23.「兄」
光のない世界。そこに白も黒も在りはしない。
タイミングとしては、ウィルオーウィスプが現れた時からだろうか。決してフラフラと道を外れてしまったわけではない。何らかの能力に嵌められたのだ。
(ここはどこなんズラ……)
声を出しているはずだが、それも己で認識できない。だがそんな時間も1、2分で終わる。
輪廻たちの前にパックプキスが突如出現したのと同時に、こちらにも動きがあった。
何も映らなかったコマじろうの目に、ぼやけた輪郭が映る。丸く、その上下に
目の前には、1メートルにも満たない小さな砂塊の祭壇が建てられていた。装飾はなく、深い漆黒の炎だけが灯し祀られた謎の祭壇。騙し絵『ルビンの壺』に似たような、気味悪い違和感を纏う。
「砂漠化した周辺、壊れた石の建物…………何かの遺跡ズラか……?」
――ここは、我らが生まれた地――――――
「もんげっ!?」
脳内に直接響く声の主は、ウィスパーだ。だが感情豊かな抑揚がなく、平坦で気持ち悪い声だった。
まるでウィスパーではないような――我が名はヘイトピーアーカイブス――雰囲気に、思考に割り込む他人の声に、コマじろうは困惑し始める。
「本当にウィスパー、じゃないんズラか……?」
――
ウィルオーウィスプが挙げた中のひとつを名乗る。存在を保つ肉体、自身を保つ魂、記憶を保つ媒体。目の前のそれは、媒体だと言う。
ウィスパー姿の更に奥には、砂像と壁の妖怪が
「あれは誰……ズラ…………?」
あれは赤猫――計画は半世紀前から始まっていた――団のメンバーたちのはずだ。だが、赤猫団にはも――
――赤猫団は仲間がいなければ邪魔になることはない――
――次は白犬隊だ――
――ここで
「陰湿白玉! 真っ二つ斬りィイイ!!」
「ブ、ブシニャン!?」
喋っている途中にも関わらず奇襲を仕掛けたのは、兜を被って鎧を纏った青い猫妖怪“ブシニャン”。一般妖怪より頭ひとつ抜けた実力を持つ“レジェンド妖怪”の一角だ。常に
その刀で、ヘイトピーアーカイブスを縦一閃に
「あの者殿は目覚めぬ! ウィスパー殿を名乗るあ奴は危険でござる!!」
「何がどうなってるんズラー!?」
「理屈はわからぬが……奴は妖怪を事切れさせた!
妖怪が事切れるのには方法がある。妖怪の心臓でもある“
だが、もうひとつの方法が問題だ。“エンマノート”……閻魔の一族に伝わる、名を書くだけで妖怪を事切れさせる危険な代物。エンマブレードでノート本体を斬る以外の対抗策がないそれは、者々の
いつしか「文献のような記録物がない限り、当人の存在のことは、人間の、動物の、妖怪の、全ての記憶から少しずつ、だが確実に消える」と説明された。この通り、妖怪が事切れることは記憶にまつわる死なのだ。神が信仰心で存在するように、妖怪は認知されて存在する。その逆も然り、妖怪は死ねば認知が消えていく。先代閻魔大王こと“
そしてエンマノートの力は、その記憶からスッ飛ばす。関わるすべての記憶を消すことで消滅させる――本来とは逆の順序により、存在を消すのだ。
ヘイトピーアーカイブスは、エンマノートと同様の能力を持つのだろう。いや――ゲンシャがジバニャンに仲間を問うた時、存在がわからないような反応を示していた。勿論、関わりが浅かったなんてわけではない。もしかしたらエンマノート以上の効力を発揮できる可能性もある。
突然、前触れもなく、コマじろうが倒れた。
「ど、どうしたでござるコマじろう殿! このままでは逃げ切れぬ……逃げ……なっ!」
コマじろうの足には、ウィスパーの――ヘイトピーアーカイブスの手が掴んであった。刀を抜きそれを切るが、もう手遅れであることはブシニャン自身が最もわかっていた。
「無念…………! 名もわからぬ者よ、
戦意を失いかけたブシニャンにも、終わりが近づく。
「ン、まだ生き残りがいたか? ヘイトピーアーカイブスのみの戦闘能力が低いとしても、時間がかかり過ぎだろう」
「む、
「おお、そうかそうかハジメマシテか。ならば自己紹介としよう。我が名はウィルオーウィスプ、姓はウィスパー。そして貴様を詰める者の名はパックプキスだ」
「ぬうっ!? とりゃあッ!」
違和感を覚えた地面に、刀を振るう。海を割れる勢いがあったが、砂以外は捉えられなかった。その隙に筋骨隆々の首なし人形が、死角からブシニャンを殴り飛ばす。咄嗟に刀で受けるが、本当の狙いに気づいた時には事が終了していた。
風妖術を駆使しようにも間に合わず、そのままヘイトピーアーカイブスにぶつかる。
「あああ………………何を考えてるのでござる……ウィスパー……殿ぉ――――――」
「クク、手を煩わせたにしてはしょぼくれた最期だなァ? 誰からも忘れられ死にゆけ、時代遅れの武士よ」
全てが突然に終わり、ウィルオーウィスプとパックプキスは消え去った。
ヘイトピーアーカイブスは、自ら斃した妖怪の屍を1箇所に集める。特になにかするわけでもなく、ただ重ねる。
この時、コマじろうにだけ、なぜか息があった。虫の息より弱々しく空気を吸い、風にかき消されそうな声で助けを求める。
「た」「助けてズラ」
「ジバニャン」「ケータ」
「みん」「な」
「兄」
「ちゃ」
その声は、強い絆を辿って届く。
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