魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 作:コエンマ
「飛影、くん……」
なのはが戸惑いを押し殺したような声色で彼の名を呼んだ。その声に飛影は口角を吊り上げる。
あたりには静寂が満ちていた。耳鳴りがするような無音の空間で、風が頬を撫でる感触だけが今ここにいることを証明している。
飛影の周りで満ちるが如く揺らめいていた炎が、感情を持つかのように猛りを増した。放たれる熱が周囲を劣化させ、床がぼろぼろと崩れ落ち、等間隔に打たれた鉄柵の杭をバターのように溶かしていく。炎が額を覆っていた布を焼き切り、熱は残滓を塵へと変えた。
現れたのは、この世界では彼だけが持つ第三の眼。無機質な色を帯びた邪眼に射抜かれ、なのはは金縛りを受けたようにすら感じる。飛影は僅かに視線を細め、動けない彼女に向けて戦闘開始を告げた。
「喜べなのは。人間相手にこれを使うのは二人目……そして、貴様がこの世界での、記念すべき第一号だ!」
言葉と共に、額の邪眼が凄まじい光を放った。どこまでも届くかのような力の波動が、ビリビリとなのはの頬を突き刺す。そして、飛影は自信に満ちた笑みのまま右腕に巻かれた布の上部に手を伸ばし、その上に添えられていた札を無造作に引きちぎった。
ドクン――――――
空間そのものが鼓動しているような音が、重い響きを以って周囲に伝わる。体を芯から揺さぶるような寒気が全員の中で木霊した瞬間、飛影の右腕を覆っていた包帯が焼け落ちて空に舞った。
今まで隠されていたその包帯の下より現れたもの、それはひじ先から手首まで伸びた黒い紋様。まるで悪魔が宿ったかのように黒く、そして蛇が巻き付いたように長いという、どこまでも歪な痣だった。
「忌呪帯法を……それにこの妖気は!」
「オイオイオイオイ!まさか飛影の奴、なのはちゃん相手に『アレ』を使う気じゃねぇだろうな!?ありゃ流石に洒落こうべ和牛じゃ済まねぇぞ!?」
それまで場を静観していた蔵馬と桑原が、いつになく焦りを交えた声を上げた。その視線の先には露になった右手を晒す飛影がいる。
「アレ? アレって一体……」
鬼気迫った二人の表情にエリオが事を尋ねようとしたとき、おぞましい気配を感じ、首を捻った。飛影から、正確にはその右手より溢れる力が邪悪さを増して周囲を侵食していく。
瞬間、右腕を中心として彼の周囲から上がった『炎』に全員が目を見張った。
「な……く、黒い、炎……!?」
「それだけじゃない……あの炎全部、とんでもない力が込められてる……!」
「キュ……クルゥウウ……クア……」
「フリードが……怯えてる……」
「兄さん……!」
ヴィータとフェイトが後ろに下がりながら言葉を零す。キャロとエリオは唸りを上げるフリードと飛影を交互に見つめていた。
飛影から溢れ出す膨大な力に呼応するように、訓練場を中心とした天空と海中から巨大な黒い光が貫くよう迸った。空は赤色に焼かれ、稲妻を受けた建物が一瞬にして崩壊する。見渡す限りを覆う黒い光にフェイト達が驚く間もなく、ロングアーチに控えていたシャーリーから緊急通信が入った。
『く、空間シミュレーターの周囲十キロ四方に次元干渉ですっ! さらに巨大なエネルギー反応を確認! エネルギー指数を魔力ランクに換算します! ランクAA、AAA、S、SS……ま、まだ上昇していく!?』
「間違いない……あれこそ、魔界の獄炎!」
よくない確信を得たように蔵馬が唇を噛む。その表情を横目で捉えつつ、飛影はビル三つ分ほど離れたなのはをその目に納めた。波紋のように満ちた力の脈動が、瓦礫となった岩を宙空へと
「ただ力を示せばいいだけのルールだったな。遠慮は要らん。精々全力で、本当にオレを殺す気で来い。手加減など考えるなよ? 半端なものなら一瞬で炭屑にされるぞ」
「ッ!?」
飛影の言葉がなのはの背を強張らせた。黒と紫の中間のような陽炎が、彼を守るようにその存在を主張する。まるで生きているかのようなそれらは、その手を中心として不気味に揺らめいていた。
「この程度で十分だな……見えるか? 貴様らの魔法ごっことは一味違う、『魔力』を秘めた本当の炎の術が。
―――――――――邪眼の力をナメるなよ!!!」
「っ!? レイジングハート、カートリッジロード!」
『―――All right. Load Cartridge!』
迸る炎と邪眼に射竦められそうになったなのはが、恐怖を押し殺しながら迎撃の態勢を取る。蔵馬たちはそれを確認すると、すぐに行動を開始した。
「ここでは巻き添えを食らう、桑原くん!」
「おう! 二人とも、ちょっと悪ィ!」
「蔵馬さ……うわわっ!?」
「ひゃあっ!」
「きゃ……」
「おい!何すん……」
言うが早いか蔵馬がエリオとキャロを、桑原がフェイトとヴィータを抱えて一気に圏外まで飛びさする。するとそれを待っていたかのように、場は流動を始めた。
「喰らえぇッ! 炎殺―――――……」
「ディバイン――――……」
二つの流れがそれぞれに向かって収束していく。対称的な二つの力場同士が真っ向からぶつかり合い、訓練場に不規則な風を生んでいた。
そして飛影の邪眼が一際強い光を放った瞬間、暴力的な風と共に渦巻いていた妖気が枷を失ったように弾けた。
「――――――黒龍波ッ!!」
刹那、飛影の右腕から黒き炎が顕現した。それは曲線的な軌跡を描きながら徐徐にその体格を為し、巨大な龍へと変貌を遂げる。爆発的に高まった妖気で空気が燃焼され、稲妻が轟いた。
その先には白の姫君、不屈の名を持つ管理局のエース。対するなのはは、全てを飲み込むような炎の龍に向けて、リミッター限界値のギリギリまでつぎ込んだ魔力をぶちかました。
「――――――バスターッ!!」
絶大なる威力を誇る神光が撃ち出される。なのはの最大武器である砲撃魔法は、局地的な攻撃力だけならはやてすら凌ぐほどだ。それこそ六課どころか、管理局を見渡してみたところでその右に出るものはいない。
だが、その魔力光は黒い揺らめきを帯びた炎によって受け止められていた。いや、受け止めているのではない。彼女の切り札はすでに侵食されていたのだ。
「っ!?」
自らが放った桃色の光が暗黒の口中へと飲み込まれていく光景に、なのはは目を見開いて絶句する。炎が彼女の魔力を喰らい、より勢いと猛りを増していっていた。
他者の攻撃魔法を、それも抑えているとはいえSランククラスの砲撃を呑み込むなど、普通では到底考えられない。一個人からのエネルギーとはいえ、魔法を極めた魔導師の力は絶大だ。それはもはや兵器の領域、魔法を持たない者たちがその危険性を疎むのも道理といえる。
だが、もしそれが『普通』ではなかったら?相対する力が彼女たちのちっぽけな常識で測れるようなものでなく、兵器などという言葉すら及びもつかないレベルだったとしたら、答えは一つだ。
ちっぽけな力はより強大な力に呑み込まれ―――――――その前に屈するのみ。
その答えを体現した光景が目の前で展開されていた。闇色の炎に侵食され、桃色の光は次第にその勢いを弱められていく。
力とて、被捕食者となってしまったが最後、抗うことなどもはや出来はしない。そしてほどなく、なのはから放たれた
『―――Load Cartridge,Oval Protection!』
レイジングハートから四つのカートリッジが吐き出され、自律発動によって編まれた防護膜がなのはの身体を一瞬にして包み込む。インテリジェンスデバイスの意志が、主の危機を察知し自ら防御行動に出たのだ。
そして桃色の光がなのはを包み丸い球体と化した瞬間、その全てを覆うように黒き龍が喰らい付いた。
「ぐぅっ!?」
防御を全力展開しているにも関わらず、トラックに最高速で撥ねられたような、凄まじい衝撃がなのはを襲った。そのままなす術なく押しやられ、周りを確認するような余裕もない。
彼女の目に写るのは自分を守る桃色の光と相棒の杖、そして奈落へと続くような黒一色の穴だけだ。おぞましい流れに抗おうと、なのはは必死に杖に力を込める。
「くぅううううっ!!」
しかしその進撃は止まらない。なのはがそれを確認すると同時、空中にいた彼女の身体が叩きつけられ、バリアごと地面へと縫い付けられていた。
「ぐ……重い……っ!」
押しのけようとする力は簡単に押さえつけられてしまう。その動きは獲物を押さえつけ、根こそぎ貪ろうとする獣の本能そのものだ。砕き、侵食し、焼き付けて、黒龍は先にすすもうとその勢いを強める。
意志を持つかのような黒龍の衝動に歯を食いしばりながら、なのはは杖を盾にしてひたすら耐えていた。
[オォォオオオオオオオオ――――――――ッ!!!!]
雄叫びを上げる黒龍の牙が膜を隔て、なのはから寸でのところで止まっている。だがその強靭な顎は止まることを知らず、目の前の障害を砕こうと唸りを上げていた。その度に訓練場のビル群が薙ぎ払われ、焼かれた破片が一瞬にして塵へと変わる。
思うように獲物に到達できない黒龍の憤りが、凄まじい衝撃を伴いながら大地を震わせた。それはなのはにも伝わり、同時に大量の汗が流れ落ち、そして滴になる前に蒸発していく。
なのはは身体が芯から揺さぶられるような痛みを必死に耐えながら、レイジングハートにありったけの魔力を注ぎ込み続ける。そして、そのまま黒龍の力をやり過ごそうとした時だった。
[――――ビキッ]
「っ!?」
僅か、物が引きちぎられるような嫌な響きが耳を突く。見ると、何かが迫ってくる気配と共に、ピシッと音を立てたレイジングハートの球面にヒビが入っていた。
同時に桃色の膜にも揺らぎが生じる。断絶が走り、色が薄れ、歪みは崩壊へと変わっていく。先ほど響いた音の正体は、無敵とまで呼ばれた彼女の防護魔法に限界が近づいてきたことを意味していたのだ。
「くっ……!」
そのことを理解し、なのはの顔に焦りが浮かぶ。しかし、一度入り始めた亀裂は止まるはずもなかった。かろうじて拮抗していた状況が加速度的に傾き始める。
亀裂が傷跡を沿うようにして、ピシピシと断続的に、そして放射状に線を描きつつ走っていく。軽かった音は次第にくぐもった音に変わり、時間と共に小さなヒビも深く大きくなりながら、膜全体へと広がっていった。
「ぐ……う、ぁあああああ!!?」
そして一際大きな亀裂が走った直後、レイジングハートを強く握り締めたなのはが、背中を仰け反らせながら叫びを上げた。ついに、ダメージが何重ものバリアと防護フィールドを貫き、内部へと抜け始めたのである。
身体を襲う凄まじい痛みに、なのはは悲鳴を上げることすらやっとの有様だった。バリアジャケットに切り傷が出来、胸元のリボンが破れて燃え、レイジングハートから断続的な破砕音が木霊する。
「な、なのはさんのプロテクションが!?」
「まずい! いくら彼女でも、黒龍波をまともに受けたらひとたまりもないぞ!」
蔵馬が焦りを混じえた声で叫ぶ。加速度的に広がった亀裂はその深さを増し、既に球体の表面全てに及んでいた。もはやその守りに当初の頑強さは残されていない。不屈のエースの防御魔法は、いつ崩壊してもおかしくなかった。
龍は獲物へと執着しつづける。そして、限界を感じ取ったなのはが静かに目を閉じた。
刹那、
「ふッ!!」
あと少しでヒビが球を横断するというとき、飛影が右腕を大きく振り上げた。それに引かれるようにして黒龍がなのはから逸れ、彼女の脇を沿いながら龍はそのまま空へと駆け上がっていく。
[ギュアアアアアアアアアアッ!!!]
訓練場の上空に破壊の雄叫びが木霊する。飛影は依然として暴れている黒龍を一瞥し、解放された右腕を空へと掲げると、少しの苦い笑いを零した。
「悪いが貴様の役目はここまでだ。まだ暴れ足りないだろうが、さっさと魔界に帰れ……ハッ!!」
飛影が右腕に力を込めて、空へ向け一喝する。すると、暴れ狂っていた龍が断末魔の叫びを上げながら一瞬にして崩壊し、そのまま虚空へと消えていった。
空が狂気さすら窺わせる様な赤色から、穏やかな水の色へと戻っていく。黒龍が消滅したことを確認すると、飛影は視線を水平に落とした。
同じくして桃色の球体が、甲高い音を立てて砕け散った。砕かれた球体の中から出たなのはが、瓦礫が散乱する大地に倒れこんでいく。
だが、その身体は地面に衝突する寸前で力強い腕に受け止められていた。視線だけ動かしてその主を見る。
「ひ……えい、くん……」
「やれやれ。貴様が売った喧嘩だというのに、いちいち世話の焼ける奴だ」
身体全体に響く頼もしい感触に、彼女は覚えずしてその名を呼んでいた。耳元からいつもの皮肉が聞こえる。飛影の表情は見えないが、苦笑しているように感じた。心配されていると思うのは、都合が良すぎるだろうか。
「……ぁ……ひ、飛え……ぅくっ!」
体中が痛い。指先さえ満足には動かないし、自分の声も何だか遠い。意識も正常だとはいえないだろう。だがそんな中でも、彼の言葉はなのはの耳にはっきりと届いていた。
「力で分からせることはあらゆるものの原初にある。オレもその方法しか知らんし、他に取りうるすべもない。だが、『言葉でなければ伝わらんこともある』……貴様が以前オレに言ったことだ」
「え……あっ……」
飛影の言葉がかつての出会いをリフレインさせる。あの時自分は言ったではないか、言葉を交わすことで分かり合えることもある、言葉でしか伝わらないものもあると。
なのはは顔を飛影の肩にもたれかけたまま、力なく笑った。
「にゃ、はは……私、忘れてたんだね。一番大事な、こと……」
「フン、自分の言ったことぐらい責任を持て。でなければ、貴様は一生道化だ」
「うん……ごめんね、飛影、くん……また、助けら、れ……ちゃ……」
ふっとなのはが首をもたげてくる。そのことに一瞬焦る飛影だが、首元にあたる寝息を感じ、一息ののち表情を仏頂面へと戻した。
そして両手を彼女の背中と膝の後ろに回した形、俗に言うお姫様だっこというヤツでなのはを抱え、飛影はシミュレーターの外側へと歩いていく。その正面からヴィータやフェイト、それにスバル達が一斉に近寄ってきた。
「「なのはぁっ!」」
「「「「なのはさんっ!」」」」
フェイトたちが飛影から少し離れたところで停止する。彼の腕の中では傷つきボロボロになったなのはが、同じくヒビだらけになったレイジングハートを握り締めながら完全に気を失っていた。
しかし傷だらけではあったが、死んではいないようだ。顔を煤だらけにしたなのはは飛影の胸に顔を付けて寄りかかり、安らかな寝息を立てている。胸もきちんと上下していた。
飛影は上空を見やる。少し遠くに、リィンフォースとはやてが浮かんでいた。その表情は警戒するような、穏やかとは言いがたいものだ。
ヴィータも同様に睨んでくるが、同時に泣きそうな顔になっている。飛影はフンと息を吐くと、俯いていたフェイトになのはを押し付けた。
「さっさと手当てをしてやれ。今はオレの妖気に当てられたのと魔力の使いすぎで気絶しているだろうが、寝かせておけばじきに気づく。心配なら蔵馬に頼るといい」
「飛影……」
戸惑うような彼女を置き去りにして、黒い背中が離れていく。その何かを背負うような後姿に声をかけたい衝動を必死に押し込め、フェイトはヴィータらと共に医務室へと走るのだった。
【後書き】
予約投稿となってしまい申し訳ないです。
また昔に書いてとってあった文章のほぼそのままなので、稚拙な部分が見受けられる点はご了承ください