「ぐがーっ!!」
とりあえず『ぐがー』とか言いつつ、手を翼に見立ててバッサバッサと振る。
恐ろしい程の虚無感に襲われるが、ここで手を抜いたら意外と子供は鋭敏にそれを感じ取ってしまう。
だから今だけは心を無にして演じ切る。
俺は空の王者『リオレウス』だ。
「なっ! リオレウス!? 危険だわ!! ここはわたしに任せて逃げなさいツキミ!!」
「で、できないよお姉ちゃんっ! ふ、2人なら勝てる! 戦おうよ!」
「ぐがががーっ!!」
「さすがわたしの妹ね! そう言うと思ったわ! じゃあいくよっ! 足引っ張んないでよね!」
「う、うんっ!」
『てやーッ!!!!』
「ぐわぁぁぁッ!!」
ヒナタとツキミが切りかかってくる度に、派手に痛がるアクションをしながら叫ぶ。
それはもう叫ぶ。
全身全霊で『痛い』を表現するのだ。
そして俺のやるべき事はそれだけではない。
この“狩り”を盛り上げなくてはならないんだ。
そのために必要なもの。
それは───
「テッテレレーテレレレーレレレーレーテレレーテレレーレーレー」
───『英雄の証』を熱唱するということ。
これにより、この姉妹の狩りが最高潮の盛り上がりを見せる。
やはりBGMの力とは偉大だ。
俺が適当にテレレーって言ってるだけなんだけど。
それから頃合いを見て、
「ぎゃぁぁぁっ!!」
バタリ、と倒れる。
これで俺の役目は終了だ。
「ハァ……ハァ……やった、のね」
「や、やったんだね……お姉ちゃん」
少しだけ間が空く。
そして、
『やったぁぁあああ!!』
歓喜の声が響き渡った。
あぁ、疲れた。
随分懐かれてしまったものだ。
「まだよツキミ! モンスターを倒したらハギトリを───」
「はいはい、そのくらいにしなさい。エクレアさんにご迷惑でしょ」
なんか剥ぎ取られそうになったところで、エリーナさんが登場した。
よかった。
これでやっと、このガチすぎる『ハンターごっこ』を終わることができる。
でも慣れたとはいえ、今のあまりにもみっともない姿を美人のエリーナさんに晒すのはやっぱり恥ずかしいんだけども。
「えぇぇ、もっとエクレアと遊びたい!!」
「わ、わたしも……」
「ダメよ! エクレアさんは今日パパと一緒に狩りに行くの。これ以上はいけません」
「フフ、随分懐かれましたね。いつもうちの子達と遊んでいただきありがとうございます」
「いえ……べつに」
アンタがやれ!!
モンスター役やれよ!!
意外と体力使うからな!!
と、俺は心の中で叫んだ。
でもまあ、そんな嫌でもないけど。
俺にはこの家族に返しきれないほどの恩がある。
今こうしてもう一度ハンターとして生きていられてるのは、間違いなくゴッドさん達のおかげなんだ。
実は既に傷は完治していて、俺はハンターとして復帰を果たしている。
片目での狩りにはだいぶ不安があったし、実際慣れるまで苦労した。
ゴッドさんとも何度か狩りにいき、最近ようやく少し慣れてきたところだ。
まさかの笛使いでビビったのもいい思い出だ。
ただ一つ言えることがあるとすれば、狩猟笛を使う人に悪い人はいないってことよ。
めちゃくちゃ職人。
笛使いが1人いるだけで、こんなにも狩りがやりやすくなるなんてさすがに予想外だったわ。
最近狩った一番の大物といえば、やっぱりディアブロスだろう。
俺はハンター。
新大陸の未知を既知へと変えるためにいるんだ。
だからこそどんなことがあろうと進み続けねばならない。
目先の目標としては、古代樹の森で“古代竜人”に言われた『リオレウス』と『ディアブロス』を狩猟しその力を示すことだ。
この前戦ったディアブロスは決して油断できるモンスターではなかったが、ゴッドさんのおかげで危うげなく狩ることができた。
ゴッドさん『私は直接的な戦闘よりも、仲間をサポートすることの方が得意であり好きなのですよ』なんて言いながら笑ってたけど、これはガチだった。
マジで感謝しかない。
背中を預けられる仲間がいるってこんなにも心強いものなんだな。
「エクレア、早く帰ってきて。今度はハンター役やっていいから」
「つ、次は、パパも一緒にやろうね」
ヒナタとツキミが俺を見上げる。
そうだな、俺はコイツらを守らなくてはならない。
モンスターを……狩らなくちゃならない。
それが───人間の都合を押し付ける行為であったとしても。
「ええ、すぐ帰ってきます。ママの言うことを聞いて、いい子にしているのですよ」
「うん!」
「う、うん……!」
ほんと、この人たち見てると家族っていいなーって思っちゃうわ。
「え、エクレア……も、もう、あんまりケガしちゃだめ、だよ」
ツキミがぎゅっと俺の服を掴んできた。
「あらあら、ツキミは特にエクレアさんに懐いちゃったのね」
ほんと、難しいよなこの世界。
俺は安心させるように、優しくツキミの頭を撫でた。
「こう見えて、俺は強いんだぜ? それにツキミちゃんのパパと一緒に行くんだ。どんなモンスターにだって負けないさ」
そう言うと、ニパッと笑った。
「い、いい子にして、待ってるね……! だから、早く帰ってきて!」
こうしてエリーナさん達に盛大に見送られながら、俺とゴッドさんは狩りへと向かった。
今日対峙するモンスターは古代樹の森の主にして空の王者『リオレウス』だ。
油断していい狩りなどありはしない。
次は───“ごっこ遊び”じゃないんだから。
どうしてもあの金銀夫婦が頭を過ぎる。
何事もなければいいが、覚悟だけはしておこう。
++++++++++
「それではお気をつけて! 私は情報を纏めながらこちらで待機しておりますので、何かあればお戻り下さい! エクレア、無理しないでくださいね!」
「いちいちうるせーよ」
「フフ、随分と仲がいいのですね」
「やめてください、マジで」
くぅぅ、ゴッドめぇぇ。
てめぇはいいよな!!
美人な嫁さん居てよ!!
「おっと失礼、それでは行きますか。すぐに戻りますよ」
「はい! お気をつけて!」
俺とゴッドさんは森へと入っていく。
もはや俺たちに先程までの弛緩した雰囲気はありはしない。
ここからは『狩り』だ。
気を抜けばどんなに百戦錬磨のハンターでさえ呆気なく死ぬ。
そのことを俺たちはよく理解しているんだ。
「以前少し話しましたが、この世界は私たちの知るそれとは多少異なります。いわゆる『特異種』だけではありません。それらが及ぼす影響によって微妙に変化しているのです」
少し歩いたところでゴッドさんが話始めた。
周りの警戒を解くことなく耳を傾ける。
「それだけ『特異種』が異常ということですね」
「その通り。どんなイレギュラーがあってもおかしくありません。そして貴方が仰っていた『金銀夫婦』とそれを従えるアイルー。にわかには信じがたいですが、不思議ではありません」
「ええ、俺も最初目を疑いましたよ」
「もし、それらがアステラの仲間達の脅威となるのなら……覚悟を決めなければなりませんね」
「……はい。対処できるのは俺らくらいでしょうから」
本当……嫌な世界だ。
自分の命を賭けるのさえものすごく嫌だってのに、仲間にもそれを求めなくてはならない。
ハンターってのは本当にクソだ。
「───やはり“彼女”とも早く合流しなくては」
ゴッドさんの言う“彼女”が一瞬分からなかったが、すぐに答えにたどり着いた。
「それって『ユウ・タキライ』さんのことですか。……女性だったんかい」
「ええ、とても麗しい女性ですよ。『蒼の死神』と呼ばれ畏怖されるほど弓の名手であり、新大陸に残る『転生者』でもあります。今は大団長と共に調査に出かけているはずです」
「へぇ……弓。ほんと早いとこ合流したいですね」
弓使いがいればあの金銀夫婦とも何倍も戦いやすくなる。
リオレウスみたいなよく飛ぶモンスターにも安定して火力を出せる弓って本当強いよな。
大剣に魅了されてしまった俺は使おうと思わんけども。
聞いた話によれば新大陸に残る転生者は3人。
俺とゴッドさん、そしてまだ見ぬ『ユウ・タキライ』だ。
早いとこ集まらねぇとな。
───“その時”がいつ来てもいいように。
それからも俺たちは会話を重ねながらこのクソ広い樹海を進んでいった。
迷うことはない。
だって俺たちには“経験”があるんだから。
何度もこのマップで狩りをしたという、知識という名の経験が。
「ではまずバフをかけますね」
目的地付近。
そこでゴッドさんが笛を奏でる。
この感覚好きだ。
身体の底から力が溢れ、気力がみなぎる。
「んじゃ行きま───」
その時だった。
「グルガァァァアアアッ!!!」
リオレウスの咆哮が響いた。
いつだって狩りは唐突に始まる。
だがまあ───なんの問題もない。
「とりあえず開けた場所へッ!! 巣のあるエリアで戦いましょうッ!!」
「ええ!! 賛成です!!」
俺とゴッドさんは走り出す。
こんな場所で戦ってもデメリットしかない。
巣のあるエリアへ抜けた。
すぐにリオレウスと対峙するため臨戦態勢を───とれなかった。
あるものが俺の目に飛び込んできたからだ。
それは───『卵』である。
「……クソっ。またかよ」
お前もそうか。
ただ守ってるだけなのか。
やめてくれよ。
まじで。
「気を引き締めなさいッ!!」
今まで一度も聞いたことがない、目が覚めるようなゴッドさんの怒声だった。
「私たちはハンター!! 命を賭してモンスターを狩る者ですッ!!」
そうだ。
俺はハンターなんだ。
わずかな油断によって命を落とす。
誰よりもその事を理解していたはずなのに。
「すみません。もう大丈夫ですッ!!」
「グギュルガァァァッ!!!」
火炎ブレスによる攻撃。
それを躱し、続け様に行われた爪による空中強襲攻撃をも躱す。
「オラァァァッ!!!」
躱すだけではなく一発食らわせる。
リオレウスは一瞬怯んだように見えたが、すぐに空中へと羽ばたいた。
今の一連の攻撃だけでもよくわかる。
コイツは───“普通”じゃない。
「身体の至る所に無数の傷。歴戦個体かもしれません!!」
「ちくしょうこれも『特異種』って奴の影響かッ!?」
攻撃パターンも若干分かりずらい。
俺たちのような『飛べない奴』が嫌がる事をよく知っているかのような動き。
ほんと厄介だわ。
でもまあ、それだけだ。
何の問題もありはしない。
予想より時間がかかるかなってくらいだ。
心はとても静かだし、動きもよく見える。
大丈夫。
狩れるさ。
「いつも通り好きにやりますよ、ゴッドさんッ!!」
「えぇ!! 援護は任せて下さいッ!!」
それからは早かった。
金雷公との戦闘によって、俺は大切なオトモと左目を失ったかわりに想像以上に強くなったようなんだ。
はっきり言って、この程度の狩りは良くないとわかっていても“ぬるい”と感じてしまう。
気づけば空の王者は地に伏していた。
「グル……アァ……」
迷うのは一瞬。
分かってる。
最後まで気は抜かねぇよ。
うだうだ考えんのも後でいい。
「…………」
凍てついた心のままに───俺は大剣を振り下ろした。
++++++++++
……ん?
俺は妙な胸騒ぎと共に重い瞼を持ち上げた。
根拠などない胸騒ぎ。
理由が分からないからこそもどかしい。
『どうした? ソル』
どうやらルナは、俺が起きたことを敏感に感じとったようだ。
起こしてしまった。
悪い事をしたな。
「んにゃぁぁ……」
オモチは余裕で寝ている。
『いや、なんでもない』
『そうか』
ただ、違和感だけが残って気持ち悪い。
本当にどうしたんだ俺は。
もうすぐ生まれるから、ピリピリしてるだけだろうか。
『ちょうどいい。オモチ、起きろ』
「うにゃぁ……にゃ? ……んぅ……どうしたのにゃ?」
どういうわけか、ルナはオモチを鼻先で小突いて起こした。
訳が分からない。
なぜ起こす必要があるんだろう。
『よく動く。生まれそうだ』
一瞬、ルナが何を言ったのかまるで理解できなかった。
『……は?』
「……え」
とんでもなく突然だった。
ほんの僅かに静まり返る。
そして───
『えぇぇぇええええッ!!!』
「にゃんですとぉぉぉおおおッ!!!」
響く絶叫。
ルナがフルフルと動いたり動かなかったりする卵を見せてきた。
確かに動いている。
本当に生まれるんだ。
『こ、心の準備が……』
「だ、大丈夫にゃ……た、たたた、ただ見守ればいいにゃ」
『そ、そうだよな、うん』
マジで生まれるのか……。
色々と心中穏やかじゃない。
そんな時───不意に思い出したのは『古代樹の森』の“アイツ”だった。
そういえば、元気にしているだろうか。
ルナが卵を産んでから会っていない。
ここを離れるわけにはいかなかったからな。
まあヤバくなったらプライドなんてかなぐり捨てて逃げろって口酸っぱく言ってあるし、大丈夫だろう。
もう少し落ち着いたら様子を見に行きたいな。
『……ん?』
何だか懐かしい気分になっているとき、その“音”が聞こえてきたんだ。
パリっ、とか、カシャっ、みたいな。
そんな音が。
お読みいただきありがとうございました。
皆さんの待ってましたって言葉がすごく嬉しかったです。