アポはアニメしか見てないです。
基本的にバトル描写とかはなく、オリ主とモルガン、ついでに時々エルメロイ教室の面々が絡んでくる日常ものです。
おのれきのこ(合言葉)
聖杯戦争。
万能の願望器たる聖杯を巡り、7人の
その発端は、アインツベルン、マキリ、遠坂の御三家が考案した大規模な魔術儀式である。
人類の救済を目的として考案されたその儀式は、今から60年ほど前の第三次聖杯戦争にて、決定的に破綻した。
第二次世界大戦前夜、ナチス・ドイツの陣営として参加していた魔術師の手によって、大聖杯が強奪されたのである。
その事件の影響により、世界中に聖杯戦争のシステムが流出。
結果、世界中でそのシステムを模倣した、小規模な聖杯戦争とでも言うべきもの――亜種聖杯戦争が、執り行われるようになった。
一か月ほど前まで欧州の片隅にて行われていた戦争も、その一つ。
その亜種聖杯戦争は、他のものと比べても比較的大規模と言えるものだった。
黎明の魔剣を携え、邪竜の心臓を喰らった北欧の大英雄。
不可能など存在しないと豪語する、虹を背負う皇帝。
光の盾を掲げ無二の輝きを追い求める、誇り高き聖騎士。
守勢において並ぶ者なし、祝福を宿した聖剣を振るい邪悪を払う聖人。
呪いの腕を以て心臓を抉る、闇に潜む白髏の暗殺者。
三国志世界において傑出した武勇を誇る、無双にして反覆の将。
一国を滅ぼすに余りある戦力が集結し、その力をぶつけ合う。
1週間に及ぶ戦いの末に勝利したのは、一人の少年と、一人の魔女だった。
召喚儀式の生贄として利用され、しかし令呪を得たことによりマスターとなった、少し変わった少年。
この世界とは異なる歴史を辿った世界より召喚された、武力を以て世界をまとめ上げた妖精の女王。
聖杯戦争に勝利した魔女が願ったのは、受肉。
サーヴァントとしてではなく、一人の人間――一人の女として、マスターである少年の傍らにあることを望んだ。
そしてその願いは――そこでも紆余曲折あったものの――確かに叶えられた。
これは、聖杯戦争の勝利という栄光を手にした魔術師と、神代の魔術を自在に振るう恐るべき女王の物語……などではなく。
一人の少年と、一人の女が幸せになる……ただ、それだけの話だ。
§
ある日の昼下がり。
とあるアパートの一室に、女の姿はあった。
ソファーに緩く腰かけた女の視線は、膝の上に載せられた本に向けられている。
その本の題名は、『アーサー王の死』。
15世紀後半、ウェールズ人の騎士によって書かれた長編小説。
アーサー王の出生から、円卓の騎士の活躍とその凋落、そしてアーサー王の死までを描く物語であり点……その女に縁深い話だった。
「…………」
世に名高い聖剣エクスカリバーとあらゆる傷を癒す魔法の鞘を携えるアーサー王、見目麗しく強壮たる騎士たちの活躍、そして、弟であるアーサー王を憎み、謀略を企む魔女モルガン。
そんな物語に、女は薄く笑った。
「フッ……随分と思い詰めていたようだな、こちらの私は」
アーサー王に関する伝説は、この本以外にも数多く存在する。
その全てにおいて、モルガンという女は、妖しい術を駆使して騎士を誘惑し、あらゆる手段を厭わず、円卓の崩壊を招いた悪辣にして最悪の魔女として描かれている。
時には自らアーサーと子を為し、復讐のための尖兵として円卓に送り込んだというのだから、その憎悪のほどが推し量れるというものだ。
その女を愉快に思う自分に、ふと思う。
もし今の自分が、この女と同じ立場にあったなら、どうしただろう。
過ぎった思考に、しかし女は結論を出すことはなく、ただ肩を竦めた。
意味のない仮定だ。
以前まで……彼と出会う前ならいざ知らず、今の自分には、関係のない人物だ。
随分と愚かで、哀れな女だと思っても、ただそれだけ。
救世主トネリコ。女はそう呼ばれていた時期もあった。
汎人類史のモルガンは、本来の歴史では殺されていたはずの女に、己の知識を引き継がせた。
そして、その恨みも。
しかし、この世界とは違う歴史を辿った世界――異聞帯で、妖精たちの女王として君臨した女は、もういない。
絶対的な力で以て統治を為した暴君は、もう死んだ。
こちらの心に無遠慮に踏み込んできたあの少年の手によって、殺されてしまったのだ。
そこまで考えて、ふと溜め息を吐く。
気を抜いたらいつもこうだ。気が付いたら、思考が彼の方へ逸れてしまう。
そう言えば、彼はいつになったら帰ってくるのだろうか。
教授に呼ばれたと言って出て行って、もう一時間は過ぎている。
行きは女の魔術で送ったので、移動にかかる時間は0に等しい。
教授、現代の魔術師たちにロード・エルメロイ二世と呼ばれている男については、女も面識がある。
何でも過去の亜種聖杯戦争の生き残りだとかで、魔術について何の知識もなかった少年の面倒を見てくれている。
受肉した英霊なんていうとんでもない爆弾である女についても、八方手を尽くしてくれた、恩人と言ってもいいだろう。
……本当に遅い。
そんなに時間のかかる用事だったのだろうか。
しかし彼は出発するとき、「すぐに戻る」と言って出て行った。
なのにまだ帰ってこない。
どこで道草を食っているのだろう。何かあったのだろうか。帰ったらどうしてくれようか……
「…………」
取り留めのない思考に、女は思わず額に手を当てる。
何だこの様は。かつて魔術によって世界を統べた女帝が、たった一人の少年にこうまで心を乱されている。
これではまるで、恋に恋する乙女か何かの――……
コンコン。
「っ」
『ただいまー』
聞こえてきた声に、思わず肩を跳ねさせる。
一つ深呼吸。
その間に扉が開き、一人の少年が部屋に足を踏み入れてきた。
黒髪黒目の優しげな風貌に、柔和な笑みを浮かべている。
特別痩せているわけではないが、背が高いためか線が細く見える。
「……おかえりなさい、慎也」
「ただいま、モルガン。……どうかした?」
「いえ、何でもありません。……それより、随分と時間がかかっていたようですが」
「あぁ、ごめんね待たせちゃって。教授からの用事はすぐ終わったんだけどね」
そう言って彼は、手に持っていた何かのカタログを掲げて見せた。
「それは?」
「不動産屋からもらってきた、物件のカタログ。何件か回って集めてきた」
「……物件。家を買うと?」
「うん。いつまでもアパート住まいというのもなんだし、幸いお金はあるからね。どうせなら買っちゃおうと思って」
かつて慎也とモルガンが参加した亜種聖杯戦争。
そこでアサシンを召喚して参戦した陣営は、どうやら魔術世界では有名な魔術を悪用する犯罪者集団だったらしく、それなりの懸賞金がかけられていたのだ。
ほとんど成り行きで壊滅させたのだが、もらえるものはもらっておくのがモットー。
換金は戦争が終わり、
なるほど、とうなずいた女――モルガンは本を閉じ、何も言わずにソファーの上で横にずれ、慎也もまた何も言わずにそこへ腰を下ろした。
そしてローテーブルに持ってきたカタログを広げる。
「さて、選ぼうか。モルガンはどんな家がいい?」
「城が欲しいですね」
「うーーーん、現代で城を個人で所有するにはちょっと厳しいかなぁ……」
苦笑する慎也。
もちろんモルガンも本気で言ったわけではない。
「冗談です。……そうですね、台所の設備が欲しいのと、書斎が欲しいですね。それと、寝室は広めに。そのぐらいでしょうか」
「書斎はわかるけど、台所?」
「えぇ。最近は綾歌に当世の料理の手解きを受けていまして」
「いつの間にそんなに仲良く……」
以前、ライネスやグレイとお茶会をしているのを見かけたことがあった。
どうやら思っていたよりモルガンには社交性があったらしい。
比べて自分は……と考えて、思わず肩を落とす。
「そう落ち込む必要はないでしょう。人には向き不向きというものがあります」
「それは僕が人付き合いに向いていないということかな……⁉」
実際得意な方ではないので反論が難しい。
生暖かい目で見てくるモルガンに、慎也は一つ咳払い。
「それで、寝室は広めにって言うのはどうして?」
「二人で寝られるベッドを入れるためのスペースは必要でしょう」
「え? ……あ、あー、うん。な、なるほどね……」
隣に座る彼の手をそっと握りながら囁けば、面白いように顔を赤くして目を背けてしまう。
初々しい彼の様子に思わず笑みが零れる。
もう一か月も同じ屋根の下で暮らして、することもしているというのに、一向に慣れる様子がない。
男を手練手管で弄び篭絡するのは妖姫モルガンの面目躍如と言ったところだが、ただ身を寄せるだけで動揺する彼を見るのは、とても気分がいい。
自分にこんな一面があっただなんて、思いもしなかった。
「え、えーと、立地について、要望とかはある?」
ほんのりと赤い顔の慎也の問いに、モルガンはしばし考える。
モルガンの魔術があれば都市とのアクセスは気にする必要がないので、基本的には制限はないものだと考えていい。
ならば……頭に浮かんだ光景を、自分でも意識しないままに呟いていた。
「……湖」
「湖? 湖畔の家ってことかな。ならこの辺りかなぁ」
楽しそうにカタログの頁をめくる慎也の横顔に、モルガンは尋ねた。
「先ほどから私に聞いてばかりですが、あなたからは何か要望はないのですか?」
「僕の要望か……うーん、思いつかないなぁ」
腕を組んで唸る慎也。
そして、こちらに向けられた彼の優しい笑顔に、モルガンは思わず身構えた。
「君が一緒にいてくれるなら、僕はそれだけで幸せなんだよ」
「…………そうですか」
真偽を見抜き心を見通す妖精眼を使うまでもない。
心の底からそう思っていることがわかる表情に、動揺してしまう。
来るとわかっていても耐えられない。体が言うことを聞かない。
せめてもの抵抗として顔を背けるが、きっと見抜かれているだろう。
多くの男を玩具にしてきた魔女がこの体たらく。
けれどモルガンは、そんな自分が、嫌いではなかった。
カタログを見比べながら楽しげに話し続ける慎也に、時折相槌を打つ。
ふと、もっと近くに居たくなった。
その衝動に逆らわずに、モルガンはそっと彼に寄り添い、その肩に頭を載せる。
彼はちらりと視線を向けただけで、何も言わずそのままでいてくれた。
手を握って耳元で囁いただけで赤面するくせに、こういう時……甘えたくなった時には、何も言わずに寄り添ってくれる。
嬉しい、と思うし、ずるい、とも思う。
そうやって、二人の時間は穏やかに過ぎていく。