とりあえずみんなが通える公の場所にあるという設定でお願いします。
受付嬢───いや、編纂者の朝は早い。
まずは昨日の調査活動で得た膨大な情報の精査から始める。
昨日の時点で大まかな情報はすでにまとめ終えているが、1日経てば新たな気づきや反対に訂正しなければならない箇所も見つかるというもの。
それらを集約、編纂するのが彼女にしか果たせない重大な役割なのである。
「よう、お前さんはいつも早ぇな。大したもんだ」
すると、彼女に話しかける者がいた。
声につられて目を向けてみれば、そこにいたのはアイルーである。
だが、見るからにただのアイルーではない。
その閉ざされた右目は、彼がくぐり抜けてきた修羅場の多さを雄弁に語っている。
「おはようございます! 料理長!」
「おう! 今日も狩りの前にはオレのメシをうんと食ってけよ!」
「はい! もう今から待ち遠しいです!」
彼女の言葉に料理長は口元に笑みを浮かべることで答えた。
そしてすぐに仕込みを再開する。
彼の朝もまた、とても早いのである。
それからしばらく彼女は編纂作業を続けていた。
すると突然、僅かに“揺れ”を感じた。
その揺れは時に大きく、時に小さく、間隔が速くなったり遅くなったり、実に不規則なものだ。
自然に発生するものではないことは明らかであった。
間違いなく異常事態。
ここは新大陸だ。
何が起こるかなんて誰にもわからない。
ゆえに、本来であれば即座に防衛体制をとったとしても何一つ不思議ではないはず。
むしろそうしない方が不自然ではないのか。
しかし───誰一人としてそれを気にしている様子はない。
彼女や料理長、そしてすでに活動を始めている全ての者がさもこれが当たり前であるかのように過ごしている。
ズドーンッ!! という凄まじい衝撃が伝わってきたとしても『今日も凄いわね』なんて呑気な言葉をもらしているのだ。
「はぁ……」
彼女は少しだけ不満げなため息を吐き出した。
そう、彼女は不満なのである。
ほんの少しだけ、ではあるが。
「おはよう。編纂者」
すると、またしても彼女に話しかける者がいた。
「あ、リーダー!」
それは調査班のリーダーであった。
「そろそろミーティングを始めたいのだが……」
彼は少しだけ周りを見渡しているようだったが、彼女のパートナーらしき人物は見当たらない。
そして、
───ズドーンッ!!
その“揺れ”がもはや答えであった。
「この振動……もうお分かりですよね……」
「やはり今日も、か……」
「はい今日も、です……」
2人が抱くのは複雑な思いだ。
だが、それは確かに共通していた。
間違いなく尊敬の念がある。
それもとても大きな尊敬の念だ。
ただ……抱くのはそれだけではない。
『なんとも言えない呆れの感情』が、2人に共通して確実に存在していたのである。
「いや! それにしても凄いよなっ! エクレアはっ!」
その場を取り繕うように彼は言った。
ただ、もともとそこまで器用なタイプではないため、とてもではないが取り繕えてはいない。
「確かに、相棒が凄いのは私も認めます……ですがそれでもちょっと異常ですよ! 半日もトレーニングエリアから出てこなかった時もあったんですよ!? 私が気を使ってご飯を持っていっても、『邪魔しないでくれ』って言ったんですよ! はぁ……」
「ま、まぁ、少し変わっているところはあるが……」
「少しじゃありません! 大変人ですよ! 大変人!」
「大変人、か……よく言ったものだな。───だが、実力は超一流であることに変わりはないさ。数十年に一人、いや、数百年に一人の逸材と言っても過言ではないと俺は思っている」
先程までとは雰囲気が変わり、そこに飾った言葉がないことは容易に伝わってきた。
彼が口にしたの嘘偽りない本心である。
「同じ大剣使いだからこそ、人一倍それがよく分かるんだ。……まったく、とんでもない奴が来たもんだよ。調査班リーダーとして立つ瀬がない」
はぁ、と疲れたように彼はため息をついた。
しかしそこには嫉妬や憎悪のような薄暗い感情は微塵もない。
彼は今、英雄に憧れる無垢な少年であるかのような目をしているのだから。
それを感じ取ったのか、彼女はクスリと笑った。
「行きましょうか! 相棒を呼びに!」
「そうだな。多分じいちゃん達もそこにいるはずだ。いつの間にか、朝はアイツの凄まじい訓練を見るのが恒例行事となってしまったからな」
「……最近、みんな予想しあってますよね。今日はどのモンスターなのか、て……」
「あぁ……でもじいちゃんが楽しそうだから俺は嬉しいんだけどな。先生もアイツには期待しているんだ。本当に凄い奴さ」
「……もう少し自重して欲しいことに変わりはありませんけどね」
「……そうだな」
2人はそれから、ほんの僅かに疲れたよう表情をしながら『トレーニングエリア』へと向かった。
しばらく歩くと目的の場所が見えてきた。
いや、正確には見えていない。
そこにはかなりの人集りができており、件の人物の姿はまるで見えないのだから。
多くのハンターがとても真剣に見ている。
また、ただのハンターだけではなく『総司令』や『ソードマスター』といったここアステラにおける重鎮の姿もあった。
「なんだと思う? 今回はいつにもまして凶暴のようだ。そしてこの俊敏な動き。私はティガレックスではないかと思う。いや、その亜種といったところか?」
「……いや、それにしては斬りつける位置が高くなりすぎる時がある。おそらくは、モンスターの状態によって狙う部位を変えているのだろう。某は……イビルジョーかと思う。それも極めて獰猛な個体、と言ったところか」
「なるほど……やはり君には敵わんな」
「何を言う、我が友よ」
「いつの時代もいるものだな。類稀なる力を持つ者というのは。───エクレアは“あの者達”に並ぶ、紛うことなき逸材よ」
「うむ、同感だ」
2人の間に静かな笑いが起こった。
とても静かなものであったが、そこにはいくつもの困難を共に乗り越えてきた『友』の絆が確かにある。
「じいちゃん!」
そんな姿を見ることができて嬉しいのか、調査班リーダーである青年の声は僅かに弾んでいた。
「おう、来たか。いや、もうそんな時間だったんだな」
「……ちょうど、彼奴も鍛錬を終えたようだぞ」
ズシンッ! という重々しい音と共にエクレアは地面に大剣を突き刺していた。
上半身裸である彼の肉体からは、滝のような汗が流れている。
「じゃあ私、相棒を呼んできますね! さすがにこれ以上、皆さんをお待たせするわけにはいきませんから! 私からガツンと言ってやりますよ!」
そう言って、編纂者は人混みをかき分けながら走っていった。
彼の訓練を見るために集まっていたハンター達も、『今日も凄かったぞ!』や『俺も負けてられないぜ!』といった労いの言葉をかけながら次第にその場を離れていく。
───ハンター達の一日はまだ始まったばかりだ。
++++++++++
「こんなのつけてられるかーッ!!」という叫びとともに『竜王の隻眼』とかいう狩りをする上で邪魔でしかない物体をゴミ箱へ叩きつけることで、俺のハンターとして人生は真に幕を開けたのだ。
頭おかしいんか?
こんなヤバすぎる世界なのにオシャレ感覚で片目塞ぐとか頭ハッピーすぎてもはや殺意が湧くわ。
ここはモンハンの世界。
だが決してゲームなどではないんだ。
それを俺は身をもって知った。
身の毛もよだつほど壮絶な、リオレウス希少種とリオレイア希少種の戦い。
俺の自惚れた心が木っ端微塵に打ち砕かれるには十分すぎた。
なんであんなのが古代樹の森にいるんだよ。
エンドコンテンツだろうがふざけんな。
そんなことを延々と嘆きながら、俺はあの後ショックのあまり3日間マイハウスに引きこもった。
どんなに「相棒ー!」と呼ばれても出ていかなかった。
総司令やら調査班のリーダーやらが来たとてそれは同じ。
それほどまでに俺が心におった傷は深かったんだ。
そして、引きこもりながら考えた。
どうすればこんな難易度インフェルノな世界で安心安全に長生きできるのか、と。
3日間、ひたすらに。
ひたすらに俺は考えた。
そしてついにたどり着いたのだ。
───『採集クエストのみで生計を立てよう』という完璧すぎる答えにッ!!!
討伐なんてクソ喰らえ。
誰がやるかんなもん。
そうと決まれば、即座に現大陸に帰りたいという意思を伝えよう。
恐怖の反動か、俺は浮かれていた。
どこに行こうか。
やっぱり思い出深い『ポッケ村』がいいな。
あそこの村長であるおばあちゃんはとっても優しそうだし、雪山草はポッケ村の特産品らしいから半永久的に需要がある。
そのクエストだけならばポポとかガウシカくらいしかでないはずだ。
ただ……どんなに簡単なクエストでも『不穏な気配』を感じてしまうことはあるだろう。
だからその際、何とか生き延びて生還するためにも訓練はしなければな。
ポッケ村は寒いことが少し心配だが、なんとかなるだろう。
少なくともこんなイカれた新天地よりはずっとマシだ。
この結論至った俺は僅かに希望を見出した。
絶望のどん底だった分、如何に小さな希望であったとしてもそれはとても眩しいものだ。
だから俺は固く閉ざしたマイハウスのドアを、意気揚々と開けたんだ。
───そして、運命はおかしな方向に回り始める。
そこには何故か全員集まっていた。
アステラにいるほぼ全員だ。
どうやら俺を心配していたらしい。
妙に励まされた。
温かい言葉をかけられた。
受付嬢に至っては、半べそになりながら抱きついてくる始末。
トドメとなったのが、みんなの前で総司令が俺の肩にポンと手を置き───『君には期待している』と言ったことだ。
…………。
…………。
…………。
かんっっっっっぜんに、帰りたいと言い出すタイミングを見失った。
周りのみんなも騒ぎ立てる。
俺はただ小さく『頑張ります……』と言うしかなかった。
最悪だ。
本当に最悪だ。
しかし、一度とてつもない挫折を味わったからか、今回は立ち直るのも早かった。
すぐに俺は作戦を切り替えた。
それが俺の第二の生きる道、
───『なんとしても“セリエナ”に行かない作戦』である。
もうこれしかない。
延々とアステラで採集クエストのみを受けよう。
『アイスボーン』の世界には絶対に行かない。
そのために俺は全力を尽くすと誓った。
だが、最序盤である古代樹の森にリオレウス希少種とリオレイア希少種なんて化け物がいたんだ。
危険性を完全に排除することはできない。
だからやはり鍛錬を避けられないだろう。
鍛えよう。
どんなモンスターからも逃げられるように!!
大丈夫。
戦闘は本当に最悪の場合である。
俺には魔法アイテム、『モドリ玉』が無限にある。
閃光玉と閃光玉の調合素材も限界までポーチにぶち込んだ。
臭いけどこやし玉も詰め込んだ。
背に腹は変えられない。
状態異常を引き起こすナイフや罠も詰め込み、逃げるために必要な全てのアイテムをカバンにいれた。
麻痺や睡眠、もしくは閃光玉で怯ませ、時には罠にかけてからモドリ玉を使って戦線を離脱する。
よし。
これで準備万端だ。
それから俺はトレーニングエリアに足繁く通うようになった。
最初こそ不安だらけだったが、そこでも思わぬ収穫があった。
ゲームのように、俺は己の肉体を完璧に操ることができたのだ。
頭で思い描いた動きがそのまま再現できる。
長年のやり込みによって獲得した知識と経験が、この肉体には宿っていたのである。
その日から俺は、イメージトレーニングをすることにした。
幸い、様々なモンスターの動きは容易に想像できたから、頭の中でそいつと戦う。
もちろん肉体に動きをトレースさせながら。
なぜか途中から人集りができるようになったが、茶化してくることもないのであまり気にならなかった。
実際今日もイメージの『歴戦イビルジョー』と激闘を繰り広げたんだ。
こうして俺は、何とか生きる希望を見いだした。
しかし───俺の驚きに満ちた人生はまだ始まったばかりであると思い知ることとなる。
どうやら、俺が引きこもっていた間に調査が行われたようなのである。
リオレウス希少種とリオレイア希少種の調査である。
俺はこの話を陽気な推薦組こと『エイデン』から聞いたのだ。
その調査にどうやらエイデンも参加したらしい。
当然と言えば当然である。
不確定要素があればそれを徹底的に調査する。
それが『ハンター』なのだから。
だが俺は思った───コイツら狂ってやがる、とね。
何故かって?
それは装備である。
俺は知っている。
コイツらの装備が果てしなく貧弱ということを。
コイツらが装備をごっそり現大陸に忘れてきたということを。
それはエイデンを見れば明らかだ。
そんな装備でリオレウス希少種の攻撃を1発でも喰らえばたぶん即死ですけど……理解していますか?
と、問いただしたくなった。
あんな化け物と渡り合うには最低でもEX装備が必要だ。
だが今のコイツらときたら、下位のリオレイア装備以下という……もはや裸であの恐怖の森へ調査へ行ったのである。
……イカれてやがる。
……完全に狂ってやがる。
『所々戦闘の跡はあったけど、他はなーんも見つからなかったぜ!』などと言って笑ってるコイツらを見て狂気しか感じなかったよ。
そして、今も俺の不幸は続いている。
依然として総司令のパワハラが止まらないんだ。
すました顔で『この任務を君たちに任せたい』と言えば何でも許されると思っているに違いない。
……状況と雰囲気に流され、断り切れずに今日も『アンジャナフ』を討伐しなくてはならなくなった。
このままいけば『ゾラ・マグダラオス』のイベントへと順調に進んでいってしまう。
はぁ……。
俺はいつ『採集クエスト以外受けたくありません』と言えるのだろうか。
俺はいつ『総司令! 特産キノコなら俺に任せてくださいよ!』と言えるのだろうか。
「相棒ー!! そろそろミーティング始まりますよー!! 訓練はいい加減にして下さーい!!」
ほら、今日も悪魔の声が聞こえてきた。
またあのヤバすぎる森へと俺は赴かなければならないようだ。
祈ろう。
俺が明日も今日と同じように息をしていることを願って───。
お読みいただきありがとうございました。
頑張れエクレア君。