宿命の戦いより、しばし後の事。
『鬼太郎……何なのよ、それ……!?』「あ……ぅ……っ!?」
戦いの傷を癒し、ゲゲゲハウスで鬼太郎に再会した猫娘と真名だったが、彼の顔を見た二人は言葉を失った。普段は髪の毛で隠されている、本来なら瞼がある筈のそこは、肉がゴッソリと削げ落ち、眼窩が露出している。
そう、左目周辺が白骨化しているのだ。
さらに、よく見ると一部の毛髪が白くなっている。病気も何にもない妖怪が白髪を持つなど、最初から白毛でもない限り有り得ない事である。
その筈なのに、どうしてこんな……?
『
『地獄を見た?』
『そう。僕は地獄童子、と言うよりは閻魔大王と契約して、一日だけ「無間地獄」に落ちてきた。他の亡者と同じようにね』
『何よそれ……』
鬼太郎は淡々と語っているが、全然意味が分からない。
無間地獄(別名「阿鼻地獄」)は八大地獄の最下層で、他の七つ――――――
だが、鬼太郎はそれを一日だけ体験して来たと言う。それも亡者と同じルートを通って。
二千年を一日って、そんな馬鹿な話があるだろうか?
『それは“体感時間”だよ。実際は二年で落ちる。つまり、無間地獄に落ちる亡者は、二千年分の苦痛を、たった二年で味わう事になるのさ』
ようするに、通常の二千倍の速さで魂が摩耗するのだ。
まるで「精神と時の部屋」のような仕様だが、あちらが神の修行場なのに対して、
落ちるだけで二千年分の苦しみを味わい、落ちた後はこの世の終わりまで殺され続ける。それが無間地獄である。
その凄まじい精神的な苦痛は、半永久的に生き続ける妖怪の魂すら無に還し、最強の生命力を持つ幽霊族の命でさえ歪めてしまう。
その結果が、今の鬼太郎だ。魂が死に始め、
何せ730000年分の負荷が、一気に圧し掛かったのだから……。
『何よ、それは……』「………………」
鬼太郎から告げられた残酷な事実に、猫娘が泣き崩れる。真名は沈黙しているが、それは唇から血が出る程に歯を食いしばっているからだ。
『……僕はそろそろ修行に戻るよ』
しかし、現実は更に非情だった。修行はまだ、終わっていないのである。
『どういう事よ!? もう終わったんじゃないの!?』
『いいや。閻魔大王と契約した日数は七日間だ。後六日残っている』
つまり、鬼太郎は合計で5110000年分、魂を摩耗させるという事だ。
『そんな……そんなぁ……っ!』
これには、猫娘も号泣するしかなかった。真名の前だとか、もはや言っていられない。何百万年なんて、そんな負荷が掛かったら、鬼太郎の魂は完全に死んでしまう。妖怪は魂さえ無事なら蘇るが、砕ければ消滅してしまえば、二度と生き返らない。
例え、どうにか生き延びたとしても、確実に後遺症が出る。人並みしか余命が無くなるかもしれないし、永久に枯れ木のように動かなくなるかもしれない。何れにしろ、無事な彼の姿は、二度と拝めないだろう。
そんなのは、
『……嫌よ! どうしてそこまでするの!? 何でそんなに死に急いでまで、強くなろうとするのよ!』
『あの女が強過ぎるからだ。ここまでやっても奴を殺しきる事が出来なかった。魂を削って手に入れた強さを、あいつは平然と超えて来ている。……命を捨ててでも挑まなければ、奴には勝てない』
だが、猫娘の慟哭を前にしても、鬼太郎は小動もしなかった。既に覚悟が完了している。相討ちになってでも、鳴女を討伐する心積りである。
こうなったら、止めても無駄だろう。ここで再起不能にでもしなければ、彼は絶対に止まらない。最後の最期まで。
それだけ鳴女を危険視している、という事だ。
確かにその通りではある。鬼太郎が死ぬ思いで手にした力も、鳴女を仕留めるには至らなかった。進化のスピードが異常なのである。
加えて、鳴女は一人だけでは無い。仲間がいる。彼女程ではないが、仲間たちも充分に異常だ。特にチャラトミ。
一騎当千の実力と、百人力の仲間が揃う、闇の主人公。それが鳴女だ。
力に付け過ぎは無いし、むしろ全く足りない。
だからこそ、鬼太郎は妥協せず、命を懸けて修行をしているのである。
『――――――何処までアタシを置き去りにすれば、気が済むのよ……!』
しかし、理解と納得は別物。頭で分かっていても、認められない事はあるのだ。
『……済まない。軽蔑してくれても、怨んでくれてもいい。それでも、僕は行くよ。地獄童子と……“ユメコちゃん”が待っているんだ』
だが、鬼太郎は猫娘に目をくれる事は無かった。背中でのみ語り、振り返らず出て行った。
「………………」
続いて、彼を止めるどころか言葉を発しさえしなかった真名も、黙ったままで去っていく。恨みにも似た、ドロリとした決意を秘めて。
『……いいわよ……いいわよ……相手にしてくれなくたって』
最後に残された猫娘も、血の涙を流しながらゲゲゲハウスの暖簾を潜る。
そして、誰も居なくなった。
◆◆◆◆◆◆
その後、三人はそれぞれの道を歩む。
『――――――悪いな、猫娘。だけど、行くしかない。“大逆の四将”が逃がされたとあってはね。……さて、よろしく頼むよ、地獄童子』
『……死ぬなよ』
『そんなつもりはないさ。……今は、ね』
一人は旧き同胞との契約を果たす為に無間の地獄へと舞い戻り、
「……“エロイムエッサイム、我は求め訴えたり”」
『おやおや、千年ぶりだね、犬神家の一族よ。いや、今は犬山か。……それで、今更ボクに何の用だい?』
「“天国に至る方法”を知りたいの。かつて、貴方がそうしたように」
一人は古い実家の物置に眠っていた摩訶不思議な異本で天使のような悪魔を呼び出し、
『……この試練を乗り越えた時、お前の望む力を得られよう。だが、これに挑んだが最後、お前は地獄以上の苦しみを受ける事になるぞ?』
『それがどうしたって言うの。鬼太郎はもっと苦しんでいるわ。これくらい乗り越えられなきゃ、アタシは一生彼の横に立てない!』
『ククク、愛か。まぁ、それも良かろう。ならば、行くといい……』
一人は何処かの魔窟で“妖怪王へと至る試練”を受けようとしていた。
それぞれの歩む道が、この物語にどのような結末を導くのか、それはまだ誰にも分からない……。
◆悪魔くん
「世界を平和にする為に悪魔の力を借りよう」とか考えちゃう、今時の小学五年生。ファウスト校長先生曰く「一万年に一人の天才児」。一歩間違えれば新世界の神と大差ない所業だが、彼は至って良い子です。専用アイテムは悪魔を使役する力を持つ魔笛「ソロモンの笛」(ファウスト校長からの贈り物)。
悪魔くんに味方する者は「白悪魔」、敵対するのは「黒悪魔」と言い、人間に悪さをするのは後者で、それらを退治しつつ理想郷を目指すのが、悪魔くんの目的である。最後の敵は人間とか言ってはいけない。
ちなみに、皆が良く知る“玉ねぎ頭”の悪魔くんは「埋れ木 真吾」という少年で、実は先代が二人いる(二人共、何処か鬼太郎に似ている)。