レウスはレイアを拒めない   作:黒雪ゆきは

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003 黄金の月。

『うぅ……やめろォ……』

 

『弱っちィなぁ、おいッ!!』

 

 その黄金の輝きを放つ異質なリオレイアは、この縄張りの主であるリオレウスの頭部に脚をのせ、勝利を知らしめるが如く咆哮を上げた。

 

『雄のクセに弱っちィ。殺す価値もない』

 

 片やボロボロとなって倒れ伏し、片やかすり傷程度の小さなものはあれど目立った大きな傷は見つからない。

 勝敗は明らかであり、そこには圧倒的な力の差が存在していた。

 金色のリオレイアはしばらく勝利の余韻に浸っているようであったが、それも長くは続かない。

 

『おい、お前。この辺に強い雄はいるか?』

 

 それは唐突な問いかけだった。

 とはいえ今にも意識が飛びそうであり、リオレイアに踏まれて呼吸さえ困難なリオレウスにとって返事などできようはずもない。

 

 だが、それがかえって彼女の怒りをかってしまうこととなった。

 

『さっさと答えろッ!! 弱っちィくせにッ!!』

 

 怒りに身を任せ、彼女は何度も何度も踏みつけた。

 リオレウスが命の危機を感じるのも仕方がないというもの。

 ゆえに、何とか生き延びるためにリオレウスは気力をふりしぼり、吹けば消えそうなほどか細い声で小さく答えた。

 

『しん……りん……の』

 

 だが、それが限界だった。

 

『ん? 森林? 森林地帯の方に強い雄がいるのか!? オイッ!! ハッキリと言えッ!!』

 

 いくら怒鳴っても返事は返ってこなかった。

 不幸中の幸い、息はあるようだ。

 気を失ってしまっただけである。

 

 もはやいくら怒鳴っても無駄だという事実を理解すると、彼女は興味を失ったように呆気なく飛び去っていった。

 

 その目には勝利への歓喜や愉悦の感情はない。

 あるのは深い失望と底知れない虚無。

 

(またダメか。ココの奴は強いと聞いていたんだがな……)

 

 ゆらゆらと風に身を任せるように、そのリオレイアは空を舞う。

 どこか覇気がない。

 むしろ哀愁すら漂っている。

 

 しかし、次の瞬間には纏う雰囲気が一変する。

 

 先程とはうってかわり、燃え上がるような怒りである。

 烈火の如く激しい怒りの炎が波のように全身へと広がっていく。

 それは、位置的にかなり離れているジャギィの群れが命の危機を察知し、脇目も振らず逃げ出すほど。

 

「ガルァァァァァァッ!!!!」

 

(クソがァァァァァァッ!!!!)

 

 火山の噴火を彷彿とさせる大咆哮。

 それはまさしく『黒き破壊者』の異名で恐れられる黒轟竜、ティガレックス亜種に迫るほどのもの。

 その恐ろしい咆哮は生存本能を刺激するには十分すぎた。

 生態ピラミッドの下位に位置する生物はもちろんのこと、大抵の場合は捕食する側の上位生物の気配さえもリオレイアの周囲から完全に消え失せた。

 

 それほどまでに彼女は危険だと野生の勘が強く訴えかけるのだろう。

 苛烈な生存競争を強いられる自然界において、一瞬の判断の遅れは死に直結する。

 野生で生きる全ての生物が本能的に理解していることだ。

 

(あぁ……イライラする)

 

 そう、彼女は今虫の居所が悪かった。

 情緒不安定と言ってもいいだろう。

 

 その理由は至ってシンプルだ。

 

 繁殖期が迫っているからである。

 

 

 さらに端的に表現するならば───欲求不満なのだ。

 

 

 しかし、事はそう簡単に解決できるようなものではない。

 それには彼女の天よりも高いプライドが起因している。

 

 天地がひっくり返ろうとも、自分より弱い雄の卵など産まない。

 

 この迷惑極まりない彼女の決意により、一体何匹のリオレウスが犠牲となったことか。

 だが、どんなに大きな傷を負おうとも彼女が原因で死に至ったリオレウスはいない。

 

 弱い同族など殺す価値もない、というのも彼女の信条であったからだ。

 

 幸いにもというべきなのかは甚だ疑問だが、数多のリオレウスがこの信条のおかげで一命を取り留めたのは間違いない。

 

『アァァァッ!! クソッ!! クソッ!! クソッ!!』

 

 クソッ、のリズムに合わせて三連続の火炎ブレスが放たれる。

 その犠牲になったのは悲しくもアプトノスの家族だ。

 子供を連れ、家族で水を飲みに来ただけであるにも拘わらず、何の前触れもなく火炎ブレスで焼かれてしまった。

 

 なんとも残酷だがこれも自然の摂理。

 

 仕方がないことなのかもしれない。

 

 仕留めたアプトノスの一体に、彼女は乱暴にかぶりついた。

 肉をひきちぎり、咀嚼し、飲み込む。

 だが、腹は満たせても彼女の心中は決して穏やかとは言えない。

 

(森林地帯には本当に強い雄がいるんだろうなァ……まぁ、期待はしていないがな……)

 

 彼女の心に渦巻くのは激しい怒りだけではない。

 どこか諦めにも似た感情を抱いている自分に、嫌でも気付かされてしまう。

 

 手頃な雄で妥協すべきではないか? 

 

 この先いくら探しても、自分より強い雄になど出逢えないのではないか? 

 

 いや、そもそも自分より強い雄など存在しているのか? 

 

 そんな負の感情がとぐろを巻く。

 心に巣食って消えやしない。

 どうにか消し去りたくてさらに勢いよくアプトノスにかぶりつくが、やはり消えてはくれない。

 それどころかむしろ膨らんでいくようにさえ感じてしまう。

 

(あぁ……クソが……)

 

 仕留めた3匹のアプトノスはいつの間にか骨のみとなっていた。

 腹ごしらえを終え、やることは一つだ。

 森林地帯に向かって飛ぶこと。

 彼女にはそれしかないのである。

 

 例えそこに、自分より強い雄などいないと思ってしまっていても。

 

 

 ++++++++++

 

 

(爪痕……縄張りに入ったか)

 

 木に深々とつけられた爪痕。

 彼女は一目でそれがリオレウスによるマーキングであると分かった。

 ここは自分の縄張りだから近づくな、という警告でもある。

 

(さて、やるか)

 

 彼女は思いっきり息を吸いこむ。

 

 そして───

 

 

「ガルァァァァァァッ!!!!」

 

 

 彼女の咆哮が雷鳴の如く轟いた。

 森全域に響き渡ったそれは、ここにいるぞというあまりにもわかりやすい主張。

 

 するとすぐに、彼女の鋭い五感が何者かの到来を感じ取った。

 わずかに聞こえる翼をはためかせる音。

 そして同族の匂い。

 凄まじい速度でコチラに向かってくるのが分かる。

 

(ふむ……なかなか強いな)

 

 思わず獰猛な笑みが零れてしまう。

 

「グルアァァァァァァッ!!!!」

 

 お返しと言わんばかりの咆哮。

 そして、その存在は姿を現した。

 

『テメェ……ここが俺様の縄張りだって知ってて入ってきたのか?』

 

 彼女の前に現れたのは至る所に古傷のあるリオレウスであった。

 その傷の多さが、歴戦の覇者であることを雄弁に物語っている。

 彼女の笑みはさらに深いものとなった。

 

『だったら、どうするというんだ?』

 

 彼女の好戦的な態度を、この縄張りの主であるリオレウスも敏感に感じとった。

 ならば、やることは一つしかない。

 

 

『痛い目を見ねェとわからねぇようだなッ!!!』

 

『ハッ、やってみろッ!!!』

 

 

 同時に放たれた火炎ブレスが激しくぶつかる。

 

 それが───苛烈を極める戦いの幕開けとなった。

 




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