オレンジ~朝焼けの島~   作:PlusⅨ

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最終話・オレンジ

 私は軍病院で意識を取り戻した。

 

 戦場で負傷して、重傷を負い、後方のこの病院に移送されたのだという。

 

 片目と片足を失って、その上、頭部にひどい銃創まで負っていたから、生きているのが奇跡だと軍医から言われた。

 

 それぐらいひどい状態だったから、私が兵士として再び戦場に立てるはずもなかった。

 

 この世界に、兵士をサイボーグ化する技術はなかった。

 

 私が病院でリハビリを受け、義足と杖でなんとか歩けるようになった頃、戦争は休戦となった。

 

 戦況が膠着状態に陥り、どこの陣営も、武器も兵士も何もかもが足りなくなってしまった事が理由だった。

 

 私は傷痍軍人として、名誉除隊が認められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地の場所が場所なだけに、私の頼みを聞いてくれる船はなかなか見つからなかった。

 

 しかも私自身、身体に重い障害を負っている身だ。

 

 そんな人間を運んで、まして立ち入り禁止海域に行ってくれる物好きなんて、冷静に考えれば居るはずがなかった。

 

 それでも、私は三日間、港に通いつめ、ようやくその物好きを見つけることができた。

 

 それは時々、密漁にも手を染めているような漁船で、これから向かうその立ち入り禁止海域にも、よく忍び込んでいるとのことだった。

 

「あの島の周りは、昔から海が荒かったんだ。それに加え爆弾で島の地形が完全に変わっちまったからな。今じゃ潮の流れがめちゃくちゃで、とんでもない難所さ」

 

 まぁそのおかげで誰も寄り付かないから、魚もとり放題なんだがな。と、陽に焼けた漁師は笑った。

 

 密猟を取り締まる巡視船の目を盗むため、出港は日没後だった。

 

 夜を徹して航海し、その島についたのは明け方近くの頃だった。

 

「見えたぞ、三日月島だ」

 

 かつて円形だったその島は、爆弾投下実験によって島の三分の一を失い、三日月のような形になってしまったことから、そう呼ばれていた。

 

 島の東側は爆発のクレーターによって、入江に変わっていた。

 

 入江の中は波も穏やかで、接岸するには最適だったが、船はそこを避け、島の西側に回った。入江は、巡視船に見つかった時に逃げ場を塞がれるから、というのがその理由だった。

 

 島の西側は、昔とほとんど変わっていなかった。

 

 海沿いに張り出した崩れかけの道路が、ちょうど岸壁のような役割を果たしてくれた。

 

「上陸できるのは三時間だけだ。巡視船が来る前に出港する」

 

 漁師の忠告に頷き、私は島に足を踏み入れた。

 

 海沿いの道路を北上すると、やがて赤錆た線路に出会った。

 

 線路を辿り、北端へ向かうと、そこは入江を囲む、細長い岬に変わっていた。

 

 教会駅は、跡形もなくなっていた。

 

 地面に突き立てた、あの十字架も。

 

 周囲にいくつか、機器らしき部品が散らばっていたが、どれもこれも、真っ黒に変色し、壊れていた。

 

 

 超古代の痕跡は、何一つ残らず、消え去っていた。

 

 

 私は入江となった東側を歩き、やがて、半分に削られた丘陵の麓にたどり着いた。

 

 その周りを歩き、南側に出る。

 

 そこに、あの石段が残っていた。

 

 彼女と、いつも遊んだ、あの階段。

 

 私は、一段、一段、踏みしめながら登った。

 

 登りきったその先に、鳥居と狛犬が、まだ残っていた。

 

 私は頂上の鳥居をくぐり、

 

 見晴らしのいい社跡から、

 

 島を眺める。

 

 海を眺める。

 

 空を眺める。

 

 東の空から太陽が顔を出し、島へ朝陽を差し込んだ。

 

 朝焼けから発せられるオレンジは、東の水平線から西にむかって細やかなグラデーションを描いていき、最果ての空にまだ残るわずかな夜の中には、陽の光に溶けそうな星が幽かに輝く。

 

 朝焼けに照らされている島の景色は、思っている以上に色彩豊かで、光に輝く木々の緑と、西側に透ける木漏れ日の格子模様の影の薄暗さにも、緑の濃淡が映え、時が経つにつれて、その表情は次々と変わっていった。

 

 

「ミク」

 

 

 ここに、君がいた。

 

 

 ここで、君と過ごした。

 

 

 ここで、君を愛した。

 

 

 ずっと、ずっと忘れないよ。

 

 

 だから――

 

 

「ミク」

 

 

 ――さよなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――了―――


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