TS転生してVtuber 作:よろぺこ
耳心地のいい凛とした声で告げる挨拶と共に、その女性は現れた。いつ見ても見惚れてしまう美貌に翳りは見えず、その日の配信はいつも通り始まった。
「クハハハ。辛気くせーなー」
カラカラと笑うその女性とは対照的に、コメント欄には悲壮感が表れていた。
それはそうだろう。彼女の姿を見られるのはこれが最後なのだから。皆、必死にその思いを押し殺そうとしていた。
ここに居る多くの者は彼女を少女の頃から知っている。女性と呼ばれるまでの大体十年ばかりを、配信者と視聴者という関係の上で見続けてきた。
──それが今日、終わろうとしていた。
彼女はほぼ毎日配信し続けてきた。けれどもここ数ヶ月は段々とその頻度が減っていた。その時点で既に、彼女の引退説は囁かれていた。あり得ないと言う声は多かった。だが、何処かで分かっていたのだろう。彼女が遂に引退すると宣言した時、皆の反応は困惑よりも圧倒的に悲哀に溢れていた。
「色々あったよなぁ」
彼女は染み染みと呟く。
確かに、とコメント欄には共感を示す言葉で埋め尽くされた。
思い浮かべてみると、彼女は本当に色々なことをしたし、しでかした。一歩間違えれば大変な事態にまで至ってたであろう出来事は枚挙に遑がない。
有名な例を出すならば、レズ証明爆乳揉み揉みべろちゅー配信や集団痴漢凸者撲滅外配信だろう。前者は『10分で分かる処女』でも取り上げられており、彼女がレズであると証明する上で欠かせない重要証拠映像である。後者は彼女、というよりも広大なネット社会に影響を与えた事例だ。この出来事は凸者の末路含め今尚戒めとして語られており、配信者と視聴者の双方のモラルの教科書となっている。因みに、アーカイブは諸々の事情により消されている。
「でも楽しかったよなぁ」
彼女のその言葉には万感の思いが込められているように感じた。事実、そうなのだろう。彼女の十代は配信と共にあったのだ。幾ら能力が超越していようとも多感な時期であることに変わりはない。
それでも、彼女は満足したように謳った。喜怒哀楽の坩堝を飲み込んで気前のいい笑顔を浮かべた。その顔を見て、改めて感じる。自分達はこの気質に惹かれたのだと。
勝手な話だが、自分達は彼女に救われてきたのだ。仕事や人間関係、降り掛かる理不尽な厄災等。様々な原因で沈んでいる時、いつも彼女の配信に元気を貰っていた。
「クハハ! 人は勝手に助かるだけだろうがよ!」
ある意味漢らしい彼女に背中を叩かれているような思いをした者は多くいるだろう。
コメント欄には彼女に応えるように「本当に楽しかった! ありがとう!」と爆速で流れ出す。これが最後の配信なのだ。所謂ROM専だった人も「初コメ」と頭に付けコメントを打ち込んでいた。
「クハハハ! ありがとうはこっちも同じだ。お前らが居なかったらオレも楽しくなかった」
そう言う彼女の目尻には涙が滲んでいた。それに気付くと、此方も自然と涙が零れ落ちていた。
「今日はオレたちの新たな門出を祝うお祝いにしようってことで涙無しで行こうと思ってたけど、しゃーねぇな」
彼女はふーっと息を吐いて「おし!」と気合いを入れた。
「色々感傷に浸んのはしゃーねぇ! けど今から始めようぜ! 権利がどうたら関係ねぇ! 24時間好き勝手! 一日限りの笑いあり、そして涙ありのパーティをよぉ! 色々な想い吐き出してけお前らぁ!」
その音頭に湧き立つ視聴者達。これより始まるのは伝説の宴だ。数々の逸話を遺したこの配信に立ち会えたことは、視聴者達にとって誉れである。
二十四時間騒いだ後、彼女は最後に我々に向けて宣言した。
「オレはいつか戻ってくるさ。それまで元気でな、ダチ公!」
驚愕も束の間、直後に配信が運営により停止され、アーカイブは削除されてしまった。彼女の最後の配信は文字通り伝説になってしまったのだ。
当時の視聴者の反応はカオスであった。
彼女は最後まで豪快だったと笑う者、彼女の引退に大泣きする者、運営に対して怒りを抱く者、逆に最後まで配信させてくれたことに感謝を抱く者、様々である。
しかし彼女の最後の言葉に対する思いは一致していた。彼女が戻ってくると言ったのなら、それを信じようと。
そうして彼女は、つららちゃんは多くの伝説を遺して引退した。
──数年後。
彼女は彗星の如く現れた、とあるVtuber事務所の五期生として。
そこからの勢いは怒涛の一言であった。混沌極まる現配信業界において彼女は己の存在を確固たるものとした。多くの仲間と共に活動する彼女は、あの頃には無かった種類の輝きがあった。
つららちゃん時代の視聴者のことは、裏では後方腕組み親父と呼ばれているらしい。その表現は、結構的を射ているかもしれない。
彼女の活躍は嬉しく思う反面、遠い存在になってしまったように寂しく思う。
だからこそ、その日は晴天の霹靂であった。
幾らでも解釈の余地はある。自意識過剰と言われても仕方がない。あの頃に比べ、視聴者の規模が違うのだ。
だがしかし、今日は奇しくもあの配信と同日である。そしてその言葉は、勘繰らずにはいられなかった。
──腕を組み、仁王立ちしながら不敵な笑みを浮かべる彼女。その開口一番。
「よぉ、元気だったか? ダチ公」
細かいことはどうでもいい。とりあえず、その一言で後方腕組み親父達の涙腺は破壊された。
新たな伝説の幕開け。
◆
夕方の都内某所にて、一人の女性が待ち合わせをしていた。彼女の乳房は人並みを大きく超えており、道行く人の視線を感じていた。
とはいえそれにうんざりとした様子は無い。彼女はこれまでの人生の中でとうに慣れきっていた。
「おーい! ごめんごめーん待ったー?」
その声に顔を上げ、彼女は待ち合わせ相手であるもう一人の女性に手を挙げて応え、人一人分くらいまで近寄ったところで漸く口を開いた。
「ううん、私も来たとこ」
「よかったー。てか相変わらずデッッッカ」
「やめんかい!」
人前にも関わらず触ってこようとした無礼な手を払い除けた彼女は呆れた顔をしていたが、対する方は気にした風もなく笑っていた。
彼女たちにとってはこれがスタンダードのノリであった。
「あははは。そうだ、これお土産。後で観ながら食べようよ」
そう言って手に下げていた箱を顔くらいの位置まで上げた。見るからにスイーツであり、彼女はごくり、と喉を鳴らした。甘味は女にとって命である。
「それにしてもすごいよねー」
「……カロリー?」
「何言ってんの?」
スイーツの魅力と己の体重のことで何やら悩んでいた彼女を現実に引き戻したのは、そんな呟きだった。
「キャロルだよキャロル」
その名前は今現在ネットの中心にいる人物のものであり、今回二人がこうして集まった目的でもあった。
彼女と二人の関係を一言で表現するのは難しい。けれども一番近いものは友達というよりは仲間だろう。友達というには、少々複雑なのだ。
「いつもどっかの中心にいてさ、今日もヤバいじゃん? それなのにあんなに楽しそう」
「うんうん」
付き合いが長いということは機微にも詳しくなるということであり、つまりは彼女は眼前の女性が若干ヘラりつつあるのを察していた。
理由は敢えて語るまでもない。彼女は不安なのだ。そして、それが単なる杞憂でしかないことを、どちらも分かっていた。
「あー、考えてたらむしゃくしゃしてきた!」
「ならライブ終わった後ぶつけようよ、おらーって」
「採用!」
「じゃ、そろそろ行こっか」
「ういー。久しぶりのノエスタだー」
話が纏まり、二人──白銀ノエルと夏色まつりは目的地へと歩き出した。
「そういえばさ、今更だけど同期とじゃなくて良かったの?」
「あー……」
三期生の仲はかなり良いと感じていたまつりはてっきりノエルは三期生の誰かしらと観ると思っていた為に、今日のお誘いは正直な話意外であった。
「や、ほんとはマリンに誘われてたんだけどね。……ほら、昨日の」
「なるほどね」
その一言でまつりは察した。
如何にセンシティブを地でいくマリンといえどもお漏らしリークは流石にキツかったらしい。まつりは昨夜嬉しょんの背景が気になっていたので──キャロルがディスコを抜けた後のマリンの釈明にて一応ヤった訳ではないことが分かった──余り気にしていなかったが、今朝上がっていた切り抜き等のバズり具合をみて流石に同情した。
「じゃあ、マリン何してんの?」
「不貞寝してる」
「あちゃー」
「けどキャロルにはフォローしてって言っておいたから多分大丈夫かな」
「まあ、マリン大概キャロル沼に嵌ってるしね」
「……」
「何かねその目は。乳もぐぞ」
「なんでもないよーん。あっ! ほんとにやろうとすな!」
◆
「やっぱりすごいなぁ……」
一言発しただけで一気に場を飲み込むキャロルちゃんに、あたしは目を奪われた。
『元気な奴も元気じゃねぇ奴も観てってくれや。終わる頃には笑顔になってんぜ? ──それじゃ一発目、いくぞ!』
キャロルちゃんの声と共に響き出す曲は、これは……え、もしかして……!
「ハレ○レユカイ!?」
『ネットの住民ならこれは外せねぇよなぁ!?』
「それだけじゃないよ!」
思わず突っ込んでしまったけど、その選曲はキャロルちゃん……ううん、つららちゃんのファンにとっては無視出来ないものだった。
だってつららちゃんが生主として活動する前、初めて上げた動画がこの『踊ってみた』だったから。謂わばつららちゃんの原点なのだ。それを成長したキャロルちゃんが踊るってエモ過ぎる……!
まだ子供だった頃のつららちゃんが大人になったキャロルちゃんと脳内でコラボして──ああああ!! やばいやばいやばい!! あたしの方が歳下だけどこれはやばすぎるって!!
あ、今つららちゃんがキャロルちゃんと目を合わせてニコって笑った──。
「────」
『どうせ収録ならその利点いかさねぇとな! ということで原作再現だぜ!!』
「──ハッ!」
一瞬意識が飛んでたと思ったらキャロルちゃんが五人になっていた件について。ホワイ??
ていうかダンスと歌上手過ぎるんだけど! 最後の集合するところとか間合いとタイミングがバッチリ過ぎる……。
『クハハハ! 踊ってよし歌ってよし! やっぱいい曲だよな!』
「あ……」
あっという間に一曲目が終わってしまった。余韻に浸るキャロルちゃんは心底楽しそうで、その顔を見て、あたしの胸はチクリと痛んだ。……ううん、ほんとはずっと痛かった。
あたしはキャロルちゃんが好きだ。恋愛的な意味ではなく、あくまで一ファンとして。
その存在はあたしたちにとって憧れだった。キャロルちゃん──つららちゃんを観て配信者を目指した人は多いと思う。あたしも、その一人だった。
画面の中のキャロルちゃんを観れば、自ずと分かると思う。姿は変わってもその魅力は健在だから。
でも──。
「身勝手だよね……」
……あたしは、キャロルちゃんが嫌いだ。
その理由は明白で、直視するとあたしの小ささがより際立つように感じてしまうから。あたしには、決して同じ場所までいくことが出来ないと感じてしまうから……。
只のファンと配信者だったのに、五期生の中にはつららちゃんが居て、あたしたちの関係は同じ事務所に所属する先輩と後輩──実際はあたしの方が後輩だけど──になった。
当初は嬉しかった。けど何時からかその気持ちを失ってしまった。代わりにあるのは劣等感だ。
でもキャロルちゃんと距離を置きたいとは思えなかった。こんなに辛いのに可笑しいよね。
「……」
画面の中のキャロルちゃんにそう愚痴るも、返事は来ない。当たり前だ。けど、だからこうして気持ちをぶつけることが出来る。本人に伝えるなんて以ての外だ。どんな反応をされるか想像するだけで恐ろしい。
『じゃ次いくぞ!!』
……その一言でわくわくしてしまう自分に呆れてしまう。今の今まで散々に心の中とはいえキャロルちゃんに文句を言っていたのに。
あたしの悩みなんてその程度のものだったのだろうか。そう思うのは少し癪で、あたしは雀の涙ほどの勇気を振り絞ってキャロルちゃんを睨みつけた。
……なお、頑張って貼り付けた不満の仮面はキャロルちゃんのパフォーマンスが始まった直後に崩れてしまった。
「ま、負けた訳じゃないんだからねっ」
◆
【天才】キャロル【可愛い】part300
15:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
62:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
79:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
100:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
118:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
141:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
160:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
189:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
238:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
283:名も無き錬金術師
「(」・ω・)」うー! (/・ω・)/にゃー!」
600:名も無き錬金術師
まだ二曲目なのにスレ何個消化すんねん!!
待機の時点で10スレ以上やぞ!!
627:名も無き錬金術師
選曲が懐かし過ぎて泣ける
652:名も無き錬金術師
涙止まらん
676:名も無き錬金術師
生きててよかったー!!
720:名も無き錬金術師
ファ!?
770:名も無き錬金術師
!?
787:名も無き錬金術師
逆立ち←わかる
片手←まあまあ、うん
腕立て←わからない
そっからジャンプして立つ←カ○ズ状態
826:名も無き錬金術師
これMMDじゃなくて生身ってマ?
873:名も無き錬金術師
3Dになって披露できんのが嬉しいんやろな、微笑ましいで
893:名も無き錬金術師
さっきから動きが人間離れしてて草生える
919:名も無き錬金術師
やっぱキャロル最強ってマジだわ!
キャロル最強! キャロル最強! キャロル最強!
926:名も無き錬金術師
これで本人超美人てマジなのです? ほんとに二次元のキャラみたいやんけ
400:名も無き錬金術師
次の曲はなんだー!!!!
446:名も無き錬金術師
おお!?
486:名も無き錬金術師
けい○んなっつ!
500:名も無き錬金術師
ドントセイレ○ジーやん!!
528:名も無き錬金術師
最初の時もやってたけどバンド全部自分で出来るのは収録の強みやね(遠い目をしながら)
569:名も無き錬金術師
幾らなんでも楽器弾け過ぎやろがい!
620:名も無き錬金術師
ポルカ泣いててワロタ
630:名も無き錬金術師
ポルカどころかニカ動古参は全員潤んでるぞ!
675:名も無き錬金術師
他箱でも反応してるやつ結構おるな、マジで祭りやん
709:名も無き錬金術師
キズナアイも反応してるやんけ!
◆
『あ────! はしゃいだな───!』
キャロルが撮ったライブの尺はおよそ一時間である。しかし既に、その大半が終わっていた。この枠に残された時間はあと一曲分であり、映像の中の彼女は気合を入れ直していた。
多くの者の記憶に刻み込まれた今回のライブ。そのトリを飾る曲は一体どんなものかと、視聴者は固唾を飲む。
『さぁ、最後の曲だ』
短くそう告げる彼女の手にはアコースティックギターが握られており、軽く何度か音を確かめていた。そして音色に軽く頷くと、彼女は目を閉じた。
『今から弾く曲はな、名前が無いんだ』
その言葉を切っ掛けに、彼女はギターを弾き始める。
しかし、その旋律に聞き覚えがある視聴者は皆無であった。そして、彼女が言わんとしていることを理解し始め、今日幾度目かの度肝を抜かれた。
『今日の為にって訳じゃない、偶々今回だっただけさ。ま、聞いてくれよ』
彼女は前を置きをそこまでにして、本格的に曲を弾き始めた。早過ぎず遅過ぎず、気持ちのいいリズムを奏でる彼女に視聴者は酔いしれる。
息を吸う音が微かに聞こえ、──歌が、紡がれた。
「───」
それから約十秒の間、コメントの嵐が止んだ。
この現象は数多のライブを見渡しても、この時だけだった。
──今回のライブに関しては、最早語り尽くされ、今更語る余地はないだろう。それは視聴者の間だけではなく、同業者の間であってもそうである。
この先、Vライブの多くは彼女の影響を受けたものになるだろう。
彼女は正しくVtuberの歴史に金字塔を建てたのだった。