レウスはレイアを拒めない   作:黒雪ゆきは

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016 蒼い死神は焦る。

 視界いっぱいに広がる美しい結晶の世界を見ながら、ようやく『龍結晶の地』に辿り着いたのかと私はこれまでの日々に思いを巡らせる。

 この世界に来てから10年。

 本当に長かった。

 

 ゲームの時はまるで感じなかったけど、ここは“大陸”なのだということを痛感させられる。

 何十年と時間をかけ、少しずつ慎重に開拓と調査を進めていくしかない。

 龍結晶の地に辿り着くまでこれだけの時間を要したんだって思うと、なんだか感動しちゃう。

 

「すげぇなぁ! 膨大なエネルギーを感じる! おいユウ! とりあえずここにある結晶はアステラに持ち帰るぞ!」

 

「はい、大団長」

 

 当たり前だけど、女だからといって大団長が私を軽んずることはない。

 ハンターは完全なる実力社会であり、私はものすごく強い。

 それが全てだ。

 まぁ、歴代に『ノウキン・ガチムチ』さんという最強の女ハンターがいたんだから、蔑まれるなんてことはありえないんだろうけど。

 現大陸へ行ってしまったのが惜しいわね、本当に。

 

「ハァ……ハァ……もう歳だぜ……にゃ。すぐに息が上がっちまう……にゃ」

 

「何言ってんのウメボシ。あと10年は現役でいてもらうわよ」

 

「……ムリにゃ、絶対。ふざけんにゃ」

 

 真っ赤の毛並みをしたアイルー。

 腰につけた『小さなポーチ』から彼の身の丈の半分程の大きな水筒を取りだし、ガブガブと飲んでいる。

 初見の者であれば、サイズ的に入るわけないだろと目を疑うことだろう。

 

 信じ難いことに───彼もまた私と同じ『転生者』なの。

 

 今は私のオトモアイルーをしてもらっている。

 それに面白いのが、アイルーに転生した人はこれまでにもいたらしいんだけど、みんな特別な力を持っているってのよね。

 

 歴代の転生アイルーは、周囲のモンスターの数を把握する耳を持っていたり、一時的に大型モンスター並の攻撃力を発揮する、なんて能力を持っていたらしい。

 もちろん、ウメボシだって例外じゃないの。

 

 彼の能力は『モンスターの強さを正確に把握できる鼻』らしい。

 匂いで何となくモンスターの強さが分かるんだって。

 面白い能力よね。

 

 でも、そんな面白い能力を持つウメボシにはこれまで本当に助けられた。

 私は今も深々と残る傷跡をそっとなぞる。

 首元から肩にかけての大きな爪痕が、“あの戦い”が如何に苛烈なものだったのかを雄弁に物語っていた。

 

 

 ───ナルガクルガ希少種。

 

 

 私が死を覚悟した最初の狩猟。

 ウメボシのサポートがなかったら、私が今ここで息をしていることはなかったと断言できる。

『ゴッド・マサカズ』さんと同じように、一生感謝してもしきれない。

 

「何か私にできることあったら、遠慮なく言いなさいよ」

 

 感謝の念が強くなり、思わずウメボシにそんなことを言ってしまった。

 

「ハァ……だからいつも言ってんだろにゃ? 可愛いアイルーを紹介しろにゃ……ここは出会いが少なすぎるにゃぁぁぁぁッ!!!」

 

「アハハ、そういえばもう何年もずっとそればっかだったわね」

 

 ウメボシも私とだいたい同じ時期に転生したと聞いている。

 つまり約10年もアイルーとして生きているわけだから、いまさらその点に関して文句を言うことはない。

 まあ、当時は荒れに荒れていたんだけどね。

 

 それでも時の流れとは残酷で、今では可愛い雌のアイルーを探すほどに順応している。

 人間以外に転生するってどういう感じなのだろうと、少し好奇心をくすぐられてしまう。

 

 とはいえ、かくいう私も前世が男だったのか女だったのか分かっていない。

 今の身体はMHWをプレイしていた時のキャラなの。

 だけど、私には『モンハンの知識』くらいしか前世の記憶がない。

 

 だから元々男だったのか女だったのか、私には知る術がないのよね。

 まあ『ユウ・タキライ』なんてネームをつけるくらいなんだから、ロクな人間ではなかったんだろうけど。

 

「うむ、頃合いだな」

 

 周りを警戒しながらそんなことを考えていると、大団長が近寄ってくる。

 肩に担いでいる使い古された袋の開口部からは、辺り一面に広がる龍結晶と同じものが見え隠れしていた。

 

「ついつい長引いてしまったなぁ。ユウ、お前にも付き合わせて悪かった」

 

「いえ、大丈夫です。一度アステラに帰還しますか?」

 

「そうだな。いい加減、顔見せねぇとアイツらにドヤされちまう。それに五期団も到着して───」

 

「あっ」

 

「ん、どうしたユウ?」

 

「い、いえ……なんでもありません。えっと、もうそんな時期……でしたか? ご、五期団が来ているのですか……?」

 

「あぁ、船を見たから間違いないだろう」

 

「…………」

 

「本当にどうした?」

 

 ……わ、忘れてたァァァァァァッ!!! 

 

 五期団ッ!! 

 

 もうそんな時期だったのッ!?!? 

 

 すっかり忘れてたわ……。

 マサカズさんは知って……いや、期待しないでおこう。

 あの人はとってもいい人なんだけど……ちょっと、いや、けっこう変わっているし。

 多分、今もどこかでモンスターを観察しながら鼻息荒くしてるんでしょう……。

 

 それにしても五期団。

 

 なら当然いるわよね。

 

 

 ───『最後の転生者』

 

 

 それも、おそらく“主人公”として。

 だとすればかなり特別な存在ということ。

 もしかしたら、私たちよりもずっと強いかもしれない。

 

 はぁ……なら尚更、早いうちに出会っておかなければいけなかった……。

 

 教えないといけないことがたくさんあるのに。

 主人公くんには、一刻も早くこの世界に順応してもらわなくちゃ困───

 

 

 ───ゾワリ。

 

 

 その時、バサッ、バサッ、という翼をはためかせるような音が遠くから聞こえてきた。

 ここは様々なモンスターの集う『龍結晶の地』なのだから、別に珍しいことではない。

 それにアイスボーンが始まったならまだしも、『ワールドの世界』のモンスターなんて私の敵ではない……はず。

 

 

 なのに───底の見えない谷底に落ちていくような激しい恐怖を感じた。

 

 

 全身から汗がブワッと吹き出る。

 反射的に背負っている弓に手が伸びるが、私がそれを掴むことはなかった。

 戦ってはいけないと、私のハンターとしての勘がうるさい程に警鐘を鳴らしているから。

 

 私は叫んだ。

 

「隠れますッ!! 急いでくださいッ!!」

 

「は? 一体ど───」

 

「いいからッ!! 今は私に従って下さい!! ウメボシも行くよッ!!」

 

「うにゃッ!!」

 

 私はウメボシを抱えて走り出す。

 そしてすぐさま物陰に隠れた。

 鬼気迫る様子の私に大団長は戸惑っていたけど、指示には従ってくれた。

 

「おいユウ! 一体どういうことか説明しろ!」

 

「シッ! 死にたいんですか!?」

 

「なッ!? 死ぬッ!?」

 

「いいから、今は黙ってて下さい」

 

「ぐぬぬ……」

 

 バサッ、バサッ、という羽音は確実に近づいてくる。

 それに比例して、私の震えも大きくなっていった。

 

「……やべぇにゃ」

 

 ウメボシはその特別な『嗅覚』により、事態を把握したのだろう。

 その表情はかなり強ばっている。

 

 しばらく物陰で息を殺していると、ついにそのモンスターが姿を現した。

 私たちの上空を優雅に飛ぶ白銀の翼。

 その大きな影に飲まれながら、私は自分の勘が正しかったと確信した。

 

「……リオレウス希少種」

 

 大団長が小さくそう呟いた。

 額に滲んだ汗を拭いながら、私は思う。

 

 やっぱりいた、と。

 

 

 ───『最後の特異種』

 

 

 五期団が来ている、と聞いたときから分かってはいた。

 でも、こんなに早くご対面することになるなんて……さすがに予想外。

 ナルガクルガ希少種の記憶が蘇り、古傷が疼きだす。

 

 ワールドに存在しないはずのモンスター。

 それも既知のモーションに全く従わず、ハンターの動きを熟知しているかのような異様に発達した知性。

 私たち転生者が現れるのと同時期に出現するこれらのモンスターを便宜上『特異種』と呼んでいる。

 

 幸いにも、リオレウス希少種は私たちに気づくことなく飛び去っていった。

 いつの間にか乱れていた呼吸を整えながら、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「……ウメボシ、どう?」

 

「分かってんだろ……“超ド級にヤバい”……にゃ」

 

「そう……よね」

 

 不味い。

 今回の特異種は成長が早い。

 ウメボシが『超ド級にヤバい』と言ったのだから、もう時間はあまり残されていない。

 早急に討伐しなくては、あの『金雷公』のように手がつけられなくなる。

 

「……『蒼い死神』の異名を持つお前がここまで警戒するとは、こいつはとんでもねぇな」

 

「その呼び方はやめてください。ラージャンとして狩り殺しますよ」

 

「おー怖い。それは勘弁してくれ」

 

 私は重ね着の『蒼世ノ侍シリーズ』を愛用している。

 そしたらいつの間にか、意味の分からない異名を付けられてしまったのよね……。

 

 それにしても……こんな恐怖体験をした後だというのに大団長はいつもとあまり変わらない。

 この豪胆さだけは本当に尊敬する。

 

「とりあえず、アステラに帰還しましょう。今見たことを報告しなくてはいけませんし」

 

「そうだな。焦りは禁物だ! お前も一人で抱え込みすぎるんじゃないぞ! 仲間を頼れ!」

 

「……分かっています」

 

「そうか! それならいいんだ! じゃ、帰還するぞ!」

 

 ほんと……分かっていますよ。

 

 あなた方が本当に素敵な仲間だということは。

 

 家族同然の大切な存在だということは。

 

 だから歴代の転生者は皆、命を賭して特異種と戦ってきたんだから。

 

 特異種はその強さゆえに、私たち転生者にしか倒せない。

 大切な仲間を守るためには、どんなに危険だったとしても挑まなくてはいけないの。

 

 なんとしても守り抜く。

 

 そのために、私は戦う。

 

「ピーピー泣き喚いてたガキが、随分立派になったもんじゃねぇかにゃ」

 

「……うるさい。何年前の話をしてるのよ。それに、泣き喚いてたのはお互い様でしょ」

 

「フッ、覚えてねぇにゃ」

 

 ウメボシが軽口をたたいてくる。

 彼なりに気をつかってくれているんでしょうね。

 その心が今はとても温かかった。

 温かすぎて……少し困るくらい。

 

 でも、のんびりはしていられない。

 マサカズさんの居場所を一刻も早く特定し、この世界に来てまだ日の浅い主人公くんにも協力してもらわなくてはいけないんだから。

 やることは多い。

 

 この世界に来た当初の自分を思い出し、説得は簡単ではなさそうねと思ってしまう。

 でもやらなくては。

 

 ────私は、私の大切なものを命を賭して絶対に守る。

 




お読みいただきありがとうございました。

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