ネルギガンテ───彼は胸の奥に激しい苛立ちを抱えていた。
あの大型の古龍を喰らいたかったのだが、人間共に邪魔された。
今思い出しても腸が煮えくり返る。
いくら他の生物を喰らってもこの飢えが満たされることはない。
その時だ。
ついに見つけたのである。
古龍に匹敵する膨大なエネルギーを秘めた竜を。
彼に迷いはなかった。
この竜を喰らう。
喰らい尽くす。
ゆえに彼はその竜の前に姿を現したのだ。
しかし、露ほども考えなかっただろう。
たかが竜に、龍である己自身が喰われることになろうことなど───。
++++++++++
ソルは翼と重力の加速から生み出される重い一撃をネルギガンテの背に叩き込んだ。
「ガラァアアアアッ!!」
吹き飛ばされるネルギガンテ。
棘による自身へのダメージもソルは覚悟の上だった。
だが違和感を抱かずにはいられない。
脆いのだ。
脚先から伝わるその感触があまりにも脆く、ありえないとは思いつつも、ひ弱な印象を受けざるを得ない。
(……なんだコイツ)
弱くないか? という違和感。
相手はネルギガンテ。
凶悪な古龍である。
死を覚悟して挑むべき存在───のはずだ。
そうあって然るべきにも関わらず、本能がまるで警鐘を鳴らさない。
ルナと対峙したときは確かに死を間近に感じ、相応の覚悟をした。
『主人公』を見た時もそうだ。
実際に戦わずともヒシヒシとその脅威を感じ取った。
しかし……目の前にいるこの古龍からは何も感じない。
普段、狩りする際に獲物に抱くそれと何も変わらないのである。
『私にやらせろ。コイツは私が狩る』
ルナの獰猛な笑みはソルの雑念的思考を一気に振り払い現実へと引き戻した。
己の思い込みを捨て去る。
まるで脅威を感じない目の前の存在を最大限警戒しなくてはならない敵と仮定し、全力を持って狩り殺す。
今はそれだけを考えればいい。
『ふざけるなよルナ。身体をいたわれと何度言えばわかるんだ。ここは俺とオモチに任せておけ』
「任せてにゃ!」
やはりだ、とソルは思う。
オモチにも怯えた様子はない。
当然だがルナも同様だ。
目の前にいるネルギガンテに負ける未来がまるで見えないのは、どうやらソルだけではないらしい。
『フフ、それだけはソルの頼みでも聞けんなァ』
『……ハァ』
ルナの好戦的な性格と否定しようがない狂暴性。
これだけ共に時を過ごせば嫌でもわかる。
ゆえにこのルナの反応もソルからすれば分かりきっていたものだ。
ただ今となっては───そんな荒々しい一面さえも愛おしい。
決して口に出すことはないが、これが本心である。
最初はあれほど鬱陶しかったというのに。
ソルは自嘲的な笑みを浮かべた。
自分自身に呆れたのだ。
『……なら約束しろ。───最初から全力で一気に仕留めると』
『なんだそんなことか。わかった』
もし、少しでも危うくなればルナを全力で守りつつ逃がす。
その選択肢は常に頭に入れておく。
ソルは思考を切り替えた。
最初から全力だ。
ルナとオモチと共にコイツを狩り殺す。
「ガラァアアアアアアアアアアッ!!」
そこで地を震わせる咆哮が轟いた。
ネルギガンテである。
飛竜の言葉など古龍であるネルギガンテには理解できない。
興味すらありはしない。
それでも、自分が軽んじられていることは分かる。
怒りを抱かないはずがない。
そのマグマのような怒りを咆哮として吐き出したのである。
だが、ネルギガンテもその本能のゆえに感じていた。
殺気を向けられてようやく理解したのだ。
目の前にいる竜が決して侮ってはならない存在であると。
いや、逃げろとさえ訴えかけてくる。
それでも逃げるなんて選択肢はない。
目の前のコイツらを喰らいたいという、底知れない飢えの方が勝っているのだから。
『オモチ、コイツはなんか言ってるか?』
「すっごく怒ってるにゃ。竜風情がぁーッ! て感じにゃ」
『フッ、面白い。その竜風情に今から殺されるのだから、とんだ笑い種ではないか』
『さっき言ったことは忘れてないな? 油断はするなよ』
『わかっている』
本当に分かっているのか不安になるようなルナの笑みを見つつも、ソルはネルギガンテに意識を集中させる。
無駄な思考が消え、心が冷えていくのを感じた。
そして───
「グルガアアアアアアアアアッ!!!」
「ガルアアアアアアアアアアッ!!!」
銀火竜と金火竜の咆哮が龍結晶の地に響き渡った。
それを耳にしたほぼ全ての生物が身を隠してしまうような濃厚な殺気を孕んで。
同時に『劫炎状態』となる2匹の竜。
ネルギガンテはより一層警戒を強めた。
当然その意識はソルとルナへと注がれる。
その隙をオモチは見逃さない。
即座に身を隠すように高速で移動を始めた。
ネルギガンテの視界から忽然と姿を消したのである。
先制したのはソルだった。
開戦の狼煙とばかりに超高火力ブレスを放った。
「ガラァア……ッ」
直撃したネルギガンテを中心に爆発が起こった。
だが攻撃はそこで終わらない。
ルナによる追撃だ。
さらに3連続の高火力ブレスがネルギガンテを襲ったのだ。
土煙が舞った。
ソルとルナは空を飛び、様子を伺う。
かなりのダメージであるはずだ。
それでも、とても仕留めたと思えないのも事実。
土煙が晴れる。
やはりと言うべきか、ネルギガンテは健在だった。
全身が純黒の棘で覆われている。
ソルはそれを確認して納得した。
あの形態ならばいくら高火力のブレスと言えど防ぎ切ることができるだろう。
接近戦ならばネルギガンテに劣るのは明白であるため、ソルは無闇に近づかず様子をうかがった。
ネルギガンテは古龍種に見られる天災的能力を一切持たず、その力は至ってシンプルなものだ。
驚異的な自己再生能力と猛悪な怪力。
その単純な力をもって全てを薙ぎ払う。
極めて凶悪だ。
いくら本能が脅威とはなりえないと判断したとはいえ、気を緩めてはならない。
その息の根を完全に止めるまでは。
『近づくなよ』
『お前はいろいろと考えるなァ。彼奴が強敵となりえんのは明らかだろう。力で押し潰してしまえばいいものを』
『頼むから俺に従ってくれ。ただ勝つんじゃない。傷を負うことなく勝つんだよ』
そう、勝利するだけならば難なくできてしまうように思う。
しかしそれではダメなのだ。
ルナを傷つけられることがあれば、それはソルにとって紛れもない敗北なのだから。
その時───ネルギガンテが大気を震わせる雄叫びと共に後方に大きくジャンプした。
瞬間、ソルに蓄積された膨大なモンハン知識は即座にその答えを導き出す。
───『破棘滅尽旋・天』
ネルギガンテ最大の大技である。
(なるほど……その名の通り空中にいる相手にも使ってくるのか。でも良かった───狙ってくるのが俺で)
その方向からソルを狙っての攻撃であることは明らかだった。
ゆえに安堵したのだ。
狙いがルナやオモチではなくて良かった、と。
地面ならまだしも空中。
それに加えソルには知識がある。
攻撃範囲、タイミング、棘を飛ばしてくる方向に至るまで熟知しているのだ。
躱すことなど、赤子の手をひねるよりも容易い。
その軌道は直進的なもの。
銀火竜であるソルは空中を縦横無尽に飛び回ることができるのだから、むしろ躱せない理由を探す方が難しいだろう。
ソルは危うげなくその凶悪な攻撃を避けた。
ネルギガンテは勢いそのままに巨大な龍結晶に激突し、それを薄氷かの如く粉砕したのである。
その光景が正しく『破棘滅尽旋・天』の破壊力を雄弁に語っていた。
だが、それを見ても尚ソルの心は穏やかだった。
恐怖など微塵も湧かない。
ただ冷静に、淡々とこの凶暴な龍をより確実に迅速に殺す方法を模索し続ける。
(この大技の後ネルギガンテの防御力は著しく低下する。狙うべきは今。長期戦は状況を悪くするだけだ。一気に決める)
ネルギガンテが翼をはためかせながら、こちらを振り返る。
ソルも動いた。
それと追従するようにルナも加速する。
しかし───両者が激突すると思われたその瞬間、ネルギガンテに小さな何かが突き刺さるのをソルは確かに見た。
地面から放たれたそれは一つではなく、数回連続で突き刺さった。
(オモチか)
ソルが理解すると同時にネルギガンテは落下し始めたのだ。
───『麻痺投げナイフ』
オモチが投擲したのはそれだ。
ゆえにネルギガンテは空中で身体の制御を失い、落下したのである。
「今にゃ!」
『ハハッ! よくやったぞオモチッ!』
素早く動いたルナは落下するネルギガンテを空中で踏みつけ、翼でさらに加速させながら地面に叩きつけた。
悲鳴にも似た咆哮を上げるネルギガンテ。
だが、ルナの攻撃はこれだけで終わらない。
続け様に『サマーソルト』をお見舞いしたのだ。
吹き飛ぶネルギガンテ。
「壺爆弾をくらうのにゃ!」
さらにオモチが『ガジャブーの壺爆弾』を投げ追撃した。
ソルとルナの攻撃の邪魔にならないよう、オモチは遠距離からの援護に徹しているのである。
吹き飛ばされたネルギガンテは仰向けとなって倒れ伏している。
だが、未だに体の痺れがとれはしない。
(やっぱり、麻痺は怖いな)
あまりに無防備。
それでも身体の自由が効かないのだ。
ソルは改めて『麻痺』の恐ろしさを認識した。
(ここで終わらせる)
ネルギガンテに向かい急降下しながら、ソルは超高火力のブレスを放った。
大規模な爆発が起きるが、それでもソルはもう一発超高火力のブレスを放った。
喉が焼け爛れる痛みなど今は感じない。
その爆煙の中にソルは迷わず飛び込み、ネルギガンテの喉に脚爪を突き刺した。
「ガラァアアアアアアアアアアッ!!」
それはまさに断末魔だった。
しかしソルが攻撃の手を緩めることはない。
古龍の恐ろしさをとてもよく理解しているが為に。
『ほら、再生してみろよ』
明確な怒りと殺意をもって踏みつけた。
何度も踏みつけ、そしてまた脚爪を突き刺した。
それを数度繰り返せば確かに命が消えるのを感じ、すかさず距離をとった。
何らかの不可思議な力によって復活する可能性を考慮して。
『終わったか?』
「……死んでる……にゃ?」
オモチの手には、万が一に備えて『眠り投げナイフ』が握られていた。
『……死んでるようだな』
しばらくしてもやはり動かない。
オモチの心配は杞憂で終わったようだ。
「はぁぁぁぁ……怖かったにゃぁぁぁ……」
『なぜだ? 弱っちぃ奴だったではないか』
「……ま、まぁ、ぶっちゃけそこまで強くはなかったけど……でもやっぱり古龍は怖いのにゃぁ……」
『うん、俺も怖かった。今も怖いから念の為首を切り離しとこう。オモチ、頼む』
「ボクかにゃ!?」
オモチは改めて横たわるネルギガンテを見た。
太い首であるため切り離すのは大変そうだが、それができるのは自分しかいないこともわかる。
「はぁ……仕方ないにゃ……」
『すまんな、オモチ。でも今日は古龍が喰えるぞ』
『ほう、それはとても楽しみだ』
「───って、それを料理するのもボクじゃないかにゃぁッ!!」
こうして、ソル達の初となる古龍討伐は完遂されたのである。
大した傷を負うこともなく、まさしく完全勝利というに相応しいものだった。
しかし、
「▼◎×■△×!!」
直後、妙な声が聞こえた。
ソルやルナも振り返る。
そこに居たの奇天烈な仮面を被った小人だった。
ルナは見た瞬間興味を失った。
取るに足らない存在だと判断したのだ。
ただし、転生者であるソルとオモチにはその存在が何か分かった。
───『ガジャブー』
ソルは少しだけ身構えた。
かなり好戦的な種族であることを知っていたから。
「……え」
だがオモチの反応は違った。
『どうした? なんて言っているんだ?』
「いやその……全く意味の分からないことを言ってるにゃ……」
オモチにはその能力が為にガジャブーの言語が理解できた。
だからこそ混乱したのだ。
「×■△◎●!? ◎△×! ◎△×!」
(こ、古龍を倒した!? 竜の主すごっ! 竜の主すごっ!)
オモチにはこのように聞こえていたのだ。
『…………』
「…………」
ガジャブーは奇妙な雄叫びを上げながら踊り始める。
何が嬉しいのかまるで分からないまま。
この日───オモチはガジャブーと友好関係を結んだ。
それもただの友好関係などではなく、崇拝にも似た狂信的なものである。
ガジャブー、ちょっと可愛い。