オモチは器用にナイフや自身の爪を使いながら蔦の皮を剥いでいく。
その繊維をさらに裂いていき、右に折ったり左に折ったりしながら交差させるといった工程を繰り返した。
繊維がなくなれば新たに継ぎ足し、そうすることでどんどん長くしていく。
そうやってオモチは蔦から自然のロープを作り上げていったんだ。
いやぁ、即席のものとは言え本当に器用である。
確かにモンハンの世界の蔦は、モンスターを絡めとってしまう自然の罠として機能するくらい丈夫だから、それを使ってロープを作るというのは理にかなっているのかもしれない。
ルナの奴も今回ばかりは興味深そうに見ている。
「これは命綱にゃ! そ、空は怖いからにゃ……」
なるほど。
自分が空を飛べるようになったもんだからその感覚をすっかり忘れていた。
確かに逆の立場で考えれば、竜に掴まって飛ぶなんて怖すぎる。
もし今後もオモチを連れて飛ぶことがあるならば、鞍のようなものが欲しいところだ。
『待て、お前はコイツを背に乗せるつもりなのか……?』
そんなことを考えていると、突然ルナがそんなことを言ってきた。
『そうだが? なんだ、お前が乗せたいのか?』
『───ッ!! いや……いい。お前は本当に変わった奴だな、ソル』
『なんだよ急に。わけわからん』
『いいのだ……私も……受け入れることにしたからな。それもまた、お前と番になる為には必要なのだろう』
『…………』
なんか勝手に納得してる。
それも苦しみながら。
なんだコイツ。
いや、気にしたら負けだな。
飛竜の常識なんて、俺にはまだまだ分からないことだらけなんだから。
『できたにゃ!』
オモチがそう言った。
そこには荒々しくはあるが確かに立派なロープが完成していたんだ。
本当に凄い奴である。
おめでとう───そう言おうと思ったタイミングであった。
ドーンッ!! という耳を聾する炸裂音が響いたのだ。
俺は思わずその方角を見る。
始まった。
───『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』
超巨大古龍、ゾラ・マグダラオスを捕獲するという常軌を逸した作戦である。
この古龍の気配からいってもまず間違いないだろう。
大砲の音は鳴り止むことなく、今も雷の如く轟き続けている。
『……ルナ、人間を侮るなよ』
俺は自然とそう口にしていた。
『あんなものは極めて矮小な存在。紛うことなき弱者だ! なぜ恐れる必要がある! ───と、以前の私ならば思っただろうな』
思わずルナの方を見る。
驚きの感情を隠すことができなかった。
『お前が警戒するのだ。相応の理由があるのだと、今ならば理解できる。……情けなくも、人間に狩られる同族もいるのだからな』
そう言ったルナは少しだけ悲しそうでもあり、僅かな怒りの炎を燃やしているようでもあった。
……あぁ、全くだ。
アイツらは強い。
自分より強大な存在を狩り殺し、それを糧として生きる者たち。
これも自然の摂理。
殺される方が悪い。
そう、殺される方が悪いんだ。
分かっている……分かっているはずなのに、なぜだろう。
俺は人間を───目障りで仕方ないと思っている。
ここ数日でよく分かった。
こういった感情はこれまで何度もあったんだ。
もう認めるしかない。
隠すことはできそうもない。
俺は心も……モンスターのそれへと変わってしまっているのだ。
人間だった頃の残滓のようなものは残っているが、根本的な部分は確実に変わっている。
『どうした?』
「だ、大丈夫かにゃ……?」
少しだけ思案に耽けってしまっていた俺の顔を、覗き込んでくる大きさがかなり違う2匹。
そうだな。
俺は1人ではない。
だからこそ受け入れられる。
不思議と嫌ではないしな。
『いや、何でもない。それよりそろそろ行くとしよう』
「了解にゃ! ちょっと待ってくれにゃ……」
そう言うと、オモチはさっき完成した蔦のロープをくるりと俺の首に回した。
さらにそれを自分の胴体にも巻き付け、命綱の完成である。
「おっけーにゃ!」
『クッ……ッ!! やはり我慢ならんッ!! これではオモチの方が上位者のようではないかッ!!』
ガルルルと獣のように喉を鳴らし、威嚇するルナ。
背にいるためオモチの姿は見えないが、頭を押えながらブルブルと震えているオモチが容易に想像することができる。
ただ───
『な、何を笑っているんだ!? お前はこれでいいのかソルッ!!』
俺は軽い笑みを浮かべてしまった。
だってそうだろう。
いつの間にかルナが『オモチ』と呼ぶようになっているのだから。
出会った当初は餌呼ばわりしていたコイツがだ。
笑ってしまうだろう?
『いや、俺は構わない。ルナもいちいち怒るな』
『ク……』
なおもオモチを睨みつけているようだ。
ただ納得はしていないが諦めはしたようで、先程より圧力はない。
『オモチ、しっかり掴まっていろよ。ゆっくり飛ぶが、キツかったらすぐに言ってくれ』
「わ、わかったにゃ! 旦那さん!」
オモチの返事を聞き、俺は羽ばたいた。
少しずつ高度を上げていき、そしてさらに翼をはためかせる。
いつもより何倍も遅い速度で目的とする場所へと向かう。
『大丈夫か?』
「ひぃぃ、高いにゃぁぁぁ! で、でも大丈夫にゃぁぁぁ!」
……本当に大丈夫なんだろうか。
気合と根性が凄いのは伝わってきたんだけども。
『……お前のようなことをする雄など見た事がない』
俺と並び立つように飛んでいたルナが話しかけてきた。
『雄は己の縄張りのことのみを考える。なのにお前は違う。……なぜだ?』
なんてことを言ってきた。
うわぁ、返答に困る質問だ。
俺が元人間だから、なんて言うわけにもいかないし、例え言ったとしても理解されるはずがない。
『……怖いからだ』
だから、もう一つの本心を言うことにした。
『俺はどうしようもなく臆病なんだよ。いつか自分より強い存在が現れ、俺を殺しにくるんじゃないかと思わずにはいられないんだ。どうだ? 幻滅したか?』
『……いや、そんなことはない。だがやはり、お前は変わっている』
『自分でもそう思うよ』
『そんなところも私は好きだ。帰ったら交尾してくれ』
『…………』
唐突すぎてもはや意味がわからない。
コイツはブレないというかなんというか。
俺は無視して翼をはためかせた。
しばらくすると、ドーンッ!! という轟音が今までよりさらに大きく響いた。
一度では終わらず、二度三度と連続で鳴り響く。
それは少しだけ弛緩した空気を引き締めるには十分だった。
そして、目的地である大峡谷が見えてきたんだ。
そこには───俺が思い描いていた通りの光景が広がっていた。
少し違うところがあるとすれば、想定よりも状況が進んでいること。
すでにネルギガンテが現れている。
そこへ群がる人間共。
……本当に目障りだ。
俺は全てを見渡せる高い岩場に降り立った。
ルナも隣に降り立つ。
「ほ、ほんとにいたのにゃ……」
オモチが小さな声で呟いた。
『いないと思っていたのか?』
「い、いや、そうじゃないにゃ! えと、あはは……」
なんか歯切れの悪い返答が帰ってきた。
少し気になりはしたが、俺は追求することはしない。
それ以上に見なければいけない存在がいるのだ。
ゲームでは俺、というかプレイヤーしか戦っていなかったが、実際にはいろんなハンターが今ネルギガンテと戦っている。
これでは『主人公』を見つけるのは難しい───なんてことはなかった。
……アイツだ。
大剣を使っているアイツに間違いない。
知識と本能の両方がアイツが『主人公』であると訴えかけてくる。
『あの人間……いや、本当に人間なのか……?』
ルナも本能によってアイツを見つけたのだろう。
珍しくも驚いている。
普段は見下すことしかしないあのルナが。
だが、それも仕方ない。
圧倒的だ。
俺が知る大剣のモーションであることに変わりはないが、驚くべきはそこでは無い。
……被弾がまるでないのだ。
全てを想定しているのか、動きを見て反射的に動いているのかはわからない。
だが事実としてネルギガンテの攻撃を一切受けることなく、アイツは大剣の隙の多い溜め攻撃を確実にぶち込んでいる。
しかも、ネルギガンテのダウンするタイミングと攻撃範囲を完全に把握しているかのように、狙える時は絶対に真・溜め斬りまでもっていく。
最悪だ……想定より遥かに強い。
どんな顔をしているんだろうな。
防具的に男であることは確定か。
全身アンジャナフ装備であるため、顔が見れないのが残念だ。
しばらくその圧倒的な戦闘を見ていた。
いや、魅入っていたといってもいい。
それほどに凄まじい。
ルナとオモチも一言の言葉もなく見ている。
だがネルギガンテとてやられっぱなしではない。
前脚を力の限り振り抜き、群がる人間共を吹き飛ばしたのだ。
まあ、主人公だけはまたしても分かっていたかのように躱していたが。
そのとき……『ソードマスター』が走ってきた。
分かっていたがやはりいたんだ。
あの狩り一筋といった雰囲気と寡黙な感じが好きだった。
そう、好きだった。
今はまるでそう感じない。
あんなに好きだったキャラも今では目障りな人間の一人でしかないのだから、これが本当に自分なのかと戸惑ってしまう。
そしてさらに最悪なことが判明した。
ソードマスターも……恐ろしく強いということだ。
洗練された太刀捌き。
美しいとさえ思ってしまう怒涛の連撃。
主人公に勝るとも劣らない凄みがある。
『……最初は、お前程の雄が人間を警戒する理由が分からなかった。口では分かったと言ったがな』
そんななか口を開いたのはルナだった。
『だが、今ならば分かる。奴らは強い。───古龍を退けるほどに』
ネルギガンテが飛び去っていく姿を見ながら、ルナは言った。
『そうだな』
『あぁ、強い。……だからこそ───』
ルナが言いたいことが俺にはすぐに分かった。
───だからこそ今ここで殺すべきだ。
時間が経てば経つほどアイツらは強くなる。
できるならば今ここで殺した方がいい。
いや……それは早計過ぎるか?
あの2人の他にも凄腕のハンターがいるかもしれない。
その中に遠距離武器を使うものがいれば厄介だな。
主人公は幸い近接だから閃光弾にさえ気をつければいけるか? いや、それも確定ではないな。
何があるかわからない。
ここはハンターが多すぎる。
リスクが半端じゃない。
その時だった───
───主人公がコチラを見たのだ。
鎧兜によって目は見えない。
だが、絶対に目が合っていると確信があった。
しかもソードマスターまでもがコチラを見る。
ハンターの勘ってやつか?
ただ、そこから何をするでもない。
じっとコチラを見るだけだ。
なぜ? という疑問符が乱舞する。
しかしその答えは得られない。
『アイツら気づいたようだぞ。さて、どうする? 旦那様』
ルナが好戦的かつ獰猛な笑みを浮かべていた。
血の気が多いのは相変わらずだ。
俺は不確定要素が多すぎるため、ここは何もしない方がいいと諌めようとした。
しかし、不幸は続くらしい。
「リ、リオレウス希少種とリオレイア希少種だぁぁぁぁッ!!」
誰かが叫んだ。
選択を迫られる。
煩わしい……。
苛立ちが溢れて止まらない。
やはりここでコイツらを皆殺しにするか?
そう思った。
その時、
「全員ッ!!!! 何もするんじゃねェェェェェェ!!!!」
先程の何倍もの絶叫が響いた。
今度は誰の叫びであるのか俺は見ることができた。
他でもない……主人公だったんだ。
なんだ?
なぜ何もするなと言った?
なんかの作戦か?
わからない……分からないことが多すぎる。
やはり、危険だな。
『目的は果たした。行こう』
『なんだ? 殺らないのか。私たちならば皆殺しにできるのに。コイツらを羽虫のように殺し尽くせばどれほど綺麗になるか』
『心配なのはお前なんだよ。人間との戦い方を俺が教えてやる。無理に今やる必要はない』
『ほう……私を心配してくれているのか。自分より弱い雄に心配されたならばこれ程の屈辱はないが、お前からならば気分がいいのだから不思議なものだ』
『……心配なんてしてねぇよクソッタレ』
俺はゆっくりと羽ばたいた。
大峡谷から遠ざかるように。
今日、ぶつかることはなかった。
でもいずれハンター達が襲ってくることもあるかもしれない。
いや確実にあるとなぜか確信できる。
その時は───皆殺しにしてやる。
++++++++++
た、たたた……助かったぁぁぁぁぁ…………。
俺は遠ざかっていくリオレウス希少種とリオレイア希少種を見ながら、肩から崩れ落ちた。
「……凄まじい迫力であった。これ程死を間近に感じたのは彼の炎王龍と対峙した時以来か……いや、もしかすればそれ以上に───」
感情をあまり表に出さないソードマスターも、今は心から安堵しているのがわかる。
アホな同僚たちがひと狩りいこうぜ的なノリで臨戦態勢をとった時は、もう死んだと思った。
だから俺は思わず叫んだんだ。
何もするな、と。
戦闘にならないという僅かな希望を抱いて。
そして、俺はその賭けに勝った。
「そなたの判断は正しかった。ネルギガンテとの戦闘によって皆疲弊している。このような状態で戦う相手ではない」
「…………」
いや、ソードマスター。
それは甘いと言わざるを得ない。
例え万全だったとしても、俺は何もするなと叫んでいたさ。
あの濃厚な殺気をなぜか直接ぶつけられた俺だからこそ分かる。
戦っていたら───確実に死んでいた。
あわよくば、なんてものは存在しない。
そこにあるのは抗いようのない死。
絶対に避けることのできない死という運命のみだ。
弱気になっているだけかもしれないが、少なくとも今の俺はそう思っている。
あれは……ヤバすぎる。
「旦那さん!! 旦那さん!! あれを見るニャっ!!」
そのとき、俺のオトモアイルー『チョコチップ』が騒ぎ始めた。
正直今は肉体的にも精神的にも疲れているのでやめて欲しかったが、なぜか無視してはいけないと直感したんだ。
「どうした、チョコチップ」
「あそこを見るニャっ!!!」
指差す方向はリオレウス希少種とリオレイア希少種が飛んで行った方向。
まだよく見える距離を飛んでいる。
恐怖がまたしても蘇る。
ほんと最悪な気分だ。
どうか戻ってこないことを祈…………は?
俺はありえないものを見てしまった。
「某は今……己が目を信じられん。ゆえに答えて欲しい。そなたには、何が見える……?」
ソードマスターの声は少しだけ震えていた。
当然だ。
だって、
「…………アイルー」
そこに見えるのは間違いなく、リオレウス希少種の背に乗る『アイルー』だったのだから。
おまけに随分荒いものではあるが、手網のようなものまで握っているように見える。
───まさか。
そのとき、信じられない考えが浮かんでしまった。
とても信じられない。
信じられるものではない。
信じていいはずがない。
でもまさか本当に───あのアイルーが金銀夫婦を従えているのか……?
こんな最悪にしてとんでもない考えが、頭に浮かんだんだ。
突拍子もない。
しかしそう考えれば辻褄が合うんだ。
なぜ今回、あの金銀夫婦が襲ってこなかったのか。
そもそも襲うつもりがなかったからではないのか?
いや、今回は偵察であると考えた方がより適切だろう。
あのアイルーが金銀夫婦の手網を握り、俺たちハンターが脅威となるかを見にきたんだ。
そして……脅威とはなりえないと判断した。
だから、立ち去っていったんだ。
この恐ろしすぎる考えに背筋が凍った。
「……新大陸とは、かくも恐ろしい。それを再び思い知った」
その通りだよソードマスター。
だって、あのアイルーが金銀夫婦を従えているということはつまり───それ以上にあのアイルーは強いということなんだから。
俺は、あのアイルーと対峙して為す術なく斬り刻まれる自分を幻視した。
ダークホースすぎる……。
これはあまりにもダークホースすぎるって……。
あぁ……胃が痛い。
お読みいただきありがとうございました。