妖怪ウォッチバスターズ『FUTURES!』   作:妖怪紳士奴

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【第4章】進展と喪失のグラフ
23.「兄」


 光のない世界。そこに白も黒も在りはしない。(まぶた)を閉じるより暗く、太陽を凝視するより明るい。うまく認識もできない場所に、コマじろうはひとり迷っていた。

 

 

 タイミングとしては、ウィルオーウィスプが現れた時からだろうか。決してフラフラと道を外れてしまったわけではない。何らかの能力に嵌められたのだ。

 

 

 

(ここはどこなんズラ……)

 

 

 

 声を出しているはずだが、それも己で認識できない。だがそんな時間も1、2分で終わる。

 

 

 輪廻たちの前にパックプキスが突如出現したのと同時に、こちらにも動きがあった。

 

 

 何も映らなかったコマじろうの目に、ぼやけた輪郭が映る。丸く、その上下に蜷局(とぐろ)が巻いている、その特徴的なシルエットを見た瞬間に景色が晴れた。

 

 

 目の前には、1メートルにも満たない小さな砂塊の祭壇が建てられていた。装飾はなく、深い漆黒の炎だけが灯し祀られた謎の祭壇。騙し絵『ルビンの壺』に似たような、気味悪い違和感を纏う。

 

 

 

「砂漠化した周辺、壊れた石の建物…………何かの遺跡ズラか……?」

 

 

 

 ――ここは、我らが生まれた地――――――

 

 

 

「もんげっ!?」

 

 

 

 脳内に直接響く声の主は、ウィスパーだ。だが感情豊かな抑揚がなく、平坦で気持ち悪い声だった。

 

 

 まるでウィスパーではないような――我が名はヘイトピーアーカイブス――雰囲気に、思考に割り込む他人の声に、コマじろうは困惑し始める。

 

 

 

「本当にウィスパー、じゃないんズラか……?」

 

 

 

 ――我ら(ウィスパー)の記憶を司る存在――

 

 

 ウィルオーウィスプが挙げた中のひとつを名乗る。存在を保つ肉体、自身を保つ魂、記憶を保つ媒体。目の前のそれは、媒体だと言う。

 

 

 ウィスパー姿の更に奥には、砂像と壁の妖怪が(たお)れている。

 

 

 

「あれは誰……ズラ…………?」

 

 

 

 あれは赤猫――計画は半世紀前から始まっていた――団のメンバーたちのはずだ。だが、赤猫団にはも――討伐者(バスターズ)は赤猫団が最も『厄介』――うひとりいる。“ヒキコウモリ”が見当たらない。ヒキコウモリだけが危機を脱した? それは考えにくい。空を飛べるとはいえ、運動・戦闘能力が高いわけではなく、姿を10秒間隠す《隠密》状態になれるとしても、奴らの目を(あざむ)けるとは思えない。

 

 

 ――赤猫団は仲間がいなければ邪魔になることはない――

 

 

 ――次は白犬隊だ――

 

 

 ――ここで(コト)()れてもら

 

 

 

「陰湿白玉! 真っ二つ斬りィイイ!!」

 

 

「ブ、ブシニャン!?」

 

 

 

 喋っている途中にも関わらず奇襲を仕掛けたのは、兜を被って鎧を纏った青い猫妖怪“ブシニャン”。一般妖怪より頭ひとつ抜けた実力を持つ“レジェンド妖怪”の一角だ。常に(たずさ)えた刀『名刀・満月丸』は鉄から妖怪大辞典の説明文まで、大体なんでも一刀両断する切れ味を持つ。

 

 

 その刀で、ヘイトピーアーカイブスを縦一閃に()った。断面までウィスパーと同じだが、それを目視する余裕なぞはない。

 

 

 

「あの者殿は目覚めぬ! ウィスパー殿を名乗るあ奴は危険でござる!!」

 

 

「何がどうなってるんズラー!?」

 

 

「理屈はわからぬが……奴は妖怪を事切れさせた! (それがし)らがあれらを思い出せぬのは……そういうこととしか考えられぬ!」

 

 

 

 妖怪が事切れるのには方法がある。妖怪の心臓でもある“(こん)”を破壊されるか、そこに致命的なダメージを受けた状態で死ぬか、だ。それさえなければ転生、あるいは復活することができる。しかしそれは文字を見て思うほど簡単なことではない。人間で言えば「心臓と脳()()をぐちゃぐちゃに損傷させて殺す」ようなもので、魔法でも使わない限り叶わない話だ。

 

 

 だが、もうひとつの方法が問題だ。“エンマノート”……閻魔の一族に伝わる、名を書くだけで妖怪を事切れさせる危険な代物。エンマブレードでノート本体を斬る以外の対抗策がないそれは、者々の()()()()()()()

 

 

 いつしか「文献のような記録物がない限り、当人の存在のことは、人間の、動物の、妖怪の、全ての記憶から少しずつ、だが確実に消える」と説明された。この通り、妖怪が事切れることは記憶にまつわる死なのだ。神が信仰心で存在するように、妖怪は認知されて存在する。その逆も然り、妖怪は死ねば認知が消えていく。先代閻魔大王こと“業炎(ごうえん)”のように、皆の記憶に強く刻まれた妖怪はその影響を受けないが、例えばマスターニャーダは『謎多き伝説の猫妖怪』であったがゆえに、薄くしか認知されていない。だからバスターズのような関わり深い者以外でマスターニャーダを記憶に残す者は多くなく、いつか忘れ去られてしまう。

 

 

 そしてエンマノートの力は、その記憶からスッ飛ばす。関わるすべての記憶を消すことで消滅させる――本来とは逆の順序により、存在を消すのだ。

 

 

 ヘイトピーアーカイブスは、エンマノートと同様の能力を持つのだろう。いや――ゲンシャがジバニャンに仲間を問うた時、存在がわからないような反応を示していた。勿論、関わりが浅かったなんてわけではない。もしかしたらエンマノート以上の効力を発揮できる可能性もある。

 

 

 

 

 

 突然、前触れもなく、コマじろうが倒れた。

 

 

 

「ど、どうしたでござる殿! このままでは逃げ切れぬ……逃げ……なっ!」

 

 

 

 コマじろうの足には、ウィスパーの――ヘイトピーアーカイブスの手が掴んであった。刀を抜きそれを切るが、もう手遅れであることはブシニャン自身が最もわかっていた。

 

 

 

「無念…………! 名もわからぬ者よ、(それがし)はどうすれば良かったのだろうか……? どうすればお主を助けられたのだろうか……お願いでござる…………早く応えよっ……!」

 

 

 

 戦意を失いかけたブシニャンにも、終わりが近づく。

 

 

 

「ン、まだ生き残りがいたか? ヘイトピーアーカイブスのみの戦闘能力が低いとしても、時間がかかり過ぎだろう」

 

 

「む、何奴(なにやつ)! 気配が完全に消えていた……新たな敵か!」

 

 

「おお、そうかそうかハジメマシテか。ならば自己紹介としよう。我が名はウィルオーウィスプ、姓はウィスパー。そして貴様を詰める者の名はパックプキスだ」

 

 

「ぬうっ!? とりゃあッ!」

 

 

 

 違和感を覚えた地面に、刀を振るう。海を割れる勢いがあったが、砂以外は捉えられなかった。その隙に筋骨隆々の首なし人形が、死角からブシニャンを殴り飛ばす。咄嗟に刀で受けるが、本当の狙いに気づいた時には事が終了していた。

 

 

 風妖術を駆使しようにも間に合わず、そのままヘイトピーアーカイブスにぶつかる。

 

 

 

「あああ………………何を考えてるのでござる……ウィスパー……殿ぉ――――――」

 

 

「クク、手を煩わせたにしてはしょぼくれた最期だなァ? 誰からも忘れられ死にゆけ、時代遅れの武士よ」

 

 

 

 全てが突然に終わり、ウィルオーウィスプとパックプキスは消え去った。

 

 

 ヘイトピーアーカイブスは、自ら斃した妖怪の屍を1箇所に集める。特になにかするわけでもなく、ただ重ねる。

 

 

 この時、コマじろうにだけ、なぜか息があった。虫の息より弱々しく空気を吸い、風にかき消されそうな声で助けを求める。

 

 

 

」「助けてズラ

ジバニャン」「ケータ

 

みん」「

 

 

 

 

 

ちゃ

 

 

 

 その声は、強い絆を辿って届く。

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