異聞帯モルガンと幸せに暮らす話   作:マハニャー

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 トリ子も何らかの形で出してあげたいんですが全く思いつかないです。


モルガンとデートをする話(後編)

 微妙な空気の中で腹ごしらえを終えた二人は気を取り直し、デートを再開する。

 腕を組んでゆったりした歩調で道を進む中で、モルガンは慎也に問いかける。

 

「次はどこへ?」

「一応、リージェントストリートってところを目指してる」

「ショッピングですか?」

「そうだね」

 

 少し歯切れの悪い慎也の様子に首を傾げつつ、特に異を唱えることはしなかった。

 それよりも、

 

「……ふん」

 

 見られている。

 自分の容姿が周囲の人間の目を惹くものだという自覚はある。

 いちいち取るに足らない人間の視線を気にするほど細い神経はしていないが、時折、露骨に情欲の込められた視線が混じるのは鬱陶しい。

 何より今は、彼とのデートの時間なのだ。

 仕方のないこととはいえ、煩わしいものは煩わしい。

 

 なので。

 

「慎也」

「ん? どうしたの、モルガン」

 

 首を傾げる慎也に、モルガンは進行方向にあった一軒の店を指さして見せた。

 そこは、いわゆるメガネ屋だった。

 

「メガネ……? 視力悪かったっけ」

「いえ、ただ周囲からの視線が鬱陶しいので。せめて目元だけでも隠せないか、と」

「あぁ……なるほど」

 

 そんなわけで、二人は連れ立ってメガネ屋に足を踏み入れた。

 店の規模はそれほどでもないようで、他の客は老紳士とその奥さんらしき婦人の二人だけだった。

 店内に流れる軽快な音楽を聴きながら、様々なメガネの収められたショーケースに目を向ける。

 

「メガネというものについての知識はありましたが……これほどの種類があるとは」

「そうだねぇ。こういう店は僕も初めてだ」

 

 ショーケースを冷やかしながら、二人は店内を歩く。

 やがてサングラスのコーナーに辿り着き、二人は再びその種類の豊富さに圧倒されることになった。

 

「サングラスだけでもこんなにあるのか……」

 

 閉口する慎也を置いて、モルガンは無造作にそのうちの一つを手に取った。

 それをしげしげと眺めて、徐に顔にかけると慎也へ振り返る。

 

「どうですか?」

「…………ちょっと武骨過ぎないかな」

 

 途端、まるで戦闘中のような真剣な表情になった慎也は、そのままの目で商品棚をじっくりと見渡す。

 

「これなんてどうかな……うん、いいね。似合ってる」

「ではこれにしますか?」

「いや、もう少し見ていこう」

 

 何故か自分以上の熱意で物色する慎也に微笑を浮かべるモルガン。

 ふと視線を感じて振り向くと、先客の婦人が朗らかな微笑を向けていた。

 邪魔をしてごめんなさいね、とでも言うように軽く頭を下げる彼女に、モルガンは少し迷って、小さく目礼を返す。

 

 そんな婦人の様子に気が付いたのか、小声で彼女を叱る老紳士と、和やかに謝罪する婦人。

 老夫婦の間に流れる雰囲気はとても暖かく、二人が積み上げてきた愛情と信頼が傍目からでも感じられるようだった。

 どうしてか、モルガンはそんな二人から、視線を外すことが出来なかった。

 

「――モルガン? どうかした?」

「……いえ、何でもありません」

 

 そう返しながら、隣に立つ彼の顔をじっと見つめる。

 

 私があの老夫婦に抱いた感情は、何だったのだろう。

 考えて、浮かんできた言葉は……憧憬や羨望といったもので。

 ふっ、と笑みが零れる。

 

「え……? 今何に笑ったの……?」

「何でもありませんよ、本当に。……えい」

「うわっ」

 

 どこか傷ついた顔をする慎也に、適当に取ったサングラスをかける。

 ろくに見もせずに取った品だったが、存外よく似合っている。

 

「似合っていますよ、慎也。男前……と言うのでしたか?」

「えぇ……? 褒めてくれるのは嬉しいけど、僕も買うの?」

「いえ、私だけで構いません。……あなたの目を見ることが出来ないのは、嫌ですから」

「……それは僕も同じなんだけど」

「ふふ、我慢してください」

 

 それから二人は、お互いに似合うサングラスを探すという名目で、サングラスの着せ替えショーとでも言うべきものを始めることになった。

 真剣に似合うものを選んでいたかと思えば、珍妙な形の――『2000』という数字の形のフレームをした――サングラスをかけて噴き出して。

 やがてサングラスだけでなく普通のメガネにも手を出して。

 可愛らしいメガネをかけて印象の変わったモルガンに慎也が鼻血を吹き出しそうになったり、線の細いメガネで凛々しい雰囲気になった慎也にモルガンがそのまま購入を即決しようとしたり。

 結局ドタバタとしてしまったが、とても楽しい時間だった。

 

 紆余曲折の末、ようやく購入するものを決めた慎也がレジに向かうのを眺めていると、

 

「いい彼氏さんですね」

 

 先ほどの老婦人にそう声をかけられた。

 モルガンは少し考えて、

 

「えぇ、自慢の夫です」

 

 微笑を浮かべて、そう返した。

 

 

§

 

 

 メガネ屋を後にして、そのままバスに揺られ十数分。

 二人の姿は、ロンドンきってのショッピング街、リージェントストリートにあった。

 

 弧を描いて北に延びた通りが、長大な白いビルに囲まれている。

 このビルに人の住むスペースはなく、その全てが商店である。

 多くの車やバスが行きかい、人々が談笑しながら練り歩くショッピング街。

 

 そんな喧騒に目を細めながら、モルガンは慎也へ問うた。

 

「ここへは何を買いに?」

「来週には僕たち引っ越すだろう? だからデートのついでに、そこで使う家具とか日用品とかを調達しようかなって」

 

 以前話していた引っ越し。

 話し合ったその日のうちに物件は決まり、翌日下見に行って正式に決定。入居する日も既に決定していた。

 湖畔に佇む、木造の静かな一軒家。とても雰囲気のある建物と立地で、モルガンだけでなく慎也もお気に入りだった。

 

 二人はまず、慎也があらかじめ調べて決めていた雑貨店へと足を踏み入れた。

 ここではまず、二人で使う食器などの日用品を購入するつもりだった。

 

 とはいえ、慎也もモルガンも日用品のデザインなどにあまりこだわるタイプではないのもあってか、買い物はサクサクと進んだ。

 テキパキと品物を決め、どんどん慎也が持つ買い物かごに詰め込んでいく。

 とんでもない量になりそうだが、人目のないところでモルガンの魔術を使って部屋に送れば問題はない。

 神秘の秘匿は魔術師の原則ではあるが、要するにバレなければいいのである。

 

「鍋、フライパン、包丁……随分と料理道具が多いね」

「えぇ、ようやく綾歌との練習も実を結び、人様にお出しできるレベルになりました。これからは私がすべての食事を用意しますので、無断で外食などしないように」

「りょ、了解」

「よろしい」

 

 曰く、男は胃袋を掴むものらしい。

 また聞きの知識ではあるが、確かに得心のいく話であった。

 古来より、男は戦に出向いて糧を集め、女は飯を作り家を守るものと言われている。

 腹が減っては戦はできぬ。どれほどの力を持つ戦士であろうと、食うものがなければその力を十全に発揮することはできない。

 腹が減れば動きは鈍るし、不味いものを喰って士気が上がるはずもない。

 

 続いて二人が向かったのは、このショッピング街に本店を構える大手インテリアショップ。

 ここで買うのは、タンスや机に椅子、ベッドといった家具類だ。

 

 こちらは先ほどの雑貨類のように即決で決めていくわけにはいかない。

 家具を置けるスペースにも限りがある。

 せっかく購入したのにスペースが足りなくて使えませんでしたでは話にならない。

 店内を見て回り、デザインを見て、気に入ればサイズを確かめて、同じデザインの違うサイズのものを探したり。

 

 とはいえ二人とも素人なので、行き詰ってしまうことが何度かあった。

 なので結局、店員を呼んで案内と説明をしてもらうことにした。

 

「こちらのデザインがお気に入りでしたら、あちらの商品などどうでしょう」

「いいんじゃないかなどう思う? モルガン」

「ええ、構いません」

 

「こちらの机でしたら、そうですね……こちらの椅子でしょうか」

「ソファーはありますか?」

「ソファーならこちらですね」

「いいですね。慎也」

「うん、じゃあソファーを一つと、椅子を2つ……いや、4つで」

 

「タンスはどうする? 大きいのを一つでいいかな」

「お客様は一軒家なのですよね? なら少なくとも、それなりの大きさのタンスを2つか3つ、クローゼットを1つは揃えておいたほうがよろしいかと」

「2つか3つ、ですか?」

「えぇ。1つは奥様、クローゼットは旦那様。残りのタンスは……お二人の間にお子様が生まれた時のために」

「買いましょう、慎也」

「は、はい」

 

 結果として、その店員はとても優秀だった。

 勧め方も穏やかで必要以上の商売っ気を感じさせず、二人の要望を十分に満たす商品を即座に発見して紹介してくれる。

 商品の魅力やメリット・デメリットを説明する言葉も淀みない。少々割高な商品でも、これならと納得させられる。

 流石は専門家と言うべきか、あまり自分たちから希望を口にしない二人の好みや、関係性に合わせた商品を選ぶ眼力と手腕は、モルガンをして舌を巻くほどだ。

 

 机、いす、ソファー、タンス、冷蔵庫……とテンポよく決まっていく買い物に、二人の気分は上々。夫婦の気前のいい買いっぷりに店員もホクホクである。

 

 やがて彼女たちは、最後の買い物、ベッドのコーナーへとやってきた。

 

「さて、最後はベッドということですが……お一つですか?」

「えぇ。子供が生まれた時は、その都度ということで」

「畏まりました」

 

 何やら自分を放って進む話に微妙な表情をする慎也。

 そんな彼を放って、モルガンと店員はあれこれ話し合いながら物色を進めていく。

 少し寂しい気もするが、彼女は楽しそうだし邪魔するのも野暮だ……と自分に言い聞かせた。

 なら自分は布団や枕を見ておくか、と視線をそちらのコーナーへと目をやって……そこに置いてあったものに、思わず硬直した。

 それは、表裏に『YES』と『NO』と刻まれた、いわゆる『YES/NO』枕と呼ばれるものだった。

 

 一瞬、ほんの一瞬。それを抱えてベッドに寝転ぶモルガンを想像して、すぐに振り払う。

 しかしそのあからさまな行動を、モルガンが見逃すはずもなかった。

 

「……慎也」

「んぇっ⁉」

「……そんなに慌てる必要がありますか? 何か気になるものでもありましたか」

「えっ、あ、これはちが」

 

 何事かを喚く慎也を無視して、モルガンは彼の視線の先にあったそれを手に取った。

 首を傾げるモルガン、慌てる慎也を見て、何やら非常に楽しげな店員がモルガンに耳打ちをする。

 

「奥様、奥様、こちらの商品は――……」

「……ふむ、なるほど。ではこれも購入ということで」

「ありがとうございます!」

 

「ちょっ、モルガン⁉」

「何か異論でも?」

「あっ、いや…………ないです、はい」

 

 項垂れる慎也に、どこか満足げな表情のモルガン。

 ちなみにベッドはもう決まっていたらしい。結局慎也の意見の介在する余地はなかったというわけである。

 

 そんなこんなで、ホクホク顔の店員の案内で購入手続きを済ませ、大型の家具は新居に直接運んでもらうように手配した。

 そうして、二人の今日の買い物デートは終了となったのであった。

 

 

§

 

 

 ショッピングを楽しんでいた時間は存外長かったようで、二人が店を出た時にはすでに空は暗くなっていた。

 適当なレストランで食事を終えた二人は、今日のことについて語り合いながら、時計塔の一室でくつろいでいた。

 

 ソファーの上で身を寄せ合う二人。

 取り留めのない話をする中で、ふと、

 

「さて、慎也。何か、私に渡すものがあるのでは?」

「……何か聞いてる?」

「いいえ。しかし、2週間ほど前からやたらと例の彼女(ランサーのマスター)から仕事を斡旋してもらい、それなりのお金を用意しようとしていたので。予想はいくらでもできました」

「んぐ……せめて、自分から言い出したかったよ」

 

 観念したような苦笑を浮かべて、彼はカバンから何かを取り出した。

 それは、手の平に乗るような、小さな箱。

 深呼吸をしてそれを開けると、そこには……小さな銀色の指輪が収まっていた。

 美しい宝石がはめ込まれ、瀟洒な装飾があしらわれた、見るからに値の張る指輪。

 そう、結婚指輪だった。

 

「結婚指輪って言うものについては知ってる?」

「えぇ、こちらの世界にそう言った習慣があることは、知識として」

「僕の生まれ育った国では、結婚指輪は給料3か月分なんて言葉があるんだけど……3か月も待てなかった」

 

 言って、ふぅ、と息を吐く。

 結果はわかりきっている。

 なのに、緊張する。心臓の動悸が止まらない。手が震える。

 

「もちろん、これを渡したからと言って、僕と君の間にある何かが変わるわけじゃない。

 君に思いを伝えた日から、僕の思いは何も変わっちゃいないし、これからも変わらない。

 君も、変わらないって信じてる。

 だから……これは、僕にとってのけじめであり、誓いだ」

 

 覚悟を決める。

 

「モルガン。妖精國の女王。異世界の救世主。

 そんな君に吊りあうだけのものなんて、僕は何一つ持ち合わせていないけど。

 それでも、君をこの世界に引き留めて、君を人間にした、その責任として。

 君を一生愛して、一生隣にいることを誓います」

 

 だから。

 

「だから……僕と、結婚してください」

 

 返答は、なかった。

 代わりに、花が咲く。

 冬の寒さを押し退け、雪を解かすような、暖かい笑顔の花。

 

 二人の距離が近づく。

 どちらから動いたのかはわからない。あるいはどちらも。

 二人の影が一つに重なった、途端に、慎也はもう我慢が利かなくなった。

 目の前の彼女の細い肩を力いっぱい抱きしめて、夢中で彼女を求める。

 彼女もまた、慎也の背中に手を回して、思いに応えてくれた。

 それが嬉しくて、もっと欲しくなる。

 

「……っ、はぁ……っ」

「っ、ふぅ……ぁ」

 

 息が続かなくなって、少しだけ顔を離す。

 その隙に、彼女が小さく囁いた。

 

「……指輪、はめて?」

「……うん」

 

 指輪を手に取って、何も言わずに手を差し出してくれた彼女の細い指に嵌める。

 白磁のような肌の上で、金剛石の輝きがより一層増したように見える。

 

「愛してるよ、モルガン」

「愛しています、慎也」

 




 今更ですが、作者の考える主人公のイメージは本誌乙骨です。ただあそこまでぬるっとしてない。

 次はエルメロイ教室の面々との絡みを書こうと思います。


※9/19
モルガンの妖精眼周りの描写を削除・修正しました。

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