異聞帯モルガンと幸せに暮らす話   作:マハニャー

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 ランスロットちゃんは来ませんでした。


モルガンとデートをする話(前編)

 『時計塔』。

 魔術世界の中心にして、神秘を蔵する魔術協会の誇る三大部門の一角にして、その総本山。

 ロンドン郊外に位置する、中世と近代の入り混じった巨大な学園都市であり、世界に於ける神秘を解き明かす最高学府である。

 四十を超える学生寮(カレッジ)と百を超える学術棟、そこに住む人々が潤す商業で成り立っている。

 ここには、十二の学部が存在している。対応した十二の学部長――『君主(ロード)』が管理する魔術の深淵。

 そのうちの一つ、ロード・エルメロイ二世が君主を務める現代魔術科(ノーリッジ)に割り当てられた一室。

 そこに、慎也とモルガンの姿はあった。

 

「というわけで、デートに行こう」

「どういうわけです?」

 

 自信満々に放った言葉にノータイムで返されて、慎也はあえなく撃沈した。

 気を取り直して、もう一度。

 

「デートに行こう、モルガン」

「それは構いませんが、随分急ですね」

「あの戦争が終わってからこっち、何だかんだ忙しかったからね。あまり恋人らしいこともできてなかったなぁと――」

「夫婦です」

「え?」

「夫婦です」

「はい」

 

 コホン。

 あまりにも堂々としたモルガンの言葉に赤面しつつ、咳払いをして何とか話を戻そうとする慎也。

 

「教授からの用件はよろしいので?」

「うん。どうやら今度、時計塔が直々に介入するほどの大規模な聖杯戦争があるらしくてね。それについて意見を求められた」

「ほう」

 

 その影響か、最近の教授はいつにも増して眉間の皺が多いように感じる。

 彼の内弟子であるグレイも、心配しつつも安易に慰めたりも出来ずにやきもきしているのを見かけるので、早く解決してくれることを願うばかりである。

 何事かを考えこんでいた様子のモルガンは、ふと自分の服装に視線を落とした。

 ちなみに今日の彼女は、長い銀髪を後ろでまとめ、白のタートルネックに黒のパンツといういで立ち。

 

「デート自体は喜ばしいですが……この服装は適さないように思えますね」

「そうかな……? どんな服装でもすごく綺麗だと思うけどな」

「減点です」

「あるぇー……?」

 

 首を傾げる慎也を置いて、モルガンはパチンと指を鳴らす。

 同時に僅かな魔力反応。

 瞬きする内に、彼女の服装は全く違うものに変わっていた。

 白く細い肩が露わになった黒いトップスに、薄い青のロングスカート。髪は後ろでまとめられて、頭の上にはキャスケット帽が被せられている。

 立ち上がり、コツコツとヒールで床を叩くモルガン。

 シンプルながらも、彼女の美しさを際立たせる装いに、慎也は呆然と見惚れてしまった。

 

「その服は……?」

「最近、ライネスやイヴェットと共にショッピングなどに行って来まして。そこで購入したものです。いつか披露しようと思っていたのですが、感想は……聞くまでもないようですね」

 

 間抜け面を晒す慎也に、モルガンは口元に手を当てて上機嫌そうに笑う。

 その笑みに、慎也はようやく我に返った。

 

「あ、あぁ、ごめん……その、うまく言葉が出てこないけど、すごく似合ってるよ。すごく綺麗だ」

「ふふ、ありがとうございます。では、向かいますか?」

「……うん、そうだね」

「慎也」

「うん?」

「エスコート、期待していますよ」

「はは……精一杯務めさせていただきます、女王陛下」

 

 

§

 

 

 見られている。

 時計塔を後にして街に出た時から、連れ立って歩く二人は周囲からの注目を集めていた。

 より正確に言えば、慎也の腕に自らのそれを絡めるモルガンに、と言うべきか。

 その怜悧な美貌は言わずもがな、少年に寄り添う彼女の口元には淡い笑みが浮かんでいて、より一層彼女の美しさを引き立てている。

 そんな彼女の隣に立てる誇らしさはあるが……この状況は、少しばかり腹立たしい。

 

 微かに眉を顰める慎也の腕を、モルガンが優しく引き寄せる。

 

「それで、まずどこへ向かうのです? デートのプランは考えているのでしょう?」

「……そうだね。まずは、軽く腹ごしらえでもしようか」

 

 彼女の気遣いに苦笑して、意識を切り替える。

 視線は気にはなるが、これはモルガンとのデートなのだ。

 周りのことばかり気にして、肝心な彼女への意識が疎かになるなど、言語道断。

 見たい奴には見せつけてやればいいのだ。

 ――この誰よりも美しい女性は、他の誰でもない、僕のものなのだ、と。

 

「……慎也」

「ん?」

「また間違えていますよ。恋人ではなく、妻、でしょう?」

「……こんなことに妖精眼は使わないでほしいなぁ」

「デートの最中に他のことに気を取られたことに対する罰です。行きますよ、あなた(・・・)

「んぐっ……りょ、了解」

 

 いつも彼女が使っている二人称とは、明らかに異なるトーンと感情で紡がれた言葉。

 今日だけで何度赤面させられたかわからない。

 日本男児はシャイなのでもう少し手加減してほしいところだ。

 

 そんなことを考えながら、事前に目をつけていた喫茶店へと足を踏み入れる。

 以前カウレスに手伝ってもらって調べた情報によると、この喫茶店は、落ち着いた雰囲気の内装とおいしい紅茶が出るということで、地元で有名な店らしい。

 時刻は昼食時を少し過ぎたぐらい。客入りはそこそこと言ったところで、ほとんどの客は新聞を広げたり本を読んだりして、ゆったりとした時間を過ごしている。

 慎也もモルガンもあまり賑やかな場所は好みではないので、調べていた通りの場所で慎也は内心安堵した。

 

 店員の誘導に従って、通りに面した窓際のテーブル席に、二人向かい合う形で座る。

 もちろんモルガンは壁側のソファーで、慎也が通路側だ。

 

「何か食べたいものとかあるかな」

「それほどお腹も空いていませんし、何か軽食を」

「OK。ここのパンケーキは絶品らしいよ」

 

 他の客の邪魔にならない程度の声量。

 店員を呼び、モルガンの紅茶とパンケーキ、小腹が空いていたので、慎也だけ紅茶とサンドウィッチを注文する。

 

 店の隅に設置されたレコーダーから流れる静かなクラシックを楽しみながら、二人は言葉を交わす。

 内容は他愛のないことだ。

 やれまたフラットがバカをやって教授に叱られていた、やれ恒例のお茶会で出たお菓子が美味しかった、やれ時計塔のある教授の講義が難解で眠りそうになってしまった……。

 そんな、何気ない日常を共有していく行為を、二人は心の底から楽しんでいた。

 やがて料理が運ばれてきて、一度は中断されたものの、二人が言葉を交わすのをやめることはなかった。

 

 ふと、

 

「……そういえば」

「ん?」

 

 何かを思いついたように、モルガンが言葉を止めた。

 首を傾げる慎也を置いて、彼女はパンケーキを一口分切り分け、フルーツとクリームを載せて……慎也に向けて、フォークごと差し出してきた。

 

「あーん」

「…………」

 

 1秒ほどの逡巡と葛藤。

 即座に逃亡は不可能と判断して、意を決して口を開ける。

 極力フォークに口をつけないようにして口内に入れて、咀嚼し、飲み込む。

 

 仏頂面の慎也を、しかしモルガンはどこか愉しげに眺めていた。

 

「いかがです?」

「美味しいよ、とても。……で、誰の入れ知恵?」

「イヴェットです。デートにおける定番の行為だと」

「やっぱりか……! ってちょっと待って、イヴェットからってまさか彼女……!」

「えぇ。随分と前から動いていたようで。自分のところに女性の感性について尋ねに来たと楽しそうに聞かせてくれました」

「バラしたなあいつ……!」

 

 脳裏に浮かぶ眼帯少女の腹の立つ笑顔に蹴り飛ばしながら、思わず頭を抱える。

 

「そう気を落とさずに。可愛らしかったですよ、餌を待つ雛鳥のようで」

「くっ……」

 

 微笑ましげなモルガンの視線に歯噛みして――慎也もまた、仕返しとばかりにサンドウィッチをちぎり、モルガンの前に差し出した。

 

「あーん」

「…………」

「あーん」

「……ん」

 

 目を閉じて小さく口を開くモルガンに変な気分になりそうなのを堪え、その赤い舌の上に切れ端を置いて、素早く指を引き抜く。

 彼女の口が閉じるときに指先に感じた感触を務めて無視しながら、モルガンをじっと見つめる。

 一見平静を装っているように見えるが、その頬は少し赤い。

 元がとても白いので、その赤みはとても目立つ。

 

「……お味のほどは」

「……美味しいです」

「それ以外の感想は?」

「…………」

 

 いつも二人で過ごす心地い沈黙とは違う、ぎくしゃくとした時間。

 漂う妙な空気と口の中に残る甘さごと押し流すようにして、慎也は紅茶を大きく呷った。

 




 事件簿の時系列としては魔眼蒐集列車まで終わってます。
 Apocrypha世界線の話ですが、カウレス君が居ることからもわかる通り、聖杯大戦は終結済みです。
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