───『ガジャブー教団』
ここ二週間でオモチが教祖として祭り上げられ、その意思に反して作り上げられてしまったガジャブーの巨大グループの総称である。
竜の主であるオモチが古龍を討ち滅ぼしたという事実は、あっという間にガジャブー全体に伝わったらしい。
イチの部族だけではなくニとサンの部族までもが集まり、しまいには族長であるキングガジャブーがオモチに挨拶しにくる始末。
俺も鬱陶しがるルナを何とかなだめつつ、オモチと一緒にこの事態を収拾する方法を考えたがそんなもの見つからなかった。
どうやらオモチが“ガジャブーの壺爆弾”を使っていたことと“ガジャブーの言語を話せる”ことがオモチ崇拝に拍車をかけたようなのだ。
族長になってくれとキングガジャブーにせがまれ、必死に断り続けるオモチを俺は陰から見守ることしかできなかった。
それからしばらく。
オモチは事態の収拾を諦めた。
───『もうこうなったらめいいっぱいこの状況を利用してやるにゃァァァァッ!!!』
ヤケになったと言ってもいい。
その日からオモチはガジャブー達の信仰対象となり、『ガジャブー教団』が誕生したのである。
ちなみに、今のオモチは『ゾークネコシリーズ』の防具を身につけている。
ネルギガンテを狩り殺した象徴としてだろう。
わりとノリノリである。
実際、ガジャブーには好評っぽい。
踊り狂っているし。
……いや、コイツらはいつも踊って騒いでるか。
とはいえ悪いことばかりではない。
この『ガジャブー教団』によって画期的に効率化したことがある。
それは───“素材集め”である。
『薬草』『ハチミツ』『にが虫』『不死虫』『アオキノコ』『マンドラゴラ』『怪力の種』『忍耐の種』『ケルビの角』……どんな素材であっても、オモチの一声でガジャブー達が各地に散らばり集めてきてくれるのだ。
はっきり言って素晴らしすぎる。
これによって、気兼ねなくアイテムを使い続けられることとなった。
なくなればガジャブー達に集めてきてもらえばいいのだから。
まあ、定期的に俺たちの所でガジャブー達が宴をするようになったけども。
「◎×△×!」
「うん、ありがとにゃ。もう下がっていいにゃ」
「☆☆□!」
リーダー的なガジャブーがオモチに挨拶して、大勢のガジャブーを引き連れ帰っていく。
すでに何度か見た光景だ。
もはや手馴れたものである。
オモチはガジャブー達から受け取った大量の素材をその摩訶不思議なアイテムポーチにしまっていく。
「はぁぁぁぁ…………」
ガジャブーの姿が見えなくなった途端に、オモチは大きな溜め息をついた。
さすがにその気苦労を察せられないほど俺は鈍くない。
『まあ、その……な、なんか俺にできることがあったら言ってくれ……』
「…………」
とはいえ、気の利いたことが言えるわけではない。
そんなに器用じゃないだよ俺は……。
リオレウスである俺にできることなんてあるわけないだろうが。
『フン、鬱陶しいならば殺せばいい。私に任せておけ。ほんのひと吹きで───』
『なんでお前はすぐ殺そうとするんだよ』
ほんと血の気が多いよルナは。
どれだけのメリットがあると思っているんだ。
……いや、考えていないかそんなこと。
でも疑問は俺にもある。
ガジャブー達は一応、俺の縄張りを侵しているわけだがまったくと言っていいほど怒りと殺意を抱かないことだ。
あの数名のハンターを見かけた時も、ネルギガンテを見かけた時も確かに抱いた感情。
まあネルギガンテの場合は、ルナが傷つけられるかもしれないという恐怖と怒りが圧倒的に勝っていたが。
うーん、古龍がハンターを見かけても完全無視するのと同じ感覚なのだろうか。
気にしても仕方ないけどな。
この竜の本能とも上手く付き合っていきたいものだ。
『俺は少し狩りに出てくる』
「あ、ボクも───」
『いや、オモチはガジャブー達の相手をして疲れているだろ? 今日は俺だけでいくよ』
「えぇぇ、ボクも行きたいにゃ……」
『たまに休むのも悪くないさ。最近は特に色々と忙しかったしな。それに今日はドドガマルを狩るつもりだから、オモチがいなくても大丈夫さ』
「うーん、仕方ないにゃ。今日のところは休ませてもらうにゃ」
『うん。ルナについててやってくれ』
「りょーかいにゃ! 留守は任せてくれにゃ!」
『オイ、私は弱くない。オモチに守ってもらう必要などないぞ』
『……ハァ、じゃあ行ってくる』
俺は飛び立った。
ルナは相変わらずだなと思いながら。
でも、知らなかったんだ。
“その時”は本当に突然やってくるのだということを───。
++++++++++
狩りはあっさりと終わった。
翼を持たず、動きが俊敏というわけでもないドドガマルは正直言ってカモだ。
爆発性の岩石をブレスのように放ってくる攻撃にさえ気をつければ、特に危うげなく倒せてしまう。
唯一の悪い点は……コイツの味がそこまで美味しくないということ。
まあこれは俺の好き嫌いの問題なんだが。
なーんか好きになれないんだよなぁ。
やっぱカエルという先入観が良くないんだろうかぁ……。
コイツはれっきとした竜。
竜のはずだ。
好き嫌いは良くないよな。
それに、ドドガマルは見かけるたびにガリガリと龍結晶を食べてるから、栄養的には凄く良いはずだ。
ルナのためにも偏った食事は避け、いろんな栄養価に優れるものを食べた方がいいに決まっている。
そんなことを考えながら、割と重いドドガマルを落とさないよう飛んでいるとルナ達が見えてきた。
オモチが俺に気づきコチラを見てくる。
何やら騒いでいるようだ。
どうかしたのだろうか?
「ソルさぁぁぁぁんッ!! ルナさんが産まれそうって言ってるにゃぁぁぁぁッ!!」
…………。
…………。
…………え。
その言葉を理解した瞬間、雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。
心臓がドクンッと跳ねたのが分かる。
オモチの言葉が脳内で何度も反芻し、当然の如く地面に落ちていくドドガマル。
『ナニィィィィィィィィィィッ!!!!』
全身全霊を尽くして翼をはためかせた。
一刻も早くルナの側へ行くために。
そしてすぐさま地面に降り立ち、ルナに駆け寄る。
『うむ、産まれそうだぞ』
俺の胸いっぱいに広がる動揺とは裏腹に、ルナは平然とそう言った。
『だ、だだだ、大丈夫、なのか……?』
『案ずることはない。強き子を産む』
『いや、そういうことじゃなくて……』
「ルル、ル、ルニャさん! 痛いとことかないかにゃ!?」
『少し身体がダルいくらいか』
『ナニィィィィィィィィィィ!! だ、だだ、大丈夫なのかそれは!! 俺はどうしたらいいんだ!! オモチ!! し、指示をくれ!!』
「ボクに言われても困るのにゃぁぁぁ!! 分からないのにゃぁぁぁぁ!!」
『……落ち着け』
俺とオモチは完全にパニックだった。
反対にルナはとても静かで落ち着いていた。
ネルギガンテと戦ってる時でさえ、嵐をものともしない巨木のように落ち着いていた心が、今は波打ち騒いで仕方ない。
落ち着ける気がしない。
俺が動揺してもルナを不安にさせるだけだ。
分かっている。
分かっているのに心を鎮めることができない。
不安や焦りが濁流のように押し寄せ俺をかき乱す。
『大丈夫だ』
そんな俺にルナはそれだけを言った。
その表情はとても穏やかであり、そして強かった。
……敵わないな。
俺が安心させてあげるべきなのに、安心させられたのは俺の方ではないか。
『───あぁ、分かった』
もう言葉は不要だと思った。
俺にできることはルナを信じて見守ることだけなんだ。
オモチもコクコクと頷き、ギュッと拳を握っていた。
それからどれくらい経っただろう。
ほんの数秒のようでもあり、数時間のようでもある。
『───産まれるぞ』
落ち着きを取り戻しつつあった心臓が再びドクンと跳ねる。
それでも、先程のように取り乱すことはなかった。
どんなことが起ころうとも見守るという覚悟ができていたからだろう。
そして───
───それはとても神秘的な光景だった。
竜の産卵。
陳腐な表現かもしれないが、今の俺には神秘的という言葉しかでてこなかった。
『……ふむ、少し疲れた』
そんな気の抜けるような言葉と共に、ルナは2つの卵を産み落とした。
「う、産まれたのにゃぁぁぁ!」
『大丈夫かルナッ!? どこか違和感なんかはないか?』
『フフ、心配し過ぎだぞソル。なんともない』
『そうかァ……良かった。いやそれより───ありがとう、ルナ』
何故か俺の口から出てきた言葉は『ありがとう』だった。
それにはルナも少し驚きだったようで、見れば目を丸くしていた。
『改まってどうした』
『いや、うん、ありがとう。本当にお疲れ様』
『まったく、大変なのはこれからだぞ』
『そうだな……本当にその通りだ』
「本当におめでとうにゃぁぁぁッ!!!」
とりあえずルナに別状がないことに安堵し、そして俺はルナが産んだ2つの卵に目を向けた。
全く異なる柄をした2つの不思議な卵だ。
一つは緑と紫の模様をしており、もう一つは赤と黒の模様をしている。
似て非なる2つの卵。
しかし、俺の知識はすぐに答えを導き出した。
「───『紫毒姫』にゃ……」
その答えを真っ先に口にしたのはオモチだった。
その通りである。
この緑と紫の模様をした卵は『紫毒姫』のものだ。
ならば、
『こっちはもしかして『黒炎王』……か』
……本当にとんでもなく強い子を産んだよ。
まさかの二つ名個体か。
俺はてっきり通常種か亜種だと思っていたのだが。
何が原因だろう。
俺たちが“希少種”だからなのか、それとも“古龍を喰らった”からなのか。
───いや、そんなことはどうでもいいな。
『元気に育ってくれればそれでいい』
『そうだな』
不思議な気持ちだった。
今までの価値観や固定観念が跡形もなく破壊され、一から創られていくような、そんな名状しがたい感情。
これが、父になるということなのだろうか。
その答えは分からないが、確かなこともある。
それは───“愛すべき家族”が増えたということ。
これから守り、育てていかなくてはならない。
しかしそこに不安はなかった。
ルナとオモチがいれば、俺たち『家族』ならばきっと大丈夫だ。
どんなことがあっても乗り越えられる。
もしかしたらこの先とてつもなく大きな苦難が待ち受けているのかもしれないが、今だけはこの幸せに浸らせてもらおう。
『ルナ、オモチ。これからもよろしくな』
俺は守るという決意を新たにして、清々しい気持ちでそう言った。
二つ名の卵。
子は親を越える可能性を持っていて欲しい。