ここはゲゲゲの森。
そして、その奥深くにある、立ち枯れた木の上に建てられた、茅葺屋根の家。通称「ゲゲゲハウス」。
もちろん、鬼太郎と目玉おやじの住処である事は間違いないのだが、今ここにはそれ以外の妖怪――――――猫娘、砂掛け婆、児泣き爺、一反木綿など、所謂「鬼太郎ファミリー」が一堂に会している。ぬりかべはデカ過ぎるし重たいので、窓の外から参加。何故かねずみ男もいるが、気にしてはいけない。
さらに、特別ゲストの真名も交えた、報告会及び対策会議の始まりだ。
『さて、今回皆に集まって貰ったのは、他でもない……例の琵琶女についてじゃ』
むろん、議題の中心は琵琶の女についてである。
素性は一切不明だが、高い知性と摩訶不思議な妖術を使い、正面からでも鬼太郎を戦闘不能に出来る凄まじい怪力を誇る、恐ろしい妖怪だ。
『急な呼び出しじゃったから、詳しい話は分からんのだが、そこまでの相手だったのかの?』
と、まずは砂掛け婆が話を振る。大抵の場合、目玉のおやじや鬼太郎が議題を上げ、砂掛け婆が議会を進めるのが通例になっている。今回もそんな出だしだった。
『……正直、単純な破壊力だけなら、以前戦った妖怪獣の方が上だ』
妖怪獣……否、
それ自体は鬼太郎たちの活躍で鎮圧されたが、力の根源である要石が人間にしか破壊不可能だったのも相俟って、真名無しでは勝ちえない壮絶な戦いになったものだ。
なので、被害を鑑みれば、琵琶の女が齎した物は無いに等しく、地力に関しても蛟龍の方が断然上である。大きさが違うから当たり前なのだが。
『でも、危険性は琵琶の女の方が遥かに高い』
しかし、鬼太郎は蛟龍よりも琵琶女の方が危険だと説く。
琵琶の女は蛟龍のようなどうしようもなさは無い。大きさも人間程度で、攻撃が通じない訳でもない。少なくとも指鉄砲は効き目がありそうだった。防ぐのではなく避けたという時点で、有効打になり得ると言っているような物だからだ。通じるとも言ってないけど。
だが、持っている能力はどれも厄介であり、おまけに体術まで会得している。力が及ばずとも、技術で往なされてしまうのだ。真面な対人戦の経験が殆どない鬼太郎やその仲間たちでは、肉弾戦に持ち込んだとしても軽くあしらわれてしまうだろう。
これが今までの十把一絡げの妖怪たちとは一線を画す部分である。
『それに、奴は……異常だ。妖怪らしく人間を襲うでもなく、かと言って人間らしいとも言い難い。まなの言葉を借りる訳じゃないが、あいつは「悪魔」だ』
あそこまで命を何とも思っていない奴はそうそういない。真名が震え上がって完全に拒絶するなど、はっきり言って異常事態だ。
それ程までに、あの琵琶女は恐ろしい存在なのである。
『たぶん、今のままじゃ、誰が挑んでも勝てない』
『むぅ……』
鬼太郎の言葉に、一同が押し黙る。何時もお手上げする真名でさえ、今回は何も言えなかった。それはそうだろう。猫娘が一撃で糸の切れたマリオネットにされ、駆け付けた鬼太郎でさえ中身をシェイクされて倒れ伏した相手なのだから。
『……って言うかよぉ、お前ら何であいつの事を「琵琶の女」って言ってんの? 「鳴女」ってきちんとした名前があるんだから、そっちで呼べば良いだろ。色々と紛らわしいし』
すると、そこでねずみ男が何でもないように驚きの発言をした。
『何じゃ、ねずみ男! あやつの知り合いだったのか!?』
『この裏切り者! 何時もの事だけど!』『あっぶな!』
もちろん、無用な混乱を招いたのは言うまでもない。目玉のおやじが憤慨し、すっかり元気になった猫娘が八つ裂きにしようと襲い掛かった。
『ちげぇよ! ……ああ、そうか。お前ら動画なんて見ないもんな』
『動画じゃと?』
『そうそう。鳴女って奴、ネット上じゃ結構な有名人だぜ? つーか、それこそ猫娘やまなちゃんが知ってるもんだと思ってたけど……?』
『「あっ……!」』
と、ねずみ男の指摘で猫娘と真名がハッとする。
『どういう事なんだい、猫娘、まな?』
「あー、えっとねぇ……」『すっかり忘れてたけど、あの鳴女とかいう女、ネットに動画を投稿してるのよ。ほら、これ見て』
そう言って、猫娘は自分のスマフォを操作し、ウーチュブのとある動画チャンネルを開いた。
『……っ、間違いない、こいつだ!』
そこには、実にイキイキと琵琶を奏でる鳴女の姿があった。他にも可愛らしい少女や座敷童子と思しき幼女とコラボしている動画もある。かなり手広くやっているようだ。
『――――――いや、お前ら情報に疎過ぎるだろ。こんな目立つ奴に気付かなかったのかぁ?』
『「『『『『『………………』』』』』」』『ぬり~』
ねずみ男がジト目で見ると、全員がサッと顔を逸らした。確かに彼の言う通りだ。知恵袋の目玉のおやじも、文明の利器が相手では役に立たない。
『……う~む、あまり実況動画は見ないからのぅ』『父さん!?』
否、単に動画の視聴傾向が違うだけだった。意外とミーハーなんですよ、この目玉人。
『と、ともかく、この鳴女に対抗するには、今の僕ではあまりに力不足だ。具体的に言うと、技量が圧倒的に不足している。そこでなんだけど――――――』
鬼太郎がコホンと咳払いをして、弛緩した空気を戻しつつ、新たな提案を上げる。
『し、正気か、鬼太郎!?』『そんな事をしたら、このゲゲゲの森にも災いを齎すぞ!?』『何考えてんのよ、鬼太郎!』
だが、その内容は他の皆には受け入れ難い物だった。口々に鬼太郎へ文句を垂れる面々。
『もう決めた事だ』
しかし、鬼太郎の意思は固かった。こうなったら、もう誰にも止められない。
『……当てはあんのかよ? “出す方”じゃなくて、“止める方”だぞ?』
すると、唯一文句一つなく聞いていたねずみ男が、片目を瞑り、如何にも呆れたような顔で尋ねた。
『それは――――――』
言い淀む鬼太郎。こういう微妙に頭の足りない所が、彼のアイデンティティーである。
『しょうがねえなぁ。……ギャラは高いぜぇ?』
そして、それを上手く悪知恵で補ってくれるのが、ねずみ男という半妖だ。ビビビっと髭を揺らしつつ電話を掛け始める。
『……ありがとう、ねずみ男』
そんな彼の姿に、鬼太郎は久方振りに軟らかい笑みを浮かべた。やはり、持つべき物は友達である。
◆ゲゲゲの森
鬼太郎とその仲間たちが住まう、「隠れ里」の一種。人間と仲が良い輩が多い為か、電波が届いたり、横丁があったりする。基本的に人間は立ち入れないが、気に入られれば招かれる事も。
そして、最奥の泉の畔に、我らが鬼太郎の家「ゲゲゲハウス」が立っている。
流されたり、焼かれたり、戦わされたりと、割と不憫な目に遭う事も多いが、ゲゲゲハウスは今日も静かに佇んでいる。
ちなみに、あの世とこの世の境にある為か、住民の機嫌を損ねると地獄流しにされるので注意。