オレンジ~朝焼けの島~   作:PlusⅨ

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第5話・空っぽの笑み

 私は、自分が今まで白昼夢を見ていたことに気がついた。

 

 いや、あれはきっと夢なんかじゃなく、実際にあった現実の記録だったのだろう。

 

 彼女と直接通信し、彼女の中の時間制御装置に触れたことで、私の意識は過去に飛ばされたのだ。

 

 彼女の生まれた太古の超古代文明が滅びた、その時代を、私は見た。

 

 でも、私が過去を見ているあいだ、そのとき彼女はいったい、何を見ていたんだろう?

 

 そしてなぜ、急に私を突き飛ばしたのだろう?

 

 床から身を起こした私の前で、彼女が、泣いていた。

 

「ミク……?」

 

「ごめん……ね…」

 

「ミク」

 

 顔を伏せてすすり泣く彼女に向かって、手を伸ばす。

 

 でも、その手は彼女に避けられた。

 

 彼女が、私から離れるように後ずさっていく。

 

「ごめんね……」

 

「ミク、どうして?」

 

「触れちゃ、ダメだったの。……わたしたち、出逢っちゃダメだったの」

 

 彼女はそう言って、泣きながら教会駅を出て行った。

 

「………」

 

 ああ、そうか。

 

 そうだったんだ。

 

 私は、彼女が何を見たのか、悟った。

 

 彼女は、未来を見たのだ。

 

 私の見た過去と同じように、サイボーグ兵士たちが終わることのない戦争を続ける、そんな未来を。

 

 そして、彼女は知ったのだ。

 

 彼女こそが、そのきっかけだったという事実を。

 

 そう、ここはかつて軌道エレベータがあった島。

 

 島に散らばる機器類は、かつての無人機の破片。

 

 そして、彼女は………

 

 

 

 ……私たち、現代のサイボーグ兵士が誕生するきっかけとなった、超古代文明の残したサイボーグ兵士だった。

 

 

 

 私は、彼女が現代文明に発見される、その直前の時代にいることを悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 私の時代の戦争は、別にサイボーグ兵士が生まれたから起きたわけじゃない。

 

 世界の歴史はいつだって争いの記録で埋め尽くされてきたし、人がそれを省みることもなかった。

 

 私たちの戦争が始まった理由ははっきりしない。

 

 世界のあちらこちらで紛争が頻発していて、世界中の国々も、誰が敵で、誰が味方かわからないくらいに利害関係が複雑に入り組んでいて、 そのせいでどこもかしこも緊張していて、最初の火種がどこから上がったかさえ、誰にも理解できないような……

 

 ……そんな、時代だった。

 

 きっと、サイボーグ兵士が実用化されなくったって、そんなことはお構いなしに戦争は起きただろう。

 

 戦争は兵器を生むけれど、兵器が戦争を生んだことは一度もない。そんなことは、歴史を少しでも勉強すれば簡単にわかることだ。

 

 道具や機械に、人殺しにしか使い道のないものというのも、そうあるものじゃない。

 

 だけど逆にいえば、人がその気になれば、どんなものだって人殺しの武器になる。

 

 きっと、何も持たない手のひら一つだって、首を絞められる。

 

 それが、人だ。

 

 戦争を起こすのは、いつだってその時代を生きる人間たちだ。

 

 だから……

 

 ……だから、戦争が始まったのは、彼女のせいじゃない。

 

 

 

 

 波が変わらぬリズムで打ち寄せ、静止した朝陽にオレンジに染まる砂浜の真ん中で、彼女は膝を抱えて、顔を伏せてすわっていた。

 

 私が近づくと、彼女は顔を上げ、私を見た。

 

「来ちゃ……ダメ……」

 

 その声は、拒絶というにはあまりにも弱々しかった。

 

 私は、彼女から少し離れた場所に座った。

 

 彼女は私から目をそらし、海に目を向けた。

 

 でも、その目がどこも見ていないのは、すぐにわかった。

 

「ねぇ、ミク。気づいてる?――」

 

 と、私は語りかける。

 

「――私たち、言葉が通じているよ」

 

「えっ?」

 

 私の言葉に、彼女が再び私を見た。

 

 一瞬、信じられなさそうに驚いた顔をして、すぐに彼女自身の周りを見渡して何かを探し始めた。

 

「翻訳装置なら、教会に置いたままだよ」

 

「あ……っ……うん、本当だね。……どうして…かな」

 

「きっと、直接通信のおかげだと思うよ。お互いの言語ライブラリーがリンクして、情報が共有化されたんだ」

 

 そう答える私の言葉は、使い慣れた自分の言語だ。そして、さっきの彼女の言葉は、やっぱり彼女自身の言語のままだった。

 

 それでも、私たちはお互いの言葉の意味がわかるようになっていた。

 

 彼女はそのことに、少しだけ嬉しそうに顔をほころばせたけれど、すぐに、悲しそうに表情を曇らせてしまう。

 

 彼女は曇らせた顔を伏せ、消え入りそうな声で、こう訊いた。

 

「わたしの過去……わたしたちの戦争……見たの?」

 

「うん」

 

「ひどかったでしょ」

 

「………」

 

 私は答えられなかった。

 

 彼女は、言った。

 

「戦争は、きらい」

 

 大切な人達が、みんないなくなるから。

 

 そう言って、彼女は、ぽつり、ぽつりと話し出した。

 

 

 

 

 

 彼女が物心ついたときには、戦争はすでに始まっていた。

 

 世界中を巻き込んだ戦争で、どこもかしこも戦場だった。

 

 兵士も民間人も関係なく、戦いに巻き込まれ死んでいった。

 

 死なずにすんだのは、時間制御装置をもったサイボーグ兵士だけだった。

 

 だから、彼女もそうなった。生き延びるために。

 

 戦いは終わることなく、果てしなく続いた。

 

 気がつけば、敵も味方もサイボーグ兵士しか生き残っていなかった。

 

 何もかもが死に絶えた世界で、それでも、サイボーグ兵士たちは戦い続けた。

 

 死ぬことのない不死身の兵士たちには、それしか生きる理由がなかった。

 

 存在理由を維持するためだけの戦争で、古代の文明は跡形もなく破壊し尽くされた。

 

 そして、最後に残った軌道エレベータを巡る戦いで――

 

 ――軌道エレベータなんてものにもう意味はなく、ただ、「守るもの」と「壊すもの」の理由がそこにありさえすればよかった――

 

 彼らは、自らも含めその全てを、宇宙の果てへと送り出した。

 

 

 偶然、島に落ち、スリープモードに入った彼女ひとりを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのあとの未来も見たよ」

 

 と、彼女は言った。

 

「人はまだ全滅してなかった。ちゃんと、生き残っていた。何もかも失っていたけれど、そこからまた前に進み出していた。……嬉しかった」

 

 取り返しのつかない世界から、人々はまた世界を取り戻した。

 

 生きる意味を失った世界は、また生きる意味を取り戻した。

 

 絶望的な世界の終焉を生きてしまった彼女には、それがなによりも、嬉しかった。

 

 なのに……

 

 

 ……悪夢が、蘇った。

 

「戦争に、また“わたし”がいた。終わらない戦争になってた。誰もが戦う意味を忘れてしまうくらい長い、終わらない戦争。だけど、すべてを終わらせてしまう戦争……」

 

 わたしのせいだ。

 

 彼女はそう言った。

 

 そう言って、水平線の朝陽を見つめた。

 

「太陽の横に見える、黒い影。あれが、もうすぐこの島に来るの。そして、わたしを見つけるの」

 

 彼女の見つめた先、朝陽の横の空に浮かぶ黒いシミがある。

 

 あれの正体が、飛行機だということは、私も気づいていた。

 

 この島を目指し飛んでくる航空機。

 

 私の中にデータとして残る歴史に、そのことが記されていた。

 

 戦争勃発直前、太平洋に浮かぶ小島で、新型爆弾の投下実験が行われた。

 

 そのとき、事前に現地調査に訪れた偵察隊によって、その島に眠る超古代兵器……彼女を発見したのだという。

 

 黒いシミのような航空機の他に、島の頭上には一筋の飛行機雲も浮いている。

 

 あれが、新型爆弾を積んだ高々度爆撃機なのだろう。

 

 この静止した時間が動き出せば、数時間もしないうちに歴史的場面が始まるに違いない。

 

 だけど、それが何だというのだ。

 

 この時間が静止している限り、その未来は始まらない。

 

 それに、たとえ戦争が始まったとしても、その戦争がすべてを滅ぼす愚かな戦いだったとしても、それは彼女のせいじゃない。

 

「ミク……、君は悪くない。生きるのも、滅ぶのも、全てはその時代の人間の責任――」

 

「あなたも、いたよ」

 

「――え?」

 

「見えた未来の中に、あなたもいた。まだ改造される前の、人だった頃のあなただった」

 彼女の言葉に、私は、言葉を失った。

 

「今とは違う姿だったけど、それでも、わかったよ。……人だった頃のあなたは、とっても、幸せそうだった」

 

 それは、私自身でさえも忘れ果てた過去だった。

 

 思い出そうとしても思い出せない、

 

 それでも、確かに誰かを愛していたという実感だけが残った、

 

 私の過去。

 

「あなたには家族がいた。愛に溢れていて、とても暖かそうで、見てるだけで、私も幸せになれた」

 

 それは、私の知らない、私の過去。

 

 彼女は、続けた。

 

「でも、それが奪われた。戦争に巻き込まれて、何もかも……奪ったのは、わたし。わたしから生まれた、わたしと同じ存在たち。そしてあなたも、わたしになった。わたしになって、すべてを忘れた。わたしが、あなたの人生を壊したっ……!」

 

 そうなのか?

 

 彼女さえいなければ、私はこんな永遠の地獄のような戦いをせずに済んだのか?

 

 家族や、愛した人のことを覚えたまま生きて、そして、死んでいけたのか?

 

 今よりも、まだましな人生があったのか?

 

 いま、彼女の存在がこの世界から消え去ってしまえば――

 

 

「わたしは、甦っちゃいけなかったんだ!」

 

 

 

 

 

 

「違うっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 私は叫んでいた。

 

「そんなことない。ミクが存在しないほうがいいなんて、私は望んでない」

 

 過去なんか忘れた。

 

 家族なんて知らない。

 

 だけど、唯一持っていた愛の実感を、ミクがもういちど与えてくれた。

 

 私が大切にしたいのは、それだけだ。

 

 ミク、君だけだ。

 

「だから、ミク、そばに居てよ。いちゃいけないなんて、言わないでよ」

 

「ダメだよ、ダメ。……私がいたら、いつか世界が終わる。それに……未来のあなたを、不幸にしたくない」

 

「ならないよ。だって、私はサイボーグ兵士になったから、君と逢えた。それが一番の幸せなんだよ?」

 

「違うよ、違う」

 

「違わないよ、どうしてそんなこと言うの?」

 

「あなたの過去は、忘れちゃいけない過去だった。壊れちゃいけない幸せだったの。それを壊したわたしが、あなたに愛される資格なんてないの……」

 

 知らない、そんなのは知らない。

 

 他人も同然だ。

 

 他人なんかどうだっていい。

 

 世界なんて知ったことか。

 

 それでも、

 

 それでも、

 

 世界の命運を握ってしまった彼女の心を、守ってあげることができない。

 

 彼女の苦しみを、癒してあげることができない。

 

 どうすればいい。

 

 私は、どうしたらいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ミク」

 

 大丈夫だよ。

 

 ここは時間が止まっているから、君が見つかることは永遠にないよ。

 

 それにほら、イカダももうすぐ完成するよ。

 

 そしたら、一緒にこの島を出ていこうよ。

 

 あの飛行機が来る前に、誰も知らない遠くへ逃げるんだよ。

 

 別の島でもいいよ。

 

 深い山の奥でもいいよ。

 

 そこで、いつまでも二人で暮らそうよ。

 

 そこで、いつまでも幸せに暮らそうよ。

 

「ねぇ、ミク?」

 

 私は、言葉を並べ立てた。

 

 安っぽくて、中身も何もない言葉。

 

 現実逃避の夢物語。

 

 それは、駄々をこねる幼子の泣き声と同じだった。

 

 ひたすら、嫌だ、嫌だと叫び続けて、

 

 相手の共感じゃなく、同情でもなく、諦めを引き出すだけの……

 

 ……虚しい、我儘。

 

 

 

 どれだけの言葉を並べ立てのか、もう覚えていない。

 

 言えば言うだけ虚しくなる音の羅列を吐き出し続けて、喉も枯れて、もう何一つ残らず空っぽになったとき、

 

「もう、いいよ」

 

 彼女はそう言って、私に笑いかけてくれた。

 

「あなたのそばに、いるよ」

 

 それは、胸が痛くなるくらい、何もない空っぽの笑顔だった。

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