第6話・二人の明日
あれから、また私たちのいつもの日常が始まった。
島を回ってイカダの材料を集め、
一段落着いたら果実をとって食べ、
そして、二人で遊ぶ。
いつもの神社の長い階段の下で、彼女は私に向かってこう言う。
「じゃんけん、しよう?」
私は頷いて、手を差し出す。
「じゃんけん」
「ぽん」
私がグーで、彼女がパー。
「ぱーいーなーつーぷーるー」
彼女が軽い足取りで、石段を登っていく。
「じゃんけん」
「ぽん」
私がパーで、彼女がチョキ。
「ちーよーこーれーいーとー」
また、彼女が遠ざかる。
彼女が、私に向かって、手を差し伸ばす。
「じゃんけん」
私も、彼女に向かって手を伸ばす。
「…ぽん」
私たちの距離は、また離れた。
私たちの生活は、ほとんど何も変わらなかった。
たったひとつ、翻訳装置を使わなくなったことを除けば。もう言葉が通じるのだから、あんなものに頼る必要もなかった。
それにもともと、あれは翻訳装置じゃない。感情を歌として表現する、一種の楽器だった。
だから、固有名詞も伝えられない。論理的な説明もできない。まともな会話ができない。
お互いの嘘偽りのない、素直な心しか、相手に伝えられない。
そんな装置があっても、今の私達には困るだけだった。
イカダは着々と組みあがっていった。
前後に長細い中心船体のその両脇に、一回り小さい二つの船体を平行に並べ、それを数本のフレームで溶接した三胴船の形で、その大きさもかなり大型なものになった。
溶接には、無人砲台のレーザー発振部が役に立った。他にも、超伝導モーターや、発電ユニットがそのまま残っていたので、イカダの動力として流用できた。
完成に近づきつつあったそれは、イカダと言うより、れっきとした小型ボートだった。
航行装置や、レーダーなどのセンサーは搭載していないけれど、私自身にジャイロコンパスや高感度センサーが組み込まれているので問題ない。このジャイロコンパスやセンサー類を使えば、太陽や夜の星の位置を正確に計測することができる。そうすれば、そこから自分の座標を割り出すことができる。
「太陽の日出没方位は季節ごとに差があって、毎月その誤差の値は変化するんだ。今の季節が正確に分からないからその誤差値は無視せざる得ないので、多分、赤緯で1°ほどの誤差が出てしまうと思う。だから、太陽だけでなく他の天体の観測も併用して――」
私はイカダを組みながら、そばで作業を見守る彼女に対して、航海術や、このイカダの操船方法、メカニズムなどを語って聞かせた。
「この動力部は超伝導モーターだから、回路部を絶対零度にまで冷やしてやる必要がある。それにはこっちの冷却装置のタンクにある液体窒素を使うんだけど、扱うときは気を付けないといけないよ。だって、ちょっと触れただけで身体の芯まで凍りついてしまう危険な液体だからね――」
「この発電ユニットは無人機の自己保存用発電システムを利用してるから、半永久的に充電可能なんだよ。このイカダなら、どこまでだって行けるよ――」
遠く、遠く、どこまでも。
私は島を出て、新天地にたどり着いたあとの生活も語った。
「新しく暮らす土地は、海よりも山がいいな」
「でも、両方ある方がいいな。森があって、水辺があって」
「広い湖のある森なんかが、一番理想だな」
「湖のほとりに丸太小屋を建てて、小さな畑を作るんだ。私たちはそんなに食べなくてもいいから、ほとんど趣味だね」
「だったらいっそ、花畑にしてしまおうかな」
「いろんな種類の花を育てて、季節ごとにいつも花が咲くようにするんだ」
「湖には小舟を浮かべてさ、釣りをしたり、ときには泳いだり」
「その湖の水は澄み渡っていて、晴れ渡った夜なんかは満天の星が湖面にも輝くんだ」
「空と湖の両方に星空が広がって、まるで私たちは宇宙に浮かんでいるみたい」
彼女は、微笑みながら、私の話を聞いてくれる。
彼女は、微笑みながら……
イカダが完成間近になった頃だった。
私は、超伝導モーターの冷却装置の調整を行っていた。液体窒素の流入を制御するのが難しく、私は慎重に微調整を重ねていた。
そんなとき、突然、背後で大きな音が鳴り響いた。何か重いものが、地面に落ちたような音だった。
驚いて振り返った私が見たのは、教会駅のすぐ前に転がる、大きな木製の十字架と、その下敷きになった彼女の姿だった。
十字架は、教会駅の三角屋根についていたものだ。今にも朽ちかけそうな状態だったけど、時間が静止していたおかげで今まで落ちることはなかった。
それが、落ちた。
しかも、教会駅の前にいた彼女の頭上に。
「ミクっ!?」
私は慌てて彼女のもとに駆け寄った。
サイボーグ兵士の身体は脆弱だ。それこそ、人の子供と変わらない。
十字架の重量はそれほどでもなかったけれど、人を傷つけるには十分な重さだった。それをどけ、彼女の容態をみる。
彼女は目を閉じ、ぐったりと倒れていた。
その額から、真っ赤な血が流れている。
「ミク……ミクっ!」
頭を打ったなら、不用意に動かせない。私は彼女に触れることもできずに、彼女の名前を叫び続けていた。
私は完全に動転していた。
サイボーグ兵士が不死身なのを、忘れていた。
取り乱す私の目の前で、十字架が宙に浮き上がる。
十字架はそのまま上昇していき、教会駅の三角屋根のてっぺんに元通りに収まった。
倒れていた彼女の額の血も消え、彼女が、その身を起こす。
「ミ……ク……?」
「………」
彼女はしばらく、ぼうっと十字架を見上げていたが、
「あ……?」
私の視線に気づき、こっちに顔を向けた。
「あ……あはは……心配かけて、ごめんね」
その笑顔に、私は、彼女に触れることができなかった。