まさかのリオレイア希少種。
リオレウスとして生まれ変わってから接敵した存在のなかで、間違いなく最大の強敵だろう。
最悪だ。
本当に軽率なことをしてしまった。
どうやら俺は……それなりに情があったようだ。
アイツがやられている姿を見た瞬間、頭に血が上ってしまった。
馬鹿だな俺は。
危険は避けるべきだ。
勝てるかなんて分からないのに。
俺は地面に向かって羽ばたく。
重力任せのただの落下ではない。
全速力の急降下だ。
リオレウスになったおかげか、コイツの表情から驚いているのがわかった。
あぁ、大丈夫だ。
俺のスピードに対応できていない。
加速によって得たエネルギーをそのままぶつけるように、俺は思いっきり金色のソイツを蹴り飛ばす。
すると、「ガルァ」という情けない鳴き声とともに吹っ飛んでいった。
巨木にぶつかり、どうやら悶えているようだ。
とりあえず先制には成功した。
だが油断できない。
リオレイア希少種の最も恐ろしい武器は、なんと言っても一発食らっただけで毒状態となってしまう尻尾攻撃だ。
それもただの毒ではない。
『猛毒』である。
凄まじい勢いで体力が削られてしまう。
そして最悪なことに、俺には毒がとても良く効いてしまうのだ。
最も入りやすい状態異常である。
加えて、当たり前だが『解毒薬』なんて持っていない。
ただ───舐めるなよ?
俺が一体、何回お前を狩り殺してきたと思っているんだ。
臨界ブラキの登場により、多くの太刀使いが『砕光の暁刀』を使うようになった。
だがそれ以前は、お前を素材として作られる太刀『飛竜刀【月】』は間違いなく最強の太刀の一つとして数えられていたのだ。
『天上天下天地無双刀』に比べると、あまりにも容易く作れてしまう『飛竜刀【月】』を使う者は少なくなかったのである。
当然、俺も作った。
それ以降においても、調査クエストで幾度となく狩り殺してきた。
……まあ、ゲーム内での話ではあるが。
さて、集中しよう。
出し惜しみなんてすれば命に関わる。
最初から全力だ。
「グルァァァァァッ!!!」
俺は咆哮とともに『劫炎状態』へと移行した。
それにともなって俺の頭から胸辺りまでが青白く発光する。
いわゆる強化形態である。
だが、はっきり言ってこの状態はしんどい。
体力も大きく消費する。
だからといって、金色のコイツがどのくらい強いのか分からないため、手を抜くなんて愚の骨頂だ。
『兄貴……』
声の方を見れば、息も絶え絶えのリオレウスがいる。
この辺り一体の主であり、俺のことを兄貴と言って慕ってくる顔見知りの奴だ。
『さっさと嫁さん連れて消えろ。邪魔だ』
俺は金色のアイツから目を逸らさずに短くそう言った。
何か反論したそうであったが、俺の鬼気迫る雰囲気を感じとったのか『すいやせん……あとは頼みますッ!』と言って飛び立っていく。
いや……アイツは俺より嫁が心配なだけだな。
間違いない。
そんなことを俺が思っていると───
『ついに……ついに見つけたぞッ!!』
という理解できない言葉とともに響き渡る咆哮。
その大地を震わせる咆哮がコイツの獰猛さを物語っている。
そして、コイツもまた俺と同じ『劫炎状態』へと移行した。
やはりコイツも最初から本気というわけか。
『お前も、私と同じで色が違うな。特別である証だ』
間合いを見極めるように、俺と一定の距離を保ちながらコイツは喋り始めた。
それにしても特別な証って……。
『今なら見逃してやる。さっさと消えろ。そして二度とここへは来るな』
俺はお前などいつでも容易く殺せるぞ、という精一杯の虚勢を張りながらそう言った。
少しでも強く大きく見せるために。
戦わずにすむならばそれに越したことはない。
俺も好き好んで命の危険は犯したくないのだから。
だが、
『ハッ!! 馬鹿を言え!! ようやく出逢えたのだッ!! これが試さずにいられるかッ!! お前には期待しているぞッ!!』
それが開戦の合図であった。
勢いよくこちらへ突進してくる。
そのまま噛みつきか?
とも思ったが、コイツはすんでのところで急停止し、とても見覚えのある溜めモーションを見せた。
───『サマーソルト』だ。
その判断と同時に俺は翼をはためかせ、バックジャンプしながら空へと舞った。
すると、俺の鼻先から拳一個分程の距離をコイツの尻尾が通っていった。
ほんの僅かに行動が遅れていれば直撃していた。
緊張の糸がさらに張り詰める。
……だが、よく知っている、
俺の記憶は鮮明に覚えている。
太刀使い、いや、近接武器をメインとする者であればモンスターのモーションを把握することが狩りを安定させるためには不可欠である。
そして、俺は『見切り斬り』の快感に取り憑かれていた。
モンスターの固有モーションを把握し、タイミングよく『見切り斬り』を発動させる。
とてつもなく気持ちがいい。
だが太刀を使う者であれば、極めれば極めるほど狩りを速く安定させるには『見切り斬り』を多用してはならないのだと気付かされることだろう。
なぜならば、『見切り斬り』は隙が大きくそれなりのリスクを伴う技だからだ。
上位のモンスターになればなるほどモーションの判断がシビアになり、単発技か連続技かの見きわめが難しくなる。
ゆえに、狩りを安定させたければ『見切り斬り』を必要以上に使ってはならないのだ。
だがそれでも俺は……『見切り斬り』をやめられなかった。
だからこそ、『見切り斬り』の成功率を少しでも上げるためにより深くモンスターのモーションを観察してきたのである。
その記憶と経験が、リオレウスとなってしまった今も鮮明に残っている。
血肉となり俺の中で生きている。
そしてこの世界でも、そのモーションは確かに存在していた。
ならば……この知識とリオレウス希少種としての能力があれば、もしかしたら俺は───とてつもなく強いかもしれない。
怖いことに変わりはないが、俺は少しだけ笑ってしまった。
『ほう、これを躱すか!! やはり強いなお前ッ!! 強い雄だなお前ッ!!』
飛び上がった。
次にくるのは踏みつけだ。
分かってればなんてことはない。
『───ッ!?』
俺はそれを躱し、お返しとばかりに尻尾を頭へぶつけ、空中から地面へ叩き落とした。
そのままのしかかって拘束。
吠えながら威嚇してくるが関係ない。
そして俺はコイツの頭に向けて───超高出力火炎ブレスを放った。
その反動で俺は再び上空へ飛び上がる。
間違いなく直撃。
殺すつもりで放ったが、殺せていなくとも『劫炎状態』を解除するには頭部への攻撃が有効だ。
どちらにせよ悪くない選択なはず。
土煙が舞い、上空からではどうなったのか見えない。
しかし油断はするな。
倒れ伏すその姿を確認するまで。
すると───ブレスが飛んできた。
注意していたが避けることができず、腹の辺りに直撃してしまった。
凄まじい衝撃に身体がよろめく。
その瞬間を奴は逃さなかった。
勢いよく羽ばたき、俺の首元に噛み付いてきたのだ。
『今のは痛かったぞッ!!』
そのまま上空へと舞い上がり、空中でもつれ合った。
噛みつかれた首元から凄まじい痛みが走る。
俺は翼爪をコイツの脇腹辺りに突き刺し、引き離した。
今度は俺が噛み付く。
次は距離をとりお互いがブレスをぶつける。
そしてまたもつれ合う。
そんなことを繰り返しながら、どんどん上空へと舞い上がった。
何度も噛み付き合い、爪で切り裂き、脚で蹴りつける。
だが、やはり俺の最初のブレスが効いていたのかコイツは僅かに力が抜ける瞬間があった。
俺はそれを逃さなかった。
空中で勢いよく回転し、尻尾をぶつけることで叩き落としたのだ。
体勢を崩したコイツは制御を失い、落下していく。
俺もまた地面へ向かって羽ばたいた。
そしてそのままコイツの首に噛みつく。
『グァァァァッ!!!』
ジタバタと吠えながら暴れるが、離すものか。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
何としてもここで決める。
俺はさらに翼をはためかせ、加速する。
みるみる地面が迫ってくる。
『クソッ……』
そして俺は───コイツを地面へと叩きつけたのである。
何かが爆発したかのような轟音。
その凄まじい衝撃ゆえに森が揺れる。
再び舞い上がる土煙。
俺は上空で息を整えながら、油断なく様子を伺う。
手応えはあった。
だが、まだだ。
まだ気を抜くな。
俺は気を張り続けた。
しかし───それは杞憂に終わる。
土煙が晴れると、そこには気を失い倒れ伏したリオレイア希少種の姿があった。
辛うじて息はあるようだが、さすがにもう戦うことはできないだろう。
今度こそ、決着だ。
…………。
……はぁ。
……終わった……よな。
あぁ……疲れた、本当に……。
張り詰めた意識から解放されると同時に、今までの疲れが一気に押し寄せた。
しばらくは何もしたくない。
それほどまでに疲れた。
早く巣に帰って眠ろう。
俺は巣に戻るために飛び立とうとして……やめた。
首を向ければ、見えるのは無防備に横たわる金色のコイツ。
……どうしよう。
このまま放置したら他のモンスターに襲われるよな……?
いや待て、襲われるからなんだっていうんだ。
どうだっていいだろ。
こっちは殺されかけたんだし。
死んだって構いやしないだろうが。
でも一応、同族だし……うーん……。
そう、変なところで俺の優柔不断が発動してしまったのである。
少しばかり考えた。
いや、自分では少しばかりと思っているが、実はけっこう考えていたのかもしれない。
なぜなら───コイツが目を覚ましたのだから。
ぎょろりと見開かれた目が確実に俺をとらえている。
ヤバい、最悪だ。
俺は身構えた。
即座にブレスを放てるよう備える。
しかし───
『交尾っ!! 交尾をさせてくれっ!! お前との卵を産みたいっ!!』
……え。
目を覚ますやいなや、このイカれた金ピカの竜は開口一番にこんなとてつもなく意味不明なことを言ってきたのである。
すごく疲れていた俺は、理解することを早々に諦めた。
もういいや……どうでも。
巣に帰ろう。
俺は翼をはためかせ、今度こそ飛び立ったのである。
『ま、待ってくれっ!!』
───運命は俺がまったく想像していなかった方向へと傾いていくのだった。
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このとき、俺は疲れていたのだ。
本当にとても疲れていたのである。
だから気づくことができなかった。
物陰に隠れ、息を殺し、俺たちの戦いをずっと見ていた者達がいたことに───。
お読みいただきありがとうございました。