鳴女さんの令和ロック物語   作:ディヴァ子

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 一方その頃、西洋妖怪ハ……。


箒星の彼方で

 この世でもあの世でもない、無数の彗星が飛び交う宇宙を思わせる亜空間。

 その中に揺然と浮かぶ、巨大な土星型の円盤――――――超時空要塞「ブリガドーン」の内部にて。

 

『ハァ……ハァッ……!』

 

 ベアトリス=バックアップ・コアソウルズことベア子が、右上半身と頭部しか残っていないヴィクターを抱きかかえながら、ブリガドーンの中心部にある玉座の間を目指して直走っていた。自身も左腕が吹き飛び、腹部から夥しい量の血と臓物が零れ落ち、全身が火傷塗れという酷い有様であったが、そんな事などどうでも良いとばかりに進み続ける。

 

『――――――ベアトリス様!? その御姿は一体……!?』

 

 すると、玉座の間に通じる一本道に差し掛かった所で、バックベアード軍の最高司令官、魔女のアデルと接触。当然、何がどうしてそうなったのか聞かれたが、

 

『ワタシの事はどうでも良いぃいいいっ! 早く彼を父上の所へぇえええっ! ワタしノ魔りョクが、サイ生をソ害してイル――――――げぶはぁっ!』

 

 ベア子は自分の事など一切省みず、“自分の強い魔力に中てられてヴィクターが身体を再生出来ない状態にある”事だけを伝え、アデルに彼を託すと、滝のように吐血して気絶した。

 

『何て事……衛生兵! 早くベアトリス様を! 緊急搬送だ! ヴィクターは私がベアード様の下へ連れて行く!』

『『『『了解了解(ラジャラジャ)』』』』

 

 それを見たアデルは、即座に錬金生物(ホムンクルス)の医療班へベア子を託し、自身はヴィクターを主であるバックベアードの下へ運ぶ。

 

(まさか、ベアトリス様とヴィクターが、ここまでの深手を負うとは……!)

 

 長い廊下を進みながら、アデルは思う。

 ヴィクター・フランケンシュタインを含む三人衆は、何れも不死身に近い生命力を持ち、ベア子に至ってはそれを遥かに超える魔力と不死性を有する、“死なずの一人軍隊(ワンマンアーミー)”だった筈である。

 しかし、急な帰還を果たしたベア子とヴィクターは死に体だった。特にヴィクターは心肺が停止し、最早死んでいると言ってもいい。一応、ベア子の魔力を浴び過ぎて再生出来ないだけらしいが、助かるかどうかは微妙だ。

 

(確か、二人は日本へ先行調査に向かっていた筈……)

 

 実際には調査と銘打った単なるデートだが、そこは言いっ子無しだろう。

 問題は平和ボケした極東の島国に、ベア子たちに重傷を負わせる程の戦力があるという事実である。これは「ブリガドーン計画」は中止……いや、延期した方が良いのではないか。自身の胸に秘める決意を抜きにしても危険過ぎる。

 

(――――――進言するだけしてみよう)

 

 あのバックベアードが簡単に諦めるとは思わないが、事はそういう問題でもない。ベアード軍の進退が掛かっている。

 

『……ベアード様、お忙しい所、失礼致します』

 

 アデルは息を飲みつつ、玉座の間の扉のベルを鳴らした。

 

『入れ』

 

 たった一言。それだけで重厚な魔力が、扉越しにもアデルへ圧し掛かる。震える手を落ち着かせながら扉のロックを解除して進み入れば、そこには悪魔の如き単眼を持つ黒い太陽が。

 彼こそが西洋妖怪の総大将にしてベアード軍の皇帝「バックベアード」だ。

 

『ベアード様、無礼を承知でお願いしたく――――――』

『良い。分かっている。まずはそやつの治療からだ』

 

 言うが早いか、ベアードは念力でヴィクターを自分の近くへ運び、彼の再生力を邪魔しているベア子の残存魔力を取り除き、代わりに自身の魔力を純粋なエネルギーとして与え、瞬く間に傷を癒した。

 

『……無から有は生み出せない。あくまで私の細胞とエネルギーで補った仮初の物だ。助かるかどうかはそやつ次第だ。……下がって良し』

『………………』

 

 まるで神の如き力を発揮し、全てを一瞬でやり終えたベアードは、ヴィクターを運んで下がるよう言い付けたが、アデルは動かない。

 

『「ブリガドーン計画」は中止も延期もせんぞ。むしろ早める事にした』

『………………!?』

 

 だが、彼女の心中などお見通しだと言わんばかりに、ベアードが告げる。表情こそ保ったが、アデルの首筋を冷たい汗が伝った。

 しかし、それでも言わねばならない。何せ最愛の妹の命が懸っているのだ。ここで退くなど、見殺しにするのと同じである。

 

『……お言葉ながら、ベアトリス様も重傷を負っております。彼女とヴィクターをここまで痛め付けるような連中が居るようでは、危険過ぎます』

『確かにそうだな。ベア子の視界を(・・・・・・・)借りて観察させて(・・・・・・・・)もらったが(・・・・・)、あれらは異常だ。敵対するのは得策ではないかもしれん』

『それでは――――――』

『だが、私は先日“夢”を見た』

『夢、ですか……?』

 

 突然何を言い出すのだろう?

 アデルは正真正銘、心の底から首を傾げ、疑問を呈したものの、バックベアードが次に放った言葉に戦慄した。

 

『……「来訪者」の夢だ。今までは断片的だったが、今回の物はかなりハッキリしていた。奴の復活が近い。日本の地獄に任せてなどおけるか。だからこそ、我が盟友を(・・・・・)送り出したのだ(・・・・・・・)

『来訪者……!』

 

 それは大正末期に突如現れた、世界の最後を告げる者。

 当時、日本妖怪は大陸妖怪(「チー」率いる中国妖怪軍)の侵攻を受けており、その混乱に乗じて諸共滅ぼそうとしていたのだが、いざ三つ巴の戦いに臨もうとした時に来訪者が出現。三軍は壊滅状態へ陥り、一時的に共闘。現場に馳せ参じた伝説の剣豪の力を借りて、何とか来訪者を封じた後、ベアード軍は日本から完全に撤退……というより敗走し、長い雌伏の時を強いられる事となった。

 病魔に侵される前の鬼太郎の父親、白面銀毛九尾の狐であるチー、西洋妖怪の総大将バックベアードの三者が揃っていながら手も足も出なかった、本当の怪物――――――来訪者。

 その復活が近いとあっては、アデルも口を噤むしかなかった。

 もはや、妹がどうこうですらない。世界最後の日が間近なのだ。

 

(それでも、私は……!)

 

 どうしても妹を諦めきれないアデル。ブリガドーン計画が発動してしまえば、妹は……アニエスは死ぬ。たった一人残された肉親が、この世からもあの世からも、存在そのものが消えてしまう。

 

『……アデル。お前にチャンスをやろう』

『えっ……?』

 

 と、内心で葛藤に揺れるアデルに、ベアードが温かくも底冷えする声で提案をする。

 

『こいつを生かして連れて来い。さすれば、お前の妹を候補から外してやろう』

 

 さらに、魔力を中空に固めて創り上げた映像を見せた。そこに映っていたのは、

 

『名前は「朱紗(すさ) 丸子(まるこ)」。力そのものは大した事は無いが、面白い星の巡り合わせをしているようだからな。こいつなら、アニエスの代わりも務まるかもしれん』

『………………!』

 

 ベア子とヴィクターを瀕死へ追い込むのに一役買った、座敷童子。この少女を連れてくれば、アニエスは見逃される。

 

『承知致しました。すぐにでも日本へ向かいます』

『精々励むと良い。妹の命が惜しいならばな』

『……はい』

 

 何もかも見透かされている。

 だが、出来る事は何もない。丸子を生贄に捧げる以外は。

 アデルは恐怖に苛まれながらも気丈に振舞い、ヴィクターを抱えて、今度こそ玉座の間を後にした。

 

『――――――さて、死ぬとは思えんが、ベア子の様子でも見に行くとするか』

 

 それを確認したベアードは、普段は誰にも見せる事のない人型の姿を取り、娘の下へ転移する。

 

『お前も見ているのだろう、慎吾(シンゴ)よ……』

 

 消え入る前に虚空へ呟きながら。




◆バックベアード

 西洋妖怪の総大将(もしくは大統領)を務める大妖怪。無数の触手が生えた黒いボールに眼を描けば、それがベアード様です。光化学スモッグがその正体と言われているが、考えたのは水木先生なのでもう確かめようがない。悲しい話である。
 原作では微妙に小物臭さが拭えない奴だったが、アニメでは評価が爆上がりし、「どう足掻いても絶望」なボスキャラクターとなった。その知名度と人気具合は、2期(実質的な1期の続編)を除けば、全てのシリーズに登場している程。
 視線を媒介にした強力な妖術を操り、肉体強度も半端じゃないという、「素で強い」を地で行くお方。その分かなり傲慢な面も見受けられ、それが仇となる事もあった(特に6期)。あとロリコンが許せない。
 ちなみに、本作では病気になる前の目玉おやじと一戦交えていたりする。あの頃おやじは強かった(byバックベアード)。

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