『ガルヴァァアッ!』
「汚物は消毒した!」とばかりに、槐の邪神が嬉しそうに雄叫びを上げる。
『………………』
そして、私の足元に転がって来た、この黒焦げの物は何だ?
周りを見渡してみても、チャラトミは居ない。何処に行った?
――――――いや、分かっている。理解はしているんだ。ただの人間が、例え上手く反応したとしても、掠っただけで火達磨になる事ぐらい、私にも分かる。
『………………ッ!』
もちろん、無惨様のように血を与えてみても、結果は同じ。動かないし、起き上がりもしない。
だが、理解と納得は別物である。
『……おい』
何を勝手に殺している?
私の物は全部私の物だ。それを奪って、どうなるかも分からんのか、貴様は。
『ゴヴァアアヴゥ!』
しかし、この鉄鉱石頭は、相も変わらず私を殺す事しか考えていない。異常なまでの執着心である。元が守銭奴だからな。狙った獲物は絶対に逃がさないのだろう。
『ハーッ……!』
もういい、分かった。結局、お前
――――――ならば、死ねぇっ!
『ドラララララララァッ!』
私は妖気を纏った拳を連打した。どれだけ砕け、へしゃげようと構わない。一発殴って再生する間に、進化し続けてやる!
『グヴゥゥウウウッ!』『チッ……!』
だが、やはり通じない。衝撃も妖気の貫通弾も、全て足元から地面へ逃がされている。
『ゴヴァアアアッ!』
さらに、再び大回転魔弾を仕掛けて来る槐の邪神。
『オラァッ!』『ガヴォッ!?』
私は強化した動体視力で、刀の横面を殴り付ける。槐の邪神が空中で一瞬だけ制止した。
……やはりな。足から逃がしてるって事は、接地してないと効果が無いと言っているような物だ。
つまり、奴を空中に止めた状態で拳を叩き込めば、貫通ダメージを与えられる。尤も、それが決定打になるとは限らないが。
『ガヴァアアアォッ!』
すると、大回転魔弾は無意味と悟ったか、ボルケーノで視界を塞ぎ、体当たりして来た。耐熱性と防御力任せのゴリ押しだが、私にとっては充分に脅威である。
何せ、幾ら耐熱性を上げても、冷えた溶岩に拘束されて動けなくなるからな!
これなら、焼かれる方がマシだ、チクショウが!
『グァヴォルァアアアアッ!』『………………!』
完全に身動きが取れなくなった私に、赤熱化した槐の邪神が猛然と迫る。この一撃でケリを付けるつもりらしい。
――――――ちくしょう……!
と、その時。
《グルァアアアアッ!》
いよいよ年貢の納め時かと諦め掛けた私の前に真っ黒な何かが現れ、物凄い力で槐の邪神を食い止めた。
それは、漆黒の粘液が人の形を成した、怪物だった。体格は筋骨隆々の3メートル。吊り上がった昆虫のような白い眼に、鋭い牙が並ぶ裂けた口など、その顔立ちは怪獣染みている。胸元の蜘蛛のようなマークが印象的だ。
いや……あの、何と言うかね?
『……チャラトミか!?』
《We are VENOM!》
『何でだよ!』
《冗談ですよ、鳴女さん》
――――――この声、間違いない。中身はチャラトミである。
『何でヴェノムなんだよ!』
《ほら、男はやっぱりダークヒーローに憧れるもんなんスよ》
まるで意味が分からんぞ!?
《鳴女さん、そんな事より、今は!》『ああっ!』
詳しい事は後で聞くとして、今は害虫退治が優先だな!
《ギャオオオオオオッ!》『グァヴォォォッ!?』
ヴェノム(チャラトミ)が渾身の力で槐の邪神を持ち上げる。所謂パワーリフトだ。どんな筋力してるんだ、お前は。
『ハァアアアアアアッ!』
そして、すかさず私が拳を叩き込む。一発ではない、五発だ。同じ場所へ殆ど同時に連打を当てる事で、分厚い鎧の奥底まで妖気を浸透させ、爆裂させるのである。
『グォレンダァアアアアアッ!』『グルォォオッ!』
今の今まで微動だにしなかった槐の邪神が、面白いくらいに吹っ飛び、岩盤にめり込む。よく見ると、拳の当たった胸部の装甲が凹んでいた。今度こそダメージ判定があったのだ。
しかし、それでも槐の邪神は倒れない。というか、あれだけやって凹むだけとか、ふざけてやがる。
そんな貴様には、こいつをプレゼントだ!
『死ねぇっ!』
私の目からビームが槐の邪神の眼帯部に直撃した。液体の伝導率の高さは、お前が証明済みだからなぁ!
『ガルァヴォオオオオッ!』
《鳴女さん!》『ドワォ!?』
だが、顔半分をグズグズに溶かされたのにも関わらず、槐の邪神は弱るどころか火砕流を吐いて反撃して来た。ダメージよりも優先すべき殺意があるらしい。チャラトミが何十枚もの粘膜の盾を張ってくれなければ、危なかった。
……表面を焼くだけでは駄目だ。分子レベルで崩壊させてやる!
『ドラァッ!』
私は体液から酸素を分離、極限まで微小化し、それを粒子ビームとして発射した。マイクロ化した酸素は接触した分子の結合を破壊し、その後元の大きさに戻りつつオゾンとなって周囲の全てを腐食させる。
これには、さしもの槐の邪神も耐性は持ちようが無く、胸部装甲が完全に融解した。
『……ォオオオォオオッ!』
《このっ!》『ぐぅ……!』
それでも、槐の邪神は反撃する。私が死ぬまで、殺すのを止めない。
『いい加減しつこいぞ! そろそろ死ねよやぁっ!』
しかし、これ以上は耐えられまい。トドメだぁ!
『ガァヴォォオルァアアアア……ォォ……ォ……!』
最後の破壊光線が直撃し……ようやく、槐の邪神は倒れた。
さらに、グズグズと溶け崩れ、完全に沈黙する。しぶと過ぎるぞ、この野郎……!
『――――――ハァッ!』
息が上がり、眩暈もする。気持ち悪い。妖気を使い過ぎた。体液もかなり減っている。このままではマズい。
早く、何か食べないと……!
――――――べべん!
私は最後の力を振り絞って、無限城に転移した。
「ちょ……ちょっと、何事よ!?」『ぴきゃー!』
配信を終えたらしい零余子(とノーム)が駆け寄って来た。おーし、丁度良いぞぉ!
『零余子ぉ!』
「な、何よ!?」
『食わせろぉおおお!』
「何でだぁああああ!」
《俺にもだぁあああ!》
「何でだぁああああ!?」
そして、「つーか、誰だぁ!?」という言葉を残して、零余子の頭以外の全てが、私とチャラトミの腹に収まりましたとさ。チャンチャン♪
◆ヴェノム
宇宙から来た寄生物体「シンビオート」が、人間と一体化した状態の名称。
最初の宿主がスパイダーマンだった事、次の宿主がボディービルをやっていた事が重なり、“漆黒でマッシブなスパイダーマン風の化け物”という容姿が基本形態となる。
シンビオートが蠢く粘菌状の生物な為、割と自由に姿を変えられる。もちろん、蜘蛛の巣も張れる。スパイダーマン涙目である。
作品によって出自がハッキリしないが、その辺はご愛敬。大人の都合って奴だ。
初めこそ単なる悪役だったが、後々ダークヒーローとしてキャラクターを確立させ、絶大な人気を誇るようになる。