オモチの家族を探すため俺たちは『陸珊瑚の台地』へと来ていた。
とても気持ちのいい場所だ。
気候的にも過ごしやすく、小型モンスターも豊富に生息しているから餌にはまず困らない。
今のところは脅威となりそうな存在も見当たらないのだから完璧である。
古代樹の森で縄張りとしている遺跡を出るというのは少し……いや、正直かなり抵抗があったのだが、今となってはすっかり落ち着いてしまった。
そういやルナも俺が縄張りを出ると言った時はめちゃくちゃ驚いていたな。
結局ついてくるんだけども。
陸珊瑚の台地に来たとて俺の習性は何ら変わることはなかった。
適当な高台を寝床とし、すかさず縄張りを象徴する爪痕を所々につける。
そんな自分に対してもはや戸惑いはない。
この行為は俺にとってあまりにも当たり前で、むしろやらない方がおかしいと思ってしまっているのだから。
……はぁ。
やっぱりリオレウスだわ俺。
そんなわけで今のところ順調だ。
とはいえ、良いことばかりとも言えない。
陸珊瑚の台地に来てすでに2ヶ月ほど経過しているが、全くといっていいほどオモチの家族探しが捗っていないのである。
しかも……オモチの様子が少しおかしい。
時折、家族探しを諦めることをほのめかすような発言をするようになったんだ。
それに最近はかなりおどおどとしており何か俺に話したそうなのだが、今のところ話してはくれていない。
どうしたというのだろうか。
これまでオモチは家族を探して旅を続けてきたのではないのか?
まあこれ以上は考えても仕方ない。
俺にできるのは、オモチがいつか話してくれると信じて待つことだけなんだから。
「にゃぁぁぁあああ!!」
その時、オモチの悲鳴が聞こえた。
何事かと振り返れば、オモチが四足歩行となりルナに向かってめちゃくちゃ威嚇している。
アイルーというよりかなり猫っぽい。
シャーッ! と喉を鳴らしている。
何があったんだ一体……。
「にゃぁッ! と、突然なんにゃ!?」
『こ、この無礼者がァッ!!! 私が……この私が大空の如く寛大な心で矮小なアイルーである貴様を舐めてやったのだぞッ!? それなのにその態度はなんだ!! 無礼にも程があるぞッ!!』
「なんでいきなり舐めるのにゃ!! びっくりするにゃ!!」
『き、貴様……ッ!! なぜ舐めるかだとッ!? そんなことを私に言わせるのか!! こ、これほどの辱めを受けたのは生まれて初めてだッ!!』
「意味が分からないにゃ!! 教えてくれなきゃ分からないにゃ!!」
『オモチ貴様……あくまでシラを切るつもりか……ッ!! クッ、このぉ……』
……何してんだコイツら。
はっきり言って俺には全く状況が掴めなかった。
というかコイツら、もはや仲良いんじゃね? と思ってしまうんだが俺は間違っているだろうか。
どうでもいいことで喧嘩するって、それなりに仲良くないとできない……よな?
オモチも最初はあんなにルナをビビっていたといのに、慣れとは本当に恐ろしすぎる。
今じゃ臆することなく自分の意見を言っているのだから、過去のオモチが今のオモチを見れば息もつけないほど驚くに違いない。
さて、コイツらはいったいなぜ言い争いをしているのだろうか。
いくら考えても結局分からなかったので、俺は仕方なくルナに直接聞いてみることにしたのだが───
『そ、ソル……お前まで。クッ……殺せ!!』
……いやなんでだよ。
それから粘り強く聞いてみたら、ルナは観念したように話してくれた。
どうやら『舐める』という行為には、毛づくろい的な理由の他にも親愛を表す意味合いもあるようなのだ。
だからコイツ俺のこともやたらと舐めてきたのか……。
つまり───ルナはそれなりにオモチのことを気に入ったから舐めたのである。
なんとも微笑ましいことではないか。
出会った当初はオモチのことを非常食呼ばわりし、『よろしくにゃ』と言っただけでブチ切れていたコイツが今やオモチに親しみを覚えているのである。
これを微笑ましいと言わずしてなんと言うのか。
『……ハハッ』
『なっ……! 笑うんじゃないソル!』
ある日突然放り出された野生の過酷な世界。
だが、こうやって小さくとも確かな安らぎを感じて俺は笑えている。
それは偏に、オモチやルナが俺の側に居てくれるからだろう。
孤独は辛いと思ってしまうのは俺自身か、それとも俺の人間の残滓か。
その答えはもう分からない。
分からないがたいした問題でもないだろう。
俺は───今俺が守りたいものを守る。
そしてそれは『人間』ではない。
本当に大切なのはこの事実を受け止め、順応することだ。
でなければいざというときに迷ってしまう。
迷いは死に直結する。
俺の脳裏には一人の人間が浮かんだ。
その人物は重くて仕方ないはずの大剣を己の手足のように扱い、古龍ネルギガンテさえもほぼ無傷で撃退してしまう。
───主人公だ。
まったく……そんなに怖いならばさっさと逃げ出してしまえばいいのにと俺の理性が言う。
だがその何倍も大きな本能が、人間ごときから逃げるなどありえないと言うのだ。
ダメだ、もう抗えない。
これだけは無理だ。
矮小な人間風情のために、己の縄張りを捨てるなんてことできるはずがない。
俺の心の奥深くには、そんな黒い感情が巣食っているんだ。
やはり俺はリオレウス。
誇り高き飛竜だ。
はぁ、せめて心は人間のままがよかった。
いや……それはそれで問題か。
心が人間のままであったなら、今こうして俺は笑えてはいないだろうから。
「にゃ、どうしたのにゃ旦那さ─── にゃぁぁぁあああ!!」
思わずオモチを舐めてしまった。
何やってんだ俺は。
「だ、旦那さんまで……!! びっくりするからいきなりはやめて欲しいにゃ!!」
『すまん。つい』
「つい!?」
『なぜ私よりコイツが先なんだッ!!! 私はお前が寝ている時でさえ舐めてるというのにッ!!!』
『……俺が寝ているときはお前も寝ろよ』
『いや、舐めたりんくらいだッ!!』
そう言うとルナは俺の背中の上あたりを舐め始めた。
『ちょっと待て、やめろ』
己の中に膨らむとある欲望を振り払うように俺はルナに言った。
『なぜだ』
『なんでもだ。一旦やめてくれ』
『理由を言わなければやめんぞ?』
舐めることをやめようとしないルナを無理やり引き離し、俺は咆哮を上げながら壁へ突進した。
『クソォォォッ!!!』
ズドンという地響きにも似た重々しい音。
頭から伝わる衝撃。
「旦那さん!?」
『ど、どうした……ソル??』
土煙が舞うほどの衝撃だったようだがダメだ。
見た目より全くダメージがない。
俺の頭は無駄に硬い。
『邪念よ消えろッ!! 邪念よ消えろッ!! 邪念よ消えろぉぉぉッ!!!!』
俺はそれから何度も何度も頭を壁にぶつけた。
突然の俺の奇行にルナとオモチが戸惑っている。
しかしこれだけはダメだ。
到底受け入れられない。
受け入れられるはずがないッ!!
───俺がルナに欲情しているなんてッ!!!
どんなに俺が身も心も竜に近づいているとはいえ、さすがにこれは受け入れられんわッ!!
そういえば言ってたなッ!! 繁殖期って!!
こんな状態になんのかよ地獄かッ!!
『ハァ……ハァ……』
『だ、大丈夫かソル……? すまない、そんなに嫌だったか……?』
『いや、そういうわけではない。だが説明も難しい。今はそっとしておいてくれ』
「だ、旦那さん傷があるにゃ……!! はやくこれを飲むにゃ!!」
そう言ってオモチが緑色の謎の液体の入った瓶を頭の上で抱えるように持ってきた。
いったどこにそんなものをしまっていたのか。
オモチからすればかなり大きいだろうに。
てかどう考えてもこれ『回復薬』だよな。
マジでいつ作ってるんだろ……?
『あぁ……すまない。オモチは心配性だな』
「かなり痛そうだったのにゃ……大丈夫なのかにゃ??」
『フンッ!! この程度でソルが傷を負うはずなかろう!! お前は私たちをどれだけ軟弱だと思っているんだ?』
「そ、そんなつもりは……」
『よせルナ。オモチに悪気なんて───』
ルナの姿が目に入った途端、俺の中にはまたしても情欲の炎が燃え始める。
『なんでだァァァァァァッ!!!!』
それを俺は特大のブレスとして吐き出した。
今ならばルナの気持ちがとてもよく理解できる。
なるほど、これは辛い。
辛すぎる。
生き地獄とはまさにこのことだ。
「ピギュルァァァァアアアアッ!!!」
……ん?
なんの前触れもなく悲鳴にも似た咆哮が響いた。
ルナのものでもなければ、当然オモチでもないことはすぐに分かった。
ならば一体どいつが───
炎に包まれながら地面に落ちていく『パオウルムー』が目に入ったのは、その時だった。
……まさか。
『私は全て見ていたぞ。お前の吐き出したとても勇ましく逞しいブレスは、あの軟弱な竜を見事に仕留めた』
「……ボクも見てたのにゃ。可哀想だったにゃ……」
『…………』
ごめん!! パオウルムー!!
悪気はなかったんだ信じてくれ!!
『……せっかくだ。息の根を止めてくる。喰ってやるのが仕留めた者のつとめだろう』
なんとも言えない視線を背中に受けながら、俺はゆっくりと翼をはためかせた。
全く、運がいいのか悪いのか。
パオウルムーからしたらたまったもんじゃないだろうが。
オモチに通訳してもらえば『ふざけんなーっ!!!』と怒っているに違いない。
しばらく飛び、パオウルムーの落下地点まできた。
うわぁ、可哀想に。
なんかすごい悶えてる。
俺ははためくのをやめ、上空から勢いよく落下する。
その勢いのままにパオウルムーの首元に脚の鋭い爪を突き刺した。
一撃で絶命させる。
それが俺にできるせめてものこと。
弱肉強食の世界だ。
それにここは俺の縄張りでもある。
お前にも非があるのだから、悪く思わないでくれ。
さて、これを持って帰───なんだ?
妙な気配というか、違和感のようなものを覚えた。
辺りを見渡す。
だが何もいない。
強いて言うならば、俺が空から現れたことで逃げ出していく小型モンスター達と言ったところか。
「……ひっ」
ん?
今確かに何か聞こえた。
もう一度辺りを見渡す。
だがやはり何も見つけることはできない。
それでも違和感だけは消えないのだから、なんとも微妙な不快感が残る。
───それは本当に偶然だった。
色んなことが重なり喉は温まっていたし、俺の心は未だにモヤモヤしたままだったんだ。
ルナに欲情しているという現実を受け入れられず、その上このよく分からない違和感。
端的に言うならば、少しイライラしていた。
だからもう一度俺はこの不快感を吐き出すことにしたんだ。
───ブレスとして。
『あぁもうなんなんだよクソがァァァァッ!!!』
三連続でブレスを吐き出した。
「避けろぉぉぉぉッ!!!!」
……は?
吐き出した3発のブレスのうちの一発。
どこからともなく現れ、それをダイブするように躱した3人の人間。
なぜ気づかなかった。
こんな近くにいたのに。
だが、その疑問は直ぐに氷解した。
なるほど……『隠れ身の装衣』か。
全員がそれを身につけている。
モンスター側からすればこういう感覚になるのか。
気配は感じるのに見つからない。
改めて、凄まじい効果だな。
───だが、どうでもいい。
そんなことはどうでもいいんだ。
俺の中にはマグマのように激しい怒りが燃えたぎる。
今まで一度も感じたことのない、狂気めいた途方もない憤怒だ。
『俺の縄張りを荒らされた』という、気が狂いそうになるほどの尋常ではない屈辱感。
到底許せるものではない。
許せるはずがない。
他の生物、特に人間からすればこの感情を理解することなど決してできないだろう。
しかし、それによって俺の『人間性』は容易く消え去ったのだ。
「あ、亜種じゃないッ!! 希少種だッ!! チキショー古代樹の森にいるんじゃなかったのかよォッ!! どうするギルゴールッ!?」
「戦うの!? いや、戦うのよねッ!! 私たちならやれるわッ!!」
「……馬鹿言え。撤退する」
「なっ!? でも───」
「黙れッ!!! 今お前らと意志のすり合わせを行ってる時間も余裕もねぇんだよッ!! いいかお前らッ!! 生きて帰ることだけを考えやがれェッ!!!」
笑わせてくれる。
どうやらコイツらは、自分たちが生きて帰れると思っているらしい。
許さん……。
絶対に許さん……。
誰一人として生かしてはおかんぞ、貴様らァァァアアアアッ!!!!
「グルガァァァァアアアアアッ!!!!」
開戦の狼煙を告げるような地を震わせる咆哮を俺は上げた。
姿形はもちろん精神的にも主人公は人外寄りで、ヒロインは猛毒サマーソルト姉さんで、擬人化もせず、極めつけに人間と仲良くしないということをタグにて明言しております。
とても読み手を選ぶ作品だと思います。
にもかかわらず、これだけ多くの方が読んで下さっていることをたいへん嬉しく思います。
いつも温かい感想に励まされています。
本当にありがとうございます。
これからもマイペースに書いていきますので、暇なときに読んでいただければ幸いです。