でぷすろの幻覚

ウスイブックスになる。



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「■■」ってつまりこういう。

 

 

 

 

そんな空白もあったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が壊れて三分後。

 

―スペルクリエイションオンラインのオンライン環境は閉鎖されました―

 

そんな味気ないホーム画面の文字の羅列を眺めながら、ナッツクラッカーとしての私は頬がにやけてほころぶのが止まらず、引き締めようとしてもにへへと緩む表情筋の制御権を取り戻せずにいた。

 

 

また逢おうね。

 

 

憂さ晴らしにと適当に降り立った世界で、運命に出会った。

 

まさかこんな劇的な出会いを果たすなんて夢にも思っていなかった。

 

言い換えれば、無防備なままに受けた致命傷。

 

それは、ありのままの私に、なんのラベルも纏っていない私に、正面から、全身全霊をもって挑んできてくれた彼。見たくないものがあって、それを直視せずにいられる場所を探して、この仮想現実のゲームの中にやってきたのに、ここに来る前の別の世界では、結局見たくもないものを目の前に突きつけられて、辟易としていた。

 

その上で、期待せずにやってきたここで、出会えた彼は期待以上を通り越して理想の上限を超えてまだなおその先だ。

 

 

「たのしもうぜサンラクくぅん!!」

 

 

過去の自分の声を脳内で思い起こす。そのときの目の前には彼がいて、有象無象がわらわらと自分たちの周りに群がっていたけれど、世界の中で色づいていたのは自分と彼の二人だけ。

 

 

喉を通り抜けて出ていった高揚も、とにかく気に食わないと自分に相対してきた彼の眼差しが、自分の芯に突き刺さったその熱も、その熱が内側で弾けて生まれた自分の歓喜も、燦然と輝く思い出をトリガーにして、あのときの五感全てが、連鎖的にぶり返して、想起されて、再生されて、フィードバックして、自分の中でハウリングを起こす。

 

言うなら、自分は、悲鳴をあげるスピーカー。

 

自分の歓喜をトリガーに、楽しかった記憶で自壊しそうな、そんな自己完結したループがブレーキをかけるまでは際限なく膨らんでいく。

 

そうして揺らされる、自分の心。

 

 

あぁその歓喜をなんと伝えたらいいのだろう。

 

 

この喜びをなんと表現すればいいのだろう。

 

 

そうだよね。ぴったりはまる凸と凹だよねぇ。そんなふうに下ネタでからかえば、ただ煽るよりもことさら刺激的に反応してくれるものだから、自分のネタの厳選にもつい力が入るというものだ。

 

よりギリギリに、より卑猥に、より下品に。自分の努力が、明確なフィードバックとして帰ってくる。

 

たとえそれが下ネタでも、成功体験としては楽しくて、楽しくて。たとえ迷惑行為で何度アカウントが凍結されても、また彼に挑んできてほしくて、この世界を嬲り続けた。

 

 

 

「だぁああっ。永久凍結されろこのセクハラ大魔神」

 

 

「かちんこちんなのが好みなんだねぇサンラクくぅん」

 

 

「そう言う意味じゃねぇよ‼ heart knock tyrant!」

 

 

「放課後奴隷クラブ 〜倒錯した菊紋の快楽〜」

 

 

「防御バフにリジェネとかマジでいやらしいなお前」

 

 

「いやぁそれほどでも」

 

 

「褒めてねぇよ」

 

 

 

そんな彼との逢瀬を思い出す。

 

それは、いくつめのアカウントの時だったか。たとえ自分のアカウントが作り直しになったと

して、世界に刻まれたが上書きされることはほとんどない。あるいは、そういう自分に同調した厄介プレイヤーたちが、リニューアルレイドボスを率先して狩りにに行って、改悪に勤しんでくれている。

 

 

思えば、有象無象を扇動する術を本格的に身につけたのはこの時だったかもしれない。

 

 

似た者と呼ぶのはなんだか自分がそうだと認めるみたいで嫌だけど、勝手についてくる金魚の糞をそれっぽく組織して誘導する。どうでもいいゴミクズばかりではあるが、駒として有用なら使ってやるのはやぶさかではない。

 

単純にその場をかき乱すことで悦に入ってる低俗な有象無象に、自分は対抗勢力のトップとケリつけに行くといえば勝手に盛り上がって場を整えてくれるものだから、その点だけはしっかり評価している。

 

 

そうして、わかりやすい対立構造を作り上げれば、対抗勢力としてまとまる中心にいるのは、彼の姿。

 

 

わたしが倒すべき敵だよ。とわかりやすく大衆の敵の姿を演じれば、レジスタンスサイドには他に使える手勢がいないのだろう、プレイヤースキルに秀でた彼が、自動的に自分の対抗馬としてやってくる。

 

 

ついていこうと思わせるようなリーダーとしてそれなりにロールプレイすれば、ちょろいプレイヤー達は勝手に信徒を形成して、自ずから組織化してくれるから手がかからなくて楽で仕方ない。

 

 

そのあたりの手管を、どこで身につけたかなんてことは、考え出すと少し嫌な気分になってしまうけれど、それはそれ。

 

自分に向かってくるレジスタンスの中に彼の姿を見つけるたびに、脳の痺れがこの上なく心地よくて。

 

そうして、数多の抗争、紛争、内ゲバを超えて、たどり着いた『行き止まり』。

 

サービス終了の情報を受け、ちょうど最後の瞬間には、だれも残らず、ちょうど自分たち二人だけになれるように環境を裏から整えた。

 

 

 

 

「最高だなぁ」

 

 

リスポーンまでの待ち時間。一人きりの空間で溢れた言葉は、混じり気のない自分の本心だった。

 

この世界が終わる瞬間はちゃんと二人きりになれた。

 

 

もし彼が自分を上回ることがあればと保険に用意した蘇生薬までしっかりと使わされて、予定通りどこか、想像以上の、本当に期待以上の結果を、彼は見せてくれた。アバターを操作できるようになるまでの時間が、刹那のごとく短くもあまりに長くてもどかしい。

 

もったいない。あまりにもったいない。

 

この時間でいくらの言葉を交わせただろう。そんなもったいなさも、間に合いそうという期待の前には霞んで消える。

 

HPがゼロになる瞬間に、確かに脳の奥で弾けた熱。

 

体の芯の奥で、ずくんと胎動した炎。

 

どう向けていいかわからなかった感情が、散漫に持て余していた感情が、綺麗に鋳つぶされて、向かうべき方向を整形される。

 

 

 

 

 

 

それにつける名前は、まだ自分の中にはないけれど。

 

 

あぁ、なんといおう。何を告げよう。

 

わずかな時間のクールタイムが無限に長く感じてしまう。きっと、まちどおしい何かに心焦がれているときというのは、こんなふうに長く感じるのだろう。その持て余した時間で用意した言葉は、いつもはこうじゃないのに、うまく繋がらないシナプスの隙間から逃げおちて、誤魔化すようにからかうそれしか、出てこない。

 

そうしてやっと告げた言葉が自分の舌に、まだ熱を持って残っているような錯覚が残る。

 

 

今のVRシステムでは、それを感じるほど感覚が再現されていないはずなのに、彼に告げた言葉が、熱を持って喉の奥を焼いてでていったたような錯覚が残る。

 

 

 

また、逢おうね。

 

 

もう一度確かめるように口にする。

 

リアルの自分が口にしたら、きっと死にたくなるようなまっすぐな言葉。それを、もう人一人いないログインロビーで、耳にする人もいないのにこっそりと口にする。

 

 

あぁ、まただ。

 

 

喉の奥で、言葉の残り香が炭火のように燻っている。

 

 

『また、逢おうね』

 

 

最後に発したのはいつだったか、もう思い出せない、自分自身のそのままの声。出し方なんて忘れてしまえばいい、なんて思っていたこともある。そんな自分自身とを結びつけるそれも、或いは、この電子の世界で彼だけに知っていて欲しいと思って、誰に聞かせるつもりもなかった自分そのものを、彼に伝えて、彼の耳に刻み込もうとした。

 

のだけれど、彼に知ってもらいたいとおもった自分の動機は、すぐに頭から消えてしまう。

 

 

 

さて。と、意識の向かう先を切り替える。

 

引かれる思いがないといえば嘘になる。けれど、彼がいないその世界にもう用はない。余韻を味わっていたい気持ちもあるけれど、喉に残る燻るものだけを手に、ゲームをログアウトして、ストアカタログのリンクに飛ぶ。

 

このスペルクリエイションオンラインは、自分にとって特別なゲームになった。

 

ただ、あくまで出会えたという過去のトロフィーであって、もうこの場所で彼と会えないのなら、そこにはもう立ち寄る意味はない。容量が圧迫されでもしない限りは、端末から消してしまうことはないだろうけど、きっとこの先、ログインすることもないだろう。

 

 

さて、人がたくさん集まるゲームはどこだろう。

 

なにせ、ゲーム人口は拡大の一途を辿る。それでも、何万、何十万、何千万の乱数を超えて、自分は彼に会いにいくのだ。きっと逢える。そんな根拠のない確信だけを心の中心において、私は白紙のチャート(航海図)を手に漕ぎだすのだ。

 

手始めに、同時接続人数が多いゲームを上から順に購入。手早くレベリングのチャートを組み立てる。

 

たとえそれが賽の河原での石積みであっても、巡り会うためというモチベーションは、自分の奥底で煌々と燃え盛っている。

 

 

また逢う日まで。

 

 

きっといつか出逢える彼にそう約束して、ひとまず積み上げたその一つ目にログインする。

 

 

「そういえばビルドはどうしよう?」

 

 

すっと脳に浮かんだのは、さっきまで目の前で輝いていた彼の姿。

 

あぁ、彼の後を追うのだから、近接魔術ビルドがいい……。

 

 

 

 

 

 

「待っててねぇ、サンラクくぅん……」

 

 

 

新しい世界に足を踏み入れるまで、後一分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋ってつまりこういう。

 

 

 

「いや、ほんと助かりました」

 

と、戦士職のプレイヤーが、心底安堵した表情を浮かべながら礼をいう。

 

「気にしなくていいよぉ」

 

自分からすれば大した労力のかからないサポートでも、ちょうどそのポジションがパーティメンバーに描けていれば、そのサポートは唯一無二の価値を持つ。さらに言えば、割とできる方なプレイヤーであれば、将来のために恩を売れるときに売っておくのが今の私にとっては正解だ。

 

 

できれば固定パーティには言ってもらえませんかとい依頼はつれなく断るけど、それでも臨

時のサポートはいつでもするよとフレンドコードは交換する。

 

そんな、大体万能にこなせる便利な支援職、が今の私のロールプレイだ。

 

 

 

そしてプレイヤーネームは、54。言い換えれば6×9。

あんまり露骨だといい感じの善人ロールプレイにも差し障りそうだし、とりあえず少しぼかした程度のそれがいまのキャラクターネーム。

 

器用貧乏に見せかけて、どんな状況にも対応可能な、近接魔法職。

 

 

そして今プレイしているのが、古き良き……というのはよく知らないけど、剣と魔法の王道ファンタジーの続編で、国内でも有数の最大同時接続人数を誇るゲーム。

 

これだけのプレイヤー数がいれば、どこかで出会う確率は高くなる。そう信じて、繋がりを作って、味方を増やして、自分の手足を増やしていく。いろんなプレイヤーのあしながおじさんになって、初期にお世話になった人かつ、一人前になった後でもいざと言う時に頼りになる人という立ち位置を確保しながら、そんなポジションをいくつものゲームで確立していく。

 

 

網は広ければ広いほどいいし、ちゃんと使えるプレイヤーでかつフレンドリストの初期の人となれば多少ログインが途切れたとしても切り辛い。それが八方美人であっても便利なプレイヤーなら尚更気安くなる。 更にいえば、決して無償というわけでもなくて、それでも格安の対価と、ほんの少しの気遣いだけで応じてくるのだから、なおさら気兼ねなく使いやすい。そんな、ゲームを始めたばかりの有象無象に対するあしながおじさんポジションを確立すれば、いずれ現れる有名プレイヤーが頼りにするソロプレイヤーロールが捗って、情報ネットワークの構築が一気に楽になる。

 

 

そうして情報網が出来上がった頃に、そっと彼の情報を流していく。

 

他のゲームで出会った人を探している。

 

自分の輝かしい思い出に、土足で入られたくないから、言葉や伝え方には最新の注意を払って。

 

 

 

 

自分だけが知っている、彼の輝き。

 

自分だけが知っていればいい、サンラクという存在の輝き。

 

とはいえ、断片的にでも切り出さないと、誰かを探すための手がかりにすらならないから、丁寧に、丁寧に、言葉を選ぶ。

 

 

 

「過去のゲームで凄いプレイヤーに出会ってねぇ」

 

 

 

少し『使えるようになった』ゲーム内の知人にそんな声をかける。

 

「やたらとプレイヤースキルのある、高速機動型ビルドのプレイヤー。他とは隔絶してるから、出会えばきっとわかるよ。そんな彼に返しきれない恩をもらったから、別ゲーで出会ったら『恩返し』しようって決めてるんだぁ」

 

 

どこかで出会ってくれたらいい。そんな自分のファンネルを多数作り上げてあちこちに放つ。運良く出会えれば良い程度として、そこまで強い期待は抱いていない。

 

あるいはドラマチックにロマンチックに、受動的に引き合わされるのではなく、自分から能動的に出会いたいと思っているのは確かだ。けど、会って関係性を結び直して、今度こそ一緒にゲームをプレイするという最終目標からすれば、そう簡単に出会えないのは、まぁ仕方ないことだと納得はしている。

 

 

理性の面では。

 

 

 

果たしてこの空の続く場所にいるかどうか。それすらもわからずに、依然として消息のつかめない私の待ち人。あれだけの派手なプレイヤースキルを持っているのだから、特段意識せずとも、自然と目立って、人の噂になってくる。と、私は信じているのだけれど、生憎今世ではまた出逢えないままのようだ。

 

 

 

まっててねぇ、サンラクくぅん。

 

未だ知るのは、そのプレイヤーネームだけ。

 

使いまわしているかどうかもわからないけど、その名前だけを頼りに無数の世界を渡っていく。

 

 

彼は私を見つけてくれた。

 

 

次は私から出逢いにいく番だ。

 

そうやって、数多のゲームを渡る、もう戻る故郷のない、渡り鳥が私。

 

 

故郷を壊したのは自分なのに、もっと続いてくれてたらなぁ。なんて考えている薄情者が私だ。

 

とは言っても、再び出会えるなんて確証はない。

 

 

それでも、自分は再びで会えると根拠もなく信じている。

 

 

 

自分の背後にあるのは、足蹴にして踏み台にしたゲームの山、山、山。

 

いくつものゲームを渡るうちに、トッププレイヤー層というのはある程度共通しているのだな。なんてことにも気がついた。全員が全員同じように流行りのゲームを渡っていくわけでもなく、人によっては一つのゲームに長くいついたりもする。それでも、ゲームの流行り廃りの周期もあって、ある程度しっかり遊びながら、程よくいろんなゲームをプレイするやや下に位置する上位層。

 

 

ここの層の便利屋をしていれば、自然とそのゲーム内の人間関係の情報がかなり入手しやすくなる。欲しいのは彼の情報だけで、それ以外のどうでもいい奴らの情報なんて、ネズミの餌にすらなりやしないけれど。

 

 

 

彼といつであってもいいように。

 

 

そう考えて、育成に幅を持たせつつも、可能な限り特化させる。ハクスラ要素なアイテムも集め切って、エンドコンテンツにはいつでも踏み入れられるように準備する。

 

 

そうして、何にでもなれる、彼の今のスタイルにどうとでも合わせられる。そんな拡張性を用意しながら、まだ何にもなっていない、自分にとってはまだどうでもいいセーブデータの山を積み上げていく。

 

 

 

「ここにいるのかなサンラクくぅん。それとも、まだきていないのかな? くる予定もないのかなぁ? いつでもまってるよぉ」

 

 

 

準備のできたゲームデータの山をまえにひとりごちる。そうしてたたずむのは、だれも自分の声を聴く人のいない、VRシステムのログインロビー。久しく聞いていない自分の声が、システム越しに鼓膜に響くのがどうしてかきもちわるくて、いやになる。

 

 

 

最後にこの声を外で使ったのはサンラクくんと別れた時。

 

 

たとえどれだけ時間が空いたとして、忘れることなんてない、できない、自分の、そのままの裸の声。

 

次に使うのはまた会えた時、そうやって願掛けまでして、探して、さがして、探しているけど、スペルクリエイションオンライン以後にプレイしたゲームでは、かけらも気配を感じられない。

 

意を決して、多少はいろんなゲームをプレイしてそうな上位層まわりに声をかけてみたけど、生憎そいつらがプレイしてきたゲームのなかでは、サンラクという有名プレイヤーに心当たりはなかったらしい。

 

 

もう少し下位層に手を広げるか?なんて考えもしたけど、試しに触ってみたゲームで出会った上位層プレイヤーといえば、やたらと銃に偏執的なこだわりを見せるプレイヤーとか、あるいは別のゲームだとやたらと女児キャラにこだわりを見せる野太い声のプレイヤーとかがプレイヤーの上位層にいて、こいつらの人脈には期待できないなぁと感じて選択肢から外している。

 

 

 

「どこにいるのさ」

 

 

 

 

スッと伸びたのはスペクリのゲームラベル。

 

VRシステムのロビーで、飛び交う本の表紙のように、数多のゲームのラベルをスクロールして、すっと止まった思い出のそれの輪郭を撫でる。

 

そのゲームを起動することはない。オンライン環境はすでに消えてしまっていて、それ以外にローカルで楽しめるコンテンツはほとんどない。そんなことをしている暇があれば、別ゲーの開拓に手を伸ばしたかったが、今だけは少しばかり心が疲れていた。

 

 

「なんだってしてあげるのにさぁ」

 

 

 

私の全部をあげていい。

 

 

 

だから『サンラクくん』の全部が欲しい。

 

 

思い起こすのは、自分の記憶のフォルダの一番上に、大事に大事に保存しているスペクリの思い出。それ以外は全部、次に巡り会うための準備でしかないから、言うなれば分類は作業用フォルダで、彼の痕跡に触れられて初めて意味のあるものに変化する。

 

そういう意味では、まだ価値の有る無しに分化していない、未確定な状態。

 

未確定ではあるけれど、そのほとんどは意味のないものに変わることがほぼ確定している。

 

 

なんていったって、今プレイしているゲームで出会えていないのなら、きっとこの先にも意味がでてくることはほぼないのだから。

 

 

どうしてか、いつになく弱気になってしまう。

 

ざっと、手を振って思考入力。

 

未だ意味を持たないゲームの山をざっと睥睨する。

 

一瞬、全部消しちゃおっか。なんて思考が頭をよぎる。そこにいないなら意味のない世界たちのかけらなんて、ゴミ箱でメモリを食う価値すらない。

 

 

それでも、それでも

 

 

もしかしたらそこに糸口が繋がっているかもしれないという可能性がある限りは、自分はその糸を切り捨てることはできない。

 

 

たとえ別のゲームを経由したとして、もしそこで出会えたら。もしそのゲームにいたという情報をどこからか入手したとして、その時に過去積み上げたものがあったのにという後悔を挟んでいられるほど、自分は悠長に待っていない。

 

 

その思考が自分に、『つみあげること』を要求する。

 

 

はいはい。また新しいの探そうかな。

 

応える人のいない返事は、それで、ここからどうしようかと悩む自分に向けて。

 

小さなため息とともに、ある程度まで育成したゲームを脇によけて、新作ゲームのリストを書き出していく。人の集まりそうな人気作。上手いプレイヤーが集まる玄人向けの対人バトル。単純にプレイヤー人口が大井だけじゃなくて、そこに集まりそうなプレイヤーの質も含めて、少しばかりリサーチしながらゲームタイトルを購入していく。

 

そうして、降り立ったまた新しい世界。

 

数多のゲームをプレイした今となっては、すでに慣れ親しんだ質感の、ゲームスタートのチュートリアル。

 

だいたいのゲームでは、発売後数日もすれば、検証班が効率的な初期チャートを組んでいるから、それをベースにしつつ、自分のプレイヤースキルでごり押して有る程度のところまでの育成を済ませてしまう。

 

ストーリーとか世界設定には特段興味もないから、外部サイトでそれっぽく補完しつつ、可能な限りスキップしている。

 

そうして張った網は数知れず。場所を変え手段をかえて、それでも捕まらない霞のような彼と出会うために一直線に。そうしてまた、いくつかのそこそこ有名なゲームの続編タイトルと、これは今年のベストセラーかなぁという勢いで売れているゲームとで、そこそこのビルドを終えた頃合いに、私は、『とある新しいゲーム』の話を聞いた。

 

 

 

「あれ?なんか人減ってるぅ?」

 

 

 

 

そうして、私は、運命に出会う。

 

 

 

 

「新しく出たソフトがクオリティすごくて、絶賛売り切れ中なんですって」

 

 

「そんなにすごいんだ?」

 

 

「リア友に聞きましたけど、フルダイブの概念が変わるぐらいにやばいって噂で、自分も注文しましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャングリラ・フロンティアっていうんですって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■ってつまりどういう

 

 

 

 

その時にはまだ、これから積む新しいゲームの一つ程度にしか捉えていなかった。

 

 

あるいは、とりあえず手を出してみる足がかりの一つ程度に捉えていた。それでも、そのうち日本の全員が一度はプレイするんじゃないかという話を聞いて、何の成果も出ていない近況も相まって、もしかしたら、という期待を抱いてしまった。

 

 

その日はログインもほどほどに、そのタイトルのことを調べ回る。

 

期待していなくとも、評判を覗き見るだけで、コンテンツとしての将来性が大きいということは十二分に読み取れる。

 

 

曰く、二世代は先取りしたゲーム。

 

曰く、ゲームと言う概念を変えるゲーム。

 

曰く、NPCがまるで人と会話してるみたいに反応する。

 

曰く、風に舞う砂の一粒一粒までモデリングされている。

 

曰く、曰く、曰く……

 

 

 

 

少し触れただけでも、これまでの数多くのゲームとは別物というのがわかる。それなら、例えどんなゲーマーであれ、きっと一度はプレイするだろう。それだけ大きくなりそうなプラットフォームなら、それだけ流入する人の数が増えるなら。

 

例え母数がどれだけ増えたとしても、きっとその中に彼がいる。

 

だから、しばらく彼がこのゲームに来なくても、しっかり積み上げて待ち構える価値はあるだろう。そんなことを考えて、さっさとソフトを購入する。

 

 

 

「まってるよぉ……サンラクくぅん……」

 

 

 

どのゲームでも初めてログインする時に感じる、きっと次は会えるという根拠のない確信が、今回ばかりは少しだけ、大きくて、そして、しっかりとしたなにかを感じて手を握る。

 

起動ボタンを押す自分の指が、微かに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三ヶ月が経った。

 

 

「まだかな、サンラクくぅん」

 

 

とりあえずレベリングは済んだし、大手クランとのツテも少しずつ形成している。

 

 

 

 

 

 

六ヶ月が経った。

 

 

「もうきてくれてもいいんだよサンラクくぅん」

 

 

スキルツリーの構築も目処が立ってきた。

 

 

 

 

 

九ヶ月が経った。

 

 

「まだかなぁサンラクくぅん……」

 

 

新規で入ってくるプレイヤーの有望株にもいい感じにツテができている。

 

 

 

 

 

 

 

そうして。

 

 

無味乾燥な一年が過ぎた。

 

できる準備はしっかりして、ネットワークの構築もかなりいい感じになった。少なくとも、ログインを継続している主要プレイヤー層にはおおよそアプローチできていると実感している。

 

 

あるいは、うれしくない出会いもあった。

 

 

もしかしてあのゲームやってませんでしたか。と、過去にプレイしたゲームの話を無神経に持ち出された。正直、出会えてない限りは思い出す必要もないゲームタイトルだが、それを亡失するほど、自分の脳のスペックは低くないのが、この時ばかりは恨めしい。

 

 

あの時助かりましただとか、また良ければパーティくんでくださいだとか、そんなコミュニケーションは私は求めていない。必要なのは、ソイツがどれぐらいできる奴で、どれぐらいのネットワークを持っていて、そして期待値はどれくらいなのか。それだけしか求めていない。

 

 

そんなめんどくさいイベントもこなしつつ、あるいは、以前別のゲームで使っていた使える駒と再会してほどほどに情報を流したりもして。

 

 

 

それでも、求めている結果はいまだ耳に遠い。

 

 

 

 

そうして、ついに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャングリラ・フロンティアの一周年の日を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、当初思っていた以上にテクノロジー的にもすごいゲームだった。

 

あるいは、今の人数にとどまらず、まだまだこれからも新規層が入ってくるという勢いが実感としてあった。でも、一年を費やして、まだ、彼の存在のかけらすら、指先にも引っかからない。

 

一年が経ってしまったし、少しログインのペースを落として別ゲームを開拓しておくのもいいかもしれないな。そんなことを考えながら、掲示板であちらこちらにファンネルを飛ばそうと、そう思っていたその時だった。

 

 

懐かしい名前を、追い求めていた名前を、思い焦がれていた名前を、掲示板で見つけたのは。

 

 

 

 

サンラク。

 

 

 

 

 

 

どくん。と、心臓が跳ねた。

 

 

ドクンと、心臓が跳ねる音が、脳の中で弾けた。

 

 

似たプレイヤーネームすら、かけらも視界に入ってこなかったこれまでとは違って、それそのものな文字列が目の前にあって、冷静な自分がどうすれば知っているプレイヤーにうまく取り入ることができるかと考えている一方で、パニックになりそうな思考回路を全部別の思考に切り分ける。

 

 

 

 

 

そう、冷静になれ。

 

 

 

 

冷静に。

 

冷静に、なれるか。

 

なれるわけない。

 

思い焦がれて幾星霜。

 

自分の記憶のメモリ領域から片時も消えることのなかった、彼の名前がすぐそこにある。

 

そう、あくまでまだ同じ名前、まだ、もしかしたらの域から外れはしない。

 

もし違っていたなら、肩透かしのダメージが大きくなる。

 

落ち着いて、冷静に、それが、別人だった時のことを考えて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ワールドストーリー、シャングリラ・フロンティアが進行しました―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見つけた。

 

間違いない。

 

エンドコンテンツのその先。

 

自分はまだ出会ったことすらないけど、話に聞く限りでは、相当な無茶をしてすら、まだ攻略の糸口さえ見つかっていないユニークモンスターを打ち破れるなんて、きっと間違いなく彼しかいない。

 

 

 

そうして、止まったままだったナッツクラッカーが、今の『ディープスローター』と地続きに接続する。

 

 

ありがとうナッツクラッカー。おめでとうディープスローター。

 

 

 

 

そしてさようなら有象無象の生まれなかった数多のキャラデータ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてその日、私は、ディープスローターになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「■■(コイ)」ってつまりこういう。


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