『これは、儂の“不戦勝”という事で良いのかのう?』
すると、ここぞとばかりに手の目が提案をしてきた。掌の目玉に矢印が浮かび上がり、倒れ伏す鬼太郎を見据え、捉えている。何時でも殺れるぞ、という合図だ。
『ああ。今回の契約は、あくまで
だが、蒼坊主は特に反抗も引き止めもせず、何なら振り向きさえしないで、淡々と告げた。
今回、蒼坊主は妖怪たちと以下のような契約を交わした。
①三人は鬼太郎と戦い、勝てたら解放するが、負ければ再び封印する。勝利条件は相手を戦闘不能にする事。
②鬼太郎は三人全員を倒したら勝ちであり、負けた場合は如何なる理由があっても今後は手出しをしない事。
③ただし、人を取って食うような真似をした場合、②の約定は破棄される。
つまり、手の目は完全な不戦勝である。
休憩時間が記載されていないので、幾らでも取り様はあるのだが、それを断って続け様に勝負を挑んだのは、鬼太郎自身だ。不退転の覚悟で臨んだ故の失言だろうが、蒼坊主の言う通り、彼の落ち度である。手の目に文句を付ける事は出来ない。
しかし、手の目も完璧な勝ち逃げとは言えない。人を襲った場合、②の約定が破棄され、再び討伐の対象となるのだ。否、今度はワイルドになった鬼太郎によって地獄へ落とされるだろう。
……妖怪の約束事は悪魔との契約と同じく、解釈の余地を多く残している方が拘束力が強くなる。話は単純な方が分かり易い。ラクシャサ、天邪鬼、手の目(特殊個体)と言った凶悪で強力な妖怪を縛り付けるには、③の条件を緩めるしか無かったのである。“取って食う”とは、“直接手を下したら”という意味でしかないのだから。
『分かっておる。あの粗野な連中と一緒にするでない』
それを手の目も分かっているのか、ニヤリと笑い、立ち去って行った。
『――――――まぁ、当てはあるしのぅ』
不穏な言葉を残して。
『……何だよ、負けちまったのかよ、鬼太郎』
と、陰から様子を見ていたねずみ男が、やれやれという顔で出て来た。
『言うじゃねぇかよ。戦いが始まったら、真っ先に隠れてた割には』
『知るかよ。オレっちは平和主義者なんだ。そもそもオレは斡旋しただけなんだから、戦う筋合いがねぇだろ』
『確かに』
『ま、それこそ悪さしたら、鬼太郎が何とかするって事で』
『……だな』
窘められても毛程も気にしない彼の言動に、蒼坊主が楽しそうに笑う。何だかんだ言って、ねずみ男が鬼太郎を信頼しているのは、分かっているからだ。“発破を掛けられる友人”というのは人生の貴重な財産である。
『とりあえず、今は休ませてやろうや。どうせ、監視は鴉天狗警察に任せときゃ良いし。それに、まだ会わせる奴がいるんだろう?』
『おうよ。たぶん、ビックリするぞ、鬼太郎も』
『お前も良い性格してんなぁ……』
そんなこんなで、蒼坊主とねずみ男の会話は続く。鬼太郎が再び目を覚ます、その時まで。
◆◆◆◆◆◆
所変わって、千葉県某所――――――夢の国。
「ねこ姉さん、次はあそこに行きましょう!」『はいはい、分かったから、少し落ち着きなさい』
真名は猫娘と共にいた。
何故二人が、二人っきりで、夢の国で遊んでいるかと言うと、護衛の為だ。情報を統合し、鳴女は夜にしか外を出歩けない事が判明した為、猫娘が真名の家に上がり込む形でガードしている。流石に人気の多い所で事は起こさないだろう、という判断である。
だが、一番の理由は鬼太郎が武者修行に出掛けているからだ。
鬼太郎は数日前から、ねずみ男が呼び寄せた蒼坊主と共に、「奈落の谷」と呼ばれる秘境へ旅立った。行き方は彼らしか知らないし、特訓が終わるまでは戻らない。付いて行こうとしたら見事に断られた。
ようするに二人は今、非常に暇なのである。応援する事も出来ないとなれば、手持ち無沙汰にもなるだろう。相変わらず女心の分からない男だ、鬼太郎は。
一応、鬼太郎も彼なりに心配しての行動なのだが、ここは危険でも連れて行くべきだったと、世の淑女は思う事だろう。暗に足手纏いだと言われて置いて行かれる方としては、面白くも何ともない。
なので、真名に誘われる形で、猫娘は夢の国へ来ていた。鼠が治めるランドに猫の半妖が訪れるのはどうかと思うが、気にしたら負け。
「……ねこ姉さん、ひょっとして余計なお世話でしたか?」
休憩所で座っていると、真名が申し訳なさそうな顔で猫娘に尋ねた。
『そんな事無いわよ。まなと二人で出掛けるのは久々だしね』
猫娘は取り繕うように、笑みで返した。
鬼太郎を心配する(ついでに不満も持っている)猫娘を気遣い、少しでも鬱憤を晴らそうとしてくれている真名に対して、素っ気無い態度を取っては失礼だ。自分も命を狙われているだろうに……優しい子である。
『……それじゃ、次はあっちに行きましょうか』「は~い♪」
こうして、二人のデートは更に盛り上がりを見せる――――――と思われた、その時。
『久し振りじゃのぅ、
『ツキの目が回って来たのじゃ。それより、お前そこ儂の豆腐屋を出たそうじゃないか』
『仕方ないじゃろう、まさか断絶するとは思わんかったし。……言っとくけど、わしから出た訳じゃないぞぇ?』
『分かっておる。どうせロクでも無い理由で絶えたのだろう。今は鳴女とかいう輩の家におるんじゃったか?』
『家というより城――――――いや、異空間じゃな。“本体”は今もそこにおるでな。結構便利じゃぞ?』
『ほほぅ、儂も見てみたいのう』
何か聞き捨てならない台詞と、見逃せない姿が通りすがった気がした。振り向けば、何時ぞやの座敷童子と、似たような格好の地味な男の妖怪が。
「ね、ねこ姉さん、あれって……」
『見なかった事に――――――は、出来ないわよねぇ……』
真名と猫娘は、渋々と後を付ける事にした。
◆手の目
鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に登場する妖怪。文字通り手に目がある化け物で、野盗に殺された盲人が化けて出たモノだという。江戸時代の怪談集「諸国百物語」にも親戚っぽい何かが出ている(こっちは盲目ではないが)。
ゲゲゲの鬼太郎では原作漫画から登場する古株の敵。原作では「通りすがりのサラリーマンを操って強盗殺人させる」という完全な悪役で、後のアニメシリーズでも大体同じような役回りだが、第3期の彼だけは別で、“人間の都合で地獄の餓鬼を自分の住処に放り込まれて諸共封印され、それに怒って暴れたら駆け付けた鬼太郎にぶっ殺される”、普通に可哀想な被害者である。ついでに言うと、棲処に湧く「命の泉」という霊水を餓鬼に狙われ、人間側にも奪われそうになってたりする。
一応、「人間の生き血をワインにしてやる!」と宣う妖怪らしい残虐さも見せたものの、そもそも飢えた狼の群れみたいな連中を家に投げ込まれた上で閉じ込められたら、それくらい言いたくもなるだろう。泥棒被害にもあってるし。血涙を流し過ぎて貧血になったのかもしれない。
だが、そんな理屈は、一度こうだと決めたら聞く耳を全く持たず、割と手段も択ばない3期の鬼太郎さんには、1ミリも聞き入れてもらえなかった。それで良いのか正義の味方。