異聞帯モルガンと幸せに暮らす話   作:マハニャー

8 / 10
 今回もちょっと短いです。次回への前置きみたいな。


モルガンとある朝の話

 慎也とモルガンの夫婦二人だけの生活にバーヴァン・シーが加わって、すでに一か月ほどが経過した、とある日の朝。

 

 春の心地よい朝日がカーテンの隙間から差し込む中、慎也はスヤスヤとベッドで眠りこけていた。

 かつては極秘ミッションをこなす特殊部隊のエージェントとして鍛え上げられ、生活リズムに関しても厳しく律せられていた慎也だが、聖杯戦争を終えてからは失われた睡眠時間を取り戻すように惰眠をむさぼっていた。

 一時期は本当に酷い有様で、三大欲求のほとんどを睡眠欲に奪われたのではないかと思うほどだった。

 午後の講義がない日には昼食を摂ると昼寝を欠かさず、夜は“そういうこと”がない日には8時間以上寝る。

 そんな惨状に堪忍袋の緒が切れたモルガンに、「豚になりますか?」と冷たい目で言われて、ようやく生活習慣の改善に着手したのである。

 とは言え、昼寝がなくなった程度で、生活の中で睡眠時間の比重が非常に大きいのは変わらないのだが。

 

 そんな事情と、低血圧も相まって、慎也の寝覚めは非常に悪い。

 特に今日は休日。急いで起きる必要がないとなれば、最悪昼まで眠っているだろう。

 心地よい微睡に浸る慎也を、突如、激甚な衝撃が襲った。

 

「うぼぁッ⁉」

「キャハハッ! だっせー悲鳴だな! きっもーい♡」

 

 酷く混乱した頭で、聞こえてきた声の方に霞む目を向ける。

 そこには、慎也の腹部に馬乗りになった状態で嗜虐的な笑みを浮かべるバーヴァン・シーの姿があった。

 

「バー……ヴァン、シー……こういう起こし方は、やめてって……言わなかったかな……」

「オトウサマがいつまで経っても起きてこねーからだろ? 一応声はかけたぜ? ドアの向こうから」

「ぐむぅ……」

 

 色々と言いたいことはあるが、まずはそこから退いてほしい。

 普段から鍛えているおかげで、慎也の腹筋は170cmのモデル体型の彼女を受け止めることには成功したが、その体重をずっと支えるには苦しい。さすがにそれを口にしない程度の分別はあったが。

 というか純粋に呼吸が苦しい。

 

「そろそろ、退いてくれないか、な……」

「えー? つまんねーな、もっと遊ぼうぜ、オ、ト、ウ、サ、マ!」

「うっ、ぐぇ、おっ、まっ、ぐふっ!」

 

 オトウサマという語を区切るのに合わせてトランポリンか何かのように慎也の上で跳ねるバーヴァン・シーに、慎也も呼応するように呻き声を漏らしてしまう。

 その様子が愉快だったのか、バーヴァン・シーの嗜虐心を刺激してしまったのか、ますます愉しそうにしている。これは非常によろしくない。

 何よりこの絵面が非常によろしくない。もしモルガンに見られて、誤解でもされようものなら、

 

「何をしているのです?」

「ひゅっ」

「あ、お母様」

 

 その声が聞こえた瞬間、慎也は顔を青ざめさせた。

 恐る恐る寝室のドアの方を向くと、黒いエプロンをつけたモルガンが、やたらと冷たい目で二人を見つめていた。

 弁明しようと慌てて口を開くが、それより前にモルガンは小さく溜め息を吐くと、

 

「……大体把握しました。バーヴァン・シー、お父様に甘えるのはよいですが、ほどほどにするように。お前も淑女なのだから、はしたない真似は控えなさい」

「ごめんなさぁい」

「慎也。あなたも子供ではないのだから、いい加減、自分で起きられるように努力しなさい。休日だからと言って生活習慣を乱していい理由にはなりません」

「仰る通りです……」

 

 ぐうの音も出ない正論に項垂れる慎也。そんな慎也にべーと舌を出すバーヴァン・シー。

 二人の和やかな姿に、最後まで厳しい表情でいようとしたモルガンも、思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「さぁ、二人とも。朝食は出来上がっています。慎也は早く顔を洗ってきて、バーヴァン・シーは少し手伝ってください」

「了解だよ」

「はぁい、お母様!」

 

 

§

 

 

 朝食を終え、洗濯物などの家事も終えた家には、穏やかな雰囲気が漂っていた。

 テレビの正面と向かって右側を囲うように配置されたソファー。テレビの向かい側にはバーヴァン・シーが座り、コントローラーを握って画面を凝視している。

 その傍らにモルガンが腰かけ、分厚い本を読みながら、時折バーヴァン・シーへ穏やかな視線を向けている。

 二人から少し離れた位置に腰かけた慎也は、教授から言いつけられたレポートを書くために資料となる論文を読みながら、うんうんと唸っていた。

 

 思い思いの時間を過ごす、和やかな日常の一幕。

 赤い帽子の土管工が怪物に攫われた姫を救うために様々な冒険をする有名なゲームをプレイしていたバーヴァン・シーが、ついに残機が尽きてしまったようで、悲痛な声を上げながら天井を仰いだ。

 

「んがぁぁぁ、マジかよちくしょう! また栗野郎にやられたぁ!」

 

 至極悔しそうにじたばたと手を振り回すバーヴァン・シー。

 チラ見していた限りでは、確かにいいところまで行っていたので、相当に悔しいだろうと理解できた。サーヴァントの膂力で振り回されるコントローラーが無事か心配なところではあるが。

 暴れるのにも飽きたらしいバーヴァン・シーは、そのままモルガンの膝の上にもたれかかる。

 モルガンは少し驚いたように目を見開いて、ふっと表情を和らげると、本を閉じ、愛娘のルビーのような髪を優しく梳き始めた。

 

「うぅ、お母様ぁ」

「仕方のない娘ですね、お前は」

 

 母娘の穏やかなじゃれ合いに、慎也は目を細める。が、目の前の課題は一向に進む気配はない。

 今回に関しては、モルガンの手を借りずに自分で終わらせると決めたのだ。励むしかない。

 

 バーヴァン・シーはもうゲームをやる気は起きないようで、モルガンの膝に額を擦り付けて溜息を吐いた。

 

「なんか、退屈ね……何か面白いことはないかしら」

「ふむ……グレイやライネスの所へ訪ねてみては?」

「あの二人は陰険長髪ヤローに連れられて、何かの会合があるって言ってたわ」

「あぁ……召喚科の学部長に呼ばれてるって言ってたっけ」

 

 それを告げる時の教授の顔を思い出して苦笑し、バーヴァン・シーのあまりにも酷いあだ名に同情する。

 

 基本的にモルガンにべったりなバーヴァン・シーは、時計塔に行くモルガンにも同伴し、エルメロイ教室の面子とは顔見知りである。

 定期的に開かれるお茶会にもモルガンに連れられて参加しているようで、特に女性陣とは仲がよさげにしている場面を何度か見かけたことがある。

 普段から露悪的で、口の悪い彼女だが、その心根はとても心優しく人見知りな部分のある女の子だ。

 海千山千の怪物たちの謀略渦巻く魔術世界を生き抜いてきたライネスやルヴィアは、早々に彼女の仮面の下の素顔を見抜いていたようで、人見知りして高圧的に接してしまう彼女に色々と優しくしてくれている。

 意外だったのは、一番打ち解けている様子なのがグレイであることだ。お互い通じ合うところがあったらしい。

 時折休日には皆でショッピングに行くこともあるようで、その日あったことを楽しそうにモルガンに話す様は、どこにでも居る年頃の少女のようだった。

 

 彼女のそんな姿は慎也にとってもとても喜ばしいものだし、モルガンは言わずもがな。

 戸惑ったように、しかしとても嬉しそうに「友達ができたの」と報告するバーヴァン・シーに優しく祝福の声をかけながらも、後に感涙に咽び泣いていたのを慎也は知っていた。

 

「でもね、ライネスがお土産にとっても甘いお菓子を持って帰ってきてくれるそうなの! 今度のお茶会で食べさせてくれるんですって! 私、とても楽しみだわ!」

「えぇ、よかったですね」

 

 平静を装いながらも、ちょっと声が震えていた。どれだけ喜んでも足りないらしい。

 そんな二人を見て、慎也はふと思いついたことを提案した。

 

「じゃあ、僕たちも今からショッピングに行こうか。そのお茶会に向けた服を選ぶ、みたいな名目はどうかな?」

 

 するとバーヴァン・シーは、たちまち目を輝かせて、

 

「それってホント⁉」

「もちろん。今日は休日だしね、家族サービスってやつ?」

「お母様も一緒よね!」

「……そうですね。特に予定もありませんし、行きましょうか」

「やったわ! ありがとう、お母様、お父様!」

 

 心の底から嬉しそうにはしゃぐバーヴァン・シーの可愛らしい姿に、慎也とモルガンは顔を見合わせ、微笑み合った。

 




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