお、そうだ。言い忘れた。このスフィアは、情報漏洩を防ぐため、五秒後に自動的に自爆する』

「へ?」

 

 突如カウントダウンが表示され、数字が小さくなっていく。一瞬放心状態に陥って固まってしまったが、大急ぎで物陰に隠れる。そして――。

 

『ドカンッ! なーんてな。ビックリしたか?』

『ガキか』

『まったく......』

『アハハ! 冗談はこれくらいにしてと。マジで壊してくれ。漏れたらシャレにならねーから』

「言われなくても、望み通り破壊してやる!」

 

 パインは、ドクロマークの装飾が入った剣を頭上へ振り上げた。

 

『ま、NOが押された時はマジで自爆するようにセットしてたんだけどな』

 

 剣を振りかぶった、パインの手が止まる。

 

『つーことで、頼んだぜ。じゃあな』

「うわっ! ホントに仕掛けてあるよ」

 

 発火物に通電していないことをリュックが確認した後、怒りのまま剣を振り下ろす。粉々になったスフィアを見たパインは、大きく息を吐いた。

 

「絶対シメてやる」

「あ、あはは......」

「それより、急ご。港に、飛空艇停めてあるんだ。こっち!」

 

 急かすリュックの後をパインが付いていく。

 不意に立ち止まり、後ろを振り返る。

 ――少しだけ、ワガママ言ってもいいよね?

 心の中でした問いかけに、返事は返ってこない。

 

「ユウナ!」

「うん――」

 

 前を向いて、海風を受ける。迷いは微塵もなかった。

 

「どこから調査する?」

 

 ルカの港に停めてた飛空艇の操縦席に座ったリュックが、後ろを振り向く。

 

「ベベル周辺は調査済みだからそれ以外の場所、だな」

「魔物の出現には、幻光虫の濃度が深く関わってるから。幻光が多く集まる場所だよね。と言うと――」

 

 みんなで考えて、ほぼ同じタイミングで思いついた場所を口にする。

 

「幻光河」

「異界」

「ザナルカンド遺跡!」

 

 見事、三人ともバラバラの意見。現世で、幻光虫が自然と集まりやすい場所の「幻光河」。パインは、ダイレクトに異変の原因と思われる「異界」を。そして、残った「ザナルカンド遺跡」を上げたのが、リュック。

 

「バラバラだね」

「相変わらず割れるな。よくこんなので、何ヶ月も寝食を共にしてたな」

「きっとさ、合わないからいいんだよ」

 

 後ろを向いていたリュックはそう言うと、操縦席で体育座りをして前を向いた。

 

「アタシ、思うんだよね。すんごい気が合うのって、すんごく楽で居心地がいいけど。全部が全部合っちゃうと、なんかの拍子でさ。わー! とか、うー! ってなって。それが、逆に息苦しく感じてイヤになっちゃうと思うんだ」

「気が合いすぎないから、逆に良いか。確かに、あんな手紙一枚でこうして、また一緒に居るわたし達は、ある意味最高の組み合わせなのかもしれないな」

「ん、そだね」

 

 どことなく、今ブリッジ内に漂うしんみりした空気を嫌ったパインは腕を組んで、少し茶化すような感じで操縦席越しのリュックに声をかける。

 

「まさか、リュックに人生観を教わることになるなんて思いもしなかった」

「フフーン、アタシだって、いつまでも子供じゃないしぃ~」

「あっ。それ、子供っぽいよ?」

「いいの、一番年下だから!」

 

 声に出して笑い合った。

 それは、愛想笑いでも、作り笑いでもない、心からの笑顔。

 ひとしきり笑い終え、リュックは改めて問う。

 

「それで、どこから行く?」

「ユウナに任せる。わたし達の中で一番年上だから」

「そんな理由で? えっと、じゃあ一番近いところから!」

「オッケー! 幻光河へ向かって、しゅっぱーつ!」

 

 海面から浮上した飛空艇は、目的地の「幻光河」へ向かって飛び立った。ルカを飛び立ち、幻光河へと続く長い街道のひとつ、ミヘン街道の上空を自転車を漕ぐくらいののんびりしたスピードで、優雅に移動している。

 

「そういえば、アニキさんたちは?」

「三人とも今は、ベベル。通信スフィアのモニターに加わってんの。実はアタシも、協力してたんだ。そこの箱――」

「これのことか?」

 

 前を向いたまま片手で指を差した先にあった箱の中身は、大量のスフィア。その中のひとつを手に取って見る。楕円形の形状から、普通の映像スフィアでないことは一目瞭然。

 

「通信スフィア?」

「そうそう、新型通信スフィアの量産型。主要都市には行き渡ったんだけど、裏道とか、街はずれにも設置したいんだって」

「そっか。異変を早く見つけられれば、批難誘導にも役に立つね」

「そーいうこと。あ、見えてきた。二人とも、アタシが合図したら、そのスフィア外に投げてー!」

「えっ、投げるの?」

「乱暴に扱っていいのか?」

「へいきへいき。従来型より画質はちょっと落ちるけど『シパーフに踏まれてもびくともしないし』って、シンラがドヤってたから」

「ドヤってたんだ」

「なら、遠慮なくやってやる」

 

 パインと二人ブリッジを出て、飛空艇の甲板へ移動。

 リュックが操縦する飛空艇は、ミヘン街道の折り返し地点に店を構える旅行公司裏手側の崖下、旧道上空へと行路を変えた。艦内放送のリュックの合図で、通信スフィアを一定の間隔で放り投げていく。

 そして、ミヘン街道の新道と旧道が交わる広場へ出たところで、集まっていた複数人の中に見知った女性を見つけ、リュックは、飛空艇の高度を下げた。

 

「こんにちは、ルチル隊長」

「ユウナ様、お久しぶりです」

 

 凛とした佇まいで敬礼した彼女は、元討伐隊チョコボ騎兵隊の隊長を務め、青年同盟時代はヌージの代理として混乱する組織をまとめ上げた女性――ルチル。今は、スピラ評議会直属の治安維持部の責任者として、その手腕を振るっている。

 

「警備ですか?」

「はい。我々は現在、ミヘン街道周辺の巡回の任に就いています。既にご存じのことかと思われますが、この辺りも例に漏れず、魔物の出現報告多数寄せられており。移動手段が発達したとはいえ、やはり人々の往来が激しい場所ですので」

 

 周囲の警戒を怠らず、会話を続ける。

 

「ユウナ様は?」

「えっと、私たちは......」

 

 咄嗟のことに、いい言い訳が思いつかず言い淀んでしまった。見かねたパインが、すかさずフォローに入る。

 

「わたしが、取材協力を頼んだんだ」

「あなたは確か、ユウナ様の――」

「スフィアハンター・カモメ団の元メンバー。今は、世界を旅して回って体験談を本にしてる。もう一人の仲間と旅先で偶然再会して、そいつの手伝いをしながら、久しぶりにビサイドへ会いに行ったんだ。この飛空艇で、な?」

「うん、そう。成り行きで、通信スフィアの設置を手伝うことにしたんです」

「そうでしたか」

 

 手に持つ通信スフィアを見たルチルは、納得した様子で小さく頷いた。そして再び、畏まって敬礼。

 

「ご協力感謝いたします。実は最近、魔物の出現頻度が上昇傾向にありまして。調査に充てられる人員も限られているため、通信スフィアからもたらされる情報は、我々にとって必要不可欠なのです」

「大変ですね。気をつけてください」

「お心遣い痛み入ります。ん? 失礼します。どうした?」

 

 丁寧に一礼したルチルは、左耳に付けた小型の音声通信スフィアに左手を添えて耳をすませ、通信相手から報告を受ける。

 

「――了解。展開中の別働隊から入電。ミヘン街道旧道南部にて、複数の魔物を確認。大至急援護へ向かう。調査班は、周辺の幻光濃度チェック。A班B班は厳戒態勢のまま待機。C班は、私と共に現場へ向かうぞ。それではユウナ様、道中お気をつけください。魔物の他に、辻斬りの噂もありますので。それでは、失礼いたします」

 

 背丈の倍近くある立派なチョコボに跨がったルチルは、三度(みたび)敬礼すると、五人でひとつの部隊を二組引き連れて、脇道のミヘン街道の旧道へ猛スピードで消えていった。

 

「慌ただしいねぇ~」

「うん、そうだね」

「気になること、言ってたな」

「辻斬りだっけ?」

「ああ。まだ居るのかもしれないな。エボンの民を、エボナーを狙う連中(ハンター)が――」

 

 一旦話しを切り上げ、作業に戻る。

 かつて、ヌージが率いた青年同盟が本部を構えた「キノコ岩街道」。現在マキナ派が拠点としているジョゼ寺院がある「ジョゼ街道」の上空を抜け、目的地の「幻光河」が目視できるところまで来たところで、「もうすぐ着くから、中に入って」と知らせたリュックは、甲板から艦内に入ったことを確認してから、飛空艇を幻光河の外れの空き地に着陸させた。

 

「とうちゃーく!」

「お疲れさま」

「よし。行くか」

 

 各々荷物を持って、飛空艇を降りる。

 そして、幻光河南岸の林道を歩くこと十分弱、目的地の幻光河に到着。

 深い底まで見える澄んだ長大な河。長大な河を隔てた両岸には、紫色の花弁をつけ、幻光虫を集める習性がある「幻光花」が数多く自生している。幻光河は夜になると、幻光花に集まった幻光虫が放つ美しい光の輝きが水面に反射して、幻想的な景色を見せることから観光地しても有名な場所。

 

「どうだ?」

「う~ん......他のところより幻光は多いけど、爆発的に増えてる感じはしないかな」

「それじゃあ、空振りってこと?」

「少し回ってみよ。場所によって多少違いがあるかもしれないから」

「わかった、そうするか。リュック、さっきの隊長が使ってたヤツは?」

「あれ? あれは、音声通信スフィアを小型化したものなんだけど、まだ試験段階なんだ。従来型より障害物の影響を受けやすいし、ノイズも結構スゴいし、通信出来る距離も短いんだよねー」

「ハンズフリーで便利そうだったけど、実用化はまだ先か」

 

 そんなことを会話をしながら、多くの観光客が居る幻光河を歩いていると――。

 

「あっという間に囲まれた」

「有名人だからね~」

 

 案の定の周りには、大勢の人集りが出来上がった。

 “シン”を倒した大召喚士の肩書きは、今も健在。

 

「大召喚士様!」

「まさか、直接お目にかかれるなんて!」

「雷平原のライブ感動しました! 次のライブ予定は――」

「えっと、その。あ、あはは......」

 

 心から慕ってくれる人々をぞんざいに扱うことも出来ず、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

「目立たないように、ドレスフィアで着替えてくればよかったのに」

「仕方ない。わたし達だけで始めよう」

「だねぇ。じゃあこれも、お願い」

「ここも増設するのか?」

 

 元々幻光が集まりやすい水辺に加えて、幻光虫が集まる性質を持つ幻光花が咲く幻光河は、他の場所と違って映像スフィアも多く設置されている。

 

「河の中にね。防水機能付きだから」

「なるほど、放り込めばいいんだな。さて、その前に試してみるか。シパーフに踏まれてもほんとに壊れないか」

「やめなよ、そういうの。子供じゃなんだから」

「冗談。手分けして終わらせよう」

「オッケー、アタシ、向こう岸に行くから!」

 

 長大な河の橋渡しをする巨大な動物――シパーフが居る、シパーフ乗り場へと早足で駆けて行くリュックに対し「どっちが子供だ?」と若干呆れ顔を覗かせたパインは、普段取材時に使っている撮影スフィアを回しながら、ヌージ達への報告記録も兼ねて幻光河周辺の調査を開始。

 

           * * *

 

 二人が調査を始めた頃、ようやく解放されて、木陰でひとり休憩を取っていた。木の幹に背中を預け、美しい光を放つ幻光花が咲き誇る河辺を歩く人々を眺めながら、召喚士として旅をしていた頃のことを思い返していた。

 小さな子供を連れた家族、歩幅を合わせてゆっくり歩く老夫婦。河辺のベンチに座っている女の子と、彼女の隣に立つ男子の微妙な距離感。二人とも、珍しい和柄の羽織を着ている。

 

「恋人かな?」

 

 あれから、三年の月日が流れた。穏やかな日常。

 簡単にはいかなったけど、スピラは着実に前に進んでいる。

 その時、乗客を乗せて幻光河を渡るシパーフが、突如バランスを崩し、背中に乗っていた金髪の少女が、幻光河に落下。河の中央あたりで、大きな水しぶきが上がった。

 

「そうそう、私もあんな風に......って、リュック!?」

 

 木陰を飛び出して全力で、河畔まで走る。水しぶきが上がった場所を心配そうに見つめていたところへ、別行動していたパインが合流。

 

「誰か、落ちたのか?」

「たぶん、リュックだと思う。泳ぎは得意だから、大丈夫だと思うけど......」

 

 しばらく状況を見ていると、びしょ濡れのリュックが、自力で岸に這い上がってきた。

 

「わっ!」

「ぷっはぁ~、死ぬかと思ったよ......」

「おおかたはしゃいでたんじゃないか?」

「ひどっ! 急に揺れて、それで落ちたんだってば! てゆーか、心配が先じゃないっ?」

 

「お客さん、だいじょ~ぶ~?」と、のんびりした口調で言ったハイペロ族のシパーフ使いに、リュックは「大丈夫」と、頭の上で大きな丸を作って合図を送った。

 

「そのまま行っていいよー!」

「りょ~か~い」

 

 手を振って、シパーフを見送る。

 

「スフィアは?」

「落ちたついでに置いてきた。じゃあ、ちょっと着替えて来るから」

 

 びしょ濡れのリュックは、飛空艇へ戻っていく。

 

「この辺りは、異常なさそうだね。強力な魔物の気配も感じないし」

「ああ。評議会から派遣されてる守備隊の数も多い。わたし達が出る幕はなさそうだ」

 

 すると、パインはおもむろに、通信スフィアを取り出した。

 

「なにしてるの?」

「河の底を、これで見れるかと思って。古い都市が沈んでるんだろ?」

 

 一緒になって、スフィアの映像を見る。

 幻光濃度が高い水の中からの映像は、ノイズ混じりではっきりとはわからない。ただ、沈んでいる都市の存在感は伝わっている。

 

「なんだ?」

「あれ、映像が――」

 

 突然、映像が乱れだした。

 そして――。

 

「魔物だーッ!」

 

 巨大な河を隔てる両岸、幻光河全域に聞こえるほどの大声が響き渡った。警戒にあたっていた評議会の守備隊が、出現した魔物の討伐に向かう。

 

「私たちも、行こう!」

「いや、魔物は一体だけだ。それより、先ずは――」

「そだね、避難が最優先だね」

「そういうこと。任せていい?」

「うん。みなさん、落ち着いてください! 大丈夫です、近くの寺院へ避難してください!」

 

 撮影用のスフィアを回して現状を記録しているパインの側で、観光客の避難誘導を行う。ここから一番近いジョゼ寺院へ避難する人々の列を逆らって、リュックが戻ってきた。

 

「魔物が出たんだってっ?」

「ああ。種族はおそらく、蜘蛛(クモ)

「もしかして、苦戦してるっぽい?」

「らしいな」

 

 十人前後で対処にあたっているが、仕留めるどころか、徐々に押されて劣勢に追い込まれつつある。たまりかねて、パレオのフレアスカートが特徴的な「ガンナー」の衣装に着替え、両手に銃を構え、救援に走り出した。

 

「――行こう!」

「お助け屋カモメ団のカムバック戦ー!」

「やれやれ」

 

 守備隊の後方からの牽制射撃で、魔物の注意を引きつける。

 

「あとは、私たちに任せてください! リュック、パイン、お願い!」

「りょーかい!」

「ああ」

 

 銃の牽制射撃で動きを鈍らせ、リュックとパインの二人は、魔物の懐に潜り込み、両サイドから刃を振るう。が、ぶ厚い殻に守られ、刃が通らないどころか、大きく発達した右のハサミで反撃を仕掛けてきた。二人とも余裕を持って回避したが、その一撃は地面に深い溝を付ける。

 

「あぶなっ! てか、カタっ!」

「久しぶりに、手応えのある相手だ。腑抜けにしてやる! ユウナ!」

「任せて!」

 

 再び牽制射撃で動きを鈍らせ、怯んだところを再び懐に入り込み、危険を顧みず、両手で剣を叩き込んだ。強烈な一撃に若干バランスを崩した隙をつき、一気に畳み掛けて勝負を決めた。

 

「ふぅ、なかなか手強い魔物だったな」

「今の、初めて見る魔物だったよね」

「フォルム的に“シオマネキ”ってとこかな?」

「蜘蛛なのに?」

「細かいことは気にしない気にしない」

「まあ、何でもいいさ。さあ、行くぞ。次は、本命の――」

 

 ――異界だ、と背を向けたパインの後方、倒したはずのシオマネキが起き上がって活動を再開。振り上げた右のハサミを、パインに向かって振り下ろす。

 

「あ、パイン!」

「あぶないっ!」

「くっ!」

 

 ――避けきれない、剣の面を体の前で構えて防御姿勢をとる。

 しかし、ある程度のダメージは免れない。そう思った時だった。

 活動を再開したシオマネキの巨体が、突如として地面に押し付けられ、バキバキと鈍い音を立てた。

 

「な、なんだ?」

「なにこれ......?」

「これは――重力魔法!?」

「無駄です」

 

 背中越しに聞こえた振り返る。リュックと同い年くらいの少年が立っていた。河辺のベンチに女の子の隣にいた男子、袖口に特徴的なだんだら模様がある黒い和柄の羽織は記憶に新しい。彼は左の腰の刀にそっと、右手を添える。

 

「動きを止めたところで――」

 

 軽く身を屈め、シオマネキとの距離を一瞬で詰める。

 脇に刺した刀の鍔に左の親指を弾き、右手で振り抜いた刀で、固い巨体を真っ二つに切り裂いた。

 

「瞬間的に増幅する幻光を、体内から引き離さない限り――」

 

 瞬く間に真っ二つになったシオマネキは、体を形成する幻光を空に放ちながら、虚空へと消えていった――。

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