オレンジ~朝焼けの島~   作:PlusⅨ

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第3話・ふたり

『ねえねえ、これ使える~?』

 

 彼女がそう言いながら、拾った木の枝を私に向かって振ってみせる。

 

 私は苦笑して、首を横に振った。

 

『ちぇーっ』

 

 頬をふくらませて、枝を投げ捨てる彼女。

 

 私は彼女のそばに寄り、投げ捨てられた小枝の近くにあった車両フレームの廃材に手をかけた。

 

 長さ3mほどのパイプだ。質感は金属なのに、恐ろしく軽い。

 

 これなら、イカダの材料にうってつけだろう。

 

『これにするの?』

 

 私は頷く。

 

『手伝うね』

 

 二人で、パイプの端と端をもって歩く。

 

 海沿いの赤錆た線路を、私が前、彼女が後ろで、

 

『がった~ん、ごっと~ん♪』

 

 電車を真似て、装置が歌う。

 

 教会駅前には、すでに同じような長さのパイプや、木の枝がいくつも集めてある。

 

『いっぱい集まったね~』

 

 私は頷く。

 

『これでオシマイ?』

 

 私は首を横に振る。

 

 海を渡るイカダを作るには、まだまだ材料が足りない。

 

『じゃあ、れっつご~』

 

 こうやって、私は今日も島をめぐる。

 

 

 

 

 

 今日、という概念はどうやって説明すればいいだろう?

 

 時間が止まった世界で、太陽さえも動かないオレンジ色の景色でも、それでも、私の中で一日という時間は過ぎていた。

 

 彼女とともに島を歩き、材料集めに疲れたら、雑木林に実る果実をとって食べながら休む。

 

 装置を使って彼女と語らい、そして、装置を使って様々な感情を歌わせる。

 

 彼女と一歩、歩くたび、

 

 彼女と一言、交わすたび、

 

 彼女と、歌を、歌うたび、

 

 私の中で、時が刻まれていくのを実感する。

 

 時間制御装置を失った私だけど、私の時間は、そんなものに左右されるものなんかじゃなかった。

 

 それが、わかった。

 

 

 

 

 

 日に日に、教会駅前に積み上がっていくイカダの材料が、満足行くくらい集まった頃。

 

 私は、彼女とともに浜辺に座っていた。

 

 二人のあいだには、雑木林で採れた様々な果実。

 

 雑木林には大量の果実があって、その種類が何かはさっぱりわからなかったけれど、私たちにとって有益なものかどうかは、例の散乱する機器類が教えてくれた。

 

 私はリンゴにも似た果実を一つ取り上げ、それを口元に持っていく。

 

 右手の果実を、左手で指差し、次に自分の口元を指して、ゆっくりと、

 

「食・べ・る」

 

 と、言って果実を一口かじった。

 

 それを見て、彼女も果実を手に取り、

 

「ta・bu・ly」

 

 シャクリ、とかじり、数回かんで飲み込む。

 

 そして、私がさっきやったようのと同じように、彼女は手元の果実と口元を交互に指さして、

 

「sxcfgty」

 

 と、言った。

 

 彼女の言葉で、食べる、という意味だった。

 

 私はデータログに記憶した音を必死に真似て、同じように発音してみる。

 

「せくすくーてぃ」

 

『ちがう~』

 

 装置からのダメだし。

 

 彼女はもう一度、ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。

 

 私はそれを、何度も、何度も繰り返す。

 

『う~、惜しいっ』

 

 私の発音では、なかなか彼女の言語を正確に発することができなかった。

 

 彼女の言語というのは、どうやら声調言語の一種らしかった。

 

 声調言語とは、テキスト上では同じ言葉が、音の強弱や高低などのわずかな発音の変化で、言葉の意味がまるで異なってしまうという言語だ。

 

 しかも彼女の言語の場合、その変化というのが、かなり繊細で、しかも複雑なのだ。

 

 私の音感センサーを最大にして、会得した音をマスタリングして数値化してみて、そこでようやく違いがわかるといった程度の変化でも、彼女にとってはまったく違う意味の言葉になってしまうらしい。

 

 それでもサイボーグの性能をフルに発揮すれば、その違いを知覚できるので、私は少しずつ、彼女の言葉を覚えていった。

 

 だけど、私がどうしても発音できない言葉があった。

 

 それは、彼女の本当の名前だった。これだけは未だに、正確に発音できないでいる。なんど発音してみても、彼女にはどうしても違う意味の言葉に聴こえてしまうらしい。

 

 彼女の名前にチャレンジしたとき、最初は苦笑していた彼女だったけれど、私が試行錯誤しながら発音を繰り返していた、何度目かの時――

 

「――ひゃっ!?」

 

 彼女は上ずった声をあげて、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

『それ……すごいハズカシイ……』

 

 装置の声までも、もじもじしていた。

 

 いったい私はどんな意味の言葉を言ってしまったのだろう?

 

 知りたくもあり、同時に怖くもあった。

 

 その後も何度か練習してみたが、数回に一度は彼女を赤面させてしまったので、それ以来、彼女の名前に関しては呼ぶのを封印してしまっている状態だった。

 

 おかげで今も、彼女のことは、

 

「ミク」

 

 と呼んでいる。

 

 彼女もそれで気にしていないらしい。むしろホッとしている様子さえある。

 

 すこし、悔しい。

 

 

 

 筏の材料集めも、彼女との言語講座にも飽きたら、そしたら私たちはまた島を散歩して時間を潰す。

 

 丘陵の神社跡の麓で、長い石の階段を前にして、彼女がニヤっと笑う。

 

「Jan―ken si yo!」

 

 手をぐーちょきぱーさせながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる彼女に向かって、私も手を差し出す。

 

「じゃーんけーん……」

 

「Pon!」

 

 彼女がぐーで、私がちょきで、彼女の勝ち。

 

 装置がファンファーレのような軽やかな明るいメロディを奏でる。

 

 ぐぅ~るぃ~りょ~、と彼女は歌いながら、階段を三つ上がった。本当は「ぐ・り・こ」と言いたいのだろうけど、少し舌足らずみたいな発音になってしまう。

 

「ja-n ke~n……」

 

「ぽん。……あいこで」

 

「syo!」

 

 彼女がぱーで、私がちょきで、私の勝ち。

 

 装置から悔しそうなメロディ。

 

「ち、よ、こ、れ、い、と」

 

 一気に六段登って、彼女を追い越す。

 

「ju ryu i~!」

 

 ずるいと言われようがなんだろうが、悔しければ、ちょきかぱーで勝てばいい。勝ち誇ったように見下してやると、彼女は下から装置をぶーぶーと鳴らす。

 

 じゃんけん、じゃんけん、

 

 じゃんけんぽん。

 

 あいこで、しょ。

 

 私が勝って、また差が開く。

 

「waaaaan oite ika nai deeee」

 

 うわーん、と目元を抑えて泣き出す彼女。

 

 見た目は寂しそうで、可哀想になるけれど、でも、その手元の装置からは一際不満そうなぶーぶー音が流れ出している。

 

「嘘泣き」

 

 と指摘してやると、彼女は顔を上げて“ばれたか”。そんな表情で、舌をぺろりと出した。

 

 遊びながら時間をかけて、頂上の鳥居をくぐる。

 

 見晴らしのいい社跡から、

 

 島を眺める。

 

 海を眺める。

 

 空を眺める。

 

 いつもと同じ、静かな景色。

 

 いつもと同じ、オレンジ色の景色。

 

 変わることのない時間だけれども、不思議と、飽きることがなかった。

 

 朝焼けから発せられるオレンジは、東の水平線から西にむかって細やかなグラデーションを描いていき、最果ての空にまだ残るわずかな夜の中には、陽の光に溶けそうな星が幽かに輝く。

 

 朝焼けに照らされている島の景色は、思っている以上に色彩豊かで、光に輝く木々の緑と、西側に透ける木漏れ日の格子模様の影の薄暗さにも、緑の濃淡が映え、たとえ時間が止まっていても、私たちの見る角度でその姿は様々な表情を見せてくれた。

 

 島のあちらこちらで、きらり、きらりと光るのは、散乱する機器類たちだ。過充電された電力を、時折ああやって発光させることによって発散している。

 

 私は自分の髪に、軽く静電気を孕ませた。私が発した電子信号を受けて、神社跡に散らばっている手近な機器の一つが、わずかに発光する。

 

 発光した機器は、私の「発光せよ」という信号を、他の機器にも伝え、機器たちのあいだを信号波と同時に光の波がうねって行った。

 

 丘陵から島全体へ、光のイルミネーションが瞬く。

 

『綺麗……』

 

 彼女の手元で装置がそう呟き、そして、優しい穏やかなメロディを奏で始めた。

 

 落ち着いていて、安らぐようなそのメロディ。

 

 彼女が、私の隣にいて、そして私と同じような気持ちでいてくれることが、それがとても嬉しい。

 

 そう思ったとき、装置のメロデイが、ふと変化した。

 

 今まで流れていたメロディに、別のメロディが加わった。

 

 二つのメロディ、二重奏。

 

 きっとそれは、私の感情だった。

 

 彼女が私に目を向け、そして優しく微笑みながら、そっと口を開いた。

 

「la la la……」

 

 装置からのメロディに合わせて、彼女が歌う。

 

 一つの音を変化させて、そこに様々な感情を載せて。

 

 彼女の声に、私たちの心のメロディが重なって、そして機器たちが光を瞬く。

 

 

 幸せだと思った。

 

 私は今、自分が幸せだと気づいた。

 

 誰かと心を重ねることが、こんなにも幸せなことだったと、私は思い出した。

 

 昔、誰かを愛した、もう名前も顔も思い出せないあの時の頃の感情。

 

 戻りたいと願い続けてきたそれが、戻っていた。

 

 サイボーグ兵士として、戦場で色あせていた私の心。

 

 それが、彼女と出会って……

 

 哀切、

 

 喜び、

 

 愛情、

 

 いろいろな感情がひとつに混ざり合って、

 

 言葉にならない想いが溢れ出して、

 

 それが装置によってメロディとなって解き放たれる。

 

 

 

 

 

『wsvbnvgth』

 

 

 

 

 

 不意に、装置が聞き覚えのある単語を囁いた。

 

 

 

『wsvbnvgth』

 

 

 そう、それは囁くような、優しい発音で、そして、

 

 

『wsvbnvgth』

 

 

 その単語は、彼女の、本当の名前だった。

 

 それを装置に囁かせたのは、私の感情だ。

 

 

『wsvbnvgth』

 

 

 そうだ、そういうことだったのか。と、私は気づく。

 

 彼女の名前に込められていた、彼女が赤面してしまうほどの理由。

 

 それは、言葉にできないこの感情。

 

 それでもあえて言葉にするなら、それはきっと、

 

 

――誰よりも君を愛してる。

 

 

 

 いつの間にか、彼女の歌が止んでいた。

 

 

 いつの間にか、彼女が私に寄り添っていた。

 

 

 いつの間にか、彼女の手が、私に重ねられていた。

 

 

 いつの間にか、彼女の目が、私の目を見つめていた。

 

 

 いつの間にか、私たちは互いに目を閉じ、唇を重ね合っていた。

 

 

 機器たちは祝福するように眩く輝いて、二人のメロディは、いつまでも重りあって、鳴り響いていた。

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