正天寺を出て左へ道なりに行った場所にある高い階段、この高低差が“
輪廻が寺を出て完全に別行動となった瞬間、見計らったように、その階段の上から
虚を突いた一撃、輪廻はそれを容易くかき消す。飛んで来た方向にいるのは、でんじん親方だ。
「あれが、例の“巨人”ですか。致命傷を与えず、そして逃さず保護しなければいけない……なんと面倒な」
反撃に、妖気の弾を放つ。威力はエンマ玉と遜色なく、速度だけを見ればむしろ超えている。軽いジャブと言っても、その効力を馬鹿にはできない。だが、相手もまたヤワではない。
それを普通に掴み取り、勢いを保つまま投げ返す。輪廻自身が弾から分散させ消滅させたので不毛なキャッチボールにはならなかったが、桁外れに強いことをわからせるのには充分だった。
「ウィルオーウィスプ、奴が力を与えて…………?」
図体に見合わぬ速度で距離を詰め、
「まさに雷のようですが、当たらなければッ!!」
落雷は下から上へ昇るものであり、それに倣うならば予測できる攻撃ではあった。最初のダメージは、腹部への膝蹴り。意識を飛ばすのに事足りる衝撃が奔る。
「うッ……ぐ、なんと、まさかこれ程とは……!」
「……」
「一旦距離を……いや、詰められるのならば逆に踏み込んで」
親指、人差指、中指の先へ妖力を込める。高密なオーラは、指をまるで黒鉄の鉤爪かのように見せる色だ。
大気を割る勢いで突進し、首根っこへ爪を立てる。有効打になりはしない、それどころか命中もしない。はずだった。
「あの鬼教官は貴方の手で死んだのでしょう?」
―――嘘だ。死んではいない、そう易く死にやしない。ただこの言葉が、でんじん親方の動きを止めた。コンマ秒に満たない躊躇い、強者同士の戦いではその刹那が結末を分ける。
「あぐ……ッ」
「おや、想像以上に効きましたか。理想的なことです、これで停止する精神状態ならば“希望”が見えますね」
「致命傷を与えず」、つまり輪廻は元より、攻撃を弱めていたつもりは一切ない。肉を穿うて血に染まった手がそれを示している。
強く睨まれたことへ返すように顎を蹴り上げ、木々の方向へ飛ばすよう追撃。ガードレールを破り、更に奥のトンネルへ入っていく。
でんじん親方を追ってそれを抜ければ、待っていたのは、らしからぬ青空と草原だった。トンネルを境にして広がる別世界、小屋以外に人の手は感じない空間。
「地獄の入口とは思えない、むしろ天国、そうは思いませんか?」
水生生物の気配がする小規模の川に腰を落とす敵へ、皮肉めいた言葉をかける。しかし返答は、想像とは違った。
「ああ、全く以てそうだ。ワシには不釣り合いな……」
「! ……戻った……のですか…………?」
「……ああ」
「ならば、治療に行きましょう。ジバニャンたちにも伝えておかねばなりませんし、さあ」
「……いや、いいや、それ以上に優先することがある。…………ブリーの場所へ、行かなくちゃな」
ふらふらと足を進めようとする、でんじん親方。ウィルオーウィスプの力が、暴走しそうな妖気が消滅したことで、反動が来ているのだろう。
「しかしなぜ、なぜここに来て突然、奴の力が及ばなくなった? もしやここには、地獄以上の“なにか”があると……?」
振り向く輪廻が目にしたのは、川の向こうで立つ人間であった。彼の衣服はいつも赤を主として、3つ逆立つ髪型もあり、少し距離があろうとよく目立つ。
その人間は、左手の腕時計を構え、うねる円盤状の影をポケットから取り出す。これはまるで、ともだち妖怪を召喚するかのような動作だ。
「―――貴方は今すぐ学校へ向かってください。さくら第一小学校の屋上、皆がそこにいるはずです。早く、たったの一度も止まらずに」
「いきなりどうし…………! お前だけじゃ無理だ! 嫌な気配がする!」
「移動ができない程に枯渇した妖力で何ができる!! 一刻も早く行きなさい!! 親方ッ!!!」
小さな妖気の弾をいくつか発し、それをぶつけて強引に吹き飛ばした。寺の石垣に身体を打ちつける勢いで、でんじん親方を吹き飛ばしたのだ。満足に動けない者を労る余裕すらない。輪廻は、ムゲン地獄でウィルオーウィスプに
「この私を勧誘する必要があったとは思えませんね……今頃嗤っているのか、ウィルオーウィスプ…………! 全て利用してやろうと、人と我々の未来を繋ぐ彼までも戦場に置くか!! ウィルオーウィスプ!!!」
でんじん親方がジバニャンたちと合流したのは、団々坂とさくらニュータウンを繋ぐ橋の手前の駄菓子屋。時間にして4分後。そしてすぐに例の場所へ戻ったが、そこに残るのは、自身の血で川を染める輪廻だけだった。
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